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【短編小説】君と綴りたい三十一文字

    三十一文字みそひともじ
    ※タイトルにルビが振れないのでここに記載※

    【あらすじ】 ※BL要素あり(行為描写なし)

     
    高校3年生の国語の消化授業で短歌に出会い、目覚め、大学に進学した後はウェブ上の短歌グループに所属。自身の心のうつろいが原因で、短歌を詠んだり詠めなかったりを繰り返している甘楽納月かんらなつき。
     たまたま手伝いで呼ばれた文芸誌の販売会で、売り子をしていた納月の向日葵のような笑顔に一目惚れした、1つ歳下の塩谷海しおたにうみ。
     この2人の、【短歌】という三十一文字の中に様々な思いを閉じ込め、2人だけのやりとりを通して綴る、じんわりとやわらかで、同性同士の少し切ない恋と、深くささやかな愛のお話。

    【登場人物】

    ・甘楽納月かんらなつき
     166cmくらい。1月9日生まれ。誕生花はすみれ(花言葉は謙虚・誠実・小さな幸せ)。細身の猫背。猫っ毛で、色素の薄い茶髪。あまなつ、なっちゃんがあだ名(不本意)。高校3年生で短歌に目覚める。ウェブ上の短歌グループに所属しており、活動名は、高校の授業内で決めた菫すみれ。言葉が降ってくると寝食を忘れ、いろいろな意味で自分を削って短歌を詠むタイプ。ふわふわの柔らかい恋の歌が多い。後輩の海(後述)と少しずつ親密度が上がっていくにつれて、海を想って詠んだ短歌をそこそこ書き溜めるが、今のところ本人には内緒(次の新刊には載せたい)。販売会で、同い年で同じ大学の玄野くろの(後述)に会う。玄野の力強く、少し堅い文体で短歌を書けることが羨ましいと思っている。シンさん(後述)を、人としても詠み人としても尊敬している。たくさん言葉を知っていてもどうにも言葉にできないが、海がそばにいてくれる心地良さが大好き。実家から大学に通えなくもないが、短歌に没頭できるように一人暮らしをしている(父親が少し援助してくれている)。漢字が好きで、よく漢字辞典を眺めている。名前に【月】があるので、「Fly Me To The Moon」が好き。特にフラメンコギターバージョンが好き。実は絵が描ける。口が悪い。サーモンクリームパスタとコーヒーが好き。

    ・塩谷海しおたにうみ
     179cmくらい。7月6日生まれ。誕生花はひまわり(花言葉は憧れ・情熱・あなただけを見つめる)。運動部出身で足が速い。黒寄りの茶髪で、伸ばしかけを結んでいる。今通っている学科に決めたのは、納月の短歌を読んで文学に興味を持ったため急遽変更した(文理どちらも得意)。納月をあまなつと呼ぶのが好きだが、本人が好きではないので極力控えている。納月が好きすぎて存在全てを可愛いと思っている。納月が短歌を考えている時に、無意識に右頬をペンでフニフニしているのを見るのが好き(隠し撮りして怒られた事があるが、それがメッセージアプリの背景画像になっている)。販売会で見かけた納月に一目惚れしたことはまだ内緒にしている。納月とたくさん短歌を詠みたくて勉強中。いつかは、納月の【月】を使った短歌を詠みたいと思っている。販売会で買った本は、後日通販でも購入しており、保存用(納月のサイン入り)と読む用がある。実家暮らしで、姉と母と住んでいる(父親は単身赴任中、弟は寮に入っている)。実は料理が得意。チキンドリアとアイスティーが好き。

    ・玄野くろの
     182cmくらい。3月7日生まれ。誕生花は白いストック(花言葉は思いやり・ひそかな愛)。ガタイが良い。金髪の超短髪。納月と同じ、ウェブ上の短歌のグループで活動している。活動名は、祖父の好きなジャズの名曲「Bye Bye Blackbird」より、黒い鳥といえばカラスと思い、クロウ。軽い人見知りで、オフ会に参加したことはない。シンさんに呼ばれて参加した販売会で納月に会い、同い年で同じ大学と知る(会うまでは、ペンネームと短歌の雰囲気から納月を女性だと思っていた)。自分には出せない、納月の女性らしさを感じさせる短歌の雰囲気が好き(もはやファン)。大学内で滅多に納月と絡まないが、納月の機微をそれなりに心配している。シンさんに納月のスランプを聞かされ、「なっちゃんなら詠むのをスパッとやめて引退してしまいそう。」とずっとハラハラしていた。シンさんに対して、頼れるお兄さん以上のちょっとだけ特別な感情を持っている。

    ・シンさん
     175cmくらい。11月30日生まれ。誕生花はカスミソウ(花言葉は感謝・親切・清らかな心)。納月、玄野の活動する短歌のグループのまとめ役のひとり。30代前半。ツーブロックの爽やかな7:3分け。穏やかな話し方で、2人のお兄さん的立ち位置。納月も玄野も大きな信頼をおいている。納月の繊細さを理解し、作品を作る時はみんなとは別の、納月だけの締め切りを勝手に決めている(みんなが少し早く、納月だけ遅い)。販売会に出品した本の表紙の水彩画を、納月に頼んだ人。納月に対する思いとは別に、玄野に少しだけ特別な感情を持っているが、少し大人なので隠すのが上手。


    ・本文・

     あまり、変わらないことが好きだ。

     だから、お前だけはいつまでも変わらずに、俺の隣にいて欲しいって、そう思ってる。
     先輩と後輩じゃなくて、友達とか恋人とか……そんな括くくりにもしたくなくてさ。
     今の俺には、音声にも、文字にするのも、なんか違う気がする。……違うというか、難しいというか、この感覚を言葉にすることすら難しい。
     いつかは俺たちの関係に、丁度良い言葉が見つけられるかな。
     ぴったり、じゃなくて良いんだ。丁度良い、くらいが良いんだよな。


    ・・・-- ・----


    ・納月side

    「あまなつ先パーイ」
    「……おい、いい加減その呼び方すんなよ塩谷海しおたにうみ」
    「なんでフルネーム……先輩の名前可愛いんだから良いじゃないっすか。甘楽納月かんらなつき」
    「可愛いとか言うな。あまなつじゃねえし。で? なんか用事なんだろ?」
    「俺だって先輩の友達みたいに、あまなつとかなっちゃんとか、あだ名で呼びたいんですよ。んで、今日アレやりましょうよ、イチゴ」
    「少数しかそうやって呼ばねえよ。……好きじゃねーの、そう呼ばれんの。だから、お前は呼ぶんじゃねえ。……イチゴ好きだなぁお前」
    「先輩が好きにさせたんでしょ。どこでやります? カフェか、ファミレスか、カラオケ? たまには先輩んち?」
    「そうだな、今日はファミレス行くか」
    「おっけーっす。じゃああとで」

