
人魚の宝匣(たからばこ)・前話
人魚の城の末娘、ルヴィーナ姫は母の王妃の言われて、海底の洞窟で独り暮らしをしている、一族の変わり者大叔母の人魚を尋ねる。
そのアディアーヌ姫は、不老の美しい人魚で、おちびのルヴィは気おされてしまう。
とうに形だけの儀式になっているが、十五歳を迎えた人魚姫は海の上にいって人間の世界を見てこなければならぬ。
人魚に統治される海や、魚や、海獣たちに由々しい影響をもたらす人間、かれらのことを学ぶため。
大人しく品行方正な五人の姉たちと違い、ルヴィーナは好奇心が有り余っているというか、お転婆がすぎる型破りな人魚姫。母の人魚の妃から心配されている。
心配の余り、やはり若い頃色々しでかし今は静かに独り暮らししている”大先輩”から「転ばぬ先の杖」として話を聴いてくるようにと…… 。
アンデルセンの設定を少し借りてますが、おとぎ話というか「大人の童話」です。過剰にHな表現はありませんが、R-15推奨です。
【TALESにて創作大賞に挑戦中!】*お試し読みは一話だけです。
(一) 小さな人魚姫、大人の人魚姫
太陽と風が翠緑の宝石の波を砕いている。
ここは人魚が棲むと言われる海域……。
珊瑚の森をくぐって泳ぐシルバーの鱗の群、シマアジたち。
真珠を育てる貝たちは濃緑の海草の間でうたた寝中。
サファイア・ブルーの海は深くなるほど暗く変わってゆく。
末の姫君ルヴィーナはお母さまの言いつけで、昼なお暗い海草の森を泳いでいった。人魚の城の王妃であるお母さま、その叔母さまが住む海の洞窟へ。
独身の大叔母さまは一族と距離を置いて暮らしている。
理由を聞いたことはないけれど、ルヴィの生まれるずっと前からそうしているらしい。
一族いち変わり者の彼女から学ぶことがある、とお母さまは言う。十四歳のルヴィよりずっと年上、ふだん話したこともない大人の人魚と何を話せば良いのだろう。少女は戸惑っていた。
前に一度お母さまに連れられて訪れた、海の洞窟の場所はすぐわかった。暗い深海に青い光が漏れてきてたから。
「おばさま、こんばんは」
洞窟の奥の扉をノックしておずおずと言った。
扉は水音をさせずに開き、その部屋は青い光に満たされていた。
「ルヴィーナ? 早かったわね」
物憂い声が部屋の奥からした。
アディアーヌ姫は、沈没した客船から運びこんだ長椅子にゆったり長い尾を預けている。
人魚は老いないが、アディさまには雰囲気がある。とっても威厳が……。
丈なす白金の髪と翡翠色の眸。
胸を覆う二枚の真珠貝は細工師に特別に作らせた宝飾品。
小さな人魚姫は大人の人魚姫のゆたかな美しい胸に気おされてしまった。
「母に言われて、参りました」
「来月十五歳になるからでしょう?」
落ち着いた声音に、ルヴィはわけもなくビクッとする。
「そうです……た、たぶん」視線が泳いでしまう。
「アクアリーヌは心配性だから」
ほほと朱色の口に手を当てて笑う。アクア姫とはお母さまの名前だ。
「おばさまも思いますよね! ほんとお母さま心配しすぎ、もっと娘を信じて――つ、ついそう思ってしまいます」
つい調子に乗ってしまい、ルヴィは語尾だけしおらしくする。
人魚の一族にはしきたりがある。十五歳を迎えた人魚姫は海上を見てこなければならない。
ルヴィは五人の姉たちから事前に海上で見たものを聞いていた。
大きな船や、真珠とりの潜水士、鳥より大きな翼を開き海の上をすべるように飛ぶあやしい船もあるのだそう。
どんな珍しい景色も、奇妙な人間の習性を見てもびっくりしない。脅かされない、末っ娘だけどあたしは大丈夫。ルヴィには自信がある、だから不満。
「人間もいろいろあるのよ」
アディアーヌは穏やかに言う。
知ってます、年上の人魚に反論は唱えないけれど。
海の城に住む王族の人魚は、海や、魚や、海獣たちにも影響を与える人間というものを観察し時に学ばなければならない。もっと幼い頃から言い聞かされてきたことだ。
「悪いやつもいるってことは。じゅうぶん警戒します。もし酷いことをしようとしたり、誘拐されそうになったら尻尾ではねとばして、噛みついてやります」
ルヴィは、いーと真珠色の前歯と八重歯を剥き出した。
アディアーヌは微かに苦笑を滲ませる。
血縁の若い人魚をさとす声が、青い光の満ちる部屋に波紋を描くように響いた。
「人間が私たち人魚を傷つけるんじゃないの。むしろ逆、人魚が人間の男に恋をしかけると命を奪ってしまう、その呪いに貴女の方が心を翳らせるそのことを、お母さまは心配しているの。小さなルヴィ……」