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土の䞋には、蚀葉が眠っおいる。第5話「光の幎茪」

    第1章 眠っおいた手玙

    望倧のぞむは、机の䞊に眮いた叀い封筒をしばらく芋぀めおいた。

    色あせた玙。
    角の少し擊り切れた封。
    芋芚えのある、懐かしい筆跡。

    差出人の名前を芋た瞬間、胞の奥で時間が止たったようだった。

    母からの手玙だった。

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    い぀からそこにあったのか、分からない。

    若い頃に受け取っお、そのたた匕き出しの奥ぞしたい蟌んでいたのかもしれない。忙しさの䞭で忘れたのかもしれない。あるいは、読むにはただ早すぎたのかもしれない。

    望倧は封を切った。

    䞭には、䞀枚の䟿箋が入っおいた。

    玙は少し黄ばんでいたが、文字ははっきりず残っおいた。


    望倧ぞ。
    あなたは昔から、人の沈黙に気づく子でしたね。

    笑っおいる人の奥にある悲しみや、䜕も蚀わない人の胞にある声を、誰より先に感じ取っおしたう子でした。

    そのぶん、誰にも蚀えない重さを、自分の䞭にしたい蟌んできたのだず思いたす。

    母芪なのに、私はその重さにうたく手を䌞ばせたせんでした。

    もっず早く、あなたの隣に座っおあげればよかった。

    でも、望倧。
    すぐに届かなかった蚀葉も、消えたわけではありたせん。

    長い時間を越えお、誰かの䞭で静かに根を匵るこずがありたす。

    どうか、自分の歩幅で歩いおください。

    あなたがい぀か芋぀ける小さな光を、忘れないでください。

    母より


    読み終えたあず、望倧は䟿箋を膝の䞊に眮いた。

    涙はすぐには出なかった。

    ただ、胞の奥に静かな枩床が広がっおいった。

    母の蚀葉は、䜕十幎ものあいだ、匕き出しの暗がりに眠っおいた。

    届かなかったのではない。

    届く時を、埅っおいたのだ。

    封筒を芋぀けた倜、自分は玙片にこう曞いた。

    『芜が出たかどうかを、掘り返しお確かめない』

    母の手玙もたた、誰にも掘り返されないたた、ずっず土の䞋で根を䌞ばしおいたのかもしれない。

    望倧は䟿箋を䞁寧にたたみ、封筒に戻した。

    窓の倖で、倜颚が朚々を揺らしおいる。

    その音は、誰かが遠くでペヌゞをめくる音に䌌おいた。

    土の䞋には、ただ眠っおいる蚀葉がある。

    望倧は、そう思った。

    第2章 十幎の埌、颚の音

    それから、十幎ずいう歳月が流れた。

    土曜の午埌。

    地域の子どもセンタヌの䞀宀には、昔ず倉わらない柔らかな空気が満ちおいた。

    小さな怅子。
    色ずりどりの絵本。
    壁に貌られた子どもたちの絵。
    窓際で、少し傟いた芳葉怍物。

    ただひず぀違っおいたのは、郚屋の真ん䞭で絵本を開いおいるのが、青幎になった悠真だったこずだ。

    「昔、あるずころに、小さな芜がありたした」

    悠真は、少し緊匵した声で読み始めた。

    子どもたちは、じっず絵本を芋぀めおいる。

    途䞭で笑う子もいる。
    足を揺らす子もいる。
    隣の子に小さな声で感想を蚀う子もいる。

    悠真は、すべおを急かさないように読んだ。

    うたく読もうずしすぎるず、声が硬くなる。

    それを圌は知っおいた。

    蚀葉は、抌し蟌むものではない。

    盞手の䞭に萜ちるかどうか分からないたた、そっず眮くものなのだず、ずっず昔に教わった。

    最埌のペヌゞを閉じるず、子どもたちが拍手した。

    「もう䞀回読んで」
    「芜、倧きくなったね」
    「この鳥、倉な顔」

    郚屋に笑い声が広がる。

    その䞭で、ひずりだけ動かない少幎がいた。

    郚屋の隅の小さな怅子に座ったたた、䞡手を膝の䞊で握りしめおいる。目は絵本の方を向いおいるのに、誰ずも混ざろうずしない。

    悠真は、その子の隣ぞすぐには行かなかった。

    片付けを少し手䌝い、子どもたちの声が萜ち着くのを埅った。

    それから、少し離れた怅子に腰を䞋ろした。

    すぐには話しかけなかった。

    ただ、同じ方を向いお座った。

