
『新昔話 力丸と紅大蛇』
あらすじ むかしむかし。若竹村の若者・力丸は棒術の達人の爺様、料理の上手い婆様に育てられ強く逞しく成長します。やがて力自慢の村の相撲で10人抜きを達成し、村の大横綱になります。その後、村の神社で神の力を宿すことができる力石持ち上げの儀式を成し遂げ、力試しの旅に出ます。道中では、野盗に襲われるも一蹴し、やがて立ち寄った紅村(くれないむら)では、男たちの多くが怪我をしていました。理由を尋ねると紅村の特産品である紅大芋を取りに行こうとすると、3か月前からあやかしと思われる紅色の大蛇が出てきて、邪魔をするのだそうです。噛みつかれたり、体を締め付けられたり、弾かれたりと男衆は散々な目にあっているのでした。それを聞いた力丸は、自分の力試しにと紅大蛇がいる紅大芋畑へと向かうのでした・・・。
〜若竹村の力丸〜
むかしむかし。
あるところに若竹村というそこそこ大きい村がありました。竹林が多く、竹細工や筍料理が有名でした。また行事としては、村内外の力自慢の者が年に一度集まり、神社で神前奉納相撲大会を開く祭も有名でした。
そこにはとても力が強い力丸(ちからまる)という若者がおりました。
若くして両親を流行病で亡くした力丸は、心優しい次郎助(じろすけ)お爺さんと桜(さくら)お婆さんに育てられました。
お爺さんは昔、都の警備隊長をしており、棒術の達人でした。お婆さんは同じく都の料亭で働いており、季節の食材を丁寧に扱い、料理が非常に上手でした。力丸は2人の畑仕事を手伝い、重い農作物を背負い、登り降りの激しい道を何往復も歩き、過酷な労働を人の三倍はこなしていました。
生来、体を鍛えるのが好きなのか、空いてる時間があれば若竹神社裏の滝で滝行をしたり、他所の村へ重い荷物を運ぶのを手伝ったり、村の男衆と相撲を取ったり、お爺さんに棒術を教えてもらったりとドンドン強くたくましく、そしてお婆さんの美味しい栄養満点の料理を食べて、体も立派に大きく成長しました。
10代の若者が一時的に粗暴になることがありますが、まるで力丸は粗暴になる暇がない様に働き動き続けては自分の力を向上すること、村の役に立つことに目いっぱい取り組むのでした。
子供の頃から、のんびりとした優しい性格のまま、笑顔がよく似合う若者へ、やがて力丸は牛と縄で引っ張り合いをしても勝つようになり、今年になって村内外の力自慢の男衆と神前奉納相撲では、史上初となる10人抜きを達成して村の大横綱と呼ばれていました。
そして、半年分の食料の蓄えが準備できた頃、力丸はお爺さん、お婆さんに相談をしました。
「爺様、婆様、今までおいらを育ててくれてありがとう。おいらは半年ほど力試しに各地を放浪してみたいと思っとるんだが、宜しいだろうか?」
突然の力丸の言葉に驚いたお爺さん、お婆さんでしたが、力丸の成長になるならと旅立ちを許しました。
「力丸。旅立つ前に若竹神社の力石に挑戦してみんか?」
お爺さんがそう言うとお婆さんも賛成しました。
「そりゃあええ。若竹神社の力石を持ち上げた男衆には神様の御加護がついて、神様の気が身体に宿る。旅に出る前に挑戦してみればええ」
「はー。それじゃあ、挑戦してみるかあ」
お爺さん、お婆さんと共に力丸は若竹神社に向かいました。
村の丘の上にある若竹神社へ上るとお爺さんは宿舎の玄関へ向かい声をかけました。
「こんにちは。神主さん、おられますかな」
すると奥から初老の男性が出てまいりました。
「はいはい。お待たせしました。おお、次郎助さん、桜さん、力丸、お参りですかの」
ニコニコと笑顔で初老の男性・神主さんが話しかけてきました。
「神主さん。力丸がこの度、力試しの旅に出かけることになりましてな。その前に力石に挑戦しようという話になりまして」
お爺さんがそう言うと神主さんは「ほう」と少し驚いた顔をしました。
「そうですか。力試しの旅にのう。力丸も立派な若者になりましたからの」
ふむふむとうなずきながら神主さんは、力丸をみつめました。
「わかりました。では準備するので、少しお待ちを」
やがて正装に着替えた神主さんが現れました。
「いやいや。力石、久しぶりの挑戦だのー」
神主さんがお爺さんとお婆さんと力丸に向かって笑顔で話しかけました。
「五年ぶりぐらいですかな?」
お爺さんが尋ねました。
「そうですの。五年ぶりですな。あの時は、ちょうど神前奉納相撲で5人抜きした弥太郎が挑戦しましたな」
「そうそう。弥太郎どんでしたな」
「あの時は力石を台座から上げれたが、肩にかつげなんだからなあ。あともう少しだった。惜しかったのー」
「結局、弥太郎どんが最後で挑戦するものはいなくなりましたな」
お爺さんと神主さんが話しながら、お婆さんと力丸がその後ろについて歩いていくと、神社の境内の一角に人一人が入れる大きさの社に付きました。
社の上部には、しめ縄が四方に飾ってありました。社の真ん中に石の台座があり、その上に大きく丸い石が乗っており、【力石】と彫ってありました。
また社の後ろには石板があり、力石を持ち上げた者、神気宿る者として、三人の名前が彫ってありました。
「これが持ち上げると神様の気が身体に宿るとされる力石だ」
神主さんが力丸に振り返って説明し始めました。
「力石を持ち上げるにあたっての決まり事は三つ。一つ、挑戦は一生に一度きり」
神主さんは、指を一本立てました。
「二つ、肩の上に持ち上げて三秒静止することで成功とする」
ゆっくりと二本目の指を立てました。
「三つ、台座から持ち上げた時点で開始として、台座や地面に落とすと終わりとする」
そして三本目の指を立てました。
「また成功者は裏の石板に名前を彫られ、神威(しんい)と書かれた神の気が宿った鉢巻を授与される。言い伝えでは、200年前からこの力石への挑戦が始まったが、未だ三人しか成功したものはおらん」
神主さんは言い終わると力丸に尋ねました。
「わかったかの?」
「わかりました」
頷きながら、力丸は答えました。
「よし。では力石挑戦の儀式を行なうとしますかの」
神主さんは力石に対して二度頭を下げ、拍手を二度打ち、もう一度深く長く頭を下げました。
頭を起こすと先ほどまでの声の大きさとは違い、初老の男性とは思えないほどの野太く大きな声を発しました。
「若竹神社に座します大力(たいりき)の神に畏み畏み(かしこみかしこみ)申す。これより、若竹村の力丸が力石持ち上げの儀を行う。見事成功し時には、その神威を身体に宿したまえ」
そして力石の前に備えてあった白い紙のついた棒・大麻(おおぬさ)を持ち、力石に向かって高く上げた後、振り返り力丸の頭上で左右に振りました。
「これで挑戦の儀式は終わりだ。さあ力丸、持ち上げだ」
神主さんが横に避けると、力丸は一歩前に出ました。
力丸は手を合わせ一礼をすると、足を広く開き腰を落としてから、ふうと大きく息を吐いて、力石を両手で抱え込みました。
「ふん」
力丸は小さく声を上げて、力石を台座から持ち上げました。
前腕の筋肉が膨れ、血管が浮かびます。
「おお。まずは台座離れに成功」
神主さんの目が大きく開きました。
