メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byalinco_life

正しさなんて捨ててやれ

    先日、よく見ていたYouTube夫婦がお別れした。
    結婚して子どももいるため、別れても一緒に住んで子育てをする選択を取った。

    最近は、そういう形の家族も少しずつ増えてきた気がする。

    そういった価値観が認められるようになってきたが、まだまだアンチコメントも多い。

    この出来事から、数年前命を絶ってしまった芸能人が頭に浮かんだ。

    たかが数年前。
    同じような選択をした人が、世間に食い潰されるように叩かれていた。

    亡くなった原因は分からない。
    ギリギリの所で生きていた人の最後の気持ちが溢れてしまう時は、何がきっかけになるか分からないのだ。

    私の話になるが、田舎で育ち、閉鎖的な空間で皆噂話に夢中な場で育った。

    私生活は筒抜けで、家庭内の事まで町中に知れわたる。
    何かしでかそうものなら、格好の餌食だ。

    私はそういう噂話が大嫌いだった。
    誰が何しようがどうでもいいじゃん、ぐちぐちうるさいなぁ、心で思っているのに相槌を打ってしまう自分はもっと嫌いだった。

    早くこんな田舎から出て行きたいと思って飛び出した。

    けれども、ワイドショーやSNSでは他人の生活に口を出す人ばかり。結局どこに住もうとも満たされない吐口は、誰かへの攻撃に向かっていくのだと落胆した。

    みんな自分の価値観と離れた事は、知ろうともせず、批判する。自分の信じてきた物差しがぐらついてしまうのが怖いからかもしれない。

    結婚、出産、学歴、就職、出世、決められた型を作ったのは誰なんだ。
    今まで必死に学んできた事だって、研究が進めばすぐにひっくり返る。
    国外に出れば価値観の違いなどで正しさなんて全然変わる。

    それなのに何も知らずに決めつけられ、大多数と同じでないと咎められる。
    あなたたちは何を知っているのか。好き勝手言う暇があるほど、自分の人生を生き切れているのか?

    他人が勝手に決めて良い正しさなんてないのだ。それでもやっぱり、世間がこうであるべきという型にはまった正しさはある。


    そうした正しさは時に凶器になる。

    その正しさに何人が苦しめられたか。

    何人の命が無くなったか。

    こうであるべきとか絶対にない。
    私はそう信じたい。

    多様な選択肢を受け入れられる社会であったなら、亡くならなかった命もあるんじゃないか。

    正しいのに命が失われるなんておかしい、それはもう正しさでもなんでもない。


    そんな正しさなんて、捨ててやれ。

    他人から見たら悪でも、自分で選び取った人生なら胸を張っていい。

    周りに後ろ指差されたって、こっちは中指立てて、堂々と歩いてやろう。

    ちゃんみなが言ってたけど、過去の自分にだけは中指を立ててはいけない。

    自分らしく生きられない、そんな正しさなんて、捨てて生きてやれ。

     
     

    Runa

     
     
    生きづらさと日々心が動いたことを綴っています。うつ病と付き合いながら働き方を模索中。 「死ぬまでに紙の本を出す」のが夢です。 ☆好きなもの 読書、映画、ギター、ランニング、コーヒー、シール集め ロザリーナ / ちゃんみな / HANA ふらっと立ち寄ってもらえたら嬉しいです!

    あなたへのおすすめ