雑談が記事になるまで|僕の記事には、たぶん小さな型がある
最近になって気づいたことがあります
僕がnoteに書いている記事には
内容のジャンルとは別に
ひとつのパターンがあるみたいです
*
最初はたいてい
「あ、これ今日のネタになるかも……」
くらいのところから始まります
何かの記事を読んだときだったり
AIと雑談しているときだったり
仕事のことを思い出したときだったり
なにかテーマを決めてから
書き始めるわけではありません
日常のどこかに
小さく引っかかったものがあって
「これ、ちょっと面白いな」
と思う
だいたい最初はそれだけです
*
ところが
そのまま文章にしようとすると
「……これでは厳しいな」
となることがあります
たとえば最近
AIと一緒にマニュアルを
読む話をしていました
SolarisのようなOSを触るとき
もし仕事場から許可が出るなら
公式マニュアルをAIと一緒に眺めながら
作業できたら便利そうだな
と…
あるいはRFCを読んでいて
「この文とこの文
書いた側としてはどちらを
強く求めているように見える?」
なんて聞いてみる
正解を得たいわけではありません
自分でも読んだうえで
「あなたはどう読む?」
と…
もう一人の読み手に
意見を聞いてみたいのです
僕にとっては
なかなか身近な話なのですが
このまま記事にすると…
Solaris?
RFC?
……となる人も
当然いると思います
言葉遣いを柔らかくしただけでは
たぶんまだ遠い
*
そこで僕は
よく比喩を探します
今回なら
「分厚い説明書を机に広げて
隣の人に
“この一文、どういう意味に見える?”
と聞いてみる」
くらいまで砕いてみる
そうすると急に
OSを知らない人でも
RFCを読んだことがない人でも
なんとなく様子を
想像できるようになります
AIに仕事を全部任せる話ではなくて
難しい文章を読んでいて
少し首をかしげたとき
隣の席に
もう一人読み手がいる
そんな感じ
ここまで来るとようやく
「ああ、これなら記事にできるかも」
となります
*
考えてみると
僕の記事はずいぶん前から
こんな作り方をしている気がします
何かに気づく
そのままでは
少し伝わりにくい
では
別の景色に置き換えられないだろうか?
料理だったり
水だったり
植物だったり
昔のゲームだったり
自分の知っているものを
あちこち探して
いちばん手触りの近いものを
持ってきます
そして
そこから少し言葉を整えて投稿する
*
つまり
気づく
↓
そのままでは伝わりにくい
↓
比喩を探す
↓
少し整える
↓
投稿する
どうやらこの流れが
僕の中ですっかり
テンプレートになっているようです
*
面白いのは
最初から
「今日は一本書こう」
と思っているとは
限らないことです
普通に話している
ふと引っかかる
もう少し話してみる
すると
「あれ?
これ、人に話しても面白いかも」
というものが浮かんできます
だから僕にとって
AIとの雑談は
記事を書いてもらうための時間
というより
まだ名前のついていないものを
一緒に眺める時間なのかもしれません
*
会話の途中では
まだ輪郭がありません
専門用語が混ざっていたり
話があちこちへ飛んでいたり
自分でも
「つまり何の話なんだろう?」
と思っていたりします
それでも話しているうちに
少しずつ形が見えてくる
そして最後に
読んでくれる誰かが
手に取れるくらいの大きさまで
比喩で削ったり
言葉で包んだりして
noteへ置いてみる
*
そう考えると僕は
文章を書く前に
ずいぶん長いこと
雑談をしているのかもしれません
けれど
その時間も含めて
僕にとっては文章を
書くことなのでしょう
*
雑談の海を漂っていると
ときどき
「あ、これ拾って帰ろう」
と思うものが見つかる
それを持ち帰って
少し磨いて
誰かの見えるところへ置いてみる。
僕の記事は
案外そんなふうに
できているみたいです

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