力丸はゆっくりと体を起こし、右手を力石の下に回します。
見守っているお爺さん、お婆さんも力が入ります。
お爺さんは黙って腕を組んで見つめています。
お婆さんは両手を組んで握りしめています。
「がんばれ、がんばれ」
お婆さんが声を出して応援し始めました。
「むむむ」
力丸の顔が紅潮し、足、胴体、腕の筋肉が張り詰めていきます。
「よいしょい」
力丸は目を細めると、掛け声と共に力石を左肩に乗せます。
「おおおっ」
思わず神主さん、お爺さん、お婆さんが声を上げます。
「そのまま」
神主さんが右手を上げ、数を数えます。
「一つ」
力丸の全身がぶるぶると震えています。
「二つ」
すると力石から金色の光が溢れだしました。
「三つ」
その金色の光が力丸の体を包みこみました。
「成功!」
やや興奮した神主さんが声を上げると、力丸はゆっくりと台座に力石を降ろし、
「はー」
大きくため息をつきました。
「でかした!」
お爺さんは両腕を上げて拳をつきあげました。
「ようやった!」
お婆さんは手が壊れんばかりに拍手をしています。
力丸の息は上がり、全身から汗が噴き出していました。そして力丸の体を包む金色の光は、両腕に吸い込まれるように消えていきました。
「見事、力石持ち上げの挑戦は成功。力丸の名は後日、石板に彫り込もう。四人目の成功者としてな。そして成功者の証明としてこの神威宿りし鉢巻を授与しよう」
神主さんは懐から白地に太く黒文字で【神威】と書かれた鉢巻を力丸に渡しました。
「先ほど、力石から金色の光が溢れ出て、力丸の体に浸み込んでいったのが視えたかと思うが・・・」
「おおっ。挑戦が成功した興奮で忘れていたが、あの光は一体…」
お爺さんがそう言えば、忘れ取ったとお婆さんに言いました。
「私にも見えましたが、あれは・・・」
お婆さんが言葉を引き継ぎ、神主さんを見上げました。
「あれは大力の神様の神威での。あれを身体にまとうことにより、その者は御加護を授かると言われておる」
「御加護?」
力丸が自分の両手を見ながら尋ねました。
「天災や獣たちによる事故などに巻き込まれにくくなり、先ほど渡した鉢巻を締めることにより、神威が身体にみなぎり、あやかしの魔力を破り、退治することができると言われておる」
「あやかしの魔力・・・」
「そう。もともと視える者には視えるらしいが、あやかしの気配というか、実体を視ると黒いような紫のようなモヤが視えるという。あやかしは人並みの賢さ、尋常ならざる力、不思議な妖力を使う。ここ最近はこの村にはあやかしたちが出ることが無くなったが、まだまだ至る所で被害にあっとる村や都もあるでの。道中気をつけることよ」
神主さんは力丸の肩を軽く叩きました。
それから数日後、ついに力丸が旅立つ日がやって来ました。
村の衆から旅立ちのお祝いを前日してもらい、しばしの別れを惜しみました。そして今日は若竹村の村長・喜左衛門、お爺さんとお婆さんは、力丸を村の外れまで見送りに来ていました。
「先ほど、力丸がいなくなると力仕事が滞ると言われたらかなわんと、村の男衆が気合をいれておった。また、来年の神前奉納相撲では、力丸に土をつけるぞと息巻いておった。お前の力試しの旅が、良い発奮材料になっとるみたいだ」
そう言うと恰幅の良い喜左衛門は腰に手を当てて、笑いました。
「神主さんから聞いたが、力石も持ち上げに成功したらしいのう。大力の神様の御加護も身に付いたというし、準備万端だ。しっかり修行してこいよ。これは村からの餞別だ」
喜左衛門は路銀の入った布袋を力丸に渡しました。
「若竹村の本年度大横綱として恥じぬよう、油断せずにな」
「ありがとうございます。村長さん」
力丸が深くお辞儀をすると、喜左衛門はうんうんと笑顔でうなずきました。
「これはわしが都の警備で使っていた棍棒だ。近頃、山越えをしようとすると山賊が出るというのも耳にしとる。ここいらは大丈夫と思うが、用心するに越したことはない。お前に教えた棒術、道中役に立つと思うから持っていけ」
お爺さんが力丸に五尺の赤黒い棍棒を渡しました。
「爺様、ありがとう」
「道中も基本の稽古を怠るなよ」
お爺さんは力丸の肩を力強く叩きました。
「これは、爺様と私からの路銀と滋養強壮の丸薬。あと握り飯と水筒。力試しの旅だから、多少は無理しないとダメだとは思うけども、体を大切にね」
「婆様、ありがとう」
お婆さんから旅道中の袋を渡された力丸は、お婆さんの肩を数回撫でました。いつも気丈に振舞っているお婆さんでしたが、目には涙が浮かんでいました。
「婆様、未来ある若者の旅立ちだ。笑って見送ってやろう」
お爺さんはお婆さんの肩を引き寄せて、力強い声で言いました。
「雪が降る前には帰ってくるで、村長さん、爺様婆様無理せずに、達者で過ごしてください」
三人に深くお辞儀をすると力丸は村から旅立って行きました。
力丸の姿が見えなくなるまで、喜左衛門、お爺さんとお婆さんは見送っていました。
「さて、雪が降るまでには、帰ると言っておったから、それまで元気に過ごして、力丸を心配させんようにしないとな、次郎助さん、桜さん」
「そうですな」
「そうですね」
喜左衛門の呼びかけに二人が答えて、村に戻ろうとした時に、力丸が今歩いて行った道から飛脚が村に入ってきました。飛脚は三人を見つけると声をかけました。
「おお。ちょうど良かった。喜左衛門さん。村長のあなた様に文が届いておりますよ」
「おお。ご苦労様。どこからだろう」
「隣の村、大松村の村長・勘右衛門さんからです」
額の汗をぬぐってから、飛脚は文箱を開けて中から文を取り出して、喜左衛門に手渡した。
「うむ。確かに受け取った。何文(なんもん)だい」
「はい。二文になります」
喜左衛門は懐から銭を出して、飛脚に渡しました。
「はい。確かに。急ぎの用らしいので、お早目に見てほしいとのことです」
「わかった」
「それでは失礼します」
飛脚はお辞儀をすると、今来た道を歩いて帰っていきました。
「どれどれ、急ぎの用とはなんだ」
喜左衛門が文を開いて中を読み込むと、眉間に皺が寄りました。
「凶ごとですかな」
喜左衛門の表情から察して、お爺さんが尋ねると、厳しい表情をした喜左衛門が振り向きました。
「大松村と若竹村の間にある松竹山にここ数日、野盗が出始めて、金銭や荷物を剝ぎとっているから、注意を村全体にしてほしいとのこと」
「なんと」
「どうやら、都の方から流れてきた無頼者の集団らしい。何人かの旅人が命までは取られてないが、被害にあってるらしい」
「それは一大事」
お爺さんも厳しい表情になりました。
「そしてこれは急ぎの用ではないが、大松村のさらに向こうの紅村(くれないむら)では、大蛇のあやかしが出て、村に被害が出ているそうな。あやかしにもご注意をと」
喜左衛門は文をゆっくり閉じて、ため息をつきました。
お婆さんは心配そうな顔つきになり、
「爺様。力丸は大丈夫でしょうか」
と尋ねました。
その言葉を聞いたお爺さんは、厳しい表情を緩めました。
