51歳のおっさん、汗だくで登った星田妙見宮。そこは北斗七星が降り、徳川家康も身を潜めた歴史と伝説の街だった。
皆さんは、「星が降った」という伝説が残る神社をご存じでしょうか。
しかも、その場所が大阪府交野市にあると聞いたら、少し気になりませんか?
私は神社巡りが癒しの場所から、最近趣味になった51歳のおっさん。
休日になると御朱印帳を片手に、あちこちの神社を巡っています。
今回は以前から、ずーっと気になっていた星田妙見宮へ行ってきました。
「歴史のある神社なんやろうな」
そのくらいの気持ちで向かったのですが、帰る頃には考えが変わっていました。



ここは単なる神社ではありません。
歴史と伝説が今も息づく場所でした。




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真夏の参拝は、まず自分との戦い(笑)
駐車場に車を停め、鳥居をくぐると、すぐに山へ向かう参道が続きます。
この日は真夏日。35度超え💦
周りを見渡してみると、私だけではありません。
前を歩く方も、後ろから来る方も、
「ゼーゼー…ハーハー…」
途中の木陰やベンチで一息つきながら、
「あと少し…」
「もう着くかな…」
そんな表情で、一段一段ゆっくり登っていきます。







知らない人同士なのに、目が合うと無言でうなずき合う(笑)。
「あぁ、この人も仲間や。」
そんな妙な一体感まで生まれていました。
まるで**“真夏の登山部・星田妙見宮支部”**です(笑)。
朝から気温も高く、一歩歩くだけで汗が噴き出します。
「まだ着かへんの?」
「あとどれくらい登るんやろ…」
そんなことを思いながら石段を一段一段登りました。
51歳になると、若い頃のように勢いだけでは登れません(笑)。
途中で深呼吸をし、水分補給をしながらゆっくり歩く。
でも、不思議なんです。
木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえ、山から吹く風が体を包み込む。
汗だくなのに、心はどんどん落ち着いていく。
神社巡りが好きなのは、この時間があるからなのかもしれません。
そして、もう一つ心を打たれたことがありました。
境内を歩いていて気付いたのですが、これだけ自然に囲まれているのに、参道には落ち葉がほとんど落ちていません。
「こんなに綺麗なんや。」
そう思いながら歩いていると、参道のあちこちに箒やちり取りが置かれ、
「ご協力よろしくお願いいたします。」
と書かれた案内がありました。
実は星田妙見宮では、参拝者が自主的に参道を掃きながら本殿を目指す「おもてなし」の文化が根付いているのです。
「せっかくやし、僕もやってみよう。」
箒を手に取り、ほんの数分ですが落ち葉を掃いてきました。


汗だくになって登ってきたのに、さらに掃除までしている自分。
「何しに来たんや(笑)」と思いながらも、不思議と嫌な気持ちは一つもありません。
むしろ、神様へ「お邪魔します」とご挨拶をしているような、清々しい気持ちになりました。
神社は誰かが綺麗にしてくれている場所。
そう思っていましたが、この日は違いました。
「参拝者みんなで守る神社。」
そんな温かい空気が、星田妙見宮には流れていました。
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星田妙見宮は「星が降った神社」
星田妙見宮の創建は平安時代初期、弘仁年間(810~824年頃)と伝えられています。
伝説では、弘法大師・空海がこの地で秘法を修した際、北斗七星(七曜星)が天から三か所へ降り立ったとされています。
その一つが、この星田妙見宮です。
だから交野市には「星田」「星の森」など、星にちなんだ地名が数多く残っています。
ただ名前がおしゃれだから付いたのではありません。
1200年以上語り継がれてきた伝説が、町の名前にも息づいているのです。
歴史を知って歩くと、いつもの参道が少し違って見えてきます。
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北斗七星を信仰する神社
妙見宮の「妙見」とは、北極星や北斗七星を神格化した妙見信仰のこと。
昔の人にとって北極星は、旅人の道しるべであり、人生を導く星でもありました。
そのため星田妙見宮は、
* 開運
* 厄除け
* 方位除け
* 家内安全
* 交通安全
などの御利益があると信仰されています。
スマートフォンで目的地へ行ける時代ですが、人生の道しるべだけは、今も簡単には見つかりません。
だからこそ、こうした信仰が現代まで残っているのかもしれません。
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歴史を知ると、街の景色まで変わる
神社を参拝していると、由緒板を読まずに帰る人も多く見かけます。
でも私は最近、その時間が一番好きです。
歴史を知ってから境内を歩くと、
「この石段を昔の人も登ったんやろうな」
「この木も何百年も参拝者を見守ってきたんやろうな」
そんなことを考えるようになりました。
50代になると、ただ「見る」だけではなく、「感じる」楽しさが増えてきた気がします。
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そして、もう一つの歴史が待っていました
参拝を終え、駐車場へ戻ろうとしていると、一枚の案内板が目に飛び込んできました。
「伝 家康ひそみの藪」
思わず足を止めました。
「えっ、徳川家康?」
神社と家康。
最初は結び付きませんでした。



案内板によると、天正10年(1582年)の本能寺の変で織田信長が亡くなった知らせを受けた徳川家康は、堺から三河へ戻る「伊賀越え」の途中、この竹やぶに身を隠したと伝えられています。
さらに平井家では握り飯を用意し、村人が命がけで道案内をしたという話まで残っています。
教科書で学んだ本能寺の変。
その歴史が、交野市につながっていることに驚きました。
静かな竹やぶを眺めながら、
「もし本当にここで家康が息を潜めていたなら…」
そんな想像をすると、歴史が急に身近に感じられます。
江戸幕府を開いた徳川家康。
もしこの場所で助からなければ、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれません。
そんな”歴史の分岐点”に立っているような、不思議な気持ちになりました。
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51歳になって思うこと
若い頃なら、
「神社へ行って、お参りして終わり。」
それで満足していたと思います。
でも今は違います。
歴史を知る。
由緒を読む。
昔の人の想いに触れる。
そして、その場所に実際に立ってみる。
そうすると、一つの神社が何倍も面白く感じられるようになりました。
汗だくになりながら登った石段も、帰る頃には「登ってよかった」と思える思い出になります。
年齢を重ねると体力は少し落ちます。
でも、その分だけ歴史や自然、人の想いを味わえる感性は豊かになるのかもしれません。
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おわりに
星田妙見宮は、単なる神社ではありませんでした。
北斗七星が降ったという伝説。
弘法大師・空海との深い縁。
妙見信仰が育んだ歴史。
そして、徳川家康が身を潜めたと伝わる竹やぶ。
一つの場所に、これほど多くの物語が詰まっていることに驚かされました。
もし大阪で「歴史を感じられる神社はどこ?」と聞かれたら、私は迷わず星田妙見宮をおすすめします。
少し汗をかくかもしれません。
でも、その汗の先には、1200年以上受け継がれてきた伝説と、日本史の大きな転換点を感じられる景色が待っています。
歴史は教科書の中だけではありません。
実際にその場所へ行き、自分の足で歩いたとき、初めて心に残るものになる。
そんなことを教えてくれた、忘れられない一日になりました。
