
Pay for my pain, payback in cash. -私の未来を買い戻す-
初めてだらけの理不尽な異動命令。
ここは地獄の何丁目?
いろいろな仕事や会社を経て約十年。
何回目かの転職で、私は初めての異動を経験した。
異動先は未経験の職種。
しかも新規の立ち上げ組織で共に働くのは役員やボードメンバーの上層部たち。
つまり、会社のコア部門への異動だった。
異動してたった10か月で私の心身は壊れた。
経験したことの無い業務に、ミスが許されない責任を伴う精神を削られる業務。
そして急な人員退職により、後釜として職務を兼任。
二つの仕事を兼任するも、どちらも未経験。
イロハを知らない私は「成功」という結果だけを短期間で求められ続けた。
期待と求められる成果が出せないまま、仕事は続いた。
コア部門であるが故に情報統制も厳しく、相談できる人は上層部の多忙な経営層の方々のみ。
上司に相談するための1on1の時間は、殆どスキップで蹴られた。
相談相手であるべき上司ですら、頼ることも相談することもできなかった。
進行中のプロジェクトについて方向性の確認、依頼されたものに対して擦り合わせをしに、上司を追いかけて隙間時間で見てもらった。
突き返されたのは「くだらない仕事しないで」という毒にも薬にもならないフィードバックだった。
異動してから8か月が過ぎた頃、会社に行くことがしんどくなっていた。
上司と久しぶりに顔を合わせてプロジェクト進行のすり合わせ確認をしていたら、上司がこう言った。
「俺とアイツが一番会社のこと解ってるから、変なことしないで」
私が今までやってきたことはこの会社にとって無駄になるのだと認識した。
そして、仕事と会社を嫌いになる前に、この状況から一刻も早く離れようと決めた。
そうでなければ、もう二度と仕事ができないと直感で確信したから。
「私は壊れました」という診断書という数千円の紙で意思表示を会社に示し、私は休職した。
#異動して、働いて、私が失ったもの
8月から休職が始まり、ぐうたらしてしまわないように、1か月休職したら復帰するんだという気持ちでいた。
「抑うつ状態」という状態異常を取り除くために、普段と同じ時間に起きて、朝日を浴びてバナナを毎日食べた。
物事はそううまくいかず、食欲はなく、アンダーカロリーの生活が続いた。

数日間、鬱状態でベッドとトイレを往復するだけの肉の塊でしかなかった。死んだように生きていた。
或る日、こんな投稿が目に飛び込んできた。
頑張っても報われない時期があり
そこで腐ってはいけない。
報われないときは学びの時。
報われない程度で腐ってしまった人には結果が出る時に、いい結果はでないもの。
休職中の私のストーリーはこの投稿をスクショしてこうコメントしている。
腐って死ね
セルフネグレクトが止まらなかった。
自分なんかどうでもよかった。
この頃から衝動的になり、仕事中も生きるためにしていた自傷行動が再発。太ももを切る。
衝動的に眉毛をすべて剃り落す。
伸びた前髪を自分で切るなど、自分を傷つけるようなことをしまくった。

