
謙太と陽子・小鬼のパンツはスーパーパンツ
謙太と陽子・小鬼のパンツはスーパーパンツ
(あらすじ)
謙太と陽子は、ひょんなことから渋川神社に住みついてる小鬼を助けるために、不思議な寅のパンツをはくことになった。カラスから寅のパンツを取り返し、帰る途中で川でおぼれている子どもを助け、こんどはカラスの頼みで小鬼の寅のパンツと角をつけてカラスの仲間を助けることに。小さな冒険と小鬼とカラスと友情の物語。
(本文 )
「謙太、ちょっときて!」
渋川神社の拝殿のわきから、だれかが手まねきして呼んでいます。
「だれや?」
謙太は、小学校4年生、友だちが呼んでいるとおもって鳥居をくぐると、まっ直ぐすすんで拝殿の裏に回りこみました。本殿のまわりはきれいにはき清められ、新緑の木々が春のさわやかな風にざわめいています。
その中でひときわ大きなご神木のクスノキがしめ縄を巻いて鎮座しています。
「だれか呼んだ?」
呼ばれたはずなのにだれもいません。
こんどは、そのクスノキの幹のかげからから顔を出して、
「お願いがあるんやけど、きいてくれるか?」
「だれや?」
「びっくりしたらあかんで。謙太はおれのこと知らんやろうけど、おれは謙太のことをよく知ってる。」
「なんでや??」
「いつも神社の本殿の屋根の上から謙太を見てる。」
謙太の家は、たしかにこの渋川神社の鳥居のまん前にあります。大屋根にのぼったら、正面に謙太の部屋がみえます。
「なんで大屋根にのぼって、おれの部屋をのぞくんや?」
謙太は、すこし腹がたってきました。
「いったいだれや、かくれんとでてこなおれ帰るで。」
「姿みせるけど、びっくりしたらあかんで。」
そう声をかけると、モジャモジャの髪の毛のあたまに一本角をはやし、はだかに寅のパンツだけをはいた小鬼がヒョイとでてきました。
「えッ、なんでそんな格好してるんや。いまごろ節分の豆まきの行事でもあるんか?もうすぐ五月の連休やで。」
「ない、ない。いつもこの格好や。」
「いつもそんな格好してるんか、なんでや?」
「小鬼やからや。」
「そやから、なんで小鬼の格好してるんや、ときいてるんや。」
「そんなんいうても、小鬼やからしょうがないやろ。」
「小鬼やて、うそやろ?」
まだ理解できずにポカンと小鬼をみています。しかし、なんど見てもはだかに寅のパンツをはいて、頭に一本角をのせた小鬼が謙太の前にたっています。
謙太の頭の中は、もつれたタコ糸のようにこんがらがっていました。
小鬼は、じれったそうに、
「ほんとうに小鬼や。謙太は知らんけな、おれはこの渋川神社にすんでるんや。」
「宮司さんは知ってるんか?」
「知らん、そやから謙太に頼みたいんや。」
「その前に、宮司さんに住む許可もらわなあかんやろ。」
謙太は、かってに神社にすみついて、こいつなにしとんねんと思っています。小鬼は、なかなか話しがすすまずいらいらして、
「ちょっとまって、先にしゃべらせてくれるか。おれのなまえは雨太郎っていうんや。」
「雨太郎って、ほんものの小鬼やったら雨ぐらい降らせられるやろ?」
また話しがそれだしました。
「まあ、ちょっとぐらいなら。」
「そんなら、降らせてくれるか。そうしたらほんものの小鬼やと信じたる。」
「ほんとやな。そしたらちゃんと話を聞いてくれるか。」
念おしすると、小鬼は、うーんとうなりながら地団太ふんでおどりだしました。すると謙太の頭の上にもくもくと小さな黒雲がわきあがり、ゴロゴロと音がすると、とつぜん謙太の頭のうえにザーと雨が降り始めました。
「わあー、なにすんねん、ぬれるやないか。」
逃げまわる謙太を雨雲がおいかけます。
「分かった。信じる、信じるからとめてくれ。」
「ほんまに信じてくれたか?」
小鬼の雨太郎は、おどるのをやめて両手をひろげ、ゆっくり手を上にあげていきます。それにつれて雨雲がスーと消えていきました。
「これでおれの話を信じてくれるか。それから質問あったら後にして、そうでないと話がぜんぜん前にすすまへん。」
「じゃあ、なんでおれにたのみたいんや?はじめて会ったばかりやで。」
「そやから、神社の大屋根からいつも謙太の部屋をのぞいてる、というたやろ。」
「なんで、おれの部屋をのぞくんや?」
「それはおれがこの神社にすんでるからや。ちょっとまって、また同じ話や。」
小鬼はあわてて話をやめると、何でこうなるんやと考えています。
「じつはなあ、風太郎っていう俺の仲間がこのクスノキの裏にいてるんや。」
「仲間って同じ小鬼か、なんでかくれてるんや?」
「わけがあって、でてこられへん。」
「なんでや?」
「そやから、そのわけを話したくて呼びとめたんや。」
「せめて顔ぐらい見せたらええのに。顔がみせられへんぐらい不細工なんか?」
「ちがう、ちがう、ふるちんや。」
「ふるちん?パンツはいてないんか、なんでや?」
「そやからな、それを言いたくて謙太を呼んだんやないか。もうなんども同じことを言わせんな、ええか、今朝、風太郎がよごれた寅のパンツを洗ってかわかしてたんや。風太郎やから風を吹かすことができる。それで、風を吹いて乾かしてたら、吹きすぎて寅のパンツが空にとんでいったんや。悪いことに、そこにいたずらカラスが、とんできてパンツを空中でくわえて山へ戻っていきよった。」
謙太は笑いをこらえて、
「あほやなあ、物干しざおに干したら、いくら風がふいてもとんでいけへんのに。」
すると、クスノキのかげから声がとんできました。
「だれがあほやねん!」
謙太もまけていません、
「おまえふるちんやろ。くやしかったらちゃんとおれの前にきてしゃべらんか、ふるちんのくせに。」
また声だけがとんできた。
「ふるちん、ふるちんいうな。どこに物干しざおがあるんや。あったらおれもつかってるわ。」
「・・・・たしかに、ないなあ。」
謙太はあたりをみまわし、たしかにないなあとへんにかんしんしています。
「それでたのみってなんや、物干しざおをかしてほしいんか?」
どうも話がだっせんしています。小鬼の雨太郎は、
「ちがうちがう、寅のパンツをさがしにいきたくても、ふるちんやから、さがしにいかれへんやろう。そやからかわりに謙太に寅のパンツをさがしにいってほしいや。」
「えっ、なんで、おれが寅のパンツを探しにいかなあかんねん?風太郎が自分でいったらええやないか?」
「そんなこといっても、おれら小鬼やで。こんな恰好(かっこう)で街中なんて歩かれへん。それに、謙太に責任あるんやで。」
「おれが、なんでや?」
「謙太、昨日の夜に墨汁を二階の窓からすてたやろ。そのとき、風太郎がちょうど下におってな、寅のパンツに墨がかかって汚れたから、今朝あらってたんや、わかったか。」
「えッ、そんなん。おれちゃんと下をたしかめてからすてたけどなあ。」
ぼんやりと昨日の夜のことをおもいだしています。確かに宿題の習字をしたあと、めんどくさいから、二階の窓からすてたけど、それが風太郎の寅のパンツにかかったとは、
「わるいことしたなあ、それで、どうしたらええんや?」
わけがわかると、ちょっとよわきになっています。
「いたずらカラスは、山のねぐらにかえっているから、とってきてほしいんや。」
