
朝子は50歳になった 〜50歳ノ彼女ニ起コッタコト〜
ソノ1 カラダノ不調
「え? こんな時間」
いつのまに携帯アラームを止めたのだろう? 覚えがなかった。妙に眠かったのはたしかだけれど。けさは遅くても6時半に家を出なければいけないのにもう6時って。
あたしはあわてて顔を洗い、ファンデーションとアイブロウと口紅だけ塗って、パンツスーツを着て家を出た。駅の階段を駆け上がって電車に乗る。ローヒールパンプスを履いた足が重い。
あたしの誕生日の朝だった。でも誕生日だからって、しかもキリ番の50歳だからって、魔法のように素敵なことが起こるわけじゃない。それどころかあたしは遅刻しそうな上に、生まれて初めて道に迷っていた、比喩的な意味じゃなく。
「どうしよう……店が見つからない」
けさの仕事はタウン誌の取材で地元で人気のブーランジェリーに行って話を聞き、売れ筋のパンと店の外観写真を撮ればいいというシンプルなもの。だが、さっきから電車を降りて携帯マップ見て歩いているのに、目的地が見つからない。長年ライターやっているけどこんな事態は初めてだ。
焦りと不安が身体を包んでどっと汗が吹き出してくる。あたしはパンツのポケットに突っ込んであったハンカチで額と首を拭った。9月の朝で、気温はそれほど高くない。なのに、吹き出す汗でハンカチはすぐ湿った手触りになってしまう。
朝7時半の約束の時間まであと5分。早く連絡しなきゃ。
そう思いながらまだ未練がましく携帯を見ては辺りをキョロキョロする。
目的の店は中央線の駅から広い道に出たらしばらく行って左に曲がり、住宅街を抜けて斜めに合流する道沿いにある。近くの高校まで行ったら行きすぎになる、はずだった。でも広い道をいくら行っても左に曲がれないし、部活の朝練に向かう高校生たちの姿もない。
ようやくムダなあがきを止めて取材の店に遅れる連絡をし、曲がる場所の目印を教えてもらった。どうやらあたしは勘違いをして駅から反対方向の出口を出たらしい。
いったん駅まで戻って歩き直す。
左に曲がる目印の街路樹は花の付いていない壁のような金木犀だった。そこを曲がると野菜を入れた農作物の自販機が置かれていて、ますますここでいいの? と不安になったが歩き続けた。着いたのは約束の時間の30分後だった。
小さいけれど瀟洒な店。白い漆喰の外壁、凝った作りの木製ドアの横にはオリーブの大きな鉢植えが置かれている。そのドアに手をかけると急に動悸がしてきて、あたしはゴクン、とつばを飲み込んでから開けた。
「遅れまして大変申し訳ありませんっ。『元気な街並』の取材で参りました田中朝子です!」
我ながら必死すぎてちょっと声が大きかったかもしれない。
パン職人の白い作業着を着た店主らしき若い男性がバックヤードから出てきて、困った顔をしながら(まあまあ)とも(静かにしてください)ともとれる手のひらを下げるジェスチュアをした。
「もう開店時刻になるんで。お客さんのご迷惑にならないようにお願いしますね」
パン職人らしく体格はいいが、静かな声で話す人だった。
店主がドアの掛札をオープンに変えると、同じ格子柄グレーのパンツやプリーツスカートをはいた高校生たちが次々と入ってきてはサンドイッチやクリームロールを買ってゆく。
本当はお客のいない開店前に来て、店全体と売れ筋商品の写真を撮影するはずだった。お客さんが映り込むと映像権の問題が起こるし、高校生なら未成年だから余計にまずい。お客さんにどいてくださいとも言えないので、映り込まないタイミングを見て撮影したらだいぶ時間がかかった。
ようやく高校生たちが去ってから一番の売れ筋商品は何か、店としてのこだわりは何か、用意してきた質問をICレコーダーを立ち上げて店主に聞く。
「売れ筋商品はバニラビーンズを使ったカスタードの入ったクリームロールと、近くの農家さんから仕入れた野菜を使ったフレッシュサンドですね。フレッシュサンドはツナとハムの2種類があります。店としてのこだわりは焼きたてのパンを提供することです」
そこで一呼吸置くと、彼は静かな声できっぱりと言った。
「いま、次の焼き上がりを待っているパンが5種類はあります。だから、これ以上お話できません」
「え……?」
「開店前に少し時間を取れるようにしていましたが、いらっしゃらなかったので。すみません、後はよろしくお願いします」
軽く頭を下げる様子を見せて、店主はさっさとバックヤードへ引っ込んでしまった。
何も言えなかった。レジを担当してるバイトらしき若い女性がツインテールの頭をかしげ、しょうがないよね、という中立的な目でこっちを見た。
失礼しましたと深く頭を下げて店を出る。下を向きながら歩き、ようやく元来た駅のホームにたどり着いた。原稿は、たぶん書ける。写真もあるし気になったパンは買ってきたから、そこから構成できるだろう。でも問題はそういうことじゃない。
ぼんやりと来た電車に乗る。このホームを通る電車はほとんどがオレンジラインの東京行きだ。途中で黄色いラインの電車に乗り換えて、とりあえず会社のある駅に着いた。
なんだか足が前に進まない。少し早いけどお昼ごはんを食べてから出勤しようか。会社といっても社長一人、社員一人、バイト一人のささやかな組織だ。それくらいの融通は利く。そういえば取材が早い時間だったから朝ごはんも食べてない。これも自分としては珍しい。いつもは最低限パンとコーヒーくらいの朝食はとるから。
今日は厄日なんだろうか。
馴染みのファミレスに寄ろうと思ったら、いつのまにか知らないカフェに変わっていた。面倒なのでそこに入り、「お一人様ですね。こちらにどうぞ」と案内された隅の席に座ってしみじみと思う。
どうしてあんな勘違いをしてしまったのだろう?
