
嘘と肉の塊28
【第26話】
夏の魔法 ―渓流の風と、頼もしい横顔
1. 緑のトンネルを抜けて
重苦しい日常を脱ぎ捨てるように、私たちは車を走らせた。夏休みの太陽に照らされた山道、窓から流れ込む風が、熱を帯びた街の空気とは明らかに違う冷たさを運んでくる。
「今日は、全部忘れて遊ぼう」
そう決めた瞬間、心に絡みついていたモヤモヤが、少しずつほどけていくのを感じた。
2. 崖っぷちの「頼もしさ」
目的地が近づくにつれ、道はどんどん険しくなっていく。
車1台がやっと通れるかどうかという、まるで「けもの道」のような細い山道。ガードレールの向こうは崖、対向車が来たら一貫の終わり。私一人なら、怖くて絶対にハンドルを切ることなんてできないような場所だ。
けれど、彼はそんな悪路を迷いもなくスイスイと進んでいく。
真剣な眼差しでハンドルを捌くその横顔を見ていると、不思議なことに、あんなに抱えていた不信感が少しだけ薄れていくのを感じた。
(あれ……、ちょっと頼もしいかも)
それは、非日常が生み出した一瞬の「魔法」だったのかもしれない。
3. 生きている感触
たどり着いたのは、透き通った水が踊る美しい渓流。
驚いたのは、娘の姿だ。ピチピチと力強く跳ねる魚を、彼女は怖がるどころか、その小さな手でグッと力強くつかんでみせたのだ。
「とったよ! ママ見て!」
そのたくましい指先と、弾けるような笑顔。
夢中で魚と向き合う娘を見ていたら、いつの間にか、彼とのいざこざなんて、夏の陽炎の中に溶けて見えなくなっていた。
4. 空の下で味わう「本物」
釣ったばかりの命を、その場ですぐに炭火で焼いてもらう。香ばしい煙、パリッと焼けた皮、そしてふっくらとした身。「おいしいね!」と笑い合いながら、夢中で頬張る時間は何物にも代えがたい。
帰り道には、岩の間から湧き出る有名な天然水を汲んだ。「お水が甘い!」とはしゃぐ娘。初めて経験する自然の豊かさに、私たちの心は洗われていく。
険しい道を越えた先にあった、穏やかな時間。
怒鳴り散らす怖い彼ばかりが、彼のすべてではない。こうして新しい世界へ連れ出し、私たちを笑顔にしてくれる瞬間も確かにあるのだから。