「おれ、カラスのねぐらなんてしらんで。」
「だいじょうぶ。寅のパンツには不思議な力があるから、寅のパンツをはいたら、ちゃんとつれていってくれる。」
「えっ、ちょっとまって、寅のパンツをはくんか?」
「そうや、寅のパンツはな、はかんと力がでえへん。そやから謙太がおれの寅のパンツをはいたら、すぐに風太郎の寅のパンツのある所までつれていってくれる。」
「えっ、お前の寅のパンツをはくんか、いややなあ。」
「はかんと探されへんで、それに、ズボンの中にはいてたら、外から見えへん。それともうひとつあるねんけど。」
「えー、まだあるんか、なんや?」
謙太は、ほんまややこしい話しになってきたな、とおもっていました。
「いたずらカラスのクロ太郎は、オスのカラスやから男の子がパンツかえしてくれ言うても、ぜったいかえしてくれへん。」
「それやったら、おれがいってもあかんやろ?」
「そやから、可愛い女の子をつれていって、その子に言わせるんや。クロ太郎は可愛い女の子がすきやから、つれていったらきっとかえしてくれる。」
「可愛い女の子なんてどこにもいてないで。」
「おるやろ、いつもいっしょに小学校から帰ってくる子や。」
「陽子か?あんなんぜんぜん可愛ないで、なまいきなだけや。」
「そうかなあ、おれには可愛く見えるけどな。」
「えー、おまえ目がおかしいんちがうか。陽子が可愛いて?じゃあ、雨太郎がちょくせつ陽子にたのんだらどうや?おれがいっても、きてくれるかどうかわからへんで?」
陽子は幼なじみで同じ小学校の4年生、クラスもいっしょで家が近いので、よくいっしょに帰ってきます。仲は良いのですがが口喧嘩では気の強い陽子にいつも負けています。
「その子もつれていかな、寅のパンツは返してくれへんで。」
「ほんまか?めんどくさいなあ。」
うっとうしいけど、たしかに陽子はたよりになります。
謙太はどうしようか迷って、
「とりあえずよんでくるけど、そのかわり雨太郎が陽子に説明してや。」
そういうと、神社から2、3分の陽子の家によびにいきました。
しばらくすると、謙太が陽子をつれてかえってきました。
小鬼は拝殿のかげから二人のようすをうかがっています
「ねえ、なんの用事やの、ちゃんと説明してくれな、もう家にかえるで。」
「まあ、まってな。ちゃんと説明するから、こっちきて。」
本殿の裏までつれてくると、小鬼に引き合わしました。
「ひやー、なにこの小鬼、いまごろ節分の行事でもあるの?」
「なあ、やっぱりおんなじこというやろ。」
謙太はニタニタして、小鬼がなんて言いわけするかまっています。小鬼は、どこから話そうかなやんでいましたが、さいしょから話しだしました。
とちゅうまで話すと、
「えっ、可愛い女の子でないとあかんの?しかたないなあ、あたしでよかったら助けたるけど。」
可愛い女の子といわれて、まんざらわるい気はしません。
「そしたら、謙太といっしょに探しにいってくれるか?」
「しゃあないな。謙太のせきにんやから、あたしが助けなしょうがない。でも、寅のパンツははけへんで、ぜったいにはけへんで、それでええんやったら。」
「かめへん、謙太にはいてもらう、でも、二人とも知らんやろうけど、寅のパンツはほんまにすごいんやで、いざとなったら、空を飛べるし、はよう走れるし、はいてたら動物ともしゃべれるんやで、。」
「ふーん、でもええわ、そんなんはいてるとこみられたらぜったいからかわれる。やっぱりやめとく、謙太にはかせて。」
「じゃあ、ちょっとまってや。」
小鬼の雨太郎はクスノキの木のかげにはいると、ごそごそからだをうごかして、寅のパンツをぬぐと、クスノキの幹から顔と手だけ出して、
「謙太、はいこれ。」
と、寅のパンツをさしだしました。
「えー、これはくんか。いままでおまえがはいてたパンツやで。」
「わるいなあ、三日前にあろてるからだいじょうぶや。」
「ちがうやろ、三日もはいてたんやろ。」
しかたなく右手の指さきでつまむと、そのままいそいで本殿の物陰にはいって。ズボンのしたにはきました。こしのまわりがもぞもぞしてなんかへんな気分です。
「はいたで、そしたらいこか。早よいって、早よ帰ってこう、カラスのねぐらまでどれくらいかかるんや?」
「寅のパンツはいて走ったら、あっというまや。2・3分や。」
「ちょっとまって、あたしは寅のパンツはけへんから、ふつうに歩いたらどれくらいかかんの?」
陽子がきくと、
「まあ、40分はかかる。」
「えっ、そんなによう歩かん、やっぱりやめとく。」
「ちょっとまって。」
小鬼の雨太郎はあわてて帰ろうとしていた陽子をとめると、
「謙太と手をつないだらいっしょに走れるから。」
「じゃあいこか。」
謙太が右手をさしだすと、陽子は、
「右手はあかん、寅のパンツをつかんだ手やろ、左手出して。」
しぶしぶ陽子は謙太の左手をつかみました。
「そしたらいくで。」
クスノキのかげから、風太郎の声がとんできました。
「ぜったい、とりかえしてきてや。ずっとふるちんのままなんていややで。」
そう言われると、かえって謙太は逆のことを考えてしまいます。
このまま帰ってけえへんかったら、小鬼はずっとふるちんのままや。
小鬼がふるちんのままずっとまっている格好を想像してクスクスわらいながら、山にむかって出発しました。
謙太が走ると、ほんとうにビュンビュンまわりの景色が飛んでいきます。あっという間に恩智川をこえて山すそにつきました。こんどは寅のパンツに引っぱられるようにどんどん山道をのぼっていきます。
そして、山の中腹にある、ひらけた道のわきに『水飲み地蔵』がたっていました。山からの湧水できれいな飲み水がでています。よく地元の人がその清水をくみにやってきます。 しかし、五月の連休まえで、登山客も、観光客もいません。そのよこの大きな松の木の上に、カラスが一匹とまっていました。その枝の先には寅のパンツがひっかかっています。
さっそく陽子が声をかけました。
「カラスさん、クロ太郎さん。」
カラスはきょろきょろあたりを見まわし、下の道に男の子と女の子が手をつないでいるのをみつけると、なんでカラスの言葉をしゃべれるんや?と首をかたむけています。
「おれのなまえを呼ぶんはだれや?」
陽子は、もういちど、
「カラスのクロ太郎さん、しゃべってるんはあたしや。お願いがあってきたんやけど・・・。」
カラスは不思議そうに陽子をみると、
「なんでおれの名前を知ってるんや?」
「小鬼の雨太郎からきいたんや、お願いがあるんやけど。」
「お願い?可愛い女の子のお願いやったらきかんこともないけどな?」
「その枝の先にかかってる寅のパンツを返してほしいねん。」
「これは小鬼のパンツやで。お前こんなパンツをはくんか?」
「そやろ、ふしぎやろ。でも元々は、あたしの弟の謙太が寅のパンツをよごしたんが原因やねん。それで返してもらいにきたんや。」
きいてた謙太は不服そうに、
「なんでおれが陽子の弟やねん。」
「そのほうが話しやすいからしかたないやろ。」
するとカラスは、じろっと二人をみくらべて、