     イチゴ。これは一語摘いちごつみという、短歌の遊びの、俺たち2人だけの呼び方だ。
     自作、他作の一首をまず選んだり詠んでから、次の人はそこに使われている単語(猫や桜、ハンバーガーなど)を使って、即興で短歌を作る。さらに次の人は、前の人が作ったものから単語を一語摘んで、自分の短歌に織り込んで作る。季語は関係なく、情景も引き継がなくていい。一緒にやる人数が多ければ多いほど、その場で生まれる歌が多くなる。 君、や私、なんかは摘む対象にはならない。
     一つの単語を摘んでいくから《いちごつみ》という。

     高校3年の3学期の後半、受験も終わり、消化授業の時だった。
     担任が国語の担当で、自分でペンネームを付けてひとり最低一首、短歌を提出し、次の授業までに先生がプリントにまとめてそれを配り、投票で一番良い短歌を選ぼう、と言い出した。
     俺は正直全然乗り気じゃなかったけど、普通の授業と違うからか、意外にも大半のクラスメイトは乗り気だった。
     先生から配られた、いくつかの枠だけ書かれたプリントに、みんなぶつぶつと言葉を探しながら指を折って、文字数を数えてペンを動かしていた。
     俺は…

     その頃、俺は誰にも許されない恋をしていた。
    出会った詳細は省くけど、相手はちょっと年上の既婚の男性だった。
     会えるのは第二土曜日と、週に1、2回、学校帰りに家から少し離れたところまで車で送ってもらうだけの関係。……それなりにうまくやれていると思っていた。
     その人には、俺のたくさんの初めてをあげた。誰かに恋をするということも、人を好きだと苦しいという感情も、会いたくて淋しくて泣いた夜も、キスも。……まぁ、流石にまだそれ以上は……ねぇ。

     俺は、その人にとって都合のいい相手ということは最初から分かってたから、この関係に大きな不満はなかった。なかったというか、あれこれ望んだら、苦しむのは自分だから。
     でも、向こうは変わり始めた。決めたはずの曜日を無視して会おうとしてきたり、少しでも長く俺といるために、学校からの帰り道をすごい遠回りし始めた。
     あとから分かったことだが、この頃に、相手が俺だとはバレてはいないが浮気をしている、という事が奥さんに知られてメンタルがだいぶ不安定だったみたいだ。
     俺は、段々とその束縛が怖くなった。車という閉鎖空間が怖くなり、もう会うのをやめよう、別れようと俺から告げた。それからは会わないように学校からの出る門も、帰る時間も帰り道も変えた。
     そうすると今度は学校の警備室に、自分は親族だから呼び出せ、などの行動を起こし始めた。
     最終的には家の前で待ち伏せされ、家族を巻き込んでの大惨事になってしまった。
     親父にはとにかくめっちゃくちゃに怒られた。多分人生で初のビンタを、2発食らった。同性と付き合っていたことには触れられなかったが、学校に迷惑をかけたこと、ここ最近帰りが遅くなっていて母さんを心配させていたことに怒っていた。悔しそう、というのが最適な言葉じゃないけれど、あんな悔しそうな顔で怒る親父の顔は初めて見た。
     じいちゃんは、俺が無事でいたことに安心して泣いていた。これがなによりきつかった。
     引っ叩かれたり怒鳴られたりする方が何倍も楽と言うか、心は傷つかないんだと知った。

     とまあ、最低な恋の話はこの辺にしておいて。そんな訳でまだ幸せだった頃には、いろんな言葉が意外にも次々と溢れてきた。
     俺は最終的に2首を提出し、1位に選ばれてしまった。
     ちなみにペンネームは菫すみれ。ペンネームなんて全然思い浮かばなくて、浮かんだとてしっくりこなくて、最終的に隣の席の女の子が好きな花にしたら、妙にしっくりときた。あとあと調べたら、俺の誕生日の花だったし。こんなにもぴったりのペンネームだったなんて。漢字の形も、真ん中に縦線引いたらシンメトリーで良い。
     まぁ、まさかこの名前で何年も活動することになるとは思いもしなかったけれど。

     俺の初めての一首、めっちゃ恥ずかしいんだよね。最高潮に幸せだった時の俺の希望を込めた、絶対に叶わない事。

    真夜中に 
    君を呼び出し 
    会えた時 
    素直に言えない   
    ありがと、なんて

    (菫)


     俺は大学に進んで、大学内のサークルではなく、その頃人気のあったSNSで短歌を詠むグループを見つけていた。
     活発に活動している感じではなく、ゆるめに活動しているところだった。
     俺はあの最低な恋を、良くも悪くも引きずっていて、短歌を書くことへの肥やしにしていた。
     嬉しい、楽しい、悲しい、淋しい、苦しい…様々な感情を31文字の中に閉じ込めるために、頭を抱えて言葉を練り、辞書を引いてはたくさんの言葉を書き溜めていた。

     このグループで、俺は3冊の上梓に携わった。人生初のオフ会に行って、皆で水族館を回って、イメージや浮かんだ単語を書き留める。
     その後食事会に行って、水族館に関する短歌と、お題をくじ引きで決めて詠み、そこで初めて一語摘みに出会った。
     即興で次々と短歌が生まれていくのを目の当たりにして、頭の中でパチパチと火花が散るような興奮を覚えた。
     食事会が解散した後、意気投合した1番歳の近かった奴(♂)とまだまだ短歌について話したくて、興奮冷めやらぬままダーツをしに行った(ここでも休憩しながら詠んでいた)。……送り狼になった(させられた)のは、まぁ、ね、うん、アレだけど。

     そんな訳で(どんな訳だか)、俺は一語摘みにハマりにハマった。ぼんやりと縛りを決め、1人でもやった。言葉を知らないと即興で詠めない。それはとても良い刺激だった。
     この言い回しをもっと短い言葉にしたい、もっとぴったりの言葉があるはず。そう考えながら言葉を探し、短歌を詠むのは楽しかった。

     それで、なんで海うみに短歌を詠んでるのがバレたかって言うと……

     俺は販売会の手伝いをしていて、その時に俺と海は出会った。その時俺は大学1年で、海は高校3年だった。頭の良い高校の制服だったのが印象深い。
     海は見本版の表紙の絵が気になって手に取り、中を読んで気になった短歌を書いたのが俺だった……ような気がする。ここはちょっと曖昧だ。
     俺は人生初の、ペンネームのサインを頼まれた。