「中古車って無免許でも買えるのかな?」
私は彼氏にそう聞いたら、「なんで?」と聞き返されたので
無邪気に「練炭自殺にちょうどいいかなと思って」と言った。
そこから別れ話になって「今は頭がおかしいから真に受けないで、ごめん」と泣いて、人を傷つけてから自分が正常じゃないことを認知した。
でも死にたかった。とても死にたかった。
「まだ復帰しちゃだめです」
「お前、まだ会社行かないの?」
1か月休めば元に戻ると思っていた。
先生は「まだ復帰しちゃだめです」と、もう一枚診断書を書いた。
9月の休職が決まって、復帰できると思ってたのに復帰が出来なくて悲しくて泣きながら会社の人事労務の人に電話した。
泣きながら人事労務に電話するくらいだから復帰しなくて正解だったと思う。
やはり先生の云う通り、私はまだ「頭がおかしい」状態だった。
メンタルクリニックから帰った次の日の朝、彼氏に言われた。
「お前、まだ会社行かないの?」
一番傍に居てくれる人が、なぜこんなことを言うのだろうと、何も理解ができなかった。
そう言われて、3日間風呂も入らず泣いて寝込んだ。
私は、たった一言で人間を辞めてしまう、弱い肉の塊だった。
#移動して、旅の中で、私が得たもの
「家に居るより折角ならどこか行けば」
彼氏に言われて思い立った9月。奈良に一人旅をしに行った。
誰も、私を知らない土地で。
私も、何も知らない場所で。
東大寺という祈りの土地で、目に見えないものを見て感じた。
旅行先でも仕事と叱責の悪夢に苛まれた。
朝風呂に入ったら、「そんなのただの夢じゃん」って今まで発生しなかった思考回路が生まれた。
結果、急に色々吹っ切れた。
異動は私が望んだものではなく、そこで得たものは傷つくことが多かったけど、お金に関する学びもあった。
私は失敗していないし、何も悪いことはしていない。
ただ、人事差配の結果、周囲の人間たちの環境に振り回されて疲れ果てただけだったんだ。
私は何も悪くなかった!ということにようやく気が付いた。
気が付いてしまえばあとは前向きで、失われたスタミナを回復すべくプロテインを毎朝のみ、なるべくたんぱく質と糖質をバランスよく、適度に食べ、外出してお散歩した。
徐々に外出できる時間と体力が増えていった。
奈良は私の魂のふるさとかもしれないと思う。
あの旅がなければ、救われることはなかっただろう。
#生きてるだけで金が無くなる、まるで焦土。
この休職に伴う出来事で奪われたものは心身の健康だけではない。
私の大事な資産も削られていった。
住民税一括納付
休職手続きが会社側で完了した3日後には一括納付書が届いていた。
これから収入がなくなるのに支払える額ではない。
その上、傷病手当金の振り込みはまだ先だった。
国は、生きてるのだから税を納めろとおっしゃる。
支払うべきものを納めてから、臣民を活かすための手当金をくださる。
日本の社会構造を大変学ばせていただき、非情さを思い知らされた。
これに関しては、区役所で分割にしてもらって何とか延滞することなく支払いを済ませることができた。
社会保険料の振り込み
休職中に会社から社会保険料の振り込み依頼のメールが届く。
これも、会社を通じた日本の社会構造で必要な徴収である。
住民税と合わせて何枚の万札が飛んで行ったのだろう。
社会保険料の振り込み期日の方が傷病手当金の入金よりも先だった。
口座の残高がものすごいスピードで減っていく焦りで気が滅入って余計に食欲も気力も奪われていた。
収入がないのに支払わなければならない。
貯金はない。資産を切り崩すしかなかった。
異動は私が望んだものではなく、そこで得たものは傷つくことが多かったけど、お金に関する学びもあった。
この「お金」に関する学びが10か月の間で実を成していた。
個別株投資をしていた私は、「必要な時に資産はためらいなく売れ」という金言を思い出し、必要な分だけ売って休職中の生活費としていた。
8月の休職期間は7月中の給与で生活は賄えたが、問題は9月の生活費だ。
8月から10月半ばまでの2か月半の休職で出金した履歴はこの通り。
9月16日 29万円
10月15日 12万円
10月21日 9万円
生きるために合計50万円の株を売却し、SBI証券から出金している。
当時は自立支援医療(精神科)の申請を知らなかったので、精神科通院は3割負担で、その医療費と診断書代が地味に積み重なった。
しかし、10月はそれだけでは足りず、社会保険料を支払うために24金のブレスレットを売った。
このブレスレットは私が生まれたときに、香港の習慣で祝福や願いが込められた贈り物で「長命富貴」と刻印されている。
赤ちゃんサイズで遊んでいるうちに壊れてしまったため、緊急時の貴金属として保存していた。
香港にいたころは赤ちゃんだったので記憶はないけど、私が生まれたことを喜んでくれた人が贈ってくれたものを売ることに心が痛んだ。
でも、私を助けるために姿を変えると考えて、売り放した。
もう二度と会えないお別れはとても切なかった。

奪われたものを、取り返す。
買い戻す、私の未来。
休職しなければ、今もこうして働き続けることはできなかったと思う。
同時に休職したことで、世の中はとても残酷で、
国も会社も大して「人」を守ってくれないことを痛いほどに身をもってよく知った。
大変勉強させていただきました。
同時に、あの異動による職種変更がなければ、株式市場や金融資産に関する知識はここまで増えていなかったし、その知見は身を守る資産となって増えていた(仕事の方は全く役立たずだったけど)。
灰に埋もれた真っ赤な炭は私の執念。
私から奪ったものを倍にして返してもらう。
復職しても心身の不調は波がある状態で、異動前の健康状態には戻らないと思う。取り返せないなら別のところから取り返させて頂こうと思う。


無理のない範囲で働きながら昇給しつつ、昇進はせず、会社からお給料というお金を投資になるべく回して自分を守るセーフティーネットを自分で構築する。
傷病手当金もすぐに入らない。
収入がなくなるというのに、会社と国から金をむしり取られる。
むしり取られることを知ったので、先に資産を蓄えさせていただくことを決めた。
長期投資によるセルフ生活保護配当モデルを自分でつくる。
2030年までのゴール。
買い戻す、私の未来。
2026年6月、四季報夏号が発売された。
私はいま「四季報写経」をしている。
3,000社以上の上場企業をスクリーニングし、17項目をスプレッドシートに入力してデータベース化。
高配当利回りかつ株安銘柄と成長性配当銘柄を自分の手と目と脳で選び、投資を行う。
いつ、会社が潰れてもいいように。
またいつ、私が壊れてもいいように。
国にお金を取られても余裕でいられるように。
2030年までに、年間120万円の『セルフ生活保護配当』をつくりきる。
奪われたもののすべては戻らないけれど、
私の未来はまだ買い戻せる。
絶対に取り戻す。