「そういえば、どんくさそうな弟やな。」
謙太はふてくされてよこをむいています。
陽子はおかしそうに、
「そのとおりやねん、そやから寅のパンツを返してくれる?」
「あかん、小鬼はいつも神社でおれをいじめるから、しかえしでとってきたんや。でも、可愛い女の子がきたから、返さんこともない。ただし、これからおれの言う問題に答えられたらな?」
「問題に答えたらええの、じゃあ言ってみて。」
「そうやなあ。」
クロ太郎は楽しそうにかんがえていましたが、
「『夏やのに雪がふってる。』なんでや?」
謙太は一生懸命に考えているがなにもうかびません。しかし陽子は、
「かんたんや、南半球やからや。北半球とは夏と冬がさかさまやから、こっちが夏の時はむこうは冬で雪がふるんや。どうや。」
「うん、正解や。なかなかやるな、では2問目。」
「えっ、ちょっとまって、そんなん反則や、なん問あるの?」
カラスはニタッと笑うと、
「べつに1問とはいうてない。」
「じゃあ、なんもんあるの?」
「ぜんぶで3問や。ええか、2問目いくで。『メガネをかけて逃げる動物』はなんや?」
「うーん、」陽子はちょっと考えてから、
「簡単や、メガネがさる(・・)やから、『メガネザル』や。」
「うーん、やるな。ようしこんどはむずかしいで。『2と12の間にあって、7の反対側にあるんはなんや?」
謙太にはさっぱり分かりません、時間だけがすぎていきます。
「こうさんか、時間はどんどんすぎていくで。」
「あっ、わかった。1や。」
カラスは、ニタッとわらうと、
「なんでや?」
「だって、時計の12時と2時の間には1時があるやん。それに1時は7時の反対側や。」
「ようわかったなあ。」
「カラスさんありがとう。ヒントくれたんやね、あんがいやさしいんやね。」
カラスはカッカッカアーとわらって、寅のパンツを二人の前におとしました。
「弟も、おまえぐらいかしこかったらええのにな。」
そして、カーカーと鳴きながらとびたっていきました。
「だれが弟やねん。」ふふくそうに文句をいっています。
「ええやん、寅のパンツをとりかえしたから。謙太もっててや。」
二人は、また手をつないで飛ぶように山をおりていきました。
山すその恩智川まできたとき、子どもの叫び声が聞きこえました。
「ゆーちゃんが川におちた!だれか助けて!」
陽子は,あわてて謙太の手をひっぱってとめると、
「いま、なんてきこえた?子どもが川に落ちたんとちがう?」
謙太が,川の中をみると、
「ほんとや、子どもが流されてる、助けな、大人はおれへんのか?」
あたりをみまわしたが、だれもいません。すると陽子が、
「謙太、寅のパンツはいてるやろ。」
「えっ、おれが?」
「だって、寅のパンツはいてたら、空も飛べるって小鬼がいうてた。」
「そうやけど、どうやってとぶんや?」
「はよ助けな、子どもがおぼれてしまうで。」
「そやから、どうやってとぶんや?」
謙太は、気ばかりあせってあたふたしていると、
「ジャンプしたら?」
謙太はいわれた通り、空にむかって大きくジャンプしました。たしかに、からだは空中にうきましたが、前にすすめません。したたなくひっしに平泳ぎで泳ぎ出しました。
「なんで空中で泳いでるの?」
「だって、からだが前にすすまへん、泳がなしょうがないやろ。」
「あの子を助けたいとおもったら、かってに前にいけへん?」
謙太はひっしに空中で泳いでいましたが、おぼれている子を見て、「はよ助けな。」と声をだしたとたんに、からだが独りでに子どもにむかってすすんでいきました。そしておぼれている子どもの手をおもいっきり引っぱり上げました。しかし、少し持ち上がっただけで重たくて沈まないように支えているだけでせいいっぱいです。
「陽子、あかん、重たい、手伝って。」、
陽子は、流される子どもについて土手を歩きながら、
「どうしたらええの、大人を呼んでこよか?」
「あかん、陽子も寅のパンツはいて助けにきて、二人やったらなんとかできる。」
「えー、なんで、そやからいややいうたのに。しょうがないな、まってや、いまはくから。」
手にもっていた寅のパンツをあわててはくと、思い切ってジャンプして、夢中で謙太のところまで飛んでいきました。なんとかたどり着くと、すぐにおぼれている子のもう一方の手をつかみ、
「あの土手の下の土がたまってるところに引っぱっていこ。」
ふたりして、土の上にひっぱりあげると、こんどは土手の上まで両手をひっぱっていきました。子どもは何とか上にあがると、安心したのかいっぺんに泣きだしました。小さな子どもの友だちがかけつけてきて、おぼれた子に声をかけています。謙太と陽子は、ほっとしていっぺんにからだの力がぬけ、その場にすわりこんでしまいました。
いまごろになって、足がガクガクふるえています。
「この子の家はどこや?」
謙太がきくと、叫んでいた女の子が、
「うん、すぐそこ。家のまえでボールけってたら、ボールが川に落ちて。ゆーくんがとろうとして、川におちたんや。」
別の子が、不思議そうにたずねてきました。
「おにいちゃん、おねえちゃん、なんで空をとべんの?」
謙太と陽子は、寅のパンツをはいてるからや、とは言えません。話がややこしなってきたらこまるので、
「たまたまや、おにいちゃんと、おねえちゃんはこれでいくからな。ちゃんと家にかえるんやで。」
二人はまた手をつなぐと、だれもこないうちにビュンとかけだしました。子どもたちはその速さにびっくりして見おくっていました。
街をかけ抜け、神社まで帰ってくると、本殿の裏で小鬼を呼びましだ。
「おーい、帰ってきたで。」
すると、雨太郎と風太郎は、クスノキの上のほうからスルスルとおりてきて、幹のかげから顔だけだして、
「パンツはもって帰ってきたか?」
「ああ、ちゃんととり返してきた、クロ太郎が言うとったで、いつも神社で小鬼にいじめられてるから、しかえしで寅のパンツをとったって、ほんとか?」
小鬼はこまった顔で、
「ちがう、ちがう、あいつらが神社で悪さするから、宮司さんにかわって追っ払っただけや。」
「そうか、まあ、どっちでもいいわ、とりあえず寅のパンツを脱いでかえすわ。」
謙太と陽子がぬごうとすると、
「うーん、なんでや、謙太、なんでぬげへんの?」
「ほんまや、雨太郎、なんでや?なんでぬげへんのや?」
「二匹の小鬼は、ふたりをみてクスクス笑っています。
「寅のパンツといっしょに、なんかしたやろう?」
「なんもしてない。」
「ほんとうか?」
「ほんとうや、なんもしてない。川でおぼれてる子を見つけて助けただけや。」
「ほら、なんかしてるやないか。二人とも寅のパンツに気にいられたんや。」
「なんやそれ?」
「寅のパンツはなあ、はいてる相手を気にいると、ぬげんようになるんや。」
「えっ、どうしたらええの?」
「寅のパンツがあきるまで、はいてなしょうないなあ。」
「そんなん、なんかぬげる方法ないの?」
「ないことも、ないけど・・・。」
「どうするの、おしえて。こんなん早ようぬぎたいわ。」
すると雨太郎は、陽子の顔をみながら、
「おならしたらぬげる。」
女の子が人前でおならするかなとおもっています。