25年やってきたけど、この仕事続けるの、もう無理かもしれない。
地図が読めなくなったのなら取材に行けない。小さな編集工房で一から仕事を教えてもらって。そりゃうまくいかないこともたくさんあったけど、こんな言い訳のしようも無いミスは初めてだ。
自分はいったいどうしちゃったのかと落ち込んでいると、頼んだランチパスタのボロネーゼとミニサラダ、コーヒーが来た。
コーヒーを一口飲んでため息ついたら、足の間から何か流れた。
トイレに行く。出血が始まっていた。ああそうか。生理か。
あたしはPMS(月経前症候群)がひどいタイプで、生理の1週間前から気分の落ち込みを感じる。それは突然世界が灰色に覆われる感じで、生きているのがしんどくなる。
どんな小さなタスクにも心が「辛い、辛い」と悲鳴を上げ始め、見渡す世界が灰色に変わったのに気づくと、あたしはいつなっても大丈夫なように薄い生理用ナプキンをショーツに貼っておく。
一度、原稿を書き終わって椅子から立ち上がった瞬間に、遅れていた生理が始まった。スーツのパンツに濃い赤色の染みができ、やがて茶色に変わった。もちろん洗っても取れない。自分の無意識がどれほど仕事をストレス扱いにしているかを知ってびっくりした。それから、急にスーツを買い換える余裕なんてないので用心するようになった。
勘が鈍るのもこの時期だ。頭全体にもやがかかったようになり、うまく働かなくなる。
ただし生理が来れば晴れたようにそれは消える。女性の身体は排卵日を境にエストロゲンとプロゲステロンが入れ替わる。生理前の鬱状態と頭の鈍さはプロゲステロンの仕業だが、それを知っているからといって楽になるわけでもない。
いやいやいや、落ち込んでも物事は変わらない。
生理中のたったひとつのメリットは、甘いものをすっごく美味しく感じることだ。普段の20倍くらい。あたしはクリームたっぷりのパンケーキを追加で注文した。せめてこれで元気を出そう。
カラメルのとろみをまとったクリームはなめらかに喉を滑り落ち、ほんのひととき仕事でミスした辛さを忘れさせてくれた。
でも、やっぱり今日は厄日だった。
会社に戻ると鈴木社長が、君たちにこれから大事な話がある、と言う。
バイトの佐藤くんと一緒に会議用としている長めの楕円形テーブルに座ると、社長はこほん、とわざとらしい咳をした。
「急で悪いんだけど。僕は、今月でこの会社を終わりにします。静岡の実家へ帰ることにしました」
「え、社長、マジっすか?」
「実家に帰るってどうして?」
「うん。親父がね。徘徊するようになっちゃったんです。裸足で歩いて熱中症になりかけていたところを声掛けてくれた人がいて、交番まで連れて行ってくれてね。かろうじて名前は言えたから家がわかって僕に連絡が来たの」
「認知症になったってことですか?」
親がもうじき80歳で、他人事ではないあたしは深掘りする。
「そうなんだろうね。電話してもいつも元気だ、大丈夫だって言うから、気づかなかった」
「社長がお父様を介護する、と。老人ホームへの入居とかは?」
「老人ホーム、探したいけどね。すぐに入居は無理だと思うし。ウチはほら、母親もう亡くなってるじゃない?」
それは知っている。3年前、頼まれて葬儀の手伝いに行ったから。
「介護っていうのは血縁者にとっては法律上の義務で逃げることはできないんだよね。僕は一人息子だからさ、僕が親父の面倒を見るしかないんだよ」
「社長、これから大変なんっすね」
「佐藤くん、わかってくれてありがとう。今月分は月末に振り込むから。朝ちゃんも長い間ご苦労様、これまでの取引先は引き継いでもらっていいよ」
言いづらいことを言い終えて社長はいっそサバサバした顔になっている。佐藤くんはもう携帯で別のバイトを検索している。あたしはどうするのか。社長はああ言ったけどフリーの編集者として食べて行くのは難しいだろう。
年金がもらえるまであと15年もある。あたしも最初は佐藤くんみたいなバイトだった。そこから1年後に正社員にしてもらって社長には感謝してるけど、ずっと給料は安かったからねんきん定期便で見る将来の年金もたいした額じゃない。とりあえずハローワークへ行くしかないか。
「社長は……今後のお仕事、どうされるんですか?」
「いま抱えてる仕事で終わらない分はリモートで片を付けます。そのあとはまだ、考えてなくて。親父の面倒見ながらやれる仕事なんてあるのかなあ。僕も来年は60歳になるし。とりあえず定年が1年早く来たんだって思うことにしてます」
「そうですか。社長、お疲れ様でした。いままでありがとうございます。あたし、まだまだ働きますけど、今日は体調悪いんで家に帰って作業します」
「朝ちゃんに任せるよ。このスペースは月末まで使えるから。お疲れ様」
翌日の仕事はリモートにした。生理の出血がひどすぎて会社へ行く気力がなかった。出血というか、まるでゼリーのように塊になったものが出るのだ。もちろんお腹もとても痛い。
だけど何か作る気力がなくたってお腹は減る。
一緒に暮らす猫のヨルも、パソコンデスクに座るあたしの足元へ寄ってきて「オヤツちょうだい」と身体をこすりつけてきた。ヨルは黒い背中と白い手足を持つ、10歳シニア期のお姉さま猫だ。ふだんはキャットタワーから外を眺め、孤高の姫といった感じでめったに甘えてこないのに。

しかたない、猫と自分の食べものを買いに行こうとマンションの駐輪場へ行って、ん? と思った。
あたしの自転車が無い。
どうして? 盗まれたのか?
たしかに最近物価高だし。そんなことする人増えてるらしい。
あたしの自転車は一見新しそうに見えるが、それは最近後輪のタイヤを替えたからで、つまりそうしなくてはならないほど古いのだ。
ヨルを動物病院に連れて行くために大きくて平たい前籠のついたのを買ったんだから、たぶん10年は乗っている。10年乗った自転車ならば盗まれたっていいじゃないか、といったらそんなことはない。いまから買物に行くのにそれがないと困る。お腹痛いし。
どうしよう、盗難届とか出すべきだろうか?
そのときふと、「最後に乗ったのはいつだっけ?」と頭の中で声がした。
うーん、いつだっけ?
たしか昨日、『誕生日だけど厄日なんだ』とSNSで言ったら、哲也から返信が来て。
『厄払いに飲みに行く?』
『ちょっと体力的にしんどいから外出は無理かな』
『じゃあ俺、そっち行くよ』
『あたしいま生理だし。猫もいるし。前にも言ったけど、この部屋でセックスしないよ』
『別にそういうんじゃないから』
『そう。場所わかる?』
『細かい住所送ってくれれば。あと、部屋にちゃんと顔が写るインターフォン付いてる?』
『付いてる』
『じゃ、あとで。30分くらいかな、そこ』
あたしにはずいぶん前から決めていることがあって、自分の部屋でセックスはしない。
それは昔つきあった男性があたりまえのようにあたしの部屋に来て、セックスしては帰るようになったからだ。あたしに人を見る目がないせいかもしれないが、一度家にあげたらあたしの身体含め、その家にあるものを勝手に使ってよいと勘違いする男性がいるのはなぜだろう?
