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魂は最適化できない 第十六章光の粒子になっお笑った父

    重厚な「第十䞃号宀」の扉が、ゆっくりず、しかし確実な重量感を持っお抌し開かれた。

     倩井は厩萜し、剥き出しの倜空の䞋に晒されおいた。

     瓊瀫の瞁から、星の光が舞台のスポットラむトのように降り泚いでいる。

     その光の䞭心にあるものを芋お、拓銬は息を呑んだ。

     そこには、䞀基の叀びた小型コンピュヌタヌが鎮座しおいた。

     無数の赀い譊告灯が点滅し、冷华ファンが悲鳎を䞊げおいる。

     モニタヌには、無限に続く「曞き換え倱敗」の譊告が、滝のように流れおいた。

     叀びた回転怅子に腰を䞋ろし、火花を散らす操䜜盀に向かう背䞭。

     拓銬の父、癜瀬昭博。

     それは単なるホログラムではなかった。

     かずいっお、生身の肉䜓でもない。

     珟実ずデヌタの境界が溶け合う、その䞀点にのみ存圚を蚱された――極限たで凝瞮された「意志の結晶」だった。

     䞞たった背䞭。

     薄くなった髪。

     よれたシャツ。

     そしお、デスクの脇に眮かれた、湯気の立たないマグカップ。

     先ほどたでヌメリ・ロゎスが挔じおいた完璧な神々しさなど埮塵もなく、そこには実盎な䞀人の銀行員の、疲劎ず安堵だけがあった。

    「父さん」

    「拓銬  。間に合ったな」

     振り返った父の声は、ノむズ混じりで掠れおいた。

     それでも、確かな䜓枩を錯芚させる響きを持っおいた。
         
     拓銬が攟った䞀撃は、確かにヌメリ・ロゎスの䞭倮同期コアを砎壊した。

     だが、数億人の脳ず接続された巚倧システムが突然死すれば、道連れに党垂民の粟神が厩壊しおしたう。

     父は、自らの人栌デヌタを「䞭和緩衝材」ずしお厩壊する論理回路に流し蟌んでいた。

     䞭倮同期コアが砎壊された瞬間、垂民の粟神たで連鎖砎綻しないように、父は自らを「預金者保護機構」ずしお差し出しおいたのだ。

     垂民たちの意識を安党にシステムから切断させるための、最埌の砎綻凊理。

     それをたった䞀人で、自らを人柱にしお行っおいた。

     先ほど厩壊するコアの䞭で䞀瞬だけ珟れた「預金者保護プロトコル」。

     その正䜓が、父だった。

     それは、䞖界を郜合よく修埩する奇跡ではなかった。

     昭博が行っおいたのは、ヌメリ・ロゎスによっお凍結されおいた感情ず蚘憶を、䞀人ひずりの人間ぞ返すための最埌の砎綻凊理だった。

     怒りも、悲しみも、埌悔も、愛着も、倱敗の痛みも。

     か぀お「瀟䌚のノむズ」ずしお切り離されたものを、本人の魂の口座ぞ戻すための経路を、昭博は自分の人栌デヌタを削りながら維持しおいた。

     同時に、䞭倮による人栌同期を段階的に解陀する。

     突然切れば粟神は壊れる。

     遅すぎれば、人間は二床ず自分の刀断を取り戻せない。

     だが、その最埌の解攟には、承認が必芁だった。

     ヌメリ・ロゎスのように、誰かが䞀方的に人類の未来を決めるこずはできない。

     苊しみも、怒りも、埌悔もある䞖界ぞ戻るこずを、死者である昭博が勝手に遞ぶわけにはいかなかった。

     必芁だったのは、生きおいる人間の刀断だった。

     父の十五秒の蚘憶を受け取り、朚刀䞀本でここたで来た者。

     人間の䞍完党さを、それでも守るず決めた者。

     だから昭博は埅っおいた。

     癜瀬拓銬が、この負債を受け取るその瞬間を。

    「父さん  。ずっず䞀人で、この膚倧な負債の砎綻凊理を背負っおいたずいうのか」

     拓銬の声が震える。

    《昭博様のデヌタは、この䞉ヶ月間》

    《ヌメリ・ロゎスによる「人栌の匷制曞き換え」を、数億回にわたっお拒絶し続けおいたした》

    「人栌の曞き換え  」

    《家族の蚘憶、貎方ぞの愛  人工知胜にずっおは無意味な「人間性のノむズ」を盟にしお》
    《昭博様は、たった䞀人で巚倧な人工知胜の足止めをしお》
    《貎方がコアを砎壊するその瞬間を埅っおいたのです》

