【純エッセイ】 感性で喋って理性で振り返る
人と話すのが好きだ。
けれど、話したことを振り返るのは少ししんどい。
仕事は別として、
話すときはだいぶ感覚的にその都度思ったことを話している。
ときに脳よりも速く口が考えているように。
それを後から振り返る。
あまりに理性的に振り返るから、
なぜそう言ったのか、そう考えたのか、自分自身の動機にまで追求が始まる。
自分の感情の裏の裏の細かいところまで、振り返ってしまう。たぶん、人よりもネガティブに。
あのときの、あの感情の根幹にあるのは自分の暗いところが起因してるのではないか。
そう考えた裏には、善に見える偽善が含まれてるのではないか。
そのときの感情だけじゃなく、もっと根っこの部分に偏りがあるんじゃないのか。それは良いことか?
相手にこう伝えたかったのに、こんなふうに受け取られたんじゃないか。
声の大きさは?話すスピードは?表情は?
考え続けてしまう。
しんどいけれど、自分にとっては大事なことだと思う。
話しているときに、きっと多くの間違いを犯してきたと思う。これまでもそうだし、これからもきっと間違える。
頭の中で反省会を開いて、それを正す。
次はもっと豊かに喋れるように。次はもっと正しく話せるように。
それを繰り返す以外の生き方はないのだろう。
普通の人よりも律儀なのかもしれない。
けれど、そんな性格が活かされる場面もきっとある。
その一つが建築の設計をするときだ。
お客さんやチームのメンバー、はたまた関係のない友達と話すとき、ふとアイデアが生まれる。口がアイデアを作ってしまう。
生まれたアイデアを振り返る。
それが何の役に立つのか、実現したら少しでも何かが良くなるのか、どんな世界に変わるだろうか。
理性的に考える。
実際にそれを実現するのにかかる手間は?それによって誰の作業に影響が出る?何をクリアしたら達成できる?時間はどのくらいかかるだろうか?
どうやったらこの面白さを人に伝えられるだろうか。
深く深く考えていく。
考えることで実行できることがたくさんある。
感性でアイデアを生んで、
理性で実現に向かっていく。
そうやって生きていくしかないのだろう。