謙太はやっぱり男の子だ。
「はいたまま、おならするんか?」
「そうや、くさいやろ、そしたら寅のパンツがいやがって自分からにげていきよる。」
「おならでるかなあー。」
謙太は腰を振り動かして、なんとかおならをだそうとがんばっていました。
「プスー、すかしっぺや、くさいぞう。」
ズボンの中で寅のパンツがいやがってあばれています。そのままズボンまで下にずりおちました。謙太はあわてて本殿のかげにいくと、寅のパンツをぬいで右手で振りまわしながらでてきました。
「こうしたら臭いもとんでいくやろ。」
笑いながら雨太郎に手わたしました。
雨太郎は、クスノキのかげではくと、ほっとした顔であらわれました。
「ぬげたで、陽子もおならしたら、かんたんにぬげるで。」
「あたしは女の子やで、人前でおならなんかするはずないやろ。」
プンプンおこっています。
「ほかに方法ないの?」
小鬼の雨太郎は、こまった顔で、
「あとはご飯いっぱいたべて、うんこしたなったらかってにぬげる。それまではいてなしょうないな。」
「えー、それまではいとくの。いややなあ。」
そのとき、風太郎もこまった顔で声をあげました。
「こっちも、いややわ、ずっとふるちんやねんぞ、なんとかしてくれ。」
他人事のようにケタケタ笑っていた謙太が、いいことをおもいつきました。
「風太郎、おれの水泳パンツかしたろか?おれ2枚もってるから、ひとつかしたるわ、ふるちんよりましやろう。」
「ふるちん、ふるちん言うな、かっこわるいやないか。」
「そしたら、ふるちん、いらんか。」
謙太は、わざとふるちんといってからかっています。
「いや、かしてくれ、なんかはかんと落ち着かへん。」
謙太は神社まえの家に入ると、すぐに水泳パンッツを持って戻ってきました。小学校ではくこん色のスクールパンツです。
「はいてみたら。」
風太郎はクスノキのかげから受け取ると、なんかてれくさそうに水泳パンツをはいてでてきました。
「こんなんはいておかしないか、小鬼にみえるか?」
さっそく謙太がからかっています。
「かっこええなあ、なんか新しい小鬼のファッションや。」
雨太郎もいっしょになってわらっています。
「うーん、小鬼のようで、小鬼でない、あんがいはやるかも、ニューファッションや。」
ほっておかれた陽子が、
「うちは、どうしたらええの、もうしらん、もう帰るわ。」
おこってかえっていきました。謙太はあわてて陽子をおいかけます。
「明日までにはぬげるとおもうで。」
「なんで?」
「だって、晩ご飯たべると、とうぜんトイレにいきたなるやろ、それに寝てるあいだにおならするかも。」
「おこるでしまいに。」
「ごめん、でもおれのせいでこうなったから、しんぱいしてるんや。」
「もし、ぬがれへんかったらはさみで切るわ。」
「それええな、きっと寅のパンツもびっくりしてぬぎよる。なんかあったら電話して、ほんまごめんな。」
謙太は気をつかって、陽子の家の前までおくっていきました。
次の日の朝、謙太が家の前で陽子を待っていると、陽子がランドセルをせおって、右手に紙袋をもってあらわれました。
「おはよう、ぬげたんか?」
陽子はだまってうなずきました。
「どうしてぬげたんや?」
「かんたんや、帰ってすぐママの大きな裁ちバサミもってきて、ぬがれへんかったら、このハサミで切るでっておどしたら、かんたんにぬげた。」
「やっぱり陽子やなあ。」と、感心しています。
「ちがう、ずうずうしい寅のパンツがわるいんや。謙太、小学校行く前にかえしにいこ。」
二人は、神社の本殿裏のクスノキにむかいました。
「おい、風太郎、陽子からのプレゼントや。」
「謙太とちがって、ちゃんと風呂場であらっといたからね。」
風太郎と雨太郎はクスノキからおりてきて受け取ると、
「あーあ、やっとはけた。やっぱり寅のパンツのほうがおちつくな。」
「そしたら学校行くわ。」
ふたりは、学校の授業に遅れないように、競争してかけていきました。
小学校の授業が終わると、謙太と陽子は気になるのか、いっしょに神社まで帰ってきました。
神社の中をのぞくと大きなクスノキの上でカラスがカーカーないています。
小鬼の雨太郎が二人をみつけると、
「謙太、陽子、クロ太郎が呼んでる。」
「あれ、仲直りしたんか?」
「ああ、それで二人に相談したい事があるんやて。」
「カーカッカーカー。」
「なに言うてるかわからんわ?」
「クロちゃん、こんちわ。」
陽子が声をかける。
「カーカーッカー、カッカーカー。」
「ほんまになに言うてるかわからんわ。」
雨太郎が気づいて、
「謙太、手をつなごか、陽子は風太郎と手をつないだらええねん、ちょうど、おたがいに寅のパンツをはいたもんどうしや。」
おかしくてケタケタわらっています。
「仲直りしたんやね。それで、クロちゃんなんのようじ?」
陽子がやさしくきくと、クロ太郎は心配そうな顔で、
「二人におれの仲間を助けてほしいねん。なまえはピョン太郎いうねんけどな、おれのいとこで、いつもピョンピョンはねてるからピョン太郎いうんや。こいつが可愛い人間の女の子を好きになってな、その子の家にしょっちゅう飛んでいってたんや。」
陽子は、そこまで話をきくと、
「カラスってほんまに可愛い女の子が好きなんやねえ。」
みんなに聞こえるように、わざと大きな声でしゃべっています。
「それ、自分のこと可愛いって言いたいだけやろう。」
謙太があきれて言うと、
「そんなことない、ただ事実をいっただけや。なあ、クロ太郎。」
クロ太郎はちょっと愛想笑いすると、すぐ話を続けました。
「それでな、ピョン太郎と仲がようなった女の子がさいきん病気になって。ピョン太郎が天川村でつくってる『鬼王丸』を『後鬼』からもらって、その女の子にのませたくてもっていったんや。けど、女の子の家であんまりうるさくカーカーなくし、いくら追っぱらってもにげへんから、しんぱいした両親がピョン太郎をつかまえて、鳥かごにとじこめたらしいんや。」
「それで、あたしらにどうしてほしいの?」
「ほら、相手は人間やから、いくらカラスがさわいでも相手にしてくれへん。それでおれの代わりにピョン太郎を助けにいってくれへんか?」
もっともなはなしですが、謙太も大人は苦手だ。どうしようかと陽子の方をチラッとみました。
「陽子どうする?」
すると陽子は、意外にきげんよくこたえました。
「ほんと、カラスって可愛い女の子が好きなんやなあ。それに、ピョン太郎がどんな可愛い女の子を好きになったんか見てみたいわ。」
「どっちが可愛いか比べようとおもってるやろ。」
陽子は謙太をにらむと、
「そらあたしの方が可愛いに決まってるやろ。あたしは病気やからかわいそうやとおもてるだけや。」
「そんなら、助けにいってくれるか。」
クロ太郎はうれしそうに二人を見ました。
「その家はどこにあるの?」
「それがなあ、ピョン太郎の声はするねんけどな、マンションやから、どの家から聞こえてるんかはっきりわかれへん。」
「じゃあ、どうやってさがすんや。」
「とりあえず、二人がいってくれたら、マンションにいってからさがそうとおもってる。」