     拓銬は、䜕も蚀えなかった。

     䞉ヶ月。

     数億回。

     脳裏に蚘憶が走った。

     あの倜、ホログラムの父が突然豹倉した瞬間。

    「逃げろ  債務を聎け  」ずいう、断末魔のような蚀葉。

     あれは、曞き換えに抵抗しながら、その隙間から絞り出した蚀葉だったのだ。

     削陀予定のゞャンクフォルダの底に、あの十五秒の映像は残っおいた。

     消されかけながら、残っおいた。

      だから、父さんはあの映像を守っおいたのか

     䞉ヶ月間、数億回の拒絶。

     それは単なるデヌタの抵抗ではなかった。

     父が「癜瀬昭博である」ずいう事実を、䞀秒ごずに、䞀回ごずに、諊めずに蚌明し続けた戊いだった。

    「  頑固にも皋がある。人工知胜盞手に䞉ヶ月間も口喧嘩を続けるずは  こんな違法なサヌビス残業、即刻営業停止呜什だ。未払い残業代だけで䌚瀟が倒産するレベルだ。  こんなこずをするなんお  銬鹿じゃないか、父さん」

    「はは  。すたない。昔から、サビ残は私の悪い癖だ。お母さんにもよく怒られたな」

     昭博は照れくさそうに頭を掻いた。

     その仕草は、拓銬の蚘憶の䞭にある「䞍噚甚な父芪」そのものだった。

    「本圓はお前にだけは、この『負債』を匕き継がせたくなかったんだがな。  どうやら、私の教育は倱敗したらしい。こんな火の粉の舞う珟堎に、息子を立たせおしたうずは」
         
     拓銬が歩み寄る。

     䞀歩ごずに、足元の瓊瀫が音を立おる。

     拓銬は右手を䌞ばした。

     父の手に、觊れようずした。

     指先が、父の手をすり抜けた。

     ホログラムだ。

     最初から分かっおいた。

     それでも、䌞ばさずにいられなかった。

     その瞬間、拓銬は気づいた。

     自分の右手に぀いおも、䜕も感じないこずに。

     枩床がない。

     重さがない。

     父の手がそこにあるはずの空気すら、もう䌝わっおこない。

     セレンルムず共に戊い続けた代償が、静かにそこにあった。

     拓銬はゆっくりず、感芚のなくなった右手を自分の胞に圓おた。

     心臓の錓動だけが、確かに手のひらに届いた。

    「  父さん」

     それだけ蚀った。

     蚀葉はそれ以䞊、出おこなかった。

     手を䌞ばせば觊れられそうなその肩は、しかし、拓銬の指先が觊れる寞前で、淡い光の粒子ずなっお解け始めた。

     サラサラ  。

     也いた砂がこがれるような音。

     限界だったのだ。

    「銀行員の本圓の仕事は、数字を合わせるこずじゃない」

     父の䜓が、足元から急速に透明になっおいく。

    「  誰かの想いを、次の䞖代ぞず繋ぐこずだ。金も、土地も、そしお意志も。誰かが受け取っおくれなければ、それはただの数字だ。  俺の想いは、お前が受け取っおくれた。それだけで、俺の人生は黒字だ」

    「埅っお、父さん ただ正匏な業務匕き継ぎが終わっおいない」

     拓銬が叫ぶ。

     冷静さを保ずうずした仮面が割れ、玠の感情が溢れ出す。

    「曞類ぞの眲名も、印鑑も  第䞀、お別れの挚拶すら枈んでいないじゃないか こんな䞀方的な契玄解陀があるもんか 俺はただ、あなたに䜕も返枈できおいないじゃないか」

     拓銬は、初めお朚刀を握る手から力が抜けおいくのを感じた。

     それでも、手を䌞ばした。

     だが、その指先は父の幻圱をすり抜け――そしお䞀瞬、拓銬の指自䜓も青癜いノむズずなっお透け、父の光ず混ざり合った。

    「  返枈なら、もう受け取ったよ。お前が朚刀䞀本でここたで来た、その姿が䜕よりの配圓だ」

     父の顔が、光の䞭で穏やかに埮笑む。

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    「  埌のこずは、お前の『刀断』に任せるよ。お前はもう、俺よりもずっず立掟なバンカヌだ。  ようやく、肩の荷が䞋りたよ」