ここはあたしが維持しているスペースで、そこにあるものはあたしのものだ。
それをどう説明しても、「なんだよ俺と寝るの嫌なんかよ」とか「冷蔵庫のビールくらい飲んだっていいじゃん」としか言われないので、基本、部屋にあげないことにしたのだ。
そのときに「家に猫がいる」というのは言い訳としても完璧で。
ヨルは背中の黒い猫なので、夜に部屋の灯りを消すと気配が消えることがある。突然、足元に現れて驚くなんてしょっちゅうだ。「夜中に猫踏まないないようにするの大変なんだ」「暗闇で目玉光るとコワイんだよ」という話をすると納得してもらえる。いや、本当なんだけど。
哲也と付き合っているのは、その辺の約束を守ってくれる相手だからだ。
前にも酔いすぎてグダグダになったあたしを「これ、一人で電車乗せたら迷惑になる」と送ってくれたが、京王線各停の最寄り駅まで来て「ここでいい」とあたしが言うと、部屋にあげろとは言わずそのまま次の電車に乗って帰った。あたしは哲也と別れてすぐ駅のトイレに駆け込んで吐いたから、その選択は助かった。
まあお互いそれなりのトシで、もう性欲に振り回されないだけかもしれない。
哲也が来ると聞いて、あたしは自分も何か軽いお酒を飲もうと思った。酔いすぎは良くないけどアルコール度の低い発泡酒くらいなら。うん、何かおつまみもいるし、コンビニに行かなくては。ウチに一番近いコンビニFで売ってる糖質オフ発泡酒があたしは好きだから、6Pチーズとスモークタンと一緒に昨日もそれを買った、気がする。
哲也はたこ焼きを買ってきた。近所のたこ焼き屋の前を通ったらソースのいい匂いがしてつい買ってしまった、と言っていた。あと自分用のハイボールを作るためのウイスキーの小瓶と炭酸水。
哲也のハイボールとあたしの発泡酒で「50歳おめでとう」の乾杯をした。
「50歳なんて、本当におめでたいのかなあ?」
誕生日なのに忘れてしまいたいような一日だった。歩き回ったし出血してるから、よく冷えた発泡酒が美味しいけど。
「ま、そう言わず。俺は今年で53歳だけど、自由に動けて酒が飲めるだけでもありがたいと思ってるよ。その辺がやばい同級生もいるからさ」
哲也はそばに寄ってきたヨルに、ソースのついてない鰹節のかけらを「おまえも食うか」と手の平にのせて差し出した。ヨルは一瞬、「このおっさん信用していいのかな?」という顔をしたが意外なことにそれを食べた。でも調子にのってその手で食べ終わったヨルの頭を撫でようとすると、ヨルはスルッとそこから逃げた。
哲也はあたしの仕事の愚痴につきあい、深夜になると「じゃあ、引き上げるよ」と帰って行った。電車で一駅の距離だからそれくらいはまだ歩けるんだそうだ。
これが昨夜のあたしの行動。誕生日にたこ焼きかあ、と思いながら発泡酒を飲んだのだから間違いない。
昨日、コンビニには何で行ったの? 発泡酒の6缶パックは重くなるからたぶん自転車。そしていま自転車はない。確かめるために歩き出した。
あった。コンビニの駐輪スペースの真ん中に。
そしてコンビニのガラスの壁にはそれまでなかった「長時間の駐輪お断り」の張り紙があった。違うのに。わざとじゃないのに。ここは駅から歩いて帰るときに寄ることが多くて、そのときと間違えて、ただ〝自転車の存在を忘れた〟だけなんだよ。
心の中で呟いて、余計に恐怖感が増した。
次はどこで、何を、忘れてしまうんだろう、あたしは。昨日50歳になったばかりなのに。
地図が読めなくなって。
会社が無くなってしまって。
自転車を置き忘れていたことに気づいて。
あたしは自分の周りだけベタで真っ黒く塗られたような気がした。
よれた枠線の漫画のコマに一人きり、夜の中に立ってる感じ。
あたしは〝朝子〟なのに。
年をとるだけで暗闇の中に立たないといけないのだろうか?

そもそも朝子って名前は損をしている気がする。名前だけで勝手に元気なイメージをもたれるし。夕子なら、もっとアンニュイで美人なイメージあるのにな。それに朝生まれたから「朝子」って単純過ぎる。ただの事象じゃないか、それは。ノンフィクションでいいのか、名前が。もっと子どもへの愛とか願いを込めるとか無いんか、ウチの親は。
あ、ここで墓穴掘った。5つ下の弟の名前は「貴大(たかひろ)」だ。貴いものであり、大きくなってほしいとの願いがこもっている。
あたしは親に金がないといわれ奨学金を受けてアルバイト三昧しながらやっと県立大を卒業したのに。卒業した後も奨学金を返すのに12年もかかったのに。勉強嫌いの弟は高校も大学も私立で、どれだけお金かかっても「長男だから」の一言ですべて許されていた。
まあ、そういうことだ。ウチは田舎だし。ミソジニーはいくらでも足元に転がっている。
仕送りなんてしてもらえないから地元の大学を出て、家に近くて自転車で通える信用金庫に就職した。仕事は好きになれなかったけど3年間地味に働いてお金を貯めて、ようやく家を出た。以来25年間、「もう戻りたくない」の思いで必死に働いてきたのだ。
ソノ2 メンタルノ不調
月末前のその日。貸しビルの4階にあった小さな編集工房の片付け作業にあたしはつきあった。
大きな家具や整理棚は片付け専門の業者に引き取ってもらうのだが、これまで制作してきた本や雑誌、税務処理のために保管しておかないといけない書類だとか、分かっている人間でないと整理できないものは色々ある。それらを社長は一人で整理するつもりだったらしい。でも最後くらい見届けたいから手伝った。
あらかたの片付けが済むと、会社の入口に何年も置かれていたゴムの木が気になった。あたしの背丈くらいのその木は、社長がマメに手入れしていたのもあって、濃いグリーンのつやつやした葉っぱと赤く巻いた新芽を付けている。
「この木、どうするんですか?」
