【ショート&楽曲】 玄関の前に置かれたお弁当
―― short story ――
目覚ましが鳴り響いていた。
止めても、しばらくすると、また鳴った。
スヌーズ設定にしたのは、昨日の私。
起きられないのは、分かっていたから。
寝ぼけ眼のまま、重たい腕を目覚まし時計へ伸ばした。
……あぁ、起きなきゃ。
今日は、朝から会議だった。
頭が冴えてくると、深く息を吐いた。
重い体を起こし、カーテンを開けた。
よりにもよって、空は曇っていた。
窓を開けると、湿った朝の空気が流れ込み、少しだけ肩の力が抜けた。
そのまま身支度を始めた。
シャワーを浴びて、着替えて、白湯を飲みながらスケジュール帳を眺める。
会議、アポどり、事務処理、午後は打ち合わせ。
時間を確認しながら、ヒールを履く。
鞄を持ち、玄関のドアを開けた。
……ん?
ドアの前に、紫色の藤の花が描かれた、淡いピンク色の巾着が置かれていた。
膨らみからして、中にはお弁当箱が入っているようだった。
思わず、辺りを見渡す。
――誰もいない。
玄関先にぽつんと置かれたそれは、ひどく不自然に見えた。
巾着の口から、折りたたまれた紙がのぞいていた。
そっと、それだけ抜き取って開いてみる。
思わず息を呑む。
『おかあさんへ、きょうは、ちゃんとたべてね』
その途端、幼い日の記憶に藤の花が広がった。
……あの巾着だ。
祖母が作ってくれた巾着と同じ柄だった。
子どもなどいない。
それなのに、自分に届けられたもののような気がした。
普段なら、得体の知れないものを持ち帰ることなどない。
それでも気づけば、巾着を抱えて部屋へ戻っていた。
もう長いこと、朝ごはんは食べていなかった。
机に巾着を置き、開く。
中から、桜模様の入った丸い黒塗りのお弁当箱が出てきた。
触れると、まだ温かい。
蓋を開けると、形の崩れた卵焼きと、少し焦げたウインナー、小さなおにぎりが二つ並んでいた。
ふわりと、懐かしい匂いがした。
残業続きでろくに食べていなかったせいか、何も考えずにお弁当を口へ運んだ。
――おいしかった。
食べ終わってから、急に我に返った。
……誰かのお弁当を食べてしまった。
作ってくれた子が弁当箱を探しに来るかもしれない。
小さな紙に、
『おいしくいただきました。ありがとう』
と書いた。
洗った弁当箱と一緒に巾着へ入れ、玄関前に置いて出勤した。
駅に着くと、いつもなら乗っている電車が脱線事故を起こしたと知った。
お弁当を食べていなければ、乗っていたはずの電車だった。
背筋が冷たくなった。
その日、帰宅したのは夜遅くだった。
玄関前に、巾着はなかった。
翌朝、玄関の前には、また同じ巾着が置かれていた。
中には、新しいお弁当が入っていた。
次の日も、その次の日も。
それから一週間が過ぎた朝、巾着の中に一枚の写真が入っていた。
写真には、ひとりの女性と、小さな女の子が手をつないで写っていた。
女性は、どこか私に似ていた。
写真を裏返すと、文字が書かれていた。
『あのひ、おかあさんがおべんとうをたべてくれたから、わたしはうまれました』
翌朝、玄関の前には、何も置かれていなかった。
それでも私は、二人分の卵焼きを焼いた。
イメージソング
🌱COBIToの短い物語は🔗こちらから🌿
お読みいただき、ありがとうございます💐
読んだ記念に、COBIToの庭をひとつ育てていってね🌿
いいなと思ったら応援しよう!
この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。