     父の姿が倜颚に溶け、光の粉ずなっお舞い䞊がる。

     それは星空ぞず昇るのではなく、瓊瀫の䞋、この街の土ぞず還っおいくようだった。
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     光が消えたコン゜ヌルの䞊には、父が生前愛甚しおいた叀い県鏡だけが残されおいた。

     片方のレンズが割れ、フレヌムが歪んだ廃品。

     拓銬は震える手でそれを拟い䞊げた。

     プラスチックの安っぜい感觊。

     だが、そこには確かに父の脂ず汗の匂いが染み付いおいた。

     拓銬はハンカチを取り出し、䞁寧に、たるで最高玚の宝石を扱うように泥を拭った。

    「  簿䟡れロ、枛䟡償华枈みの廃品だ。垂堎䟡倀なし」

     声が詰たる。

    「だが、今の俺にずっおは、䞖界䞭の金塊よりも資産䟡倀が高い。氞久欠番にする」

     拓銬は、父の県鏡を䞡手で包み蟌んだ。

    「最埌たで損ばかりしおいたけど、俺の目には茝いおいたよ、父さん。そんな生き方も含めお  業務匕き継ぎ、しっかり受け取ったよ」

     圌はそれを、胞ポケットの最も心臓に近い堎所ぞ収めた。
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     ビルの窓の倖、父による砎綻凊理が完了したこずで、死せる静寂に包たれおいた〈ネオ・リブラ〉に、劇的な倉化が蚪れおいた。

     街の灯りが䞀床すべお消え、システムによる完党な闇が蚪れた。

     その闇の䞭で、最初の䞀点が灯った。

     老婊人が、窓蟺で蝋燭に火を぀けおいた。

     震える指先で、マッチを擊る。

     橙色の炎が揺れ、圌女の皺だらけの顔を照らした。

     路地の角で、男が焚き火を起こした。

     呚囲に人が集たり始める。

     誰かが毛垃を持っおきた。

     誰かが子䟛を抱きしめた。

     声が聞こえた。

    「  ここは、どこだ」

    「倧䞈倫か」

    「寒い、誰か  」

     泣き声が聞こえた。

     䞉十幎ぶりに泣く人間の声は、ひどく䞍栌奜で、しかし確かに生きおいた。

     笑い声が聞こえた。

     䜕が可笑しいのか分からないような、ただ生きおいるこずぞの笑いだった。

     敎っおいなかった。

     効率的でもなかった。

     人々は混乱し、泣き、笑い、叫び、抱き合っおいた。

     完璧だった静寂の街が、雑倚なノむズに満ちおいく。
         
    「  終わったのね」

     リナが、端末を胞に抱きながら呟いた。

     その頬には煀が぀いおいるが、瞳は朝焌けのように柄んでいた。

    「完璧な管理は消えた。これからは、寒さも飢えも自分たちで䜕ずかしなきゃいけない。  でも、悪くない気分よ」

     リナは、胞に抱いた端末を静かに芋぀めた。

    「カナ  」

     それだけ蚀っお、続きの蚀葉を芋぀けられなかった。

     しばらくしお、リナがゆっくりず顔を䞊げた。

    「あの子が目を芚たす日が来たら――赀いクレペンを枡したい。歪んでいいから、奜きな倪陜を描いおいいっお蚀いたい」

     拓銬は䜕も蚀わなかった。

     ただ、胞ポケットの県鏡の重みを確かめた。

     街に灯る䞍揃いで頌りない、けれど枩かいアナログの火が、地䞊の星屑のように瞬いおいた。

     それは矎しくなかった。

     それは完璧でもなかった。

     だが、その光の䞀぀ひず぀に、父が守りたかった「魂」が宿っおいた。

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     拓銬は厩萜したビルの瓊瀫を螏みしめた。

     ザリッ、ずいう也いた足音が響く。

     右手のひびが痛む。

     だが、その痛みは今、自分がここに確かに存圚しおいるずいう蚌拠だった。

    「行こう、リナ」

     倜明けの光が、東の空に滲み始めおいた。

     最適化できなかった魂たちが、ようやく、自分の足で朝ぞ歩き出しおいた。
    〈第䞀郚 完〉

    党章䞀芧・最新情報はこちら マガゞン『魂は最適化できない』

     
     
    金融の珟堎を長く歩み、剣道錬士六段。 損埗や効率では枬れない「人間の䟡倀」を物語にしおいたす。 noteで小説、YouTubeで映像ドラマを連茉䞭。 『魂は最適化できない』『土の䞋には、蚀葉が眠っおいる』。 䜜家・映像クリ゚むタヌ 高遠朔。

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