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【物語からの学び】 小説『時の家』から 「記憶」について

    こんにちは。しゅんです。

    つい先日読み切った小説があり、
    そこから考えたこと・学んだことを今日はまとめていきます。

    その小説は鳥山まことさんの『時の家』 (講談社出版)という本です。

    作者の方は一級建築士もお持ちの方で、この小説もその知見が活かされた素晴らしい作品でした。芥川賞もとった作品なので僭越ですが、純粋にいろんな方に読んでいただきたいという思いと、
    僕のnoteの趣旨をふまえ、なるべくネタバレを避けて"作品から刺激を受けて考えたこと"をメインに書いていきます。

    また、こちらは三部作にする予定で、
    ・記憶
    ・時間
    ・死
    この3つのテーマを各回に分けてまとめていこうと思います。
    今回はそのひとつ「記憶」について書いていくので、よかったら最後まで読んでみてください。

    建築が担う「記憶装置」としての役割

    僕はもともと

    建築には『記憶装置』としての役割があると思っています。

    極端な例としては古代の遺跡などがわかりやすいかもしれません。

    そこに人が居なくなっても、
    そこに人が居た痕跡が残る
    そんな感覚で理解してもらえればよいかと思います。

    そして、その痕跡はどんどん積み重なって残っていく。
    それは建築の大小や知名度、規模や金額に関わらず、

    物質として、あるいは空間としてそこに在り、
    人間の生きるスパンよりも長い時間残る

    という建築が持つひとつの性質によって生じる
    物理的な記憶だと思うんです。

    今回取り上げている『時の家』はそんな建築が持つひとつの特徴を緻密に表している小説だと感じ、とても興味深く読みました。

    この作品の舞台は取り壊される直前の一軒の家です。
    その中でその空間のスケッチを描いていく”青年”、
    その家を住み継いだ3人の住まい手を
    この家からの視点で描いているのだと僕は思いました。

    (※ここは読み方次第だと思っていて、家が話したりするようなお話ではありません。読んだ方がいたらご意見を教えてください。)

    話を戻すと、
    この物語は”青年”がある想いからこの家の内部空間をスケッチをするお話で、

    このスケッチの中で家を細かく観察をする
    →普通は気付かない建築の細部(壁の歪みや小さな傷、目立たない点検口などなど)に目が行く
    →そのすべてに住まい手たちの固有の思い出(記憶)が存在する

    という建て付けで構成されています。

    名もない小さな一軒家の中にも、微細な記憶の痕跡とその蓄積が確かに存在している。
    それを繊細に表現した物語だと思い、静かな気持ちで最後まで読みました。

    学び:記憶には抑揚がある

    そんなストーリーの中で、特に印象に残ったのは、2人目の住まい手が開いた塾に通う"少年"の、記憶に関する発言でした。

    物語の中で、2人目の住まい手と少年が、この家(塾として使っていた時代)で二人きりのときに地震が起こります。
    家が軋み、花瓶が落ちて割れてしまい、驚く2人。
    そのときに気が緩んだのか、2人目の住まい手はその”少年"にこれまで話さなかったような胸の内に残る大事な過去の話を打ち明けます。


    大きな揺れだと思ったその地震は後から振り返ると実はそこまで大きなものではなく、そのあと数年過ぎてからあるきっかけで二人は再び公園で遭遇します。

    そこで何気ない短い会話を挟むのですが、”少年”は
    その時の地震が一番強く記憶に残っている
    と話すのです。
    その後の人生で何度かそれよりも大きな地震は経験しているのに、思い出すのはその時の出来事だと。

    物理的には小さな地震が、
    記憶の中では大きく残っている。

    これは、
    その経験のシチュエーションと、
    その時に聞いた話によって動いた感情の影響が
    大きな理由なのではないかと、物語を読んでいて思いました。

    その"少年"は幼い頃に実の母を亡くしていて、そのときの記憶はほとんど残ってなく、
    墓前に立っても
    何をどう感じて考えることが悼むことになるのかわからない
    という悩みを抱えて生きています。

    そんな中で"その地震"のときに打ち明けられた話がその少年の感情に響いたことで、強く記憶に残ることになったのかなと考えました。


    学び:感情には波があり、時に共振する

    もう少し掘り下げて考えたことも書いてみます。

    このストーリーで面白いと思ったのは、
    "少年"の悩みと2人目の住まい手の抱えていた悩みは
    直接的には繋がっていないけれど、
    普段お互いに持っている感情の波が並行していて、
    それらの波が重なる瞬間みたいなものが地震のときにあった、と読めたことです。

    先ほどの記憶の抑揚がその人の感情の波による影響を受ける、と仮定すると
    その感情の波が共振するように2人の間でつながりが出来て、強く記憶に残ったのではないかという考察です。

    振り返ってみると、記憶に強く残る経験というのは、誰かと何かを分かち合ったときなど、感情の盛り上がりが起因していて、
    それは例えば1人のときでも、初めて何かに挑戦したときなど感情が昂った瞬間が多いのかもしれないと思いました。

    そして、もう一つ踏み込むと、
    この小説の中での"その地震"は
    その感情の波のメタファーとしても読めるなと思いました。

    これは本当に僕の主観での読み方なので、
    気になる方はぜひ読んでみてください。


    誰かの心を揺さぶる影響

    この感情の昂まりは決して他人に判断できるものではないですが、
    僕もnoteの投稿を通して、誰かの心を少しでも揺さぶれるような文章を発信していきたいと思います。

    ここまで読んでいただきありがとうございました。

    はじめに書いたように、この『時の家』については今後また「時間」「死」について、他にも学びがあったのでまた投稿しようと思います。

    またよかったら読んでください。

     
     
     
    東京都内の設計事務所で勤務している”建築家のたまご”です。 2023年に一級建築士を取得。 これまでの人生や建築設計の仕事を通じて考えたこと、日々の思考を整理して発信します。 かたち⇄言葉、抽象⇄具象、全体⇄詳細のような 建築家独特の「思考の横断」を生かして文章を書いていきます。

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