     大学2年の5月のある日。1人の学生に声を掛けられて振り返ると、あのサイン本を持った背の高い青年が立ってたって訳。


     それからと言うもの、俺は定期的に海にイチゴを強要⚫︎ ⚫︎されている。

    「すみません、お待たせしました。駅前のファミレスでいいっすか?」
    「あー……この時間じゃ、あそこは大学の奴ら多いか。どうする?」
    「ファミレスやめてカラオケとかにします?」
    「飯も食えるし、今ならフリータイムだしそうするか」
    「……あ、やば、俺今日学生証忘れたんでした」
    「ダメじゃねーかよ。じゃあ、散歩がてらちょっと歩いて、違うファミレスにしよ」
    「俺が言い出しておいてすみません」
    「いいよ別に。何かお題でも探しながら歩こうぜ」

     そう言って俺は歩き出した。背中に海の視線を感じながら。
     俺はこの時、ちゃんと海の目を見ておけば良かったのかな。……いや、見なくて良かったのかも。
     海の持つ熱に、気づきたくなかったんだ。

     2人でゆっくりと歩く。
    「……夕日、金木犀は漢字でもカタカナでも可、コスモス、マジックアワー……」
    「はい」
    「喫茶店、コーヒー……あ、コーヒーは漢字ね」
    「こ、珈琲……」
    「書けた? 伸びた影……身長、左右……これくらいにしておくか」
    「夕日、金木犀(キンモクセイ)、コスモス……はカタカナでいいっすか?」
    「うん」
    「コスモス、マジックアワー、喫茶店、漢字で珈琲、伸びた影、身長、左右です」
    「さんきゅ」
    「とりあえず飯にしましょ。めっちゃ腹減った」
    「そうだな」

     俺がぼそぼそと言う単語は、今日のイチゴのお題にしたいかな、とか、今詠めそうというもので、覚えていられないからいつも海にメモをとってもらっている。
     その時の空気感が欲しくて、俺のわがままで海の手書きだ。自分でメモすればいいんだけど、その場で言葉が降ってきちゃうと動けなくなるから、海に頼んでいる。
     それに、俺は海の書く文字が好きだ。……内緒だけど。

     一駅離れた、目的のファミレスに入る。
     食事を頼み、飲み物を取りに行って席に戻ると、お互いペンとノートを取り出し、無言になる。
     気に入ったフレーズを書いたり、イチゴに関係あるのもないのも何首か詠んだりしていく。

     俺は、ノートから視線だけを上げて、ノートと睨めっこしている海を見る。


     カチカチ……サラサラサラ……シャッ……

     俺は、海が少し俯いて文字を書く姿が好きだ。
     伸ばしかけの前髪の隙間から覗くおでこが好き。
     目で文字を追って、ふるふると長いまつ毛が揺れるのも好き。
     大きな背中を丸めて書いてるのも、ペンを持つ骨ばった指も、集中すると少しだけツンとする上唇も。

     海は普通に背が高くてイケメンでモテそうなんだから、俺とイチゴなんか摘んでないでもっと大学生を楽しめよ、と思う。お前と歩いてるとすげー視線感じるんだぞ。気づいてんのか?
     【普通】の大学生みたいに、女の子と遊んだりすればいいのに思う俺がいて、でもこの短歌で繋がる関係をいたく気に入っている俺もいる。


    ──今、この時だけは俺だけのものだから──

     ……ん?今、俺……なんて思った?
     ……俺だけのもの?
     ……やっば、笑える。……いや笑えねぇな。
     独占欲すごくない?俺。

     ……いつまでこの関係でいられるのかな。
     今はまだ考えたくないな。
     海に彼女ができたら終わり?
     俺が卒業したら終わり?
     ……いつか、終わっちゃうのかな。
     終わりになるなら、俺が終わらせたい。

     できるだけ、綺麗なままで。

    「……んぱい? あまなつ先輩」
    「…………」
    「ねえ、納月先輩、食事、来ましたよ」
    「っ……悪りい、集中してた」
    「うそ、短歌以外のこと考えてましたね。さすがに分かりますよ、ペン止まってるし、ノート見てないし」
    「最終的に俺の思考は全部短歌に繋がるからいいの」
    「それで食事冷めたらダメでしょ、ちゃんとこっちに戻ってきてください」
    「……もう大丈夫だから」
    「先輩の大丈夫が世界で1番信じられない」
    「お前……さすがにひどくねえ?」
    「さ、まずは食べますよ」

    「「いただきます」」

     だいたい頼むものは一緒。俺はパスタで、海はドリア。たまにポテトをシェアする。
     食べ終わって飲み物を取りに行くと、再び2人でノートに向き合う。

    「……あとどれくらいでいけそう?」
    「あと二首くらいは書きたいっす」
    「分かった」

     何分経っただろうか。

    「先輩どうですか」
    「いける。どっち先?」
    「俺から良いっすか。伸びた影、で」
    「おっけ。……じゃあ、始めますか」

     短冊型のメモに一首を書き、2人の間に置く。

    伸びた影
    君に追いつく
    身長に
    背伸びなしでも
    キスが出来そう

    (澡)

    「可愛いな。それに情景がちゃんと浮かぶ。影が伸びてるってことは、放課後、夕方とかに一緒に帰ってるんだろうな。恋人同士の歌と思って読んでも可愛いし。そうでなくても、そういう関係になりたいと思ってる子が書いたっぽくて、影だけでも触れたい、キスしたい、みたいな」
    「俺の思ってた解釈とドンピシャで怖いっす」
    「……うーん……俺いくな。身長で」

     ペリッ……サラサラ……

    「ねえ、先輩早い、早すぎる」

    [身長]
    君と僕
    13センチ
    違うけど
    計算された
    身長差だし

    (納月)

    「恋っぽいので来ましたね。この前話した、ハグしやすい身長差とかのですよね」
    「そ。んー……ちょうど俺とお前くらいの身長差かな。だし、で締めたのは、そういうのを意識しちゃって照れ隠しみたいな雰囲気を持たせたかったんだ」
    「そっすか。……え、待って、俺そんなすぐには……」
    「良いぜ。俺も書いておきたいし、コーヒー取ってくるわ。お前はなんかいる?」
    「すみません、アイスティーとガムシロお願いします」
    「おけ」

     俺はコーヒーとアイスティーを取りにドリンクバーに向かう。
     少し離れた場所から、うんうん唸うなってる海を眺める。
     ……頑張れ、頑張れ。頑張って言葉を捻ひねり出せ。
     今は、俺と短歌を詠むことだけを考えてろよ。


    ・・・-- ・----


    ポ澡side


     俺は昔から、基本的に何となく満遍なくできた。運動も、勉強も、人付き合いも。
     何でも何となく出来るから、何が得意か分からなかった。本気で取り組んだものも、最後までやり切ったことも、なかったと思う。