クロ太郎がこまった顔で言うと、雨太郎がいいことを思いついた。
「探すんやったら風太郎の角を借りていったらどうや。風太郎は2本角やから1本借りていったら。
小鬼の角はレーダーみたいなもんやから、すぐ居場所がわかるで。」
「へえー、小鬼の角がレーダーやなんてはじめてきいたわ。」
「そやろ、寅のパンツといっしょで便利なんやで。それだけちゃうで、いまでいうとGPSみたいなもんで、どんなくらやみの中でも、自分の居場所がちゃんとわかるんやで。それに遠くまでみえるようになるし、遠くの音もようきこえるようになるんや。」
「へえー、べんりやなあ。寅のパンツと角があったら、鬼に金棒やなあ。」
謙太がおもいだしたように言うと、雨太郎が手を横に振り、
「金棒はもう古いで、あんな重たいもんいまはだれももってないで。」
「それやったら、鬼に角と寅のパンツやな。」
謙太は自分で言ってクスクスわらっていました。
陽子は謙太を無視して、
「言うとくけど、寅のパンツも角も、つけるんは謙太やからね。あたしはもうこりごりやからね。」
「えッ、またおれか。」
「ええやん、帽子かぶったらみえへんから。風太郎、謙太に角を貸したって。」
はんぶん強制的に謙太の頭のてっぺんに角をのせた。謙太は、気になって右手でなんども触ってています。
「これ、取りたい時に簡単にとれるんやろな?」
不安な気持ちで風太郎にきくと、
「取れへん。」
風太郎はきっぱりと言いました。
「えッ、とれへんの、どうしてくれるんや、こんなんつけて学校いったら友だちみんなにわらわれるし、ぜったいからかわれる。」
「そのかわり。」風太郎はにこにこしています。
「押したら頭の中にかくれるんや。どうや近代的やろ。ちゃんと考えてるやろ。」
「じゃあ、どうやったらとれるんや。」
「かんたんや、おれの角やから、おれが抜いたらとれる。」
「そうか、じゃあ安心やな、それやったらいまからいこか。」
きゅうに元気になっています。
すると風太郎が、
「念のためにこれもっていき。」と、寅のパンツが入った紙袋を手わたしました。
「ピョン太郎と話す時いるやろ。おれは謙太の水泳パンツはいてるから。」
ちゃんと寅のパンツの下には水泳パンツをはいています。
「そやねん、こいつ水泳パンツが気にいってる。」
雨太郎が、おかしそうにニタニタしています。
謙太は紙袋をうけとると中をたしかめ、
「はかなあかんかなあ?」
やっぱりおれがはかなしゃあないなあ、とおもっています。
「クロ太郎、ここからその女の子の家まで遠いの?」
「いいや、あそこに見えてる、あの駅前のタワーマンションや。」
「あれか、そら探すんたいへんや。それに、かんたんに中にはいられへんで、どうする?」
すると陽子がタワーマンションを見ながら、
「大丈夫や、あたしの友だちの優香があそこに住んでる、呼んだらあけてくれる。」
「じゃあいこか。クロ太郎はさきにいって待っててくれるか。雨太郎と風太郎はどうする?」
「おれらクスノキの上でまってる。」
謙太は持っていた帽子をかぶって角をかくすと、右手に紙袋、左手で陽子の手を取り、歩きはじめました。陽子もいっしょに手をつなぎましたが、なにかへんやなあとおもって、
「謙太、なんで手をつながなあかんの?」
「あっそや、寅のパンツはいてないから、手をつながんでいいんや。あっは、は。」
頭をかいて照れ笑いしています。
「ほんとうは、あたしと手をつなぎたかったんやろ。」
陽子はさっそくからかっています。謙太は顔を真っ赤にすると、
「ち、ちゃがうわ、かんちがいしただけや。」
へんなこといわれたので、今まで意識していなかったのに、きゅうに陽子を女の子として意識しています。
おれが陽子のこと好き?うそや、ありえへん。
おもいきり頭を振ると、頭の外にはらいのけました。
五月晴れの雲ひとつない青空のなかに、ひときわ高くタワーマンションはそびえています。
いったい、どんな人が住んでるんやろう?
いままで考えたことなかったのに、タワーマンションの住 人が、別の世界の人間のようにおもえてきました。
タワーマンションに近づくにつれて、謙太の角が微妙に反応しています。謙太の視力もきゅうによく見えるようになり、本人が一番おどろいています。遠くから一軒一軒の家がはっきりみえます。まるで望遠鏡で一軒一軒探っていくように中のようすがみえます。
こんな目をもってたら、試験のときなんぼでもカンニングできるな。こんどの試験のときにいっぺん借りて100点とったらみんなおどろくやろな。
良からぬことを考えながら一軒一軒さがしていくと、十二階の左の端の家で角が大きく反応しました。よく見るとベランダに鳥かごがおかれて、中に黒いカラスがはいっています。
「みっけたで!十二階の一番左や。」
「えっ、何で見えるの?」
「角が感じるんや。それにきゅうに視力がようなった。」
「すごいなあ、さすが鬼の角や。これで寅のパンツはいたら、謙太もりっぱな小鬼や。」
陽子は、謙太が小鬼になったらおもしろいのに、とおもっています。
タワーマンションの玄関につくと、陽子は優香の家のインターホンをおしました。
「はーい、どなたですか?」
「あたし、あっ、鈴木陽子です。優香ちゃんいてますか。」
「陽子ちゃん、あたしや。どうしたん?」
「あっ、ごめん。中に入りたいねん。会いたい人がおってきたんやけど、その人の番号わからへんねん、扉あけてくれる?」
「ええよ、ちょっと待ってね、よかったら、あとでうちにあそびにけえへん?」
「うん、行けたら行くわ、ありがとう。」
玄関の扉が自動でひらくと、二人は中に入り防犯カメラにむかって手をふりました。
「こうしといたら、優香もわかるやろ。」
そして、十二階の左の端の家にむかいました。エレベーターで十二階につくと、場所はすぐにわかりました、家のインターホンを押すにはさすがに勇気がいります。謙太は、まずさいしょに、そっと扉に耳をあて、なかのようすをうかがいました。
「きこえる、なかの声もカラスの鳴き声もきこえるわ。ここにまちがいない。ほんと小(こ)鬼の角ってすごいなあ。ようきこえるな。」
「謙太、寅のパンツはかんでええの?ピョン太郎と話さなあかんで。」
「そうや、はかなあかん。」
謙太は壁のくぼみを見つけると、そこで寅のパンツをズボンのしたにはきました。
これでほんまに小鬼や。
いいのかわるいのか、角をつけ寅のパンツをはくと、もうりっぱな小鬼のできあがりです。
『小鬼の謙太』か、わるないな。自分でも少し気にいっています。
謙太は玄関に戻るとおもいきってイヤホンをおしました。 そして、さっと陽子のうしろにかくれます。陽子は、謙太なにすんの、と思ったけどもうおそい、インターホンから声がながれてきました。
「はい、どちらさんですか?」
陽子はドキマギしながら、
「あっ、あのう春日小学校の4年生の鈴木陽子です。あの、カラスのことで話があってきました。」
「はい、ちょっとまってくださいね。」
しばらくすると、中から鍵をはずす音がして、重たいドアーがゆっくりひらきました。
「はーい、あら、かわいいお客さん。なぎさのお友だちかしら?」
