メインコンテンツへスキップ
見出し画像

癒しとは?

    先日、勉強会で癒しについて考える機会があった。
    あなたにとって癒される人ってどんな人?
    癒されるときってどんな時?
    そんなテーマでジャーナリングしていった。

    私が「癒される人」としてイメージしたのは、
    ・穏やかな笑顔で話を聞いてくれる人(作り笑顔ではない)
    ・声のトーンが落ち着いていて、相槌やうなづきで承認してくれる人。
    ・同調してくれなくていいので共感(受容)してくれる人
    ・否定しない人
    ・とはいえ、意見も言ってくれる人
    ・上からでなく、フラットな立場で話してくれる人
    ・自分のことだけでなく、人のためにも一生懸命愛を与えている人
    ・損得だけでなく動ける人

    というようなイメージ。
    具体的に顔が浮かぶ人が何人もでてきたので、
    その名前も書いてみたけれど、これらを書いていること自体がとてもいやしになることだなぁ、、、と感じてきた。
    特に、具体的な人物をイメージしてみると、その人たちの女神(女性だけじゃない!)のような笑顔しか思い浮かばない。
    ああ、ああいう人になりたいんだなぁ、私はと横道にそれつつ、それも書き留めていく。

    癒されるのはどんな時か?
    ・心理的安全性のある場で
    ・互いにマウントとの取り合いなどがなく、尊重しあえる場で
    ・静かな音楽が流れていたり
    ・心地よい風が吹いていたり
    ・良い香りがしていたり(人工的ではない)
    ・自然の中だったり
    ・攻撃的な人がいない場で
    ・穏やかに時間が流れる場で(追い立てられることのない場)

    というようなことをイメージしながら、どんどん書き出していった。
    これらを書いているだけで、なんだかどんどん癒されていく!と感じられるのが不思議!

    一旦かきおわったら、今度は

    癒されない人ってどんな人?

    違和感があったり、嫌な気持ちになる人についても考えてみた。
    これらを具体的に思い浮かべて書き出していくうちに、
    過去、自分にとって、心が痛くなった経験を思い出してしまい、
    その時の相手の顔や言葉、場面がよみがえってきて、ちょっとばかりチクッとしてしまった。

    それでも浮かんできた言葉をどんどん書き続けているうちに、
    ・それはもう過去の話だよね
    ・今は乗り越えているね

    という、もう一人の自分の声も聞こえてきて、その経験は過去のことで、今の私には何の影響も及ぼしていないことに気づかされた。

    もっと言うと、その出来事も、「ある人がこう言った」という事実があっただけで、それに対して「嫌なできごと」と感じたのは私自身の受け止め方であって、それは私の中の現実でしかないのだ(ほかの人からは違って見えるのかもしれない)、ということも理解できた。

    いろんな角度から自分の中の「エゴ」に気づいていくと、本当に穏やかな気持ちでいられるのだなぁと感じる今日この頃。
    周りがざわざわとしていても、自分の心の中に平穏を持っておくことが本当は一番幸せに生きられることなのではないのかな?
    (人によって、幸せの定義は違うので、あくまでも私にとっての幸せという意味)

    ということで、勉強会では「人の癒しなるために」というテーマでいろいろ考えた時間だったのだけど、考えていたら、最終的には自分が一番癒されたという話でした。

    コーチングでもそう。
    結局のところ「何か解決してあげよう」なんてことは、何も考えなくていい。そもそもそんなことできるわけがないのであって、相手がどうしてほしいのかも、きっとこんなんだろうという先回りの思考も手放して、空っぽになって受け止めるのが、きっと一番役に立てることなんだろうな。

    --------------
    ちょっと立ち止まったり、一歩を踏み出したいのに、動けずにいるとき、
    対話を通じて、一緒に考えてみませんか?
    https://www.asterisc.net/



    この記事が参加している募集

     
     
     
    自遊人で副業家/ 幸せに生きるヒントや、自遊人としての旅の記録など 総合商社のワーママ⇒キャリア支援会社を共同創業⇒子連れカフェ、保育室付きコワーキング⇒自遊人&ライフデザインコーチ。おひとり起業家の伴走支援他  問合せ⇒https://qr.paps.jp/a34Mo

    あなたへのおすすめ