     文芸部がイベントに参加するというので、文芸部の部長と共通の友達に頼まれて、運搬と計算係として手伝いに駆り出された。
     そこでは、小説、俳句、エッセイなど、様々な作品が売られていた。
     休憩しておいでと言われ、会場を歩いてみた。ひとつのブースに置かれた、短歌の本の表紙の絵に目が止まった。
     水彩画、かなぁ……これ。どうやって書いたのかな、青の滲み方がすっごい綺麗。
     日が差し込んでいる水中……海中みたいだな。どんな技法で書いたのかな……。

    「どうぞ、手に取ってみてくださいね」

     パッと顔を上げるとそこには、まるで向日葵が咲いたかのように明るい笑顔の人が立っていた。
     照明のせいなのか、その人の柔らかそうな髪の毛が金色に見えた。

     俺は一撃で恋に落ちた。
     この人に出会うために今日ここに来たんだ。友よ、まじナイス。
     今度なんか奢らせてください。……気が向いたら。

    「あ、ありがとうございます。……中も良いですか」
    「もちろんです、気になった作者がいたら言ってくださいね、何人かは今日来てますから」
    「ありがとうございます、じゃあちょっと失礼して……」
    「良いですよ、ゆっくりで」

     その人はそう言うと、パーテーションの裏に行こうとした。

     俺はどうしても、この人を引き止めなきゃと思った。

    「あっ、あのっ……!」
    「ん? どうかしましたか?」
    「ええと……あっ、あなたの書いたのはどれですかっ……」
    「俺? えっとね、俺はここのページから。菫ってペンネームですよ」
    「っ……こ、これ、買います!……あなたのサイン、書いていただけませんかっ……」
    「え、試し読みしないで良いの? ……サイン、初めて書くから緊張するな」
    「お願いします!」
    「こういうのって、名前入れるのかな」
    「僕の名前、海っていいます。さんずいに、毎日の毎の、海。……書いてもらっても良いですか」
    「海さんね……海くんが良いかな」

     キュポッ……キュッキュ……

    「はい、これで。なんかめっちゃ恥ずかしいな」
    「っありがとうございます、本当に」
    「ページの最後にURLがあるから、そっちも見てみてくださいね」
    「ありがとうございます!……では」
    「こちらこそ、興味を持ってくれてありがとう」

     あ、また向日葵が咲いた。

     俺は休憩を終え、手伝いに戻る。販売会が終わると、ファミレスで打ち上げという名の夕飯会には参加せずに、まっすぐ家に帰る。
     1秒でも早く、あの人の書いたものを読みたかった。

     俺はまず、あの人のページを開く。じっくりと読んでは言葉の背景を考え、意味を思うと、今までに感じたことのない充足感があった。聞いたことのない言葉は辞書で引いた。こんなに小さな一冊の中、一首の中に、驚くほど豊かな言葉が溢れていた。
     どの言葉も単語も、生きてきた中で何度も目にしているはずなのに。言葉の世界はこんなにも、広くて深くて鮮やかで、キラキラしてたなんて。
     俺は最初のページに戻り、他の方の短歌も読んだ。お題が決まっていても、世界観がみんな違うし、言葉遣いも口で話す言葉に近い人もいれば、硬い感じの人もいる。フォントの違いもかなり印象を変えた。57577ではなく、31文字に収める人もいる。
     短歌は31文字しかないのに、こんなにも個性が出るのかと驚いた。

     俺は次の週から、学校や、近所の図書館の短歌の本を読み始めた。そばにあった関係のありそうな、言葉として花の持つ意味や散る時の言い方、降る雨の表し方、季節の言葉なんかも。
     有名な人のを何冊読んでも俺の心には、あの笑顔の菫さんがずっといた。

     俺は受験を終え、大学に進んだ。
     入学から2週間、俺の視界の端に向日葵が咲いた。
     俺は思わず目を向ける。あの人だ、間違いない。
     菫さんだ。
     でも急に話しかけてどうする? 俺のことなんてきっと覚えてない。何か、何かきっかけがないと……

     それから数週間後、俺は人生で初めてかもしれないほどの勇気を振り絞り、思い切って声を掛けた。
     手には、あの時買った短歌の本。
     菫さんはそのサインを見て驚いて、その後顔を真っ赤にしていた。

     やっと会えた。
     同じ大学という奇跡。


     実はあれからも何回かあの類のイベントに、菫さんがいたグループの名前があるものは行かせてもらったが、菫さんには会えなかった。
     最後に行った時に売り子の人に訊いたら、菫さんはあの一回しか参加していなかった。
     その人に、多分彼は今書いてないと思うと聞かされた。
    「菫くんは思いっきり私生活を取り込むというか、自分を削って詠む子だからね。何か転機があったか、何も詠めないくらいのことがあったんだろうね」

     もう会えないかと思っていた。
     俺は一生、菫というペンネームしか知らないで、それを想っているしかないのかと思っていたのに。

     もう逃げない。俺はこの人の短歌の中に入り込みたい。
     この人の一部になりたい。


    「なっっ……!ちょっと!こっち!」
    「ぅわっ、何ですか、まずかったですか?」

     掴まれた手首が熱い。
     図書館の横の四阿あずまやに連れられていく。

    「君……あのサインの子かよっ……。早くそれしまって。俺、短歌詠んでるなんて誰にも言ってないんだよっ……」
    「すみませんっ、他に声の掛け方が分かんなくて……」
    「ペンネームで呼ばれないだけ良かったわ。なに、君この大学なの?」
    「はい。文学科です」
    「俺と学科は違うけど……良い? 俺は詠み人って事を隠してんの。……誰にも言わないでくれよ」
    「分かりました。で、でもっ……俺、あなたの短歌が忘れられなくて……」
    「……シンさん、あ、その時に売り子してた人から、イベントの後に連絡きたことあったな。俺がどうしてるか、訊いてきた男の子がいたってね」
    「……多分俺です」
    「今はっていうか、少し前から活動してないんだよ。書いてない。……書けないんだ」
    「……充電中、みたいな事ですか?」
    「なんて言っていいか分かんない。俺さ、自分が恋愛して、嬉しいとか苦しいとかないと、言葉が降ってこないんだよ」
    「そうなんですね」
    「だから、今は無理。……曲とか聞いて、良いなぁって言い回しはメモったりしてるけど」
    「お、俺と……リハビリ、しませんか」
    「リハビリ?」
    「俺、すm……あなたの短歌を読んでから、他のも読んだんです」
    「あ……そっか、俺、名前言ってなかったか。甘楽納月。甘い、楽しい、納める月。」
    「かんらなつき……納月先輩の短歌がずっと……」
    「わ、分かったっ……分かったって。じゃあ、リハビリ……してみっかな」
    「えっ……本当ですか」
    「俺の詠み人としてのスイッチ入れ直そうとしてんだ。……ちゃんと付き合えよ」
    「でっでも俺、自分で短歌を詠めないですよ」
    「俺が1から教えてやる。……覚悟しておけ」