「これも明日、業者に引き取ってもらうよ。僕、親父の世話でもう限界だから。可哀想だけど植物の世話までできない」
「お父様は落ち着いたんですか?」
「ここ片付ける間だけ親戚に頭下げて来てもらってる。なんかねえ、親父、トイレ間に合わないこともあるんだよ。それで説得してやっと履くオムツつけてもらってんの。家はゴミ屋敷になってるし。毎日掃除ばっかりで僕、腰痛くなっちゃって……」
社長はため息をついた。
そりゃため息くらいつきたくなるだろう、とあたしも深くうなずいた。
「それは大変ですねえ」
「そうなんだよ。だからとりあえず来月途中からでもデイサービス行けるように、ケアマネージャーさんに介護施設と交渉してもらってるところ。いやケアマネさん見つけるだけでもすごい大変だった。電話しても、いま手一杯ですって何人も断られてさあ。親の住んでる自治体のことって調べておかないとダメだねえ。……朝ちゃん、僕なんか喉渇いちゃったから隣のコンビニで飲み物買ってくるよ。何がいい?」
聞かれてよく飲む栄養ドリンクが頭に浮かんだ。このあとまだ、家に帰って残っている校正作業を済まさないといけない。
ドリンクの名前を言おうとして口を開く。あれ? 出てこない。思い出せない。あの紫色のラベルが付いた小さな瓶の名前が。
「あの、元気が出そうなものなら、なんでもいいです」
社長が買ってきてくれたのは元気がいっぺんで出るという炭酸ドリンクだった。味は悪くないけど炭酸ちょっと苦手…と思いながらそれを飲んだ。
缶コーヒーを飲む社長は、しみじみとした目で何もなくなった書棚を見ていた。その感傷に付き合いたかったが、その横であたしは思い出せない栄養ドリンクの名前を必死に考えていた。こんなに考えても思い出せないって何なんだろう。やがて、落ち着いたらお疲れ会をしようと約束して、社長とゴムの木と別れた。
それからあたしは言葉がうまく出てこなくなった。
映像は頭に浮かぶのに、その名称が出てこない。
まあ、買物はネットでもセルフレジでも済むからいいけれども、仕事でこれは困る。取材先で「あのー、よく売れるというアレ、アレについて話を聞かせてください」なんて言えやしない。社長には悪いけれど、会社無くなって良かったとすら思った。
最初のショックが落ち着くと、そのうち、どんな言葉が出にくいのか冷静に脳内で試している自分がいた。なぜかカタカナの名称が出にくい。食べものだったらコールスローとかラタトゥイユとか。
なんでだろう。素材と音が関連しないせいだろうか。たとえば肉じゃがだったら素材ベースで脳内検索できる。だけどなぜキャベツがコールスローなのか、日本人であるあたしには見当もつかない。そのせいなのか。
思い出し方もいろいろ試した。あいうえお順に、その言葉に近い感じがする音を探す。たとえばラタトゥイユなら、ら行の音だった気がする……と、らりるれろを繰り返して近い音を見つけるのだ。
そのうえ頭全体が疲れているようで、本が全然読めない。文字を目で追うのがまず辛いし、無理に読んでも内容が頭に入ってこなくなった。
子どもの頃からずっと、本を読むのが好きだったのに。好きすぎて本を作る仕事に憧れて上京して、本や雑誌を作ってきたのに。
あたしの頭は本格的に壊れだしたんだろうか?
哲也はどこでもハイボールだ。バーボンソーダのほうがもっと好きみたいだけど居酒屋によっては置いていないこともあるから、ウイスキーをソーダで割ったものならとりあえずいいらしい。
今日来た飲み屋では時間限定でハイボールを飲み放題、というかテーブルにあるサーバーから作り放題で、哲也はえらく気に入っていた。あたしはそれを見ながら白ワインをなめ、この店の売りの肉料理を少しずつつまむ。なんたって会社無くなったばかりだし。節約の二文字は頭から離れない。
「ハローワーク行ってみた。でもやりたい業種の求人はなかったなあ。しばらくは失業保険出るけど生活厳しいな」
あたしがそうぼやくと。
「俺を頼らないでくれよな。娘の進学費用出すだけで大変なんだ。いまってさ、受験料だけでもけっこうな値段でさ。私大をいくつか受けたら数十万かかる。参ったよ」
工業製品のデザイナーでバツイチの哲也は、毎月、別れた奥さんが育てている子どもへの養育料を支払っている。そのうえに、いま大学進学の費用を半分出すことになって懐事情が厳しいんだ、と愚痴った。
哲也とは行きつけの飲み屋で知り合った。その日あたしは、学生の就職情報サイトに載せる記事の取材に行っていて、取材相手の一人が哲也だったのだ。
工業デザイナーの仕事の面白さを落ち着いた口調で話す哲也を(恵まれた人だよなあ……)と思いながらあたしは話を聞いていた。東京郊外の生まれで有名大学に通い、大きなメーカーに就職して評価もされて。もちろん彼なりに努力したのだろうけど、あたしに比べたら望む道をスラスラと歩いているように見えた。秀でた額と切れ長の目があたしの好みだったのでちょっと憧れた。
その彼が、いつもの飲み屋のカウンターで隣の席に座ったときに、お互い「あれ?」っとなった。それから一緒に飲むうち意気投合して連絡先を交換し、行きつけ以外の居酒屋でも楽しく飲むようになり、なんとなくこういう関係になった。
だけどいま、目の前で逃げの言葉ばかり並べる男となんでつきあっているんだろう、とあたしは思った。自分だってさんざん愚痴を聞いてもらってるくせに。
人間が男女差を利用した共生生物なのがいけないんだな。群れ、までいかなくても、誰か、といればそれだけで安心する。実際には助けてなんかくれなくても、だ。
勤めてた会社無くなって。
自分の頭が壊れてきたように感じてて。
あたしは助けてくれる網のない場所で一人綱渡りをしているサーカス団員のようだ。
もしこの綱が切れたらどうなる?
それより前に自分が綱から足を滑らせたら?
