芋出し画像

あの日、凧の糞を握っおいた小さな手を、僕はただ芚えおいる


嚘の高校の孊園祭で、嵐の「カむト」を聎いた。

䜓育通いっぱいに広がる歌声を聞いおいるうちに、目の前の高校生の嚘が、い぀の間にか、海蟺を走っおいた小さな女の子に重なっおいた。

子どもが倧きくなるずいうのは、こうしお少しず぀、手の䞭の糞を送り出しおいくこずなのかもしれない。





先日、嚘の高校の孊園祭ぞ行っおきた。

女子校の孊園祭ずいう堎所は、おじさんにずっお䜕床来おも少々萜ち着かない。



もちろん、悪いこずをしおいるわけではない。ちゃんず嚘ずいう立掟な入堎理由もある。

それでも、楜しそうに行き亀う女子高生たちの䞭を歩いおいるず、なぜだか普段より少しだけ姿勢がよくなる。

䜕床来おも慣れないものだ。



今回の目的は、嚘が所属する合唱郚のコンサヌトだった。

嚘は高校1幎生

䞭高䞀貫校なので、䞭孊1幎で合唱郚に入り、今幎でもう4幎目になる。


䜓育通の舞台には、䞭孊生から高校生たでが䞊んでいた。

その䞭に嚘の姿を芋぀ける。





䞭孊生の頃ず同じ制服姿を䜕床も芋おきたはずなのに

こうしお舞台の䞊にいる嚘を芋るず、

い぀の間にこんなに倧きくなったのだろうず思う。



䜕曲か披露された䞭に、嵐の「カむト」があった。

米接玄垫さんが䜜詞・䜜曲した曲だ。



歌い出しは



「 小さな頃に芋た 高く飛んでいくカむト

離さないよう ぎゅっず匷く 握りしめおいた糞

憧れた未来は 䞀番星の偎に

そこから䜕が芋えるのか ずっず知りたかった 」


ずいう歌詞だった。


聞き芚えのある旋埋が流れ、嚘たちの声が重なっおいく。


䜓育通の高い倩井ぞ、歌声がゆっくり昇っおいくようだった。

その瞬間、僕の䞭から䜓育通の景色が少しず぀遠のいおいった

代わりに浮かんできたのは、ずっず昔の海蟺だった。




嚘がただ小さかった頃、䞀緒に凧揚げをした日のこずだ。

たしか、少し寒い季節だった。

海から吹いおくる颚は冷たく、朮の匂いを含んでいた。

嚘は小さな手で糞巻きを握り、僕は少し離れたずころで凧を持っおいた。



「いくよ」

「うん」

僕が手を離す。

嚘が走る。



けれど、凧は思うようには䞊がらない。

少し浮いたず思えば傟いお、砂の䞊ぞ萜ちる。


拟っお、もう䞀床

たた萜ちる。


「もっず走っお」

そう蚀うず、嚘は䞀生懞呜走った。


小さな靎で砂を蹎りながら、䜕床もこちらを振り返る。

それでも、なかなか颚は凧を連れおいっおくれなかった。



ずころが、䜕床目だっただろう。


海のほうから、急に匷い颚が吹いた。

次の瞬間、凧がぐっず持ち䞊がった。

糞が匵り、嚘の小さな䜓たで前ぞ匕っ匵られそうになる。



「離すなよ」

思わず声が出た。

嚘は䞡手で糞巻きを握った。



ぎゅっず

本圓に、ぎゅっず


そこからだった

さっきたで䜕床も砂の䞊ぞ萜ちおいた凧が、たるで別のものになったように空ぞ昇っおいった。


十メヌトル

二十メヌトル

さらにその向こうぞ。


糞巻きから糞がするするず出おいく。

凧はどんどん小さくなっお、青い空の䞭ぞ溶けおいきそうだった。




嚘はうれしそうに笑いながら、ずっず䞊を芋おいた。

僕はその暪で、糞が切れおしたわないか、党郚出おしたわないかず心配しおいた。


あんなに小さな凧が、ひず぀颚を぀かんだだけで、こんなに遠くたで行けるのか。


あの日は、ただそれがおもしろかった。

その景色に、䜕か特別な意味があるなんお考えもしなかった。




それから、ずいぶん時間が経った。


気が぀けば僕は、海蟺ではなく䜓育通の怅子に座っおいる。

目の前では、高校生になった嚘が歌っおいる。

歌声は幟重にも重なり、僕の頭䞊を越えお、高い倩井ぞ䌞びおいく。


嚘には埌茩ができた。

芪の知らない友達がいお、芪の知らない時間がある。

僕の知らないずころで笑い、悩み、時には傷぀き、それでも自分で考えお進んでいる。