     この日、俺は納月先輩と連絡先を交換した。
    講義の空き時間やバイトの無い日の放課後に2人で会った。たくさん話し、先輩のやり方を教えてもらった。
     俺も時間があれば、本や歌詞の言い回しをメモし、良いなと思った風景の写真を撮っては言葉にして、少しずつ短歌を書き始めた。先輩との出会いを想って、初めての短歌を書いた。……詠んだ、かな。
     先輩には内緒だ。

    あなたとの
    あの1ワンシーン
    その記憶
    だけでも生きて
    いけると思う

     ……ちょっと恥ずかしいけど、俺の第一号だ。

     あのイベントの手伝いに誘われなければ。
     あの日手伝いに行かなければ。
     あの表紙に目が止まらなかったら。
     あの向日葵のような笑顔を見なければ。

     そう思うと、あの日のあの出会いは本当に俺の人生を大きく変えた。
     そして、もう2度と出会えないかもと思っていた人に出会えた。
     俺の、今の気持ちを隅々にまで織り込んだ短歌だ。


    ・・・-- ・----


    ・納月>海

    [口]
    口移し
    したくて転がす
    飴玉が
    レモンの味で
    ありますように

    (納月)

    「先輩、可愛いの好きっすよね」
    「好きとか恋とか、そういうのに付随した感情って身近じゃない?」
    「まあ……そうっすね」
    「書けたか?」
    「……ちょっと納得いかないけど」
    「もうちょい待つ?」
    「いや、多分今はもう言葉が出てこない」
    「じゃあ、出して」

     あれから数首、イチゴを繰り返した。海は不本意そうに短冊に書くと、真ん中に置く。

    飴
    紫陽花の
    色した飴を
    噛み砕く
    雨が止むのを
    待っているだけ

    (澡)

    「え、良いじゃん。何が不満なの。紫陽花色の飴って言い方、可愛くて好きだよ」
    「なんか嫌だ。最後の締めが気に入らない」
    「でもこれはありがたいことに、雨を摘むよ」
    「ですよねぇ……」
    「色にしようかな。……いや、雨だな」
    「珍しい、先輩が迷うなんて」
    「ちょっと待って……書いとかないと頭から消えちゃう……」
    「大丈夫ですよ、俺、飲み物取ってきますから」
    「…………」
    「もう聞いてないか」

    [雨]
    栞まで
    染み込む雨で
    君からの
    手紙の文字が
    滲めば良いのに

    (納月)

    「先輩、さみしめのも好きですよね」
    「悲劇のヒロインじゃないんだけどさ、こういう方向性のが詠みやすいんだよな」
    「手紙か、栞か……」
    「結構良い時間だからな、お前が書いたのに俺が書いて今日は終わりだな」
    「了解っす」

    [手紙]
    ないようは
    あいまいにして
    おきたくて
    きみへのてがみは
    ひらがなでかく

    (澡)

    「うわ、良いね、こういうの俺好き」
    「俺もこれ、良いと思いました」
    「しかもこれ、本にする時に縦書きで句読点もスペースも入れなかったらもっと良いな」
    「縦書き独特の雰囲気出そうですね」
    「渦巻みたいに書いても良いかもな……なぁ、それにもう一回書いてよ、俺欲しい」
    「え、欲しいって、いつもこの短冊は先輩が持って帰るじゃないですか」
    「うん、そうなんだけど、今出したやつはお前が持ってて。お前にも持ってて欲しいくらい好きなの、俺が。で、俺にもう一枚、お前の文字で欲しい。海って名前も入れて」
    「……今度綺麗に書いてきますよ」
    「違うんだよ。いつもの短冊に、今、書いて欲しいの」
    「……おっけっす」

     カチカチ……ペリ……サラサラサラ……

    「これで良いっすか」
    「……うん、ありがと」
    「きれいな紙に書きたかったのに」
    「曖昧……平仮名……いやこれ平仮名摘むの難しいな」
    「先輩が困ってんのなんか嬉しいな」
    「さっきの“ひらがな”のが俺の好みすぎる。この後、今日の締めなのに……」

     ふに……ふに……

    「……最後コーヒー飲みます?」
    「ごめん、あったかい紅茶欲しい」
    「了解っす」

    [曖昧]
    『曖昧な
        態度が優しさだ』
        と言って
        ほんとの事は
        言わないでいた

    (納月)

    「……納得いかねぇ」
    「怒んないでくださいよ」
    「……くそ」
    「先輩、くそって言うの禁止したでしょ。それに、競ってないですよね?」
    「そうだけどさ。……お前、うまく詠めるようになったな」
    「うわ、珍しい。先輩に褒められた」
    「……よし、帰るか」

     俺は短冊をまとめると、小さなファイルに入れて立ち上がる。

     店を出て海と別れ、俺は歩いて帰る。少し遠くても歩いて帰るのが好きだ。
     この時間にしか見られない風景、ネオンの色、匂い。
     全部取り込みたくなる。

     ……そろそろ、かな。さっきの最後ので、海はなにか感じたかな。あいつは鋭いから、きっとなにかしらの違和感は持っただろうな。
     良い頃合い、いや、潮時というべきか。俺は3年になったら就活あるし。
     あいつにはあいつの……時間があるだろう。俺になんて囚われてないでさ。
     ……それにしてもこの数ヶ月、楽しかったなぁ。俺、やっぱり短歌好きだわ。自分でもびっくりするほどいっぱい書けた。
     心の中で、ジンジャーエールが弾けるみたいな気持ちをたくさん歌にできた。
     ……だって俺、今、恋をしてるから。
     ありがとう、感謝しかない。海との時間、すっげー楽しかった。
     ……好きだなぁ……くそ……

     くっそがよぉ……っ……

     帰り道の俺の視界は、じわじわと滲んでいく。
     海にサインした本の表紙と同じ、俺の描いたウェット・イン・ウェットの海中のような世界だった。


    ・・・-- ・----

    ・海≠納月

     年度が変わり、俺は2年になった。
     納月先輩からは、就活を理由にしばらくはイチゴをやめてほしいと言われてしまった。息抜きにでもやればいいのに。
     大学内で見かけることもほとんどなくなった。
    連絡もない。迷惑になりたくないから、こっちからもなにも連絡しなかった。