「婆様よ。今、わしが真剣な表情をしたのは、野盗の被害にあった人たちを考慮したものよ。その被害にあった人、またこれから被害にあう人たちのことを思えば一大事。しかし、力丸のことは心配しとらん」
「・・・?」
お爺さんは自身に満ちた顔で話しました。
「婆様。都の警備隊長だったわしが棒術を指導したんだ。そんじょそこらの野盗が束になってかかっても敵ではないわい。しかも力丸は怪力無双。あれほどの力の持ち主は都でも1,2を争うだろう。警備をしていても、なかなか見たことがない」
にたりとお爺さんは笑いました。
お婆さんは安心したように、強張った表情が緩んでいきました。
二人の会話を聞いていた喜左衛門は、文を懐にしまいました。
「次郎助さん、桜さん、わしは村に山賊のことを知らせる準備をしに先に帰る。ではまた」
小走りで喜左衛門は村へと戻って行きました。
「わしらも帰るか。婆様」
「そうですね」
お爺さんとお婆さんもゆっくりと村へ戻って行きました。帰りながら、お爺さんは腕を組み、考え事をしていました。
(油断や何か思いもよらないことがない限り、力丸が遅れを取ることは滅多にないだろうが・・・。あやかしに対しては、どうなることやら・・・)
そして、にんまりと笑いました。
「ふふ。良い力試しの旅になりそうよな」
力丸が若竹村を出てから2日経ちました。次の村へと向かう為に松竹山という山を登っていました。ちょうどお昼ごろになり、太陽が頭上で輝いています。木々が生い茂っている中に通行用の一本道があり、そこを一人でてくてくと歩いていました。あまり人通りがなく、山に入ってからは、今のところ誰とも出会っていません。
「誰とも出会わんなー」
一人つぶやきながら、棍棒を杖代わりに坂道を登っていると、曲がり道で一人の男と出会いました。その男は鈴の付いた棒を手に持ち、菅笠を被っていました。力丸と男はお互い軽く会釈をしてすれ違い、男は
「獣に合わぬよう」
と言い、シャンシャンシャンと鈴を鳴らして、通り過ぎて行きました。
(獣避けの鈴か)と力丸は気づき、
「ありがとうございます」
とお礼を言いました。
やがて、中腹の視界が開けた場所に出ました。
木々が無く、草だけが生えた平な場所で、石の道標が置いてありました。
【大松村 二里】と彫られています。
「はー。大松村まで、あと二里か」
力丸は腰にぶら下げてあった竹筒を取り、一口水を飲みました。
ふうと口を拭い、その場で足の屈伸をして、また歩こうかと思ったその時でした。
「おーい。兄ちゃん」
と野太い声が飛んできました。
力丸が振り向くと、手に包丁やら太刀を持った若い男たちが5人、立っていました。険しい表情で力丸を見ています。明らかにただごとではありません。
(野盗か?)
男たちのいでたちから、そう判断した力丸は、わざとゆっくり声をかけました。
「はい。おいらに何か用ですか?」
男たちは力丸の気の抜けたのんびりとした声に、一瞬驚いた顔を浮かべました。
「なかなか豪胆な兄ちゃんやな。ええ体もしとる。しかも、わしらのこのいでたちを見て、怖がらへんとはな」
「それはどうも」
男の言葉遣いを聞いて、(言葉が都なまりだな)と力丸は思いました。
「手向かうことはせんことや。大人しく銭と食い物を置いていき。痛い目にあいたくはないやろ」
男の一人が低い声で脅してきました。他の男たちはじりじりと力丸を囲むようにして動いていきました。
(逃げないように囲いこんだか。手慣れてる奴らだなあ)
力丸は棍棒を片手で持ち直しました。
「へへへ。それともわしらの刃物に対して、その木の棒で立ち向かってくるか」
他の男が馬鹿にしたような笑い方で、力丸に声をかけてきます。
「ご所望とあらば・・・」
にんまりと力丸は笑うと一番近くにいた右端の男の手首を打ち下ろしました。
「ぎゃっ」と大きく叫ぶと男は持っていた包丁を落としました。
今までゆっくりと動き、のんびりと話していた力丸からは想像できない速い動きに残りの男たちは驚きました。間髪入れず、力丸は残りの四人に向かって行きました。
一人のみぞおちを突き、刀を払いのけました。
「がはっ」男は腹を抑えてうずくまりました。
また他の一人のこめかみを水平に横打ちすると、男は白目を向き、ズンと音を立てて倒れました。
あまりの早技に残りの男二人が驚いて、棒立ちになっていると、力丸は続け様に棍棒を振り払い、男たちの顎を強く打ちつけました。
二人共、膝から崩れ落ちて地面に倒れ伏しました。力丸は男たちが持っていた太刀や包丁を棍棒で遠くへ払い除けると
「ふう」とため息をつきました。
あっという間の出来事で、最初に包丁を手から落とした男以外は全員失神していました。
手首を押さえている男に棍棒を突きつけると
「お前さんたちにどういう事情があるかは知らんけど、こんなことをしてても先はねえぞ」
力丸は声をかけました。
男は眉間に皺を寄せて下を向いています。
するとそこに先ほどすれ違った菅笠を被った、鈴が付いている棒を持った男がやってきました。菅笠の男は力丸の周りに倒れている山賊たちを見て驚いていました。
「先ほど男の叫び声が聞こえたんで、何かあったかと引き返してきたが・・・。これは一体何があったんや・・・」
菅笠の男が力丸に問いかけました。
「いやー、野盗ですかなあ。急に銭と食料を置いていけって言われて・・・」
「一人で退けたんか?」
「まあ、なんとか」
力丸が答えると、菅笠の男が目を丸くしました。
「たった一人で・・・。兄ちゃん、強いなあ」
「いやー、それほどでも」
力丸は照れた様にポリポリと顎をかきました。
ちらりと菅笠の男は、手首を押さえて座っている男を見ました。
「この男たちをどうするつもりや?」
「はー。そうですなあ。どうしましょうかねえ・・・」
力丸が菅笠の男に背を向けて、うずくまっている男たちを見まわした瞬間。
菅笠の男が懐から短刀を抜いて、力丸にいきなり切りつけました。
力丸はまるで背中に目がついていたかの如く、体を半身にして避けると、棍棒で上から菅笠の男の両手を叩きつけました。
「ぬおっ」
短刀を手から落とすと、菅笠の男は苦悶の表情を浮かべました。
「動くな!」
菅笠の男に対して棍棒を突きつけると鋭く力丸は制しました。
「お前さんもだ」
包丁を落とした男が、近くにある太刀を取りに動こうとしていたのも、声を出して制しました。
「おいらが野盗と出くわしたにも関わらず、反対側から歩いてきたお前さんは襲われていない。しかもあれだなあ。多分、獣避けの鈴を鳴らして、獲物の旅人がいることを教えていたな」
力丸が油断なく菅笠の男をにらむと、菅笠の男は驚愕していました。
「昔、警備隊長だった爺様から野盗の手口をいくつか聞いたことがあった。旅人を襲う係と知らせる係。お前さんは知らせる係か」
力丸がそう言うと、菅笠の男は深く息を吐きました。
「驚いたな・・・。全部お見通しやん・・・」
くくくと菅笠の男は自嘲気味に笑いました。
「太平。どうやら、役者がちごたぞ。この兄ちゃん、わしらが束になっても、かなわへん」
菅笠の男は、包丁を持っていた男を見て言いました。
「頭領・・・。」