飲みながら、そんなことばかり考えてしまう。
その夜泊まった哲也の部屋で、年齢のわりには鍛えているという肩にあたしはしがみついた。
最近はセックスしても最中に痛みを感じることが多くて、楽しむ気分にはあまりならない。胸を触られて感じることはあるけれど。あたしは胸が大きくてブラ探しには苦労する。Dカップは哲也にとってはポイントらしい。
だけどあたしは快楽なんかより、もっと実体のある何かにしがみつきたかった。掴めるものもなく、自分一人だけ何処かへ落ちて行くような気分を忘れたかった。他人の体温はこういうとき頼りになる。
「ねえ、洗濯機からっぽだね」
翌朝、哲也の部屋で。朝食を作ってやろうと思ったあたしは、冷蔵庫を開けてそう言った。
「へ? いま洗濯してないんだから当然だろ」
哲也の返事で気づいた。
いま〝冷蔵庫〟のつもりで〝洗濯機〟って言わなかった? あたし。
しかし冷蔵庫と洗濯機を言い間違えるってどうよ? 白物家電なら何でも一緒だと思ってるのか、あたしの頭は。
「あはは。冷蔵庫と洗濯機間違えたわ」
「朝子さ、アルツハイマー始まったんじゃねえの」
呆れた声が返ってくる。
「うん、じつはあたしもそれ疑ってる。めっちゃ怖いよ。ネットでドラマ見たらすごい似てた、どんどん頭壊れてくのが。あたしこないだもスーパー行ってカートに自分の荷物置いてきちゃったんだよ。すぐ取りに戻ったけど。手先も変でさ、混んでるレジで小銭ばら撒いちゃって。それから怖くてカード払いしかしてない」
頭の変調を悟ってから、いろいろ調べるついでに若年性アルツハイマー型認知症になった主人公のドラマを配信で見た。彼が道がわからなくなったり予定を忘れたりするのを見るたびに、自分のことを見るようで怖くてたまらなかった。
もちろん認知症や失語症になっても前向きに頑張っている方々がいるのも知っている。だけどいまのあたしには、そうなったときサポートしてくれそうな人なんて誰もいない。不安になるのはそのせいだ。

哲也はしばらく眺めていた携帯から顔をあげてこっちを見た。
「医者には行ったのか?」
「は?」
「脳神経内科へ行きなさい」
「何それ。親みたい。哲也、いつからあたしの親になったの?」
「頭が変なら、病気かどうか確かめるしかないだろ」
「だからそれが怖いんだよ! 壊れた頭で生きるのが!」
あたしは怒鳴った。
「哲也はあたしと別れりゃ済む話だよね。でも、あたしはこの身体で生きてくしかないんだよ、一人で」
「泣かなくたっていいだろ。アルツハイマー調べたら最近は治療薬あるし。相談窓口もあるってよ。それ以外の病気の可能性もあるだろ。職探し中でヒマなんだから病院行きな」
ぶち切れた上にぽろぽろ涙こぼすあたしの背中を、哲也は関節の目立つゴツい手でゆっくりと撫でた。
突然、ピリリピリリと音が鳴って、ばっと二人して離れた。あたしの携帯電話だ。画面を見ると弟からだった。
「え、お母ちゃんが倒れた? 脳梗塞? そう、薬で固まり溶かせたの。しばらく入院してからリハビリがいるんね。相談っていわれてもさ。あたしも色々あるし……うーん」
親の介護どころじゃない。自分の頭が壊れてるかもしれないんだから。若い自分が認知症になったら高齢者の2倍の速度で悪化するそうだ。
あたしは自分で手一杯。あんた、長男だっていって大事にされたんだから、親のことよろしくね、本心ではそう言いたい。
「わかった、これからそっち行く。着くのは夕方になるよ」
結局あたしは実家へ足を運ぶことにした。
部屋を出るとき哲也に「脳神経内科考えてみるね」ってあたしは言った。笑顔で言おうと思ったけど、泣き笑いの混ざった変な顔しかできなかった。
ソノ3 カゾクノ不調
「お母ちゃんが倒れたっていうから、これから実家帰ってくる。2〜3日は帰れないかも。お留守番よろしくね」
自分の部屋に戻って、あたしはまず猫のヨルに事態を説明した。猫は人間の言葉や状況を8割がた理解してくれると思っているから。
ヨルは拾い猫だ。10年前、会社のあったビルの裏手の狭い駐車場から何度も猫の鳴き声がするので気になって見に行った。
隅のほうに白いビニール袋があって、中に黒い子猫が二匹捨てられていた。「猫はゴミじゃない!」と憤慨したあたしは会社へ持ち帰ったが、社長は「僕は動物の毛アレルギーで猫は飼えないから」と見るなり引いた。
しかたなく自分で動物病院へ連れて行くと一匹はすでに息絶えていた。
残った子も危ない、もうじき冬だし温めてあげてください、まだ離乳の途中だから3時間おきにミルクをあげて、お尻を刺激してうんちを出させてあげるのを忘れずに、と動物病院のお医者さんに指示された。社長にそれを報告したら「僕も可哀想とは思ってるんだ」と、亡くなった子猫の火葬代を出してくれた。こういうところがあるから、社長とやって来れたんだよなあ。

ただ、あたしがその頃住んでたアパートはペット禁止で、困ったあたしは生き残った子猫を会社の机の脇に置いた段ボール箱に入れた。ぬるめの湯たんぽを小さな毛布でくるんで、徹夜仕事の合間にミルクをやった。
社長はそんなあたしと子猫を恐々と遠目に見ていたが、「社内の清掃はちゃんとします!」とあたしが宣言すると「離乳が済むまでなら」の約束で許してくれた。
弱っている子猫はほとんど眠るかミルク飲むかで、鳴き声も小さかった。あたしは睡眠不足でフラフラしながら、ペットが飼える部屋探しを始めた。もうずっと一人でやっていく覚悟はできてたけれど、縁あってやって来たこの子と暮らそうと思ったのだ。
一緒にいる10年の間に、赤ちゃん猫はやんちゃな妹になり、いまでは賢い姉のようにあたしに接してくる。これからは彼女のほうが先に老いて親のように世話が必要になり、いつかあたしが見送るのだろう。でもいまは人間の親が先決だ。
いつものカリカリを山盛りにして、飲み水の容器を増やすあたしの姿をじーっと見つめていたヨルは、出がけにすっと近づいて来ると「待ってるから行ってきな」とあたしの手を舐めてくれた。「ヨル、あんたは元気でいてね、お願い」と呟いて家を出た。
都心の大きなJR駅から各駅停車に乗り換えて2時間ほど。窓から見える風景はビルから家々に、それから雑木林や工場へゆるやかに変わってゆく。
途中で小雨が降り出した。乗り換えのとき父に連絡したら、家の最寄り駅まで車で迎えに来ると言う。年寄りの運転は心配だけど病院への道筋なんてあたしは知らないし、おまけに雨だ。ここは任せるしかない。しばらくぶりに会った父は疲れた顔をしていたが、意外に運転は確かだった。
ようやく着いた古い大きな病院の個室で。
母は淡いグリーンの検査着を着せられベッドに横たわっていた。身体には何本かの管を繋げられていて、酸素吸入器を付けた顔はちょっと浮腫んで見えた。それほど苦しそうな表情をしていないのが救いだった。手を握りたいけど勝手に身体を動かしたせいで母に何かあったら、と思うと怖くてそれもできない。