     俺は変わらず、言葉や言い回しをスマホのメモに書き溜めていた。また納月先輩と一語摘みをやるときのために。

     久しぶりに先輩を見かけたのは、しとしとと雨の降る6月の半ばの、あの四阿だった。

     隣には、親しそうな男の人がいた。肩を寄せ、笑い合っている。向日葵じゃない、あんな笑顔は初めて見たかも。
     ……そっか……そういうことか。
     就活はもちろんしてるのだろうけど、それ以外の時間は……。
     ……そっかー……なかなかキっツいなぁ。

     俺は、告白する前に失恋した。

     先輩から連絡が来たのは7月の上旬、大学の夏休みに入る少し前のことだった

    「……よう、久しぶり」
    「お久しぶりですね、就活終わったんすか」
    「まあ、ぼちぼちな。詳細は聞くな」
    「先輩からイチゴの誘いなんて珍しいですね」
    「いいだろ。で、今日行けんの?」
    「俺、午後の講義もバイトもないんでいけますよ」
    「俺も午後ないんだよ。めっちゃゆっくりやれるな」
    「じゃあ、今日はカラオケっすね」
    「早く行こうぜ、暑っちぃ」

     少し歩き、カラオケボックスのフリータイムで入店する。
     ドリンクバーに軽食、ある程度の雑音と、個室。短歌を書く環境として、2人とも気に入っている。

    「……今日さ、俺から良い?」
    「良いですよ、もちろん」
    「今日はイチゴじゃなくて、テーマ縛りにしても良い?」
    「良いですよ、あんまりやったことないし」
    「ベタに、愛とか恋は?」
    「俺の苦手分野じゃないですか」
    「お前、だいぶ可愛いの詠むようになったけどさ、特訓しようぜ」
    「えー……うーん……」

     嫌だ。
     現在進行形で誰かを好きな先輩の短歌を、読みたくない。

    「じゃあ……逆ってわけじゃないけど、別れは?」
    「まぁ、うん……分かりました」

     予想通り、海は恋愛系に難色を示した。
     ……良かった。

     いつも通り、食事を頼み、ドリンクバーに取りに行く。
     部屋に戻り、ノートとペンを出すと、先輩はメモを見ながら、いつも通りペンが動いていた。
     俺はというと、全く言葉が出てこなかった。書き溜めたメモを見ても、モニターに流れる歌を聞いても、頭は真っ白なままだった。
     必死に言葉を掬い上げようとしても、指の隙間からぽろぽろとこぼれ落ちていくようだった。

    「……おい、大丈夫か? お前、顔色悪いぞ」
    「……大丈夫です」
    「とりあえず、俺先に書くけど……お前、書けるのか?」
    「……大丈夫です」
    「お前の大丈夫も信じらんねーよ。イチゴのほうが良かった?」
    「……いいえ、大丈夫です」
    「無理にやるもんじゃねえんだぞ。今日はやめても──」
    「っやります……書けますから」
    「……無理なら言えよ」

    あの海も
    あの曲さえも
    色彩を
    失う 君に
    ひとこと言えば

    (納月)

    「……俺も出しますね」
    「うん」

    枕だけ
    俺の本音を
    知っている
    苦しいくらいに
    君が好きとか

    (澡)

    「お前にしては攻めたっていうか、圧強めの感じだな」
    「……感情は身近なんで」
    「うん。次、俺な」

    夕焼けが
    やけに孤独に
    見えるのは
    落ちゆく海が
    広すぎるから

    (納月)

     なんでよ、海を詠み込まないでよ。
     俺、こんな別れの短歌に入り込みたかったんじゃないよ、嫌だよ先輩。
     先輩、縛りを言う時に、わざと最初に俺の苦手な恋とか愛とか言ったんだ。
     ……別れこっちを選ばせるために。

    「……次は俺ですね」

    君の背を
    見るたび思う
    『また逢える』
    そんな保証が
    ない事を知る

    (澡)

     俺、知ってたよ。
     いつも店を出て別れたあとにお前が、俺が見えなくなるまで背中を見送ってたこと。
     だから、絶対に振り返らなかった。振り返ったら帰りたくなくなっちゃうから。
     ねえ、お前ならもう気づいてるよね。ちゃんと俺から離れていってよ。
     ずるい俺を許してくれ。
     好きだよ、海。好きだから、さよならしなきゃ。

    「……俺だな」

    痛いって
    君が感じて
    いるならば
    それは“成長痛”ってことで。

    (納月)

     あー……泣きそう。先輩の前で泣きたくない。
     こんなにも体温を感じるようなやわらかい歌で俺を拒否しないでよ。
     どうせなら、刺さって抜けなくて痛みで胸を掻きむしりたくなるような尖った言葉で、耳を塞ぎたくなるくらいの鋭い言い回しで、俺を諦めさせてよ。

    「……俺っすね」

    恋をした
    あの日の月は
    まんまるで
    欠けてく事は
    知りたくなかった

    (澡)

     俺の漢字、初めて詠み込んだな。海、わざと今まで月って入れなかったよな。月なんて分かりやすく情景を想像できるのに。
     俺の名前にあるからって、意味を重く考えすぎなんだよ。

    君に逢えない日々と
    引き換えにして
    いくつもウタを
    手に入れていく

    (納月)

     俺、先輩の詠み人としての再起の糧になれたのかな。
     そうだったら良いな、すごく嬉しい。
     ……自惚うぬぼれていたい。


    消しゴムで
    消したら文字は
    消えるのに
    君への想いは
    消しきれずいる

    (澡)

     俺のことなんて忘れて、記憶から消して、短歌ももう詠まなくて良いからさ。
     今までありがとう、海。

    今  君に
    『さよなら』とかを
    言わなくちゃ
    ここのここまで
    出てきてるのに

    (納月)

    今この手
    伸ばせば君に
    届くのに
    近くて遠い
    “先輩”の君

    (澡)

    積み上げた
    約束はただ、
    曖昧に
    果たされぬまま
    壊れてくモノ

    (納月)

    『僕ーひく君』
    『君ー僕』の
       解答が
       同じであると
       思ってたのに

    (澡)

    お別れを
    言うつもりです。
    うろたえず、
    真っ直ぐ目を見て
    言うつもりです。

    (納月)

     望んでいたはずの、真っ直ぐな言葉が降ってきた。
     ……ありがとう先輩、好きです。ううん、死ぬまで、死んでもずうっと。

    心ここくらい
    繋がってると
    信じてた
    ”信じてた“より
    ”信じたかった“

    (澡)

     海と俺、確かに繋がってたよ。お前の気持ち、知ってた。
     自分が傷つきたくなくて、怖くて、受け止めたくなかった。
     こんな俺を好きでいてくれてありがとう。