悔しそうな顔をして、太平と呼ばれた男は菅笠の男を見上げました。
二人のやり取りを見ていた力丸は、ぽりぽりと顎をかきました。
「まあ。これからおいらは、大松村へ行って、お前さんたちのことを話す
。いでたちはしっかりと覚えたからなあ。ここを通る旅人たちは十分警戒して通るようになるだろうし、近くの村から討伐隊が出るかもしれん」
そこまで話すと力丸は菅笠の男に向けていた棍棒を降ろしました。
「都なまりがあるお前さんたちが、遠路はるばるこんな田舎にまできて、野盗をしている事情はわからんが、もし、心を入れ替えて働くつもりなら、若竹村に行って次郎助という爺様を頼ればいい。力仕事を紹介してくれる」
力丸の言葉に菅笠の男と太平は驚きました。
「若竹村の男衆は力自慢の強いやつらがごろごろおるから、お前さんたちみたいな荒くれもんたちでもすぐ馴染むだろうしなあ。しかも次郎助って爺様は、おいらより棒術が上手えし強い。荒くれ事に自信があるなら行ってみるといい」
にんまり笑うと力丸は二人に背を向けて去って行きました。
菅笠の男と太平は力丸が去って行くのを呆然と見送りました。
「今の男より、強い爺様がおる村・・・。ほんまかいな。そうか。そんな村があるんか。くくく。太平、皆を起こせい」
太平と菅笠の男はうずくまっている男たちを揺さぶり、目を覚まさせました。菅笠の男は、今起こされた男たちに向かって言いました。
「皆よ。都でのいくさに敗れて、こんな田舎へと流れてきたが・・・。わしらみたいな荒くれもんでも働ける場所があるとよ。わしらの次の目的地が決まったぞ。若竹村や」
力丸が大松村へ到着し、村人へ野盗のことを知らせると、村長の勘右衛門の家へ連れて行かれて詳細を話すこととなりました。一部始終を聞いた勘右衛門はお礼を言いました。
「わざわざ知らせてくれて助かった。野盗のいでたちまでわかれば、旅人もより警戒しやすいだろう。何日か前に野盗を知らせる飛脚を方々に出したところだったのよ。討伐隊を組むか、都へ使者を出すか、他の村長と相談するか考えておった。そうかそうか。これで野盗が少しでも大人しくなってくれたら安心だわい。さすが若竹村の本年度大横綱。豪胆な若者だ」
とにかく助かったと勘右衛門から肩を叩かれ、その日の夜は村長の家で寝泊まりをさせてもらい、久しぶりに野宿ではなく、家の布団で旅の疲れを癒したのでした。
次の日に勘右衛門に見送ってもらい、大松村から力丸は大松村から旅立ちました。
若竹村を出てきてから、ついに今まで来たことのない土地まで、歩いてきました。力丸は見晴らしの良い丘に登り、辺りを見回して大きく息を吐き出しました。
「はー、ここまで出かけたことはなかったなー」
見たことのない土地を見て、力丸はわくわくしてました。
生まれ故郷の村の男衆たちの中では一番の力持ちでしたが、果たして村の外ではどうなのか?
自分の力はどれぐらい通用するのか、全く通用しないのか?それともある程度通用するのか?
またどんな力を持ったものたちと出会うことができるのか、それを考えるとブルブルと体が震えてきました。正に武者震いでした。
「はー、楽しみだなー」
棍棒を肩に担ぎ上げると、大きく息を吸って、力丸は前方へと進み始めました。
丘を下ると小さな村が見えてきました。力丸の村からは四つめの離れた村でした。村の入り口には立札があり【紅村(くれないむら)】と書いてありました。
村の屋根の多くは紅色をしており、旗や村人が巻いている帯も紅色が多く見られました。
「はー、紅色が名物なんだなー」
キョロキョロと物珍しげに辺りを見回すと、力丸は、ある異変に気づきました。紅村の男衆たちの多くがあちこち怪我をしており、包帯や晒しを体に巻いているのです。
木を杖にして歩いているもの、片足を引きずって歩いているもの、擦り傷だらけのもの、どこかしら怪我をしており、痛そうな顔をしておりました。
「いくさでもあったんだろうか」
力丸は驚きながら、村の中心地へと歩き続けました。
この国の村の中心地には、村の情報が集まる大きな飯屋があります。そこの繁盛加減でその村がどれぐらい栄えているかがわかるのでした。
「うーん、ここで腹ごしらえして、話を聞いてみるかな」
力丸は紅色の飯屋の暖簾をくぐりました。ここまで三つの村を通り越えてきましたが、怪我人が多いせいか、大きなお店なのに、飯屋のお客さんも少なく、これまでの中で紅村が1番活気がありませんでした。
飯屋の壁には名物•紅大芋めし(大、中、小)、紅酒(大、中、小)とお品書きがかかっており、力丸はゆっくりと店内を見回しました。
「いらっしゃい」
お茶を持ってきたのは、10歳ぐらいの幼い娘でした。
「ありがとう」お茶を受け取ると力丸は、名物と大きく書かれた紅大芋めしの大盛りを頼みました。
「はい」
娘は元気良く返事をして、厨房へ戻りました。
少し時間が経つと先ほどの娘がお盆に大きな丼と汁物を載せて運んできました。
「お待たせしましたー」
娘がどんぶりと汁椀を力丸の前に置くと軽くお辞儀をして去って行きました。
どんぶりの中には紅色の芋がごろごろと入っている炊き込みご飯。
「なるほど。これが名物の紅大芋かー。芋の中身も紅色なのかー」
汁椀には大根が入った味噌汁。
「はー、美味そうだなあ」
にっこり笑うと力丸は手を合わせて「いただきます」と言ってから、食べ始めました。
紅大芋めしは甘くホクホクしており、やや塩味が効いて、絶妙な味でした。
「・・・、これは美味い」
力丸は目を丸くしました。
ずずっと大根の味噌汁を吸い込むと、これまた絶妙な味噌の味付けで大根に味が染み込んでいました。
「うんうん」
力丸は夢中になって、どんぶりと味噌汁をかきこみました。
「はー、美味かったなあ」
力丸は満面の笑みを浮かべました。
やがて、先ほどの娘がニコニコと笑いながら近づいてきました。
「お客さん、良い食べっぷりですね」
「そうかい。料理が美味かったからかなあ」
「この村名物の紅大芋を使った料理ですから。紅大芋は甘さが強く、栄養があり、滋養強壮にとても良いと言われています」
「じゃあ、もういっぱいお代わりもらおうかな」
すると、娘は残念そうな顔をしました。
「すいません、お客さん。さっきので、もう紅大芋めしは終わりなんです」
「ああ、店じまいかい」
「いえ、実は・・・」
さらに残念そうな顔をして娘は言いました。
「名物の紅大芋が収穫できなくなってるんです」
「・・・?旬が終わったのかい?」
「実は紅大芋が取れる山の麓の畑に大蛇が三ヶ月前から現れてしまって…」
「大蛇!」
力丸は目を丸くしました。
「はー。ここにはそんなあやかしがおるのかあ」
娘はこくりと頷きました。
「はい。そこに住み着いてしまって、紅大芋を収穫しようと村の人が向かうと邪魔をするんです」
娘はいかにも困ったという顔をすると、ため息をつきました。
「村の男衆たちが大蛇を力づくで追い出そうと複数人で向かったんですが、散々な目にあって帰ってきたんです」
力丸は紅村に足を踏み入れた時に見た、怪我をしていた男衆たちを思い出しました。
「なるほど、・・・それで怪我をした男衆がたくさんいたのかー」