メガネをかけ上品なおばさんが顔をのぞかせました。奥の部屋からお父さんの声がしています。
「よかったなあ、なぎさ、お友だちが来てくれたよ。」
「あっ。いや、はい。あのー、カラスのことで・・・お話があって。」
陽子は、初めて話すので、緊張して顔を赤らめています。そのとき、きゅうに謙太が、すっとんきょうな声をあげました。
「あっ、ピョン太郎がよんでる。カゴからだしてほしいって。おばさん、ピョン太郎にあわせてくれる?」
おばさんと呼ばれて、おばさんのほうがびっくりしています。
「えっ、いいけど。あなたたちカラスとどういう関係なの?まあいいわ、とにかくおはいりなさい。」
謙太の勢いにおされて、二人を奥のなぎさが寝ている部屋までまねきました。
「なぎさの友だちとちがうの?このカラスのことなの?」
かべにそってベッドがおかれ、なぎさはしんどそうに寝ています。枕元にお父さんがすわり、窓の外ののベランダにピョン太郎のはいった鳥カゴがおいてありました。陽子はもうしわけなさそうに、
「なぎさちゃんの友だちではないんです。わたしたちカラスのことできたんです。」
謙太はさっそく鳥かごに近寄ると話しかけました。
「ピョン太郎、クロ太郎がしんぱいしてたぞ。どうしてほしい?」
カラスのピョン太郎は、人間の子から話しかけられびっくりして大きな黒目をますますおおきくして、
「どうしてしゃべれんの?」
謙太は小さな声でこっそりおしえます。
「小鬼の風太郎の寅のパンツをはいてる。」
おじさんも、おばさんも、ふたりのようすを不思議そうにみています。
カラスはカーカーないて、謙太はふつうにしゃべりかけています。いったいこの子とカラスはどうして話せるのとうたがっています。
陽子はみかねてふたりに説明しました。
「謙太は、カラスの気持ちがわかるんです、それでどうして欲しいかたずねてるんです。」
おじさんは、きっと気持ちがつうじるんだろうと思っていました。
「それで、カラスはなんていっているんだい。」
謙太はおじさんのほうにふり向くと、
「ピョン太郎は、この子のために薬を持ってきたのに、おじさんにとりあげられて、飲ませられなかったって。」
「そういえば、なんかをくわえてたけど、鳥のくわえてるものを病気のわが子に飲ませるわけにはいかないだろう。」
おじさんは、さとすようにいいました。おばさんもそのとおりとうなずいています。するとピョン太郎がまた、カーカーなきだしました。
「1週間前に、おじさんが、なぎさちゃんに自然薯をたべさせたろうっていってる。それからなぎさちゃんが病気になったって。」
「えッ、どうして知ってる?」
「ピョン太郎がいってる。」
「うーん、」おじさんは思わずうなって、
「たしかに自然薯をとってきて、なぎさに食べさせたけど?」
「ピョン太郎が、その自然薯は『鬼の自然薯』なんだって。」
「鬼の自然薯?」
聞いたことのないなまえに、おじさんは不安そうにつぶやきました。
「ふつうの自然薯だったけどなあ?」
もし、自分がとってきた自然薯が原因で、なぎさが病気になったと思うと、冷汗がながれてきます。しかし自分で食べて何ともなかったのでほんとかなあと疑っています。
ピョン太郎は、またカーカーカーとなきだした。謙太は真剣にきいていましたが、
「おじさん、その自然薯は大峰山のふもとの天川村で、とってきたんやろ。ピョン太郎がいうには、その自然薯は小さくて色が黒くてひょうたんみたいな形をしてたやろって。」
「えっ、なんで知ってる。」
おじさんは場所と形を当てられてびっくりしていました。
「そういえば、山に自生してる自然薯だから、小さく、色が黒いとおもってたけど?」
謙太はピョン太郎をみると、小さくうなずいて、
「ピョン太郎の言うとおりや。『鬼の自然薯』はたまにとれるんやて、それはむかしから鬼が食べる自然薯と言われてて。灰汁と生気がつよいから、大人でもときどき体調をこわすことがあるらしいわ。それを子どもが食べると灰汁と生気が強(つよ)すぎて、食あたりをおこして、しんどくて起き上がれんようになるんやて。」
おじさんは、なぎさの症状にピッタリなので「うーん。」とうなったままなにもいいかえせませんでした。
「ピョン太郎はそのことを知ってるから、わざわざ薬をもってきたのにっていってる。」
「でもなあ、ふつうはそんなことわからんやろう。」
おじさんは、まだ心のどこかで疑っていました。
謙太は、ピョン太郎がおしえた薬の名前をいいました。
「持ってきた薬の名前は『鬼王丸』ていうんや。」
おじさんは、名前をきくと、一週間まえの記憶をたぐりよせました。
「そう言えば天川村で生薬として売ってたなあ。あの土地でとれる薬草をせんじてつくった胃腸薬やときいたけどな。でもなんで、カラスがそんな薬をもってこれるのかなあ?」
「『後鬼の香羅素堂』からもっらってきたって。」
おじさんはまだ信じられません。謙太の言うことは全部あたっていますが、どこまで信じていいのか。もしその薬をなぎさに飲ませて病気がなおるなら、今すぐにでも飲ませたい、しかし、反対に、もしのませてなぎさの病気がもっと悪くなったらと思うとまだまよっています。どうしたものかとおばさんに相談しました。
「パパ、思いきって行ってきたら。店の名前も、薬の名前もわかってるんなら、行って店の人にきいてみたら。だって昔から売られてる薬なんでしょ。わるい薬ならもうとっくにすたれてるはずよ。このままではなぎさの病気はぜんぜんよくならないし、大きな病院にまでつれていったのに、もう少し様子を見ないとわからないっていわれたんだから。」
おばさんは、しんぱいそうに病気で寝ているなぎさをみながら、
「1時間半ぐらいでいけるんだったら、悩んでるうちに行って帰ってこれるわよ。わるいけど、あなたたちもいっしょに行ってくれる?」
謙太と陽子は、すなおにうなずいた。陽子は、自分も力になりたくて、
「ねえ、ピョン太郎もつれて言った方がいいよ。それに薬がきくかどうかしんぱいなら、あたしもなぎさちゃんといっしょに薬を飲んでみる。」
「おれ、苦い薬は苦手やけど、陽子が飲むんやったらおれも飲む。」
すると、陽子は、チラッと謙太をみて、
「謙太が飲むんやったら、あたしは飲まんでええかな。」
「なんでやねん。」
謙太はあわてて言い返しました。おじさんもおばさんも、二人の会話にやっと笑顔を見せて、
「それやったら、パパ、あたしたちも飲まみましょうよ。どんだけ苦い薬なんやろね。」
やっと、なごやかな空気が部屋にながれました。
取り残されたピョン太郎がカーカーないています。
「逃げへんから、カゴから出して欲しいって。」
おじさんは、まあにげたら逃げたでしょうがないかと思い、カゴのふたをあけました。
ピョン太郎はカゴからでてくると、大きく羽根を振るわせ机の上をピョンピョンとぶと、逃げることなくピョンと謙太の右肩の上にとまっています。寝ているなぎさがうれしそうに笑っていました。
「ほんとに、にげないね。それじゃ君らを信じていくか。」
おじさんは、ようやく決心して勢いよく立ち上がりました。
