【ショート】 見えない祠
―― short story ――
神社と公園のあいだに、古びた小さな祠がありました。
ある日、少女はその祠の前で手を合わせました。
母の病気が治りますように、と。
一週間後、母の病気は、検査で奇跡的に治っていると分かりました。
少女は祠のおかげだと思いました。
賽銭箱にお小遣いを全部入れ、もう一度手を合わせて帰りました。
それから少女は、困ったことがあるたびに祠の前で手を合わせました。
困ったことは、いつも少しずつ解決していきました。
祠が願いを叶えたのかどうかは、分かりません。
それでも願いが叶うと、少女は賽銭箱にお金を入れて、手を合わせました。
やがて月日は過ぎ、少女は大人になりました。
土地を離れる日、祠の前で最後の挨拶をしました。
けれど引っ越しの準備に追われ、新しい生活が始まると、
祠のことはすっかり忘れてしまいました。
大人になった少女は結婚し、子どもにも恵まれました。
けれど、その子は病気を持って生まれてきました。
ある夜、ふと、あの祠のことを思い出しました。
何年ぶりかで、実家の町へ戻りました。
神社と公園のあいだにあった、古びた祠を探しました。
けれど、どこにも見つかりません。
神社の神主さんは顔見知りでした。
挨拶をしてから、祠のことを尋ねました。
「祠? そんなものはないよ」
神主さんは、首を横に振りました。
念のため、息子さんにも聞きました。
けれど、やはり同じでした。
近所の人たちにも尋ねました。
誰もが首を横に振りました。
それでも諦めきれず、母親は記憶の中にある祠の場所へ向かいました。
そこには、何もありませんでした。
母親は、何もない空間へ手を伸ばしました。
すると、指先に硬いものが触れました。
驚いて手を引っ込め、もう一度そっと触れます。
木でできた、賽銭箱の形でした。
母親は迷わず財布を取り出し、中身をすべて手探りで入れました。
チャリーン。
音だけが、そこに残りました。
視界が滲みました。
母親は、何もない場所に向かって手を合わせました。
息子の病気が治りますように。
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