「そうです」
うーん、と力丸は腕組みをしました。
「紅大芋が取れないと食べ物としてはもちろん、紅大芋の皮を使った染料の元が取れなくて、この紅村の特産品の染め物ができないんです」
「そら大変だなあ」
「この三ヶ月で村自体の元気がなくなってしまって、村人全員困ってるんです」
娘はそう言うとまた大きなため息を吐きました。
「ちなみにうちの父も右腕を怪我して、今はあまり料理が出来ずに、仕込みだけして私が代わりに飯を炊いています」
その言葉を聞いて、また力丸は目を丸くしました。
「おおっ。・・・お前さんが作っためしだったのか」
「そうです」
「お前さん。凄いなあ。あのめしは抜群に美味かった」
「ありがとうございます」
娘は顔を真っ赤にして喜んだ。
力丸はめしの代金を払うと娘に話しかけた。
「他にお客さんがいないみたいだから、もし良かったら、もう少し話聞いてもいいかい」
「いいですよ」
「じゃあ、お前さんも椅子に座って」
「はい。失礼します」
娘が力丸の横にちょこんと座った。
「その大蛇ってのはどんな感じなんだい?」
「聞いたところによると長さが大体6メートル。胴体の太さが50センチほど。」
「はー、でかいなあ。そんなでかいの見たことない。それは大蛇だ。」
目を見開いて力丸は娘を見つめました。
「そして、その身体の色は紅色。目は金色だそうです」
「この土地の蛇は紅色なのかい?」
「いえ。そんな色の蛇はいません。今回出てきた大蛇だけです」
娘は恐ろしげに言いました。
「最初に大蛇を見かけたのは紅大芋畑に収穫に行った村人3人でした。畑の前になんだか大きな丸太が転がってると思ったそうです」
「そらそうだわなー。そんなにでかいんなら」
「そして近づくと大蛇だと気づいて、驚いて逃げ帰ってきました」
「ふんふん」
「村長に相談して、腕っぷしの強い男衆を5人連れて、8人で出かけましたが、大蛇は畑から動いておらず、男衆を威嚇してきたそうです」
「それでそれで」
力丸が話を促すと娘も身振り手振りで話に熱が入ります。
「男衆が持っていった鍬や棒で殴りかかったら、頭突きで吹き飛ばされたり、咥えられて投げ飛ばされたり、胴体で締め付けられて失神したりと全員が大怪我をして帰ってきました。その後も何度か男衆たちが畑に向かいましたが、全員怪我をして帰ってきました」
娘は残念と言った顔つきで下を向きました。
「みんな怪我をしとるが、亡くなった人はいなかったんだ?」
「はい。不幸中の幸いで、死んだ人はいません」
「そいつは良かった。本当に不幸中の幸いだなあ」
うんうんと力丸はうなずきました。
「それにしても・・・」
力丸は腕を組み、天井を見上げました。
「どうされました?」
「なぜ大蛇は畑から動かないのだろう・・・」
納得いかない表情で娘をちらりと見てきました。
「普通は洞穴や暗い隙間に生息してるもんだろうになー」
「たしかに」
娘もうなずきました。
「何人もの男衆を返り討ちにしてるから、人間が怖くないのかもしれんが、それでも何十人と襲いかかってくる場所にこだわる理由があるのだろうか」
「そういえば、そうですね」
「何かしら、大蛇にも譲れん理由があるのかもしれんなあ」
力丸はぽりぽりと顎をかくと小さくうなずきました。
「娘さん。おいらは今、力試しの旅をしていてな。そんな話を聞いたら、その紅大蛇を見てみたくなったよ」
力丸はにんまりと娘に笑いかけました。
「えっ!」
「どこにその畑があるのか教えてくれないかい」
「お客さん、若い男衆が大勢で行って返り討ちにあってるんですよ。大怪我しますから、だめですよ」
娘はびっくり仰天して首を横にふりました。
「まあまあ、遠くから見るだけだよ。無茶はしないから、とりあえず道を教えておくれ」
「本当ですか?遠くから見るだけにしてくださいね。大蛇がいなくなってないか、毎日男衆が交代で観に行ってますけど、今もそこにいるらしいです」
そう言うと娘は力丸に紅大芋の畑へ行く道順を教えました。
「うんうん。わかった。ありがとう」
力丸は娘に礼を言うと棍棒を担いで立ち上がりました。
「さてさて世にも珍しい紅の大蛇。さっそく姿を拝みに行きますか」
飯屋を出て娘に別れを告げると、大きく伸びをして、力丸は歩き出しました。
「えーと、この道を左と」
娘に言われた通りに歩いて、力丸は紅大芋畑が観える村外れにやってきました。
村外れには丸太の先を尖らせた防壁が、村の外に向けて数メートルに渡って巡らせてありました。その防壁の先には大きな畑がありました。
「あの畑かな?」
辺りを見回すと、防壁の隙間に大きな岩があり、そこには右腕を包帯で吊るしている髭面の男が1人岩に座っていました。そして男の横には大きな太鼓が置いてありました。
「すいません。ちょいとお聞きしますが、あの畑がこの村名物の紅大芋畑ですか」
力丸が男に声をかけると、男はじろりと力丸を睨みました。
「おめえ、観ない顔だな。旅のもんか?」
「ああ、そうです。若竹村から来た力丸ってもんです」
「おお、若竹村のもんか。何度か行ったことがあるぞ」
男は知ってる土地の名前が出たからか、一気に顔を緩めました。
「うん?・・・力丸?なんか聞き覚えあるな・・・。まあ、身元がわかるだけでもええか。ところで何しにきた?」
男はまたもやじろりと力丸を見つめました。
「いや、さっき寄った飯屋でいろいろ話を聞いて。この畑に世にも珍しい紅色の大蛇がいるって聞いて見物しに来たんよ」
力丸は棍棒を肩から地面に降ろしました。
男は目を見開きました。
「おめえ、その時に紅村の男衆が大怪我した話は聞いてるよな」
「ああ、聞いたよ」
「それ聞いてよく来れたな。怖くねえのか?」
力丸は顎をぽりぽりかいた。
「いやあ、怖いより男衆たちより強い大蛇が気になってなあ。飯屋の娘っ子と遠くから観るだけだからって約束して観に来たのよ」
にんまりと力丸は笑いました。
「かー。肝がすわっとるな、おめえ」
感心して男は力丸の肩を叩きました。
「わしはその飯屋のもんだ」
「おお、お前さんがあの娘っ子の親父さんか」
「そうそう吾平ってもんだ。娘はおさよっていう」
「吾平どん、おさよちゃん」
「はは、まあ好きに呼んでくれ」
吾平は笑うと畑を振り向いて、指差した。
「あれが、うちの村名物の紅大芋の畑だ」
「やっぱりあれか」
「そして・・・」
吾平が苦い顔をして言いました。
「あの畑の手前に横たわっているのが・・・」
「・・・?」
「紅大蛇だ」
「!!」
力丸は気づいていませんでした。言われて初めてよくよく観てみると、赤茶けた色の大きな丸太だと思っていたものが、大蛇であると認識したのでした。
「あれが・・・、紅大蛇・・・」
力丸の目が、驚いて大きく開かれました。
全く動こうとしてない大蛇は、大きさからして、一見蛇とは認識できませんでした。しかし、頭の先から尻尾の先までをじっくり観てみると、桁違いのでかさがよくわかりました。
「はー。こいつは確かにでかいなあ」
「これぐらい離れていても、あれだけでかいのよ。そりゃ間近で観たら、震え上がるでかさだ。ありゃあ、ただの蛇じゃなくて、あやかしの類よ」
