【ショート】 生まれる前の待合室
―― short story ――
幽霊になって初めて知った。
死んでも、役所へ行かなければならない。
薄暗い廊下を進むと、白い札がいくつも下がっていた。
『事故死・左』
『病死・右』
『その他・突き当たり』
ずいぶん大ざっぱだ。
言われたとおり突き当たりまで進むと、今度は生前の所属ごとに並ぶよう指示された。
俺たち四人は、『ひだまり乳児院・ボランティア』と書かれた札の下に集まった。
死んだ時期は違っても、お互いの顔は覚えている。
「久しぶり」
「田辺さん、こっちに来てたんですね」
「先月ね」
生きていた頃と変わらない調子で挨拶を交わし、受付へ向かった。
窓口には誰もいなかった。
受付票を取ろうとしたが、指が紙をすり抜ける。
三度目で諦めると、奥から職員が走ってきた。
「申し訳ありません。現在、出生課が立て込んでおりまして」
頭から二本の角が生えている。
俺の視線に気づいた職員は、角を片手で隠した。
「規則上、鬼が窓口に立ってはいけないんですけど、今日は人手が足りなくて」
「出生課?」
「隣です。亡くなった方の受付は、もう少しお待ちください」
そう言って、鬼はまた奥へ走っていった。
しばらくすると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
一人ではない。
二人、三人――いや、もっといる。
泣き声は次第に大きくなり、薄暗い廊下に響き渡った。
俺たちは顔を見合わせる。
「……行ってみる?」
誰からともなく歩き出した。
『出生課』と書かれた扉を開ける。
白く明るい部屋に、小さな籠がずらりと並んでいた。
その中で、淡い光に包まれた赤ん坊たちが泣いている。
「ミルク、できました!」
「三番の子、また泣いています!」
「出生時刻まで、あと二分!」
鬼や死神たちが籠の間を走り回っていた。
「どうして、こんなことに?」
近くにいた死神へ尋ねる。
「命の女神が育休に入りまして」
「命の女神が?」
「双子だそうです」
それなら仕方がない。
俺たちは頷いた。
「手伝いましょうか」
「え?」
俺は泣いている赤ん坊へ手を伸ばした。
生きている人には触れられなかった手が、その小さな体を抱き上げる。
羽のように軽かった。
背中をゆっくり叩くと、泣き声が少しずつ小さくなる。
隣では田辺さんが赤ん坊を揺らし、ミホさんが歌を口ずさんでいた。
佐伯さんは二人同時に抱いている。
乳児院にいた頃と、何も変わらなかった。
やがて、俺の腕の中にいた赤ん坊が淡く輝き始めた。
「え、消える……」
「大丈夫です。生まれる時間が来たんですよ」
死神が壁の時計を見上げる。
赤ん坊は俺の指を握ったまま、光の粒になった。
そのぬくもりだけが、手のひらに残る。
部屋の奥では、まだ一人の赤ん坊が泣いていた。
抱き上げても、背中を撫でても泣き止まない。
「向こうへ行くのが怖いのかな」
田辺さんが小さく呟いた。
俺は赤ん坊を抱き直した。
生まれた先に誰が待っているのか、俺たちには分からない。
それでも、耳元へそっと顔を寄せた。
「大丈夫。ここにいる間は、ずっと抱いているから」
小さな手が、俺の服をつかむ。
しばらくして、泣き声が止まった。
窓口の鬼が、四人分の成仏届を持ってきた。
けれど、俺たちはすぐには受け取らなかった。
白い部屋には、次の籠が運び込まれていた。
それからしばらく、冥界の出生課では、赤ん坊の泣き声が少しだけ減った。
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