
「俺の判断が、俺より先に働いている」という恐怖
小説を書きながら、この一行を書いたとき、少し手が止まったの。
怖かったから。
近未来の東京に、HKSという制度がある。
ヒューマン・ナレッジ・シェア制度
従業員の思考プロセスや判断をデータ化して、組織の資産として回収する、国が認証したシステム。
フィクションの話よ。
でも、そんなに遠くない話だとも思っている。
私たちはすでに、自分の判断を会社に預けながら働いている。
長年かけて磨いた企画の感覚、言語化できない判断の速さ、誰に教わったわけでもない「これだ」という直感。
それは「私」のものだろうか。
それとも、職場という文脈の中でしか生まれなかった、「会社のもの」だろうか。
考えたことがあるかしら。
小説の中で、安藤樹(あんどう・いつき)という男が姿を消す。
彼は大手デベロッパーで働く企画担当で、独創的な着想を持つ人間だった。
彼が消える前に残した言葉が、あの一行よ。
「俺の判断が、俺より先に働いている」
システムに判断を抽出された人間に、何が残るのか。
最終話のタイトルは、こう問いかけている。
「まだ、俺に見える?」
これは近未来のサスペンスとして書いた小説だけれど、私が本当に書きたかったのは、その問いへの答えよ。
抜き取られなかったものが、人間らしさなのかもしれない、という予感。
整えられたあとに残らなかったものの中に、本当の「その人」がいるのかもしれない、という感覚。
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「人間蒸留」🔽
— Moneypenny