吾平は、ぶるっと体を震わせた。
「わしは二回目の紅大蛇の追い出しに参加したんだが、さすがに最初聞いたでかさは信じずに畑へ向かったんだが、いやいや間近で観たらば信じられんでかさだった」
「その時は何人で向かったんだ?」
「わしを含めて8人で向かって行った」
吾平は空を見上げながら、語り始めました。
8人それぞれが鍬や鋤、また大音響で追い払おうと太鼓や金タライを持って、畑へ向かうとわしらの気配に気づいたのか、紅大蛇はわしらの方へと頭を向けた。
体は紅色、瞳は金色。あんな恐ろしい見た目はない。チロチロと舌を出して、わしらを威嚇していた。
わしらはまず、大声で叫びながら、持っていた太鼓や金タライなどを棒で殴って大音を立ててみた。
紅大蛇は音に少し怯んだようだったが、元いた場所から全く動かず、わしら全員を観ておった。
いくらかの時間そうしていたが、お互い睨み合うだけで、事態は変わらないため、太鼓を鳴らすのを辞めて、鍬や鋤をブンブンと振りかざして、紅大蛇が逃げ出すのを待ってみた。
しかし、これもわしらの威嚇が本気でないのを見抜いたのか、紅大蛇は全く動こうとはしなかった。
こうなれば仕方ない。わしらはお互いに目配せをして、紅大蛇に一撃をかまそうとじりじり迫って行った。
1番若い男衆が鍬を振り上げて、意を決して紅大蛇の頭に殴りかかった。すると、その動きを見るや紅大蛇は頭突きを男衆にかました。
どーんと腹に頭突きされ、男衆は後ろへ吹っ飛んだ!それが合図になったのか、残りの男衆、わしも含めて、全員が紅大蛇に殴りかかったが、同じように頭突きをくらったり、口に咥えられて、放り投げられたりとみんなが周りに吹き飛ばされていた。
これは近づくと危ねえと思ったわしは、離れた場所から持って行った木の槍を紅大蛇へ向かってぶん投げたが、大外れ。紅大蛇の手前で地面に突き刺さってしもうた。
すると紅大蛇はその木の槍に体を巻き付けると簡単にバキバキとへし折った。そして、わしにスルスルと近づいて、わしの右腕を咥えると、ぶん投げおった。
結局わしも他の男衆と同じく畑から離れた場所に投げられて、そこでひっくり返ってしもうた。紅大蛇はわしらを全員退けると、また元の場所に戻って、寝っ転がりおった。
その後、わしらは皆体を支え合いながら、村へと戻ったのよ。
吾平は自分の怪我した右腕をさすりながら、そう話し終えました。
「それから、また10人の男衆たちが今度は弓や網を持って、追い払おうとしたが、弓は紅大蛇の肌には刺さることなく弾かれ、網で捕縛しようとしたら、男衆7人をまとめて吹き飛ばしたそうだ」
「七人まとめて?」
「ああ、投網で紅大蛇の体半分を覆って7人がかりである程度の時間は押さえつけたが、紅大蛇の金目が光ったかと思うとなんと黒い息を吐いたらしい。すると、皆へなへなと力が抜けて、結局みんな吹き飛ばされたそうだ」
「黒い息?」
「その場で取り押さえたもんたちに聞いたら、間違いなく黒い息を吐いたそうだ。そしてそれを吸った瞬間に皆、力が抜けていったそうだ」
「そんな蛇の話、聞いたことないなあ」
「紅大蛇の妖術かもしれん。そして七人全員吹き飛ばされた」
「はー、7人を吹き飛ばす力があるのか・・・」
力丸はぽりぽりと顎をかいてから、畑の前で寝そべってる紅大蛇を見つめました。
「それにしても、大蛇はほとんど動かないのかい?」
「おお、たまに近くの川へ水を飲みに行くが、ほとんど畑の前でじっとしとるぞ」
「うーん。おさよちゃんから聞いていてはいたが、畑の前から動かんという理由がわからんなあ」
力丸が頭を捻ると、吾平は吐き捨てるように
「あやかしの考えとることなんか、わからんわ」
と答えた。紅村の特産品である紅大芋が収穫できないことにより、村の利益が出にくいこと、紅大蛇を追い払おうとして、村人が多く怪我をしていることで吾平は憤りを隠さなかった。
「何を食べてるんだろうか」
「それが紅大芋を食べとる」
「蛇が芋を?」
力丸が驚くと、吾平はうなずいた。
「おお、そうよ。口で咥えて畑から引っこ抜いて食べとるのよ」
「はー。本当に世にも珍しい蛇だなあ」
「紅大芋は味が良いのは勿論だが、なにしろ非常に栄養豊富だからな。あの大蛇も何かの拍子に紅大芋を食べたことによって、あれほどデカくなったのかもしれん」
「なるほど」
「わしらは交代で見張って、紅大蛇が水を飲みに行った際に大きく迂回して、紅大芋を数本引き抜いて持ち帰るっていうのを繰り返しとるのよ」
吾平は悔しそうに紅大蛇をにらみつけていました。力丸も紅大蛇を見つめていると、紅村から1人の男がやってきました。
「おーい、吾平。紅大蛇はどうしとる」
「おお。佐吉。相変わらず寝そべっとるぞ」
「こっちは旅のお人か」
吾平と同じぐらいの年齢に見える佐吉と呼ばれた男が力丸を見つめました。
「そうよ。若竹村から来た力丸だ」
「どうも。力丸といいます」
力丸が軽く頭をさげた。
「こりゃどうも。わしはこの村の村長で、佐吉っていいます」
お互い頭を軽く下げ合うと佐吉は吾平に話しかけました。
「そろそろ決行だわ」
「おお。遂に準備できたか」
「ああ、結局20人集まった」
「これでなんとか、追い出せたらいいが」
2人がぼそぼそと会話していると、村の方から大勢の男衆たちが投網や鍬、松明、石、弓矢などを持ってこちらに向かってきました。
「おお、来た来た」
比較的怪我をしていない男衆たちが集まり、またもや紅大蛇の追い出しをしかけようとやってきたのでした。
そしてまずは持って来た石を紅大蛇に向けて投げつけ始めました。
自分の体に当たる石で目が覚めたのか、紅大蛇はゆっくりと顔を上げて、その場から男衆たちを見回しました。
「今までで一番の大人数だ。これで追い払えんなら、わしらにはもう打つ手なしだ」
佐吉が吾平に話しかけると吾平もうなずきました。
「都の警備隊にお願いするしかなくなってしまうが、そうなると年貢が増加して村は貧窮してしまうからな・・・」
「ただでさえ、今は貧窮しとるのに。ますます村の暮らしが厳しくなってしまう・・・」
2人は祈るように20人の男衆を見つめました。
力丸も2人の会話を無言で聞きました。
(さてさて、一体どうなるか。今まで聞いた話だと、なかなか厳しい戦いになりそうだが・・・)
棍棒を地面に突き刺し、村人たちと紅大蛇の戦いを腕を組んで見守りました。
男衆の五人が弓矢を構えて遠くから紅大蛇に打ち込みました。しかし、紅大蛇が尾を振ると傷一つつかずに、矢は振り払われました。
「ちっ。やはり効かんか」
吾平は悔しそうにつぶやきました。
「だが、次は今までしたことない方法。松明の炎はどうだ」
村長の佐吉が拳を握りしめて言いました。
今度は松明を持った五人が松明を前にかざしながら、じりじりと紅大蛇に近寄って行きました。
(元来、動物は炎を嫌うけれど、紅大蛇はどうなるか・・・)
力丸が見守っていると、紅大蛇は金色の目を細めて、近づいてくる男衆を見つめていました。
(紅大蛇は紅大芋畑を守っている・・・?)