高速道路を30分ほど走り、あとは山道を1時間、青空に吸い込(こ)まれるようにドライブしてどんどん山の中に入っていきます。天川村に近づくと、『鬼王丸』ののぼりが一本、また1本と立ち出しました。
謙太ら一行は、車を下の駐車場に止めると、順番に一軒一軒さがしながら、ゆるやかな道をのぼっていきました。
川沿いの家は、薬売りの店と、大峰山に登る山伏のための宿をかねて道の両側にならんでいます。午後3時という時間がゆったりとながれ、おもいのほか、観光客と登山客でにぎわっていました。そして中ほどまできて、ピョン太郎がカーカーないて謙太にしらせ、古いたたずまいの『後鬼の香羅素堂』を見つけると、期待と不安に胸をふくらませながら、店の中にはいっていきました。
「いっらっしゃいませ。あら、めずらしい、カラス様もいっしょに!」
店の女主人もおどろいています。
おじさんは、ペコリとおじぎすると、とまどいながらたずねました。
「あのー、鬼王丸のことで少しおたずねしたいんですが・・・。あっ、カラスもいっしょでだいじょうぶですか?」
女主人は、奥に向かって
「カラス様もおはいりよ。」と、さけぶと、
「ええ、うちは香羅素堂というぐらいですから、カラス様とは縁が深いんです。」
奥からメガネをかけた背の高いガッチリした体格のご主人があらわれました。
「おお、カラス様だ。しばらく見んかったら、お客さんをつれてきてくれたんか。」
ニコニコして、カラス様に手をさし出しました。ピョン太郎は慣れたようすでその手にのっかって、すぐ主人の肩にとまりました。
「うちの店の名前は、『後鬼の香羅素堂』というんですけど、後鬼というのは、この大峰山の修験道場をひらいた役行者の荷物持ちをしていた鬼のことなんです。それと、香羅素堂というのは鳥のカラスからきてるんです。なんでも,後鬼が自然薯をたべて腹痛で歩けなくなった時、カラスにたのんで鬼王丸をもってきてもらった、というのが名前のゆらいなんです。それで、昔からうちにはよくカラスがやってくるんです。この肩にのっているピョン太郎も産まれたときから、よくなついていまして、ここ一週間ほどみないので心配していたところなんです。」
おじさんは、店の主人の話しをきいて納得すると、すまなそうにピョン太郎をみて、
「そうか、わるかったなあ。せっかく薬を持ってきてくれたのに。」
店の主人に、いままでのいきさつをすべて話しました。
「そうですか。『鬼の自然薯』ですか。地元の人間は、ちゃんと見わけて、あく抜きをしっかりしてから食べるんですが。そうですか、それではぜひお子さんにうちの『鬼王丸』を飲ませてあげてください。この生薬は、おだやかに効いて副作用がないので有名ですから、安心しておつかいください。」
店のご主人の丁寧な説明に納得すると、おじさんは、お礼を言って鬼王丸を買い求め、満足した笑顔で店をでました。
謙太と陽子は、後ろについて歩きながら珍しそうにあたりをキョロキョロながめています。両側に並んだ店と宿が、どこも通りに面して大きく開け放たれ、奥まで見通すことができます。謙太は、めずらしそうにのぞき込みながら、
「おもしろいなあ。なんでこんなにあけっぴろげなんや。それに、みんな縁側にすわって、こっちをみてるな。おれもいっぺんすわりたいなあ。」
「ほんまのんびりしてる。夜になったら夕涼みにぴったりや。」
おじさんは、ふたりの会話をきくと、ここまでついてきてくれた二人に感謝して、
「じゃあ、せっかくきたので、すこし休んでいくか。」
先にある店をみつけると、
「ここに入ろか。あのう、縁側にすわってもいいですか?」
お饅頭とお茶と、縁側の席をたのんでくれました。二人は縁側に座り、足をぶらぶらさせながらお饅頭を食べ、のんびり通りを行く人をながめています。
おじさんは、携帯電話をとりだすと、さっそくおばさんに電話しました。良い報告ができるので、ニコニコして話しています。
「おばさんが二人にありがとうっていってたよ。玄関から入ってきた時は、急にカラスと話しだすからびっくりしたけど、おかげでなぎさの病気がなおりそうなのでほっとしてるって。」
謙太は照れています。陽子はやっぱりしっかりしている。
「なぎさちゃん、はやくなおるといいね。」
「そうだな、もとはと言えば、ぼくがなぎさに鬼の自然薯を食べさせたのが原因だから、正直いうとほっとしてる。二人がたずねてきてくれたおかげだ、ありがとう。前ここにきた時は、まさか、また一週間後にここに薬を買いにくるとは、思っていなかったよ。こんどは家族で温泉にはいりにくるかな。」
おじさんは、おだやかな顔で、周りの景色をみていました。二人が饅頭を食べ終(おわ)わると、
「さあ、かえろう。ママもなぎさもまっているから、安全運転で帰るぞ。」
自分に言い聞かせるようにしゃべると、歩き出しました。
タワーマンションに帰り、あと少しで家に着くとおもうとおじさんは、自然と早足でエルベーターにのりこみました。気持ちはもう家のなか、エレベーターの中でもそわそわしておちつきません。エレベーターを降りると、まっすぐ早足に玄関にむかいました。二人は小走りであとをおいます。おじさんは勢いよく玄関ドアーをあけると「帰ったよ!」とさけんでいます。
おばさんが「おかえりなさい。」と、笑顔でむかえてくれました。
「よかったわね。いったかいがあって。」
おじさんは、大きくうなずきながら、なぎさの部屋にはいると、
「なぎさ、よくきく薬をかってきたからな、さっそく飲むか。ママ,水を持ってきて、飲ませるから。」
なぎさは飲んだとたんに,苦そうに顔をしかめています。
「なぎさ、苦いか?」
「うん、めちゃくちゃ苦い。」
「そうか、苦いか。」
おじさんの目がやさしく笑っていました。
謙太は、おじさんのうしろで陽子の服を引っぱると、小さな声で、
「おれも飲まなあかんかな?苦そうやけどなあ。」
「あたりまえや。謙太、飲むっていったよ。」
「そんな、陽子が飲むっていったからや。」
「そやから、べつに二人とも飲まんでいいやん。謙太が飲むんやったらあたしはべつに飲めへんよ。」
ふたりで、まだ言い合っていると、
「さあ、なぎさも飲んだし、二人も飲むか?」
ふりむいて、謙太と陽子に声掛けました。
「おじさん、ぼくも飲まなあかんかな?」
おじさんは、苦笑いしながら、
「べつにいいよ。でもなぎさが飲んだことだし、ぼくも一粒飲んどくかな。」
「じゃあ、あたしもいただこうかしら。」
おじさんと、おばさんは、なぎさの目の前で一粒づつ飲むと、
「うわー、苦い薬。ほんと『良薬口に苦し』やね。」
と、顔をしかめていました。それを見て、なぎさは布団の中でわらっています。
陽子は少しうらやましくなりました。家族ってええなあとおもうと、自分もその苦さをあじわいたくなりました。
「おじさん、あたしも一粒飲んでもいい?」
「飲むか?言っとくけど苦いぞ。」
陽子は一粒飲んで、
「ほんまや、苦い。」
おもいきり顔をしかめています。しかしそのあと、自然と笑顔がこぼれてきました。
謙太は、男の子の自分だけが飲まないのは、なんか卑怯な気がして、