あの頃は、嚘のすぐ暪に僕がいた。

凧が萜ちれば拟い、糞が絡たればほどいおやれた。


今は、もう違う

昔は同じ景色の䞭にいた嚘を、今の僕は客垭から芋おいた。

そのこずに気づいたずき、少しだけ胞の奥が熱くなった。




コンサヌトの最埌に、高校2幎生の郚長さんが前ぞ出た。

この合唱郚では、高校2幎生の秋で郚掻動を匕退する。

そこから先は、本栌的な受隓勉匷が始たる。



郚長さんが匕退の挚拶を始めた。

けれど、ほんの数蚀話したずころで声が震えた。

蚀葉を続けようずする。




涙がこがれる

少し息を敎えお、たた話す。


その埌ろでは、高校2幎生たちが泣いおいた。

埌茩たちも泣いおいる。

客垭のお母さんたちも、そっず目元を抌さえおいた。


そしお、お決たりのように僕も泣いおいた。

来幎は、嚘の番だ。


あず䞀幎

䞀幎埌、この子も最埌の舞台に立぀。

そのずき、どんな顔をしおいるのだろう。



そんなこずを考えながら嚘を芋た。

呚りの生埒たちは号泣しおいる。

肩を震わせおいる子たでいる。



その䞭で、

うちの嚘だけ、普通の顔をしおいた。



  匷い

倧物なのだろうか。

それずも、䜕も考えおいないのだろうか。


さっきたで胞をいっぱいにしおいたのに、思わず笑っおしたった。



家に垰っおから聞いおみた。

「あれ感動しなかったの」


嚘は少し考えおから、

「いや、ちょっずうるっずきたよ」

ず蚀った。



そうか

よかった。

䞀応、人間の心は通っおいるらしい。



来幎はどうだろう。

きっず䞀幎埌には、今日ずは違う涙がある。

そしお、その舞台を降りれば受隓があり、その先には倧孊があり、さらに向こうには、僕の知らない嚘の人生が続いおいる。



「カむト」の䞭には、

「糞の繋がった先たで」

ずいう蚀葉が出おくる。

あの日、海蟺で凧を揚げおいた頃の僕なら、糞は凧を飛んでいかせないためのものだず思っおいた。



けれど今は、少し違っお聞こえる。

あの海蟺で、

「離すなよ」

ず蚀ったのは僕だった。


嚘はその蚀葉どおり、小さな手で糞を握りしめおいた。

でも、これからはきっず逆なのだ。


少しず぀離しおいかなければならないのは、芪のほうなのだ。



颚を぀かむたびに、少し糞を送る。

たた颚を぀かんだら、もう少し送る。

そうしおいるうちに、い぀しか子どもは、芪の知らない空を飛ぶようになる。




孊園祭が終わり、倖ぞ出た。

倕方の光が校舎の窓に反射しお、ずころどころ橙色に光っおいた。



嚘が少し先を、友達ず話しながら歩いおいた。

その埌ろ姿を芋おいるず、䞀瞬だけ、あの日の海蟺が重なった。


小さな靎で砂を蹎りながら、凧を䞊げようず䜕床も走っおいた女の子。

䜕床凧が萜ちおも、たた拟っお走っおいた。

あの頃は、僕もすぐ暪を走っおいた。

今は少し埌ろから、その背䞭を芋おいる。



嚘は振り返らない。

友達ず䜕か話しお、笑いながら歩いおいく。


僕も远い぀こうずは思わなかった。

そのくらいの距離が、今はちょうどいいのかもしれない。



倕暮れの空を芋䞊げおも、もちろん凧は飛んでいなかった。

それでも、あの日の糞の感觊だけは、䞍思議なくらい手の䞭に残っおいる気がした。


来幎の秋

最埌の舞台で、嚘は泣くだろうか。


それずもやっぱり、みんなが号泣しおいる暪で、普通の顔をしおいるのだろうか。

たあ、どちらでもいい。


そのずきも僕はきっず客垭の隅で、

嚘より少し先に泣いおいる。







あずがき


䜕でもない䞀日の蚘憶ほど、ずっずあずになっお、䞍意に戻っおくるものなのかもしれたせん。

「カむト」を聎かなければ、あの日の海も、颚も、小さな手で糞を握る嚘の姿も、思い出さなかった気がしたす。

来幎は、嚘たちが最埌の舞台に立぀番です。

嚘が泣くかどうかは分かりたせん。

でも、客垭の僕が先に泣いおいるこずだけは、たぶん間違いありたせん。









いいなず思ったら応揎しよう