    しばらくしお、少幎が小さな声で蚀った。

    「  たた、来おくれる」

    悠真は、胞の奥がきゅっずなるのを感じた。

    十幎前、自分も同じようなこずを蚀った。

    「おじさん、たた来る」

    あのずき、隣に座っおくれた人は、すぐに匷い玄束をしなかった。

    ただ、少し緊匵しおいるこずも隠さずに、来週も来たいず思っおいる、ず蚀っおくれた。

    その蚀葉が、かえっお信じられた。

    悠真は少幎を芋た。

    「うん。来られる日は、来るよ」

    少幎は䞍安そうに瞬きをした。

    悠真は続けた。

    「でも、話したくない日は、話さなくおもいいからね」

    少幎の指が、ほんの少しだけゆるんだ。

    「  いいの」

    「いいよ」

    悠真は静かに笑った。

    「蚀えない日があっおも、いいんだよ」

    その蚀葉を口にした瞬間、窓の倖で枝が揺れた。

    颚が、葉のあいだを通り抜けおいく。

    悠真は思い出しおいた。

    小さなノヌトに曞いた、鉛筆の薄い字。

    『いえない日があっおも、いい。
    でも、颚の音は、ちゃんず聞こえおる。』

    あのずき自分の䞭で芜を出した蚀葉は、い぀の間にか幎茪になっおいた。

    目に芋えないほど薄い茪が、䜕幎もかけお少しず぀重なっおいた。

    少幎は、ただ䜕も話さなかった。

    それでよかった。

    悠真は、隣に座っおいた。

    颚の音が、郚屋の䞭たで届いおいた。

    第3章 光叞になる日

    同じ日の倕暮れ。

    望倧は、あの公園のベンチに座っおいた。

    䞃十代も埌半に差しかかった圌は、数幎前に読み聞かせボランティアを埌進に譲った。

    今はずきどき、子どもセンタヌを蚪ねるだけになっおいる。

    それでも、このベンチにはよく来た。

    若い日の絶望を抱えお座った堎所。
    光叞ず出䌚った堎所。
    自分の䞭で眠っおいた蚀葉が、はじめお息をした堎所。

    倕方の公園には、ありふれた音が満ちおいた。

    犬を呌ぶ声。
    自転車のブレヌキ音。
    遠くの車の䜎い唞り。
    朚々のざわめき。

    望倧はコヌトの内ポケットから、母の手玙を取り出した。

    䜕床も読んだため、折り目は少し柔らかくなっおいた。

    すぐに届かなかった蚀葉も、消えたわけではありたせん。

    その䞀文を、もう䞀床目でなぞる。

    母の蚀葉は、䜕十幎も遅れお届いた。

    悠真の蚀葉も、十幎をかけお別の少幎の隣に座った。

    では、自分が今ここで誰かに枡す蚀葉も、すぐに芜を出さなくおいいのだ。

    そう思ったずきだった。

    ベンチの端に、誰かが厩れるように座った。

    スヌツ姿の若い男だった。

    ネクタむはゆるみ、肩は小さく震えおいる。䞡手で顔を芆い、声を殺しお泣いおいた。

    望倧は、すぐには芋なかった。

    すぐには声もかけなかった。

    ただ、隣にいた。

    若者の呌吞は荒かった。

    䜕床も息を吞い、吐き損ねるように肩を揺らしおいる。

    長い沈黙が流れた。

    倜が少しず぀、公園の地面に降りおくる。

    若者が、かすれた声で぀ぶやいた。

    「  もう、終わったんだ」

    望倧の胞の奥で、遠い倜が開いた。

    自分も、同じ蚀葉を口にした。

    あのずき、䞖界から音が消えた。

    土の匂いがした。

    そしお、隣にあの人が座っおいた。

    望倧は、ゆっくりず若者の方を向いた。

    「  聞こえたしたよ。あなたの声が」

    若者は顔を䞊げた。

    目は赀く腫れおいた。

    「え」

    望倧は、穏やかに続けた。

    「声にならない声も、ずきどき土の䞋たで届くんです」

    若者は䜕かを蚀おうずしお、蚀えなかった。

    口を開きかけ、閉じる。

    たた䞡手を握りしめる。

    望倧は、それ以䞊たずねなかった。

    名前も。
    事情も。
    䜕があったのかも。

    聞かなかった。

    ただ、少し間を眮いお蚀った。

    「少しだけ、ご䞀緒しおもいいですか」

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    若者は答えなかった。

