
そのタクシーの行き先
母とのお出かけはここ何年かはシニアカーだった 最近はスタイリッシュな型のものがあってよく一緒に近所の公園まで散歩していたものだが亡くなる一年ほど前から移動はタクシー(または救急車)になった
いつも同じタクシー会社を頼んでいたから顔なじみになった運転手さんもいらっしゃるのは安心感があった 一般のタクシーでは基本的に乗客の介助は出来ない 足元おぼつかない母と付き添いにしては頼りない私にはらはらしていらしたに違いない
手は貸せないけれど声をかけてくださったり降りやすい向きに停めてくださったりとよく助けてもらったのを覚えている お世話になっていたD交通のタクシーを街中で見かけると 頑張って走っているね 本日も安全運転でね などと声をかけていた(さすがに心の声です)
そんな中 いつも同じ時間に同じ場所を走っているD交通のタクシーに出くわすようになった
空が白むかどうかの4時半に歩行者信号が青に変わるのを待っていると必ず通り過ぎるのだ
クレイオ♪は夜中を実家で過ごし母の無事を見届けた明け方に帰宅を日課としていたから たぶんほぼ毎日だろう
まだ暗い道を物影にびくびくしながら歩いている時そのタクシーを見かけると知った人に出会ったようにホッとした
無性に泣けてきて涙で視界がぼやけた先を馴染みの行灯(正式には社名表示灯って言うんだって)の明かりが見守ってくれているように思えた
ひとしきり泣いて少し落ち着いてくると こんな時間に毎日タクシーを利用する人が気になってきた
(いま思えば もしタクシーからも見えたとして4時半に泣きながら信号待ちしている歩行者の方が気になります たぶん)
ともかく座席の影でしか見えないその人をあれこれ想像してみる きっと仕事だよね 毎日見かけるから
住宅街で駅の方に向かっているから夜勤帰りには思えない 朝の報道のテレビ局の人とか・・交替勤務のお医者さんとか・・
どうでもいい それでも今 同じ時間に活動している人が他にもいるというだけで嬉しかった
しばらくそのタクシーを見かけない日が続いて 勝手に心配して また見かけるようになって安心したのもどうでもいい
だけど 案外どうでもいいことに人って救われているのかも知れないなあ とも思う
残念ながらクレイオ♪は4時半にその横断歩道を渡ることがなくなったのでそのタクシーもそれ以来見かけることはないが 今もその人が目的地に向かって変わらずタクシーに乗っていたらいいなあと やっぱりどうでもいいことを思っている