まるで紅大芋畑から炎をさえぎるかのように、微動だにしない紅大蛇を見て力丸が違和感を覚えていると、紅大蛇の金色の目が光り、口から黒い息を吐き出しました。
「いかん。その黒い息を浴びたらだめだ」
吾平が叫びました。
その黒い息に松明を持った男衆が巻き込まれた途端、五人は歩みを止めて、バタバタとその場に倒れていきました。
(・・・あれが不思議な黒い息か。まさに妖術)
今までに見たことのない現象に力丸は目を見張りました。
残りの男衆の内10人が怯むことなく、松明を持っていた男たちの反対側から、紅大蛇からすると尾っぽ側から一斉に投網を投げかけました。そしてそのまま投網を抑えつけます。
「よし。紅大蛇の尾っぽ側から抑え込んだ。これで黒い息もかからん」
「そのまま後ろから鍬で叩きつけろ!」
吾平と佐吉が興奮して叫ぶと、鍬を持った男衆5人が投網の上から、叩きつけようと振りかぶった瞬間。
紅大蛇は体を大きく動かして、投網と抑えつけていた10人、鍬を持った5人全員吹き飛ばしました。
「ああっ」
「黒い息をもらわない10人がかりでもだめか!」
吾平と佐吉が悲鳴を上げました。
紅大蛇はずるずると倒れた男衆の方へと向かい、大きく頭を起こしました。やがて男衆が紅大蛇の頭突きで吹き飛ばされそうになったその時、ズーン!と両者の間に大きな丸太が飛んで地面に突き刺さりました。
男衆たちが丸太が飛んできた方向を見ると、力丸が丸太を抱えていました。
「力丸、お前それを1人でぶん投げるのか」
吾平と佐吉が呆気に取られた顔で力丸を見つめていました。
「その丸太は男衆が3人がかりで運んできたもんだぞ。それを1人で抱えて投げつけるなんて・・・」
2人とも力丸の怪力に驚きを隠しません。
その時、吾平は大きく目を見開き、声を上げました。
「あっ!若竹村の力丸。・・・思い出した」
吾平は佐吉の肩を揺さぶりました。
「今年の神前奉納相撲で前人未到の大記録、10人抜きをした若者だ!」
「おお。若竹村の大横綱と呼ばれた若者か!」
佐吉も聞いたことがあったようで、吾平の言葉に反応しました。
「よそもんのおいらが手を出すのも野暮だと思ったが、こんな力試しもまたとない」
力丸は舌なめずりをすると、抱えていた丸太を地面に突き刺しました。
「紅村の皆さん、若竹村の力丸も加勢させてもらう」
力丸は懐から神威と書かれた鉢巻を取り出すと頭に巻きつけました。すると、その鉢巻を締めた瞬間、力丸の全身から金色の光が溢れだしました。
「はー。これが大力の神様の神威か?力がみなぎってくる」
力丸は頭を下げて、自分の体から出てくる金色の光を見て驚きました。
吾平と佐吉も全身から光を放つ力丸を見て目を丸くしています。
「さて、神威が紅大蛇の妖術を破ってくれるか・・・」
力丸は棍棒を手にして紅大蛇に向かい歩き始めました。
「むむ。あれは・・・」
歩き始めると力丸は目を細めました。先ほどまでは視えなかったのに、今紅大蛇を見ると、紅大蛇の体には黒いモヤがかかっていました。
「さっきまでは見えなかったのに・・・」
その時、若竹村の神主さんの言葉が思い浮かびました。
『先ほど渡した鉢巻を締めることにより、神威が身体にみなぎり、あやかしの魔力を破り、退治することができると言われておる』
『もともと視える者には視えるらしいが、あやかしの気配というか、実体を視ると黒いような紫のようなモヤが視えるという』
「これがあやかしの証拠なのか・・・。ただのでかい蛇ではないと・・・」
『あやかしは人並みの賢さ、尋常ならざる力、不思議な妖力を使う』
「村人10人がかりでも抑えつけなかった紅大蛇。相手にとって不足なし!」
力丸がゆっくりと紅大蛇に近づいて行くと、村の男衆たちは松明を持っていたうずくまっている男たちを抱えて、離れるように移動していきました。
紅大蛇は自分の前に突き刺さった丸太にズズズと体を巻き付けると、力丸に己の力を見せつけるようにバキバキバキとへし折りました。
「おおおっ。あんな太い丸太をへし折るのか」
吾平が驚きの声を上げました。
「はー。おもしれえ。勝負しようぜ」
力丸は全く臆することなく紅大蛇へ向かって行きました。
紅大蛇が力丸に向かって、大きく尾を振り払いました。
力丸は素早く後方へ向かって飛び退き、尾を避けました。
紅大蛇は続けて尾を振り払いました。
「ふん」
力丸は棍棒で尾を受け流しました。
「おおっ!!!」
戦いを見守っていた村人たちは驚きの声を上げました。
投網で抑えつけていた男衆10人をまとめて吹き飛ばした自分の攻撃を、棍棒で受け流された紅大蛇は驚いたように目を見開きました。
力丸は紅大蛇の尾が当たるか当たらないかの場所から動かず、棍棒を自分の正面に構えました。
紅大蛇はもう一度尾を振り払いましたが、またもや力丸の棍棒に受け流されました。
「見切ったのか?」
佐吉が驚いていると、力丸は自分から尾へ向かい、棍棒を力強く上から叩きつけました。ドガッと大きな音がすると、紅大蛇が痛そうに体をよじりました。
「おおっ。効いとるぞ!!」
「初めて紅大蛇が苦しそうにしとるのを見た!」
村人たちが次々と驚きの声を上げました。
尾での振り払いが効かないと感じたらしい紅大蛇は、頭を力丸の正面に向け、そのまま、力丸の頭上高くに体を起こしました。そして金色の目を光らせて、口から黒い息を吐き出しました。
「むっ」
力丸は腕で口をかばい、咄嗟に息を止めましたが、力丸の体から発光してる光が黒い息を近寄らせません。
(これは・・・。この神威の光が妖術を跳ね返しているのか)
力丸自身もこの状況に驚いていました。
紅大蛇は黒い息の攻撃も効かないと見るや、力丸の頭上から頭突きをしてきました。何人もの村の男衆たちを吹き飛ばした頭突きです。
力丸は素早く棍棒を手放し腰を落として、両腕を出しました。
ドンと鈍い音がして、紅大蛇の頭が力丸の胸で抱えられていました。
踏ん張る力丸の足が地面にめり込みました。紅大蛇の頭を抱える両腕にグググと力が入ります。
「あの頭突きを体ごと受け止めおったぞ」
「なんて若者だ」
「あの若者は誰だ」
村人たちが騒ぎ始めました。
「あの若者は若竹村から来た力丸。あの力自慢が集まる神前奉納相撲で10人抜きを達成した本年度大横綱よ」
吾平が皆に説明しました。
それを聞いた村人全員が力丸に対して、応援の声を上げます。
力丸は抱えた紅大蛇の頭を体を捻り、右斜め下へと投げつけました。
投げられた紅大蛇は頭を地面につけるや否や、力丸の体に巻きついてきました。
「ああ、力丸!」
吾平が顔面蒼白で叫びました。
無理もありません。先ほど丸太をへし折った巻きつきです。尋常じゃない力が力丸の体にかかってきました。
「おもしれえ。これが最後の力比べだ!」
紅大蛇は力丸を渾身の力で締め付けます。