「やっぱりおれも飲む、陽子にまけてられへん。」
一粒もらうと目をつぶって、エイヤーと飲みました。
「うえー、苦い、おばさん、お水、お水。」
両手で口をおさえています。
「さすが男の子やね、女の子にはまけられへんもんね。」
おばさんは、笑いながら水をもってきてくれました。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう。明日またきてくれる?」
なぎさにきかれると、陽子も、謙太も大きくうなずいています。そしてまた明日会いにくる約束をして、タワーマンションをあとにましした。
******
外に広がる青空が、たなびく白雲が夕暮れの紅にそまりはじめています。
二人は、渋川神社にかえってくると、本殿の裏にまわって、小鬼たちをよびました。
「風太郎、雨太郎かえってきたで。」
見上げると、クスノキの上から、スルスルとおりてくる。カラスのクロ太郎もおりてきました。クロ太郎は不機嫌です。
「おれのことほったらかしにして、どこいってたんや?」
「えっ、なんで?」
「おれもタワーマンションのベランダの端におったのに、なにも言わんとどっかいったやろ、心配してたんやぞ。」
「ごめん。天川村の『後鬼の香羅素堂』にいってきた。」
「えっ、天川村までいってきたんか。おれも行きたかったなあ。ピョン太郎もいったんか?」
「うん、したしそうに店のおじさんの肩にのってたわ。」
「そうか、ピョン太郎は、もうだいじょうぶやな。おれも小さい頃によくつれていってもらった。」
クロ太郎がなつかしそうにおもいだしていると、小鬼の雨太郎が、
「知ってるか、後鬼はおれらの大将で、おれらは天川村のうまれなんやで。」
クロ太郎と小鬼たちは、おたがい天川村でつながっていることにおどろいています。
「風太郎、角と、寅のパンツかえすわ。」
謙太は、角と寅のパンツをかえそうともぞもぞしているが、どちらも謙太から離れるのをいやがっています。謙太は寅のパンツにむかって、
「おならするぞ!」
謙太がとどなると、寅のパンツはいやいやずりおちてきました。
「風太郎、角とって。」
風太郎が、角に手をのばすと、謙太はこっそりささやいた。
「こんどのテストの日に、角だけかしてくれるか?」
「なんでや?」
「テストで100点とるんや。」
よこで聞いていた陽子が、ばかにしたように、
「教室では、帽子かぶられへんで。どうやって角かくすんや?」
「なんでや、頭の中にしまいこんだらええやろ。」
すると、風太郎が残念そうな顔で、
「角は、頭の中にしまいこんだら、はたらけへんで。」
「えっ、はたらけへんのか、何かええ方法はないか?」
謙太はがっかりしたが、まだあきらめきれないでいます。
「さあ、そんなあほなこと考えんと帰ろ。」
陽子と謙太は、ぶじにクロ太郎の願いをきくことができて満足していました。
すると、雨太郎が後ろから呼びとめ、
「なあ、謙太、陽(よう)子(こ)、もう一つお願いあるんやけどなあ。」
「なんや?またお願いか?」
「いや、おれらは小鬼やろ。それでお前らは人間の子やろ。それでな、おれらと友だちになってくれへんか?」
「もう友だちやで。なんでそんなこときくんや?」
「いままでおれたち、友だちなんておれへんかったんや。それで、謙太や陽子と友だちになれたら楽しいやろな、とおもってたんや。」
「そうか、それで本殿の大屋根からおれの部屋をのぞいてたんか?」
「そうや、うらやましかった。親がおって、友だちがおって、学校行ってる謙太や陽子が、うらやましかったんや。」
「なんやそうか。それやったらもっと早よ言うてくれたらよかったのに。おれもなあ、角と寅のパンツはいたらスーパーマンになれたみたいで、小鬼の友だちもええなあとおもててん。こんど友だちとしておれの部屋に呼んだる。」
「ほんまか?呼んでくれるか?」
雨太郎と風太郎はうれしそうに聞き返していました。
「それに、おまえら女の子の部屋に言ったことないやろ。こんど陽子の部屋にもつれていったる。」
「なに勝手なこというてんの。だれがいつ呼ぶって言うたん。」
陽子は、むっとしていいかえしています。
「じゃあ、あかんのんか、雨太郎も風太郎もがっかりするで。」
すると陽子は、ケタケタ笑いながら、
「呼ぶんは、雨太郎と風太郎だけや。謙太は外でまっとき。」
こんどはクロ太郎がカーカーなきだした。
「クロ太郎が、『おれも、謙太と陽子の友だちになりたい。』と言ってる。」
雨太郎が、お願いするように言うと、謙太は、
「言っとくけどな。おれは陽子の弟とちゃうで、それをちゃんとわかってくれるんなら、友だちになったる。」
クロ太郎は羽根をひろげてカーカーよろこんでいましだ。
雨太郎が、おかしそうにつけくわえました。
「可愛い陽子ちゃんの部屋に、遊びにいけるんがたのしみや言ってる。」
「ええよ。可愛い女の子って言ってくれるクロ太郎やったら大歓迎や。」
謙太は、「おれの部屋はどうでもええんか。」と、やっぱりふてくされていました。
「そろそろ帰ろか。」
謙太と陽子は、なごりおしそうに手を振(ふ)ってわかれました。
二人は、拝殿の表にまわりこんで、人気のない社務所の前をよこぎりました。すると、待っていたように社務所の中から宮司さんの声がとんできました。
「謙太、本殿の裏でなにこそこそしてたんや。またわるさしてたんか?」
ふたりは、見られたかと、ギクッとしましたが、なにくわぬ顔で、
「べつに、なんもしてない。なんかへんなんがおらんかみてたんや。」
「へんなんて、なんや?」
「うーん、小鬼みたいな、サルみたいな、カラスみたいな、なんかようわからんもんや。」
適当にごまかして返事していました。
すると、宮司さんは、あごをなでながら、
「サルは見たことないけどなあ、カラスはいてる。それに、この渋川神社は1000年以上の歴史のある神社やからなあ、いろんな生き物がいてる。龍もいてるし、狐もいてる、狛犬もいてる、まあ、小鬼も二匹ぐらいはいてるな。もし見つけたら仲良くしたってや。」
ニタッとわらって、二人の顔を見比べていました。
謙太はドキッとしました。
この宮司さん、雨太郎と風太郎のこと知ってるんや。でないとわざわざ二人を呼びとめて小鬼の話をしてくるはずはない。と、おもっています。謙太は、わざと知らんそぶりで、
「うっ、うん。もうかえるわ。陽子あした学校帰りに、タワーマンションにいくやろ?」
「うん、なぎさちゃんが元気になってるか見にいく。おばさんも、またおいでっていってくれたし。」
「宮司さん、さいなら。陽子また明日な。」
神社の前で別れると、謙太はすぐ家にはいりました。
あの宮司さん、ただものやない、ぜったい、雨太郎と風太郎のことを知(し)ってる。知ってて知らんふりしてるんや。
謙太は、いままで普通の宮司さんやとおもっていましたが、これからはちょっと気をつけなあかん、とおもっています。
でも、雨太郎と風太郎がこの神社で住んでいけるのは、あの宮司さんがいてるおかげやとおもうと、ちょっぴり宮司さんをみなおしていました。
謙太が振り返ると、夕陽で渋川神社の本殿が真っ赤に染まっていました。