すぐ必要かわからないけど、明日には替えのパジャマや下着を持ってこよう。父も弟も母の着るものなんてわからないだろうから、あたしが用意するしかない。家の近くならどこで新しいものが買えるだろうか。
そんなことを考えながら、父と並んで母のベッドの横の椅子に座った。弟はもう自分の家に帰ったらしい。
「お母ちゃん治るって貴大に聞いたけど」
「ああ、まあ。見つけたのが早かったから。ドターンって音がしたんだよ、台所のほうで。見に行ったら倒れてた」
「お父ちゃん補聴器付けてたの。運が良かったね」
「ああ。老人会で出かける予定だった」
面倒だと嫌がる父に、補聴器を付けろとうるさく言ってたのはあたしなのだ。お金はあたしが出すからと説得して一緒に買いに行ったら、きちんと耳に合わせた補聴器のお値段は目が飛び出るくらい高かったが、実家のテレビの騒音に耐えるよりマシだと思った。
意識が戻らない母に、本当は聞きたいことがあった。代わりに父に聞いてみた。
「ねえお父ちゃん。なんであたし朝子なん。もっと、違う名前が良かった」
「そんなこと俺に言われてもな」
やっぱり父はあたしの名前を付けたときのことなんて覚えてないか、半世紀も昔の話だしと思ったとき。ポツポツと父は話し出した。
「……台風で大雨降った晩にお母ちゃんの陣痛が始まってさ。産婆さんが家に来てくれたけども、道路に水いっぱいで俺、仕事場から帰れなくてよ。でもおまえ生まれた頃には晴れて、水も引いてさ。家まで歩いて帰ったんだ。すんごい朝焼けが綺麗な朝でなあ。朝が来るのはありがたいって。朝子にしたんだよ」
あたしの目に実家近くの光景が浮かんだ。
いまは大きな紳士服店やパチンコ屋、カーディーラーになっている幹線道路沿いも、その頃はあたり一面田んぼだったらしい。
大雨をもたらした雲は通り過ぎ、空は鮮やかな赤に染まっている。朝焼けが映る田んぼの水面と、強風になぎ倒された稲穂たち。その中の道を、産まれたばかりの娘に会うため黒いゴム長を履いて帰って来る父……。
ふうん。そういうノンフィクションなら、悪くない。
いつも言葉の足りない父だけど、ちょっとは考えてくれていたんだ、あたしのことも。
あとは話すこともなく親子三人でぼうっとしていたら、看護師さんに面会時間終了ですと言われ、「じゃあ、また来るね」と目を覚まさない母に声をかけて病室を出た。
翌日、母は意識を取り戻した。
「お母ちゃん、わかる? 朝子来たよ」
声をかけるとあたしのほうを見て、かすかにうなづいた。ものすごくほっとする。
それは嬉しかったけど、医師の説明では左半身の麻痺もあるという。ここでの治療が順調にいったら、リハビリ専門病院に転院することになります、と自明の理のように言われた。
さらに数日経って、母の身体に繋がれている管が取れた。あたしは看護師さんに許可をもらって新しいパジャマに母を着替えさせた。白髪の増えた髪にそうっとブラシを当て、ノンアルコールのウエットシートで顔を拭いてあげると、母はかすれた声で訊いてきた。
「あんた、仕事は?」
「うん、大丈夫。休みもらったから」
嘘も方便って言葉はいまのためにある。こんな状態の母に無職だなんて言えるはずがない。
25年前、上京すると親に告げたとき、「女が一人で東京なんぞ行ってどうする? 仕事なんかあるわけない」と父は決めつけた。そのとき母は「お父さん。お姉ちゃんは貴大よりしっかりしてるから大丈夫。好きなようにさせてあげてください」と庇ってくれた。
普段は言いなりになる母が珍しく反論したものだから、父は不機嫌そうに「ま、ダメなら戻ってきて見合いすりゃいいだけか」と捨て台詞を吐いて、あたしの東京行きをしぶしぶ認めたのだ。
ベッドに横たわる母を見て、お母ちゃん痩せたなあ……と思った。元から小柄だったけど、いまは子どものように小さく見える。
今度は自分がこの人を守りたい、その気持ちはある。だが、それをしたら鈴木社長のように、これまでの自分をすべて捨てることになるんだろうか?
あたしがまずやったのは、地域包括支援センターへ行き、母のためのケアマネージャーさんを見つける手配をすることだった。社長のお父様の一件以来、ウチだって時間の問題だと思ったあたしは色々調べていた。ケアマネさんが見つかっても、介護認定を受けるには1か月くらい時間がかかるのだ。
いまの病院は完全看護だから食事やトイレの介助はいらないし、そのあと行くリハビリ病院まではいい。問題はその先だ。自宅療養になったら誰が面倒をみる?
母のケアマネを引き受けてくれた黒田さんは30代の女性で、とてもテキパキした人だ。調査員に病室で介護認定をしてもらい、母の希望も確認してくれた。それを元に相談して、退院後の介護計画をたてようということになった。
ケアマネさんと相談するより前に、あたしは実家へ弟を呼び出した。
弟は母の介護問題をあたしとじかに話し合うのは嫌なのか、SNSを通じてぐちぐち言ってくる。それを読んでたらムカムカしたから、直接の話し合い以外は何も聞かない、と言ってやったのだ。
「お母ちゃんの介護の話。要するにあんたは何もする気がないんだよね?」
「だから言ったろ? 俺は仕事で残業あるし嫁さんも働いてるし。創(はじめ)は高校受験で塾通いしてんだよ。その送り迎えがあるから由利(ゆり)だってこっちには来れないの」
「つまり、同じ県内でも20キロ離れた実家には通えないってことね。でも、あたしには100キロ離れた東京から実家へ通えって言いたいんだよね?」
「だって最近は介護休暇とかだってあるんだろ? 姉ちゃんは独り者だしさ」
「あんたの会社は介護休暇ないの?」
「男がそんなの取れるかよ。給料減ったらどうすんだ」
「あんたが遠くても通えって言うからそうするけど。その代わり、あたし一人で介護する気はないからね。あたしにだって仕事あるし。ケアマネさんと相談して、毎日のケアは介護サービスの人に頼むよ。そのお金はお母ちゃんの年金から出す。足りない分はみんなで公平に分担すること。でなきゃやらない」
父もいる前でそう最終宣言すると。
「わかった。お母ちゃんが回復するまで手伝ってくれればいいから」
「それだけど。すぐ回復するってあんた本気で思ってるの? そりゃ、リハビリを続ければ少し歩きやすくなるかもだけど。手の麻痺とかはそう簡単に治らないよ。何年もそのままかもしれないんだよ」
「……」
「もしもこの先、親がどっちか一人になったときはどうするつもり?」
「そんときは俺がなんとかする」
「なんとかするって、どういうことよ? 同居するの?」
「まあそうだね」
弟がそう答えると、父は何か言いたそうに口を開いたが、結局黙った。
左手と左足に麻痺が残った母は要介護2と判定された。本人の強い希望もあって、退院後は家に戻って訪問介護を受けることになった。