    青空の下
    今日もまた
    俺の知らない誰かと
    笑っててね、君

    (納月)

     先輩の書いた短冊の映る視界が滲む。望んだはずの拒絶は、あまりにもダメージが大きかった。

    「……っ……っぐすっ……」
    「……泣くなよ。……今までありがとうな」
    「っまだ終わってませんっ……」
    「……うん」

    向日葵が
    目を覚ます頃
    ひっそりと
    一人で渡る
    横断歩道

    (澡)

    「絡むようになってからさ、俺の笑顔が向日葵みたいって思ってたって教えてくれたよな」
    「……はい。先輩のその向日葵の笑顔があったから、俺は大学の中で先輩を見つけたんだから」
    「俺ね、その例え、すっっっっげー好き。嬉しかった」
    「……そっすか」
    「時間的に……次、最後だな」


    「さようなら」
    ゆっくり言うね
    その向日葵はなが
    枯れる前には
    枯れるまでには

    (納月)


     俺はこの後、先輩になにを言ったのか、なにを言われたのか、どう別れたのか覚えていなかった。
     先輩がいつもと変わらず、短冊の紙をまとめてファイルにしまって、鞄に入れたことしか覚えていない。
     短冊を集めるその指が、少しだけ震えていたように見えたのは、俺の目が涙で潤んでいたからかな。


    ・・・-- ・----


    ・納月=____


     俺は海と別れて、家まで結構な距離を歩いた。
     海を泣かせてしまった。
     その事実は、俺の中で思ったよりも深く深く心をえぐった。
     家に着き、中に入って鍵をかけたら膝の力が抜けた。そのまま玄関のドアにもたれかかり、うずくまって泣いた。涙だかなんだか分からないくらいぐっちゃぐちゃで、酸欠で頭が痛くって、頭の中のもう一人の自分すら引くほど泣いた。
     つらすぎると、言葉なんて何一つとして浮かんでこないんだな。
     くるしいよ、かなしいよ、さみしい。
     海、好きだよ。でもきっとこんな俺といたってどうしようもない。そんな事は分かってる。
     俺が女なら、海と【普通】に恋人とかになれたのかな。
     海が今まで書いてくれた、いくつもの短歌で好きだと伝えてくれた俺の事、俺は大っ嫌いだよ。

     何分泣いたか分からなかった。一旦涙が引いた時に、なんとか立ち上がって寝室にある机に向かう。
     ……短冊、裏に日付書いて、しまわないと。
     海との最後のやりとり。この短冊は、俺と海との間のラブレターだと思ってる。最初のから全て、俺が持っている。
     俺は今までに何枚も交わした短冊が入っているケースを手に取る。

    「あっ、やばっ……!」

     カタン……ガタッッ
     バサバサバサ……

    「うーわ……やっちまった。……っはは……改めて見るとすっげー枚数だな。……いっぱい書いたな。あ、これなんて初めの頃かな。……ふふっ……可愛い。あ、これなんて訂正書き込んじゃってるじゃん。……そうそう、今日のこのひらがなの、好きだなぁ……。っ……ふぅっ……っ好きっ……ううっ……っ……」

     俺は両手でたくさんのラブレターを掬いあげて泣いた。


     ……ダメだ。
     俺、海に言わなくちゃ。
     ちゃんと言わなきゃ。

     俺はスマホと鞄を握ると家を出る。なりふり構わず駅まで走る。

     海、俺、お前が好きだから。
     あんな傷付けるみたいな、突き放すみたいな、諦めさせようとした短歌を詠んでおいて、泣かせておいて、お前を諦められない。
     諦めるには、海からあまりの多くの愛を受け取って、俺の血肉にしてしまった。
     だから……


    ・・・-- ・----

    ポ&

     俺はなんとか家にたどり着く。
     家の中に入ると母親が何かを言っていたが、俺の左耳から入って右耳から抜けていった。
     自分の部屋に着くと、ベッドに倒れ込む。

     ……今まで楽しかったな。先輩も楽しかったかな。
     たくさん短歌を書いたな。もう、書く事はないのかな。
     ……いや、書きたいな。俺の心の中にあること、全部書きたいな。
     睦月とか如月とか、12ヶ月を詠んでみたい。
     先輩の『月』を詠みたい。


     しばらく天井を眺めていた。
     不思議と涙は出なかった。

    ピピピピ

     ん、誰だ……って、え、先輩……?

    君の住む
    街まで行ける
    終電を
    調べた画面
    消せないでいる

    「……は? なに、これ。どういうこと?」

    ピピピピ

    『正直でいたい』
    自分の心には。
    君を奪いに
    駆け出した夜。


     俺はベッドから飛び起きる。

    「……っえっ……先輩、こっちに来ようとしてんの? もう23時半過ぎてるよ……まだ電車あんのかな。先に来た短歌の時間を考えれば……最終の一本前に乗っている可能性があるけど……あぁっもうっこの人はっ……!」

     俺はスマホと鞄を手に取ると家を飛び出した。


    ピピピピ

    素直にも
    なれずに嘘も
    つけなくて
    中途半端な
    自分が嫌い

     嫌いなんて言わないでよ。俺の好きな人のこと、半端とか嫌いとか言わないで。
     俺が悲しい。


    ピピピピ

    深藍しんらんの
    空が明るく
    なる前に
    君に逢いたい
    すぐに、逢いたい

     深藍……?深夜の空の色ってことかな。
     それにしても……むせそうなほどの濃度で書くじゃん、先輩。
     俺も逢いたいよ。だから今、駅に向かってるから。



    ピピピピ

    星が降りそうな夜よだから
    本当の
    気持ちは偽りたくないのです


     っはははっ……素直で驚くほどストレート。
     こんな先輩の歌、見たことない。


    ピピピピ

    終わらせ方
    間違えた恋
    いくつもの
    言葉を撚よっても
    綴とじられずいる

     綴じなくていいよ、先輩。まだ先を書こうよ。
     
    俺が思うに、間違えてもないんじゃないかな。終わりになんてしないよ。

     俺は最寄駅に着くと、改札から出てくる人混みを見つめる。

     いない……か。もう一本後か?

    ピピピピ

    晴天の
    生命いのち生うまるる
    海、君と
    夕陽も朝日も
    見届けたくて

     ……なにこれ、夕方から朝までって……。
     ずっと一緒に居たいってこと?
     命って書いてあるし、生るるってあるから……しかも、海。
     ん? ……え、今も生まれ変わってもってこと?
     え、え? これ、プロポーズなの?
     俺が都合よく捉えすぎ?

