
【小説】タイムスリップコップ
「ああ、子供に戻りたい」
そんな誰しもが一度は思う野望に、晴人は25歳になってもなお思っていた。
仕事は上手くいかない。毎日叱責と残業の連続パンチで身体はボロボロになっていた。
そんな現実に嫌気が差して、金曜に有給を取り、3連休で実家へ帰ることにした。
「あらおかえり、ちょうどお風呂沸いたけど入る?」
半年ぶりに帰っても、毎日一緒にいるかのように母は迎え入れてくれる。
手を洗いリビングに行くと、コップが1つテーブルに置いてあった。
「あ、それ部屋の掃除してたら出てきたのよ。懐かしいなと思って。」
それは晴人が小さい時に愛用していたコップだった。液体を入れると色が変わる、カラーチェンジグラスと呼ばれるものだ。
当時は牛乳が大好きで、身長を伸ばしたくて牛乳ばかり飲んでいた。
懐かしくて、少年時代に戻りたい一心で晴人はコップに牛乳を注いだ。
しかし、コップの色は変わらなかった。あっけなくタイムスリップは失敗に終わった。
でも、ふと気づくことがあった。
歳を重ねても、自分には帰る場所がある。見守ってくれる人がいる。帰って来るだけで、自分は子供に、少年になれる。
そう思うと、晴人の心は少し軽くなった。
そして牛乳を淹れたコップに、エスプレッソを追加した。