母はずいぶん頑張っていた。杖を使えばなんとか一人で歩いてトイレに行けるようになったし、介護ベッドで上体を起こし、食欲がなくてもヘルパーさんが用意したごはんを口に運ぼうとする。
あたしは母の好物のみかんが出始めたので買ってみた。緑の混じる黄色い皮を剥いて一房口に運んであげようとすると、「みかんくらい一人で食べられるよ」と笑われた。あたしも口に含むと甘酸っぱい香りが広がる。
「朝子に世話かけるね」
「別に。あたし、大したことしてないもん」
「お父さんも優しくしてくれるし。家はいいね」
そう言ってそのまま眠る母に胸が痛んだ。ほんと、あたしはこの人に、何十年も何もしてあげてなかったな、と気づいたから。
ソノ4 ユルヤカナ再生
新年を迎えて、三が日はなんとか超えた。餅はほんの小さな欠片だけにした雑煮を母は食べてくれた。それで少し安心して、あたしは東京に帰った。放りっぱなしにしている飼い猫が心配だったから。
父は従兄弟の訃報がきたと電話で言ってきた。通夜に顔を出すだけにするよ、と。でもその数時間の外出のあいだに、母は再び脳梗塞を起こした。今度は救急搬送しても助からなかった。
周りの人はみな「通夜ぁ行ってたんだから仕方ない、誰のせいでもないさあ」と父をなぐさめたが、父は「俺がそばにいてやらなかったせいで死なしちまった」と繰り返した。そしてその思いの反動か、父は母の葬儀や四十九日のことで頭が一杯になったようだった。
いまは火葬するご遺体が多くて、葬儀をするのに1週間近く待つのが普通らしい。忌引き以外は仕事休めないと弟が言うので、
「遺影はどれにしたらいいべな?」
「家の祭壇に灯籠いるか?」
「死化粧ってみんなするもんなんか?」
「お返しは何にしたら恥ずかしくないんだ?」
等々、父は何でもかんでもあたしに相談してくる。あたしだってこの地域の不祝儀の慣習なんてわからない。ずっと離れていたんだもの。幸い几帳面な母は、不祝儀にいくら包んだとか何をお返しにもらったとか家計簿に付けていてくれたので、それを参考に父とあれこれ考えた。
母の入院中から最近まで、あたしは2日おきくらいに東京に帰っていたけれど、今度は葬儀を終えるまでずっと実家にいないといけない。
自分の部屋へ喪服を取りに戻ったとき、意を決して哲也に頼み、合鍵を渡してヨルの世話をしてもらうことにした。
「お願い。母の初七日が済むまででいいの。他に頼める人いないし」
そう言って目の前で頭を下げるあたしに驚いたのか、「お、おう」と哲也は受け入れた。あたしはさっさと合鍵を渡し、寒いからエアコンは付けたままでいいからね、糞やトイレチップの捨て方、ごはんや飲み水の替え方はここに書いてあるから、とヨルのお世話メモを哲也に渡した。
あたしにだって守りたいものはある。他人に部屋に入られるのは好きじゃないけど、猫の生活を守るためならかまわない。

葬儀にはもちろん弟夫婦も来た。甥の背が高くなって声変わりしているのに驚いた。ヒョロヒョロしているのに声だけ低くて、しかも弟の声にそっくりだった。
家族葬だし、高齢の両親には尋ねてくる親戚も少なくて、静かなお葬式になった。高校出てすぐ働いて、同じ工場に勤めていた父と結婚した母。紹介してくれた元の上司も仲良かった同僚も「みんな死んじまって誰も呼べねえな」と父は残念がっていた。近所の仲良くしてたオバさん二人が棺に花を入れながら「寂しくなるわ」と泣いた。
小柄な母の棺の中を埋めるために、みんなで何度も白い花を入れた。
「あつ子ー、ダメだ、行くなー!」
突然、傍らで大声がしてギョッとした。誰の叫びかと思ったら父だった。
あの言葉足らずの父が、出棺を告げられた棺に取りすがって泣いていた。それを見て、あたしも涙腺崩壊した。
母が亡くなってからずっと、やらなきゃいけないことばかりで涙は出なかったのに。持っていた黒いハンカチは濡れてぐしょぐしょになってしまったから、ポケットティッシュで顔を拭いた。あとで見たら、顔の化粧はみんな落ちていた。
しばらくして弟が、父の肩に手をかけて「親父、ちゃんと見送ってやんなきゃダメだ」と諭すと、父はようやく棺から離れた。葬儀社の人がほっとしたように棺の扉を閉めた。
棺の中の小さな身体は、焼かれてもっと小さくなって白布に包まれた箱に入った。
帰ってきて家の仏壇の前に、斎場で残った花やいただいたお供え物と一緒にそれを置き、お線香をあげた。
お母ちゃん。父に聞かれるのは恥ずかしくて、心の中であたしは母に呼びかけた。そんな小さな身体で、あたしを産んで育ててくれてありがとう。せっかく産んでもらったから、一人で生きるの大変だけど、あたし、もうちょっと頑張ってみるよ。
1週間後。お寺さんで初七日の法要を済ませたあとで、あたしは言った。
「お父ちゃん、あたしもう東京帰るけど。貴大のとこへ引っ越しする日が決まったら連絡して。手伝いに来るよ」
「俺はずっとここにいるから。引っ越しいらん」
「え? 貴大と同居しないの?」
「この近くの寺に墓があるし。お母ちゃんだけ一人にできないだろ」
「そりゃそうだけど。一人で暮らせる?」
「おまえやヘルパーさんのが上手だから任せてたけどな、俺、掃除も洗濯も前から時々やってんだ。お母ちゃん、倒れる前から調子悪くて、しんどい、しんどい言うから代わりにな。メシは作れないけどスーパーの惣菜がわりと旨いし、サトウのごはんがあればいい。おまえは俺のことなんかより自分の心配しろ、独りもんなんだから。顔色悪いぞ」
「ちょっと疲れただけだよ。でも身体は大事だね、たしかに」
哲也に言われたように脳神経内科へ行くつもりだったが、その前に婦人科へ行った。
このところ生理の出血がひど過ぎる。間の悪いことに母の葬儀の日も生理で、喪服のスカートに出血が付かないかヒヤヒヤした。見た目は黒だからわからないけど、出血が染み出て会場の椅子に着いたりしたらものすごく困る。本来は8時間保つはずのタンポンのスーパーサイズがほんの2時間でダメになってしまうのはどう考えてもおかしい。
自宅近くの婦人科クリニックでそのことを相談すると、検査がいるからと、すぐ大きい病院へ紹介状を書いてくれた。そこで血液検査をし、予約してMRIを撮った。
しばらくして大きい病院へ結果を聞きに行くと、子宮筋腫と更年期障害だと言われた。
子宮筋腫ができるとただでさえ生理の出血量が増えるのに、更年期には出血量が不安定になる。それがダブルできたらしい。
ヘモグロビン値がこれじゃ倒れたっておかしくありません、いままで辛かったですね、まずは貧血の治療から始めましょう、とパソコンの画面を見ながら励ましてくれる聡明そうな女医さんに、あたしは自分の脳と記憶がおかしくなっている現状を話した。
「これ、貧血のせいですか?」
「それよりも、女性ホルモンの揺らぎのせいだと思われます」
更年期だからと一直線にエストロゲンが減るのではなくて、出たり出なかったり、高い波のように揺れながら減っていきます。その際、脳の海馬や扁桃体の処理速度が低下してしまうことがあって、記憶力や判断力の低下、ブレインフォグなどが現れるんです、と先生は説明してくれた。