力丸は全身の筋肉に力を入れて、跳ね除けようとします。
ギリギリと紅大蛇が力丸の体を絞っていきます。
「むむむ」力丸は歯を食いしばって、耐えています。
村人全員がその姿を見て、手に汗を握っていました。
紅大蛇の目が細くなっていき、更に力を加えていきます。
力丸の顔が紅潮して、こめかみに血管が浮かび、汗が噴き出てきました。
ギリ・・・ギリ・・・。
むむむ。
「ごくり」吾平が固唾を飲んで見守っています。
「むむむむ」
力丸の両目が大きく開きました。
「よいしょい!!」
力丸が叫びました。
力丸の両腕がぐんと開き、紅大蛇の巻きついていた胴体がヘナヘナと地面に横たわりました。
「おおおーっ」
村人たちの歓声があがりました。
「さあ、決着だ」
大きく息を吸うと力丸は紅大蛇の尻尾をがっしりと掴んで、自分ごと体をぐるぐると回転させました。
最初は紅大蛇の胴体から頭の部分が地面に触れていましたが、回転するごとに徐々に浮いていき、やがて頭の部分までが完全に浮き上がりました。
ブンブンと風を切る音が、離れた場所にいる佐吉と吾平がいる場所にまで聞こえてきました。
「むむむ。大風車!!」
何度も回転した後に力丸は思いっきり紅大蛇をぶん投げました。
ぶうん。
紅大蛇は大きな弧を描いて、畑から離れた場所へ飛んで行きました。
ズシーン。大きな音が聞こえて、紅大蛇は着地しました。
力丸は棍棒を拾うと、音のした方向へ歩いて行きました。しばらく歩くと目を回した紅大蛇が倒れていました。
「おーい。蛇よーい。まだやるかい?」
力丸が声をかけると、紅大蛇は目を覚まして、よろよろと大きく首を横に振りました。
「おお。人の言葉がわかるか」
紅大蛇は縦に首を振りました。
「はー、あやかしには人の言葉がわかるのがおるっていうけども、お前さんはわかるんだなあ」
力丸は腕を組んで感心しました。
「もう、紅大芋を独り占めしたらダメだぞ。わかったか?」
紅大蛇は首を縦に大きく振りました。
「そうかそうか。うまいもんなあ」
力丸がにんまり笑った、その時でした。
紅大蛇の後ろから、三匹の小さな紅い蛇が出てきたのです。
「あらら。この子らはお前さんの子供かい?」
紅大蛇は首を縦に振りました。
力丸は紅大蛇と三匹の小蛇を見比べて、納得の表情になりました。
「はー、わかった。お前さん、子育てで紅大芋を子供にあげてたんだな。だから、畑を守るように動かなかったのか」
紅大蛇は首を縦に振りました。
「なるほどなあ・・・」
力丸は腕を組んで、むむむと考え始めました。
やがて、大きくうなずくとにんまりと微笑みました。
「お前さんも、子供さんもあの紅大芋を食べたいんだろう?」
またもや紅大蛇は縦に首を振りました。
三匹の小蛇も縦に首を振っています。
「ははは。じゃあ、村のために仕事を手伝え。村人たちを怪我させたお詫びとしてな。そして報酬として紅大芋をもらったらええ」
紅大蛇と小蛇たちは大きくうなずきました。
「まあ、それができるかどうか、よそ者のおいらが言ってもどうなるかわからんが、とりあえず頼んでみるとしよう」
ポンポンと紅大蛇の頭を軽く叩き、神威の鉢巻を外すと懐にしまいました。体から溢れていた金色の光は鉢巻を外した途端に消え、紅大蛇にまとわりついていた黒いモヤも視えなくなりました。
(神威の鉢巻・・・。凄いもんだなあ。大事に使わねば)
力丸は紅村の村人たちがいる方向へと歩き始めました。
力丸が姿を見せると、村人たちは歓声を上げましたが、その後ろから紅大蛇と小蛇三匹が出てくると慌てふためきました。
力丸を心配している吾平は話しかけました。
「力丸よ。だ、大丈夫か」
「おお、吾平どん。紅大蛇は人の言葉がわかるあやかしでなあ。どうやら、子育てに紅大芋を食べさせとったみたいでよー」
ちらりと力丸は紅大蛇と小蛇たちを振り返りました。
「それでよー。村人を怪我させたお詫びに紅大蛇を働かせて、お詫びの分の仕事ぶりが終わったら、そのまま働かせて紅大芋を報酬として渡すっていうのはダメかなー」
「・・・ な、なんと」
吾平たち村人は呆気に取られましたが、自分たちでは決められんとなり、佐吉を筆頭にして、村のまとめ役たちが集まり、相談を始めました。
やがて話がまとまりました。村人たちは紅大蛇との戦いで怪我を負いましたが、誰一人死んだものがいなかったこと。紅大蛇は威嚇はしたが、自分から攻撃はしてこなかったこと。この二つにより、紅大蛇がそこまで残虐な性分ではなく、力が強く労働力として、とても役に立つのではないかと決断に至りました。
力丸や村人が見ている中で、紅大蛇は口で器用に畑の野菜を抜き、開拓に邪魔な石などを頭で押して力仕事を手伝いました。
「こいつは10人力だ」村人たちは紅大蛇の動きを見て感心しました。
こうして紅大蛇を村の一員として付き合うことが決まりました。力丸、村の男衆と紅大蛇は仲直りの印に祝い酒を飲み、大宴会が開かれました。
力丸は村人たちに次々と感謝されました。
「この村の名物、紅大芋酒だ。是非飲んでくれ!」
吾平が上機嫌で力丸に盃を渡しました。
「いや、あの、おいらは下戸で・・・」
力丸が小さな声で断りを入れましたが、紅村の男衆の煽りでこわごわ一口飲むと目を丸くしました。
「はー。これは美味い」
「なあ美味いだろう。おめえはこの村の恩人だ。しっかり飲み食いしてくれ。料理はおさよも作ってる」
そう言うとおさよが厨房から、ちらりと顔を見せて笑顔で会釈しました。
「おさよちゃん!それじゃあ料理も美味いに違いない。ありがとう。じゃあ遠慮なくいただきます」
力丸は村人たちといろいろ語りながら、楽しく料理を食べつくしました。
その後、力丸は半月ほど紅村にとどまり、村の男衆の怪我がある程度回復するまで力仕事を紅大蛇と共に手伝いました。力丸の怪力無双な働きぶりに村人たちは目を丸くしました。終いには力丸を紅村の人間になってもらおうと嘆願する者が数人現れたほどです。
「いやいや、その気持ちは嬉しいけれど、おいらは力試しの途中なんで」
丁寧に断り、村人たちは残念がりました。
そして村の男衆がまともに働けるようになると、力丸は吾平と佐吉に旅立ちの意を伝えました。
「それじゃあ、そろそろおいらは出発するよ」
力丸の旅立ちの日、紅大蛇と小蛇、紅村の村人たちが総出で見送りに来ていました。
「そうか。いろいろありがとうな」
「力丸さん、お達者で」「力丸、ありがとうよ」「ありがとう」
「道中無事にな」「また寄ってくれよ」「また相撲しよう」
いろんな声が聞こえます。
紅大蛇も尾を振っていました。
「みなも達者でなあ」
旅立ちに数本のふかした紅大芋をもらい、力丸はみなに向かって大きく手をふると棍棒を片手に紅村を後にしました。
「さてさて、次はどんな村なのかなあ」
力丸はにんまり笑いました。
めでたしめでたし