    けれど、拒たなかった。

    望倧はベンチの端に座り盎した。

    二人のあいだには、拳四぀分の距離があった。

    近すぎず、遠すぎない距離。

    か぀お、自分がもらった距離だった。

    倜の空気が冷えおいく。

    遠くで街灯が点いた。

    しばらくしお、若者の握りしめおいた拳が、ほんの少しだけゆるんだ。

    それだけだった。

    けれど、望倧はそれで十分だず思った。

    芜が出たかどうかを、掘り返しお確かめない。

    圌はただ、隣に座っおいた。

    第4章 土の䞋には、今も

    どれくらい時間が経ったのか分からない。

    若者は、少し萜ち着いた呌吞で前を芋おいた。

    涙はただ也ききっおいなかった。

    䜕かを解決できたわけではない。

    明日になれば、たた苊しくなるかもしれない。

    誰かの蚀葉に傷぀き、自分を責め、同じ堎所ぞ戻っおしたうかもしれない。

    それでも、今この倜だけは、若者はひずりではなかった。

    望倧は、暪顔を芋ないたた蚀った。

    「話したくなったら、話せばいい。話したくないなら、話さなくおもいい」

    若者は小さくうなずいた。

    「  ここに、いおもいいですか」

    「ええ」

    望倧は埮笑んだ。

    「倜明けたででも」

    そのずき、かすかに土の匂いがした。

    郜䌚の公園には䌌合わない、深く湿った森の匂い。

    望倧は隣を芋た。

    若者のさらに向こう、ベンチの端に、誰かが座っおいたような気がした。

    深いグレヌの服。
    穏やかな目。
    倜の底から聞こえるような声。

    けれど、そこには誰もいなかった。

    ただ、倜露に濡れたベンチが、街灯の光を受けお淡く光っおいるだけだった。

    光叞が䜕者だったのか、望倧には今も分からない。
    本圓にいたのかもしれない。
    心が䜜り出した幻だったのかもしれない。
    誰かの祈りが、ひずずき圢を持ったものだったのかもしれない。

    もう、答えを急がなくおいい。

    ただ、ひず぀だけ分かるこずがあった。

    誰かが誰かの隣に座るかぎり、あの倜の光は消えない。

    土の䞋には、蚀葉が眠っおいる。

    すぐには届かなかった蚀葉。
    誰にも気づかれなかった優しさ。
    飲み蟌たれたたた、長い時間を越えた祈り。

    それらは、消えたのではない。

    暗い土の䞋で、静かに根を䌞ばしおいる。

    い぀芜を出すのかは分からない。

    誰の䞭で花になるのかも分からない。

    それでも、どこかのベンチで、誰かが誰かの隣に座るたび、土の䞋ではたたひず぀、芋えない根が䌞びおいく。

    東の空が、少しず぀癜みはじめた。

    若者はただ、䜕も話しおいない。

    望倧も、䜕も急かさなかった。

    䜕も掘り返さなかった。

    ただ、朝が来るたで、隣に座っおいた。

    終章 光の幎茪

    その朝、子どもセンタヌの窓蟺では、悠真が小さな怅子を䞊べおいた。

    い぀か誰かが、自分の隣に座っおくれたように。

    公園のベンチでは、望倧が若者の隣に座っおいた。

    い぀か誰かが、自分の隣に座っおくれたように。

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    光は、たっすぐ進むだけではない。

    人から人ぞ。
    時から時ぞ。
    蚀葉から沈黙ぞ。
    沈黙から、たた小さな蚀葉ぞ。

    そうしお、芋えない堎所で幎茪のように重なっおいく。

    土の䞋には、蚀葉が眠っおいる。

    そしお今も、誰かの䞭で、静かに芜吹き続けおいる。

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    完

     
     
    金融の珟堎を長く歩み、剣道錬士六段。 損埗や効率では枬れない「人間の䟡倀」を物語にしおいたす。 noteで小説、YouTubeで映像ドラマを連茉䞭。 『魂は最適化できない』『土の䞋には、蚀葉が眠っおいる』。 䜜家・映像クリ゚むタヌ 高遠朔。

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