「頭がおかしくなったら、もう、戻らないですか」
「おそらくですが、戻ると思います。閉経がすんで、身体がその状態に慣れれば。脳機能の低下は女性ホルモンの揺らぎが原因ですから、揺らぎがなくなれば落ち着くはずです」
体中から、力が抜けた。
あたしの頭、いっぺん壊れたけど、また元に戻れるのかあ。
〝女〟でなくなれば、ただの〝人間〟に戻れると思っていた。
子どものときのように。自由に駆け回れるんだと思っていた。
50歳を過ぎて、ただの人間になろうとすると、こんなに色々の困難が待ち受けているなんて知らなかった。
「ありがとうございました」
最近、ようやく慣れて自然に声を出せるようになった。まさか自分が、小銭をぶちまけたり、荷物を忘れて電話したりした近所のスーパーで働くことになるとは思わなかった。
ハローワークにいくら足を運んでも50代の求人は少なくて、清掃やマンション管理人などの仕事しか見つからなかった。
同じ身体を動かす仕事なら家の近くにないかなあ、と思っていたら、スーパーの入口に「パートさん急募!」のお知らせを見つけたのだ。
このスーパーは早朝から店を開けている。お客さんが意外に来るのは知っている。自分もその一人だったから。朝7時から店を開けるにはその前から来て開店準備をしないといけない。6時にここに来ることが可能なのは近所に住む独り者の強みだ。
カゴの中にバーコードを読んだ商品を入れていくのは技術を要する。研修を受けたいまでも緊張する。一度などは、お客さんからクレームが来た。
「ちょっと。肉のパック、惣菜の上に置かないでよ」
別に肉のパックが破れているとか、ドリップが出ているということはない。ただ、イメージとしてすぐ食べる惣菜の上に「生ものを置かないで」ということだったようで。これは気持ちがわからないこともないので素直に「申し訳ありません」と謝って位置を変えた。
カゴの中のものが崩れないよう入れるのに必死で、内容の組み合わせまで目が届かなかったあたしがいけない。
念のため「お取り替えしますか?」と聞いたら「そこまではいい、気を付けてよね」と言われた。意外にいい人だ。幸いその後は慣れてきて、商品を見る余裕が出てきたから大丈夫だけれども。
POSレジの機能を覚えるのは厄介だが、自分は新しいことも覚えられるし、できるのだ、と思うことがいまのあたしの心の支えになっている。
弟や父には、編集の仕事がまだ忙しい、ということにしている。
それが嘘ということもなくて、実際にフリーの編集者として、これまでお付き合いのあった出版社さんから最近増えた自費出版する人の本の校正作業や、以前本を作った著者さんから直に編集作業を頼まれることもある。
ちょっとした情報ならいまは個人が発信できるし、AIがすぐに耳障りのいい文章を作ってしまうけれど、本という形にして〝人の気持ちを込めたもの〟の制作に関わっていられるのはちょっと嬉しい。
猫の世話してもらったお礼をしに、しばらくぶりで哲也の部屋へ行った。
ドアには中仮谷(なかかりや)と書かれた札が下げてある。珍しい名字なので宅配便の誤配とかあると嫌だから付けた、と言っていた。あたしは自分の名前が単純過ぎて嫌いだったけど、珍しい名前にはそれはそれで苦労があるものなんだなあ。
礼金と一緒にお土産のラスクを渡し、預けた合鍵を返してもらった。
「俺、甘いの食べられないよ。金は、いらないし」
「これ、甘くないラスク。お酒のつまみになるんだって。それにお金は貰ってくれないと、次頼めないから」
「じゃ、貰うわ」
大してこだわりがないところがつきあいやすい奴だ。それに、すぐに合鍵を返してくれてほっとした。そこを曖昧にされるのは、自分はやっぱり嫌だから。
「頭の異常さあ。認知症じゃなくて更年期だったわ。オバさんくさい奴でごめん」
「そっか。オバさんなのはわかってるからいいよ。何か飲む?」
クラフトビールもあるよと言われたけど、あたしは哲也と同じバーボンソーダを試してみることにした。スパイシーなのに、ちょっと甘い香りがする。甘くないラスクを囓り、冷たいバーボンソーダで喉を潤したあたしはしゃべり出した。
母が亡くなったこと、脳神経内科へ行くつもりだったけど、貧血がひどすぎて先に婦人科へ行ったこと、そこで脳の機能低下の原因がわかったこと。矢継ぎ早にあたしは話す。哲也はゆっくりバーボンソーダを飲みながらそれを聞いている。あたしが一息つくと、
「大変だったな……」
言われてちょっとウルッときた。自分をねぎらってくれる人間がこの世に存在するとは思わなかった。照れ隠しに、あたしはバーボンソーダを飲み干した。
「あたし炭酸そんなに好きじゃないけど。これ、香りいいし悪くないね」
「そうだろ」、嬉しそうに哲也が答える。
「ねえ、ヨルの世話も大変だったんじゃない?」
「そうでもないさ。猫は子どもの頃に飼ってたから」
「そうなんだ」
「まあ、あの頃はエサも白飯に鰹節ふって猫まんまでよかったし。外に出してたからトイレの世話もいらなかったしなあ。いまとはだいぶ違うけど。でもウチのシロが死ぬときは家族みんなで面倒みたから。小学生の俺も糞や尿の後始末してたんだよ。だから慣れてるっちゃあ慣れてる」
「ヨルは懐いた?」
「どうだかな。最初は俺が行くとずっと隠れてたし。何度か行って、害はないと思ったんだろな、トイレのチップやフード替えてるところをキャットタワーから眺めてたよ。でも、あれだな……明日は朝子帰って来るぞ、俺が来るのは今日が最後だって言ったら、タワーからストンと降りてきて俺を見送ってくれたよ」
「うん。ヨルはね、日本語わかるから」
哲也はバーボンソーダのおかわりを作り、あたしにも勧めた。もう一杯飲むことにした。
「あれは不思議な猫だな。……音楽をかけてもいいか?」
「いいよ。最近の流行りの曲? 携帯にいっぱい流れてくるよね、いま」
「どれほどたくさんの曲知ってたって、自分の好きな曲でなかったら意味ないね。俺はさ、誰かの好きな曲でなくて〝俺の好きな曲〟を聴くんだ。それも耳だけでなくて空間に漂う音をね」
「ふうん」、そういうところはこだわるんだ。
壁に付けた小さなスピーカーからゆっくりしたジャズが背後に流れて、なんだか安心してその場にいられた。
翌日、帰ってきた自分の部屋で。
昨日の哲也の言葉を思い出して、携帯からイアフォンを外して、昔好きだった曲を聞いてみた。音は、空間を漂ってあたしの耳に入り、鼓膜を震わせ、そうして換気のために少しだけ開いていた窓から外へ流れていった。
ソファに座り音楽を聞くあたしの膝で、ヨルが眠っている。小さな黒い頭をそっと撫でると温かかった。
この身体が、あたしを生かしている。いまは、それでいい。
昼寝から目覚めた猫を見習って、あたしは久々に伸びをした。
了
