音楽を取り戻した日
中学1年の終わり、ひな祭りの日に私は吹奏楽部を辞めた。
理由は先輩からのいじめだった。
顧問の先生は楽器を変えないかと提案してくれたが、もうそんな気力は残っていないほど私は疲れ切っていた。
それまでの私の人生に、音楽は当たり前に存在していた。4歳くらいからエレクトーンを習っていて、音楽は好きとか得意とかいう以前に、自分の一部だった。
でも引越し前の音楽教室に通うには部活をしながらだと遠くてエレクトーンは辞めていたし、吹奏楽部も辞めてしまった。
気が付けば、私の人生から音楽が消えていた。
中学2年になり違う部活にも入らず何の目標もないまま夏休み前を迎えた頃、クラスで合唱コンクールの伴奏者を決めることになった。
なぜだったのか、今でもよく分からない。
私は手を挙げた。
ピアノなんて弾けないのに。
エレクトーン経験はあったけれど、ピアノは別物だった。鍵盤の重さも違うし、ペダルの使い方も分からない。それでも「伴奏をしたい」と思った。
近所の音楽教室に通い、先生に頼み込んで伴奏だけを教えてもらった。
必死だったと思う。
音楽をやめたくてやめたわけじゃなかったから。
夏が過ぎ、合唱コンクールの練習が始まった頃、学年合唱の伴奏者を決めるオーディションが行われた。
そして、なぜか私が選ばれた。
ピアノ経験者もいた。
吹奏楽部の子もいた。
それでも私が選ばれた。
もちろん嬉しかった。
でも本当に嬉しかった理由は別のところにあった。
審査をしたのは、かつて私が辞めた吹奏楽部の顧問でもある音楽の先生だった。
私は勝ちたかったわけじゃない。
先生に認めてほしかったのだと思う。
部活を辞めた私を、音楽から逃げた人間ではなかったと認めてほしかった。
だから名前を呼ばれた瞬間、「まだ音楽をやっていていいんだ」と思えた。
それからだった。
合唱コンクール、卒業式、さまざまな場面で伴奏を任されるようになった。
いつの間にか私は「ピアノが弾ける人」として見られていた。
不思議なものだと思う。
あの時、吹奏楽部を辞めた私は、自分の人生から音楽がなくなったと思っていた。
けれど、本当はなくなってなんかいなかった。
少し遠回りをしただけだった。
今振り返ると、あの日クラスで手を挙げたことが、私が音楽を取り戻した瞬間だったのだと思う。
そしてその音楽は、その後の高校の吹奏楽部や、ローズパレードや、たくさんの思い出へと繋がっていった。
あの時の私は知らない。
「もう終わった」と思っていた音楽が、実はまだ人生の途中だったことを。