    「っはぁっ……っ海っ‼︎‼︎」

     俺はスマホの画面から顔を上げ、声のする方を見る。
     先輩に、初めて下の名前だけで……呼ばれた?

     先輩……そんな泣き腫らした顔で、くしゃくしゃの髪で、電車に乗ってきたの?

     俺は思わず腕を広げた。
     顔も髪もくしゃくしゃの先輩が飛び込んでくる。先輩のおでこが俺の鎖骨を押し込んでいる。

    「っ……ごめんこんな遅くにっ……」
    「先輩がこんな衝動的に行動するなんて驚きましたよ」
    「ちゃんとっ……い、言わなくちゃって……思ったら駅に走ってたっ……」
    「俺に、なにが言いたかったんですか?」
    「それなんだけど……冷静になってくると、音声にするってなんか違う気がしてきた」
    「っふふっ……ここで短歌にしますか?」
    「ううん。……ちゃんと言葉で言う」
    「……はい」
    「俺っ……海が好き。すごい、すごい好き。その……っくそっ……。文字にしないからこんな言葉しか出てこない」
    「っはははっ……先輩らしいな」
    「なんだよそれ」
    「俺も好きです。販売会で会った、あの時から」
    「……は? あの時から?」
    「そうですよ。同じ大学なのは本当に偶然でしたけど」
    「お、お前っ……言えよそういうことは!」
    「っふふっ……先輩、やっと顔、上げてくれた」

     流石に遅いし、もちろん電車もないので俺の家の戻る。
     怒った顔の母親が玄関に居たが、先輩が帰れなくなってしまって俺が迎えに行った、そういうことにして、先輩も頭を下げていた。
     こんな非常識な時間に、本当に申し訳ございません、と。
     母親は、俺が初めて先輩とか学校関係の人を連れて帰ってきたので、少し喜んでいた。

    「お邪魔します」

     先輩を自分の部屋に案内すると、妙な空気感になる。仕方がない、ついさっき想いが通じたところなのだから。

    「……風呂入って、部屋着、着ます? 俺のだけど」
    「貸してくれるならありがたい。……申し訳ない」
    「風呂の前に少し食べます? 下からなんか飯持ってきますよ」
    「いや、何か飲み物だけでも……お金払うし」
    「先輩、多分母親が喜んで何か用意してるはずだから大丈夫っす」
    「……ありがたく頂戴します」
    「一個だけ、聞いて良いですか」
    「なに?」
    「6月の半ば頃、図書館の横の四阿に一緒に居た人……誰ですか」
    「……ん? ……誰……あ、クロウかな。玄野くろのって言うんだ。海に会った販売会で、同い年で同じ大学にいるって知ったんだ。学部違うからほとんど会わないけど。お前にサインした本に何首か出してるぞ」
    「……めっちゃ仲良さそうでしたけど。俺、あの時の2人が並んでる後ろ姿見て、勝手に失恋した気に……」
    「はやとちりだな。……あれはな、俺がまた詠み始めたんだって話してたんだよ。玄野は俺のスランプ知ってたから。なっちゃん本当に良かったなって話してたところだよ」
    「……なんだ……っ良かったぁ……」

     部屋で軽めの食事を食べ、先輩を風呂に案内する。

     ガチャ
    「……お風呂、ありがとう……」
    「……っす」

     ヤバいヤバいヤバい、先輩が俺の部屋で俺の部屋着で風呂上がりだ。

    「……なあ、海」
    「は、はいっ!」
    「……っぶふっ……緊張してんの? お前の部屋なのに?」
    「だってっ……先輩が俺の部屋にっ……俺の部屋着でっ……な、名前で呼んだっ……!」
    「まあ、漫画みたいなシチュエーションだな」
    「あ、あの……聞いて良いっすか」
    「ん? また聞くの? なに?」
    「俺の……どこが好きなんすか」
    「……聞きたい?」

     あー……先輩それはマズいってば。
     下から俺の顔、上目遣いで覗き込まないで。
     少し熱を孕んだ目で、小さな向日葵咲かせながら俺を見ないで。

    「……海、俺はね」


    ・・・-- ・----


    左手と
    右手を繋ぐ
    体温と
    同じ温度の愛は確かに


    ・・・-- ・----


    ・&


     俺は卒業し、書店に就職した。海との関係は変わらず続いている。海は、大学院に進学を決めた。週の大半を俺の家で過ごし、時間が合えば以前と変わらずイチゴなんかをやっている。

    「ねえ、納月さん、明日休みでしょ?夕飯の後、やろうよ」
    「なにを?」
    「え……? なにって、イチゴ……だけど?」
    「お前さ、俺たちもう2年近く恋人なんだよ? やろうだけ言われると、俺は“そっち”だと思うよ?」
    「……っ‼︎なっ……い、イチゴだからっ‼︎」
    「……っふはははっ……顔赤すぎ。あとで、両方⚫︎ ⚫︎、な」

     恋人になった納月さんは、柔らかくて、ふわふわしてて、どこか浮世離れしている。
     大学の頃に俺が見ていた、どこか穿うがってて、つんけんしていたのはどこにいってしまったのだろうか。
     俺をとことん甘やかし、俺はまんまとダメ人間にされている。

     短歌自体は色気というか艶が混じるようになったし、半同棲だからか、落ち着いた生活感のあるものも増えた。


    君に似た
    花の名前を
    調べたくなるような、
    そんな恋をしてます。

    (澡)

    ďźťäźźďź˝
    この街で
    キセキにも似た
    出逢いだね
    これから歩幅も
    似ていくんだね
    (納月)

    ďźťć­Šďź˝
    この人生みちは
    あなたとだから
    歩きたい
    いついつまでも
    手を取り合って
    (澡)

    [手]
    もう二度と
    この手を離さなければ良い
    いくつになっても
    繋いでいたい
    (納月)

    [繋]
    僕の上
    繋がる君の
    濡れている瞳と
    外には雨の匂いと
    (澡)

    [匂]
    朝方に
    パチパチ生み出す
    三日月が
    今夜の情事を
    匂わせている

    (納月)

    「えぇー……えっちだな、お前」
    「ほ、ほら、短歌は身を削って詠むから。納月さんのだって結構露骨じゃん」
    「お前が身を削るなよ。これは削りすぎだし俺は良いんだよ」
    「うーわぁ……短歌の師匠の真似してるだけなのになぁ」

    ピピピピ

    「……あ、シンさんからだよ」
    「なんですか?」
    「ほら、今度の販売会に出すやつ。出来上がったから、見本をうちに送ったよって」
    「うわー……俺、自分の書いたのが本になるなんて、感無量」
    「紙は良いぞ、やっぱり。手触りも、匂いも」
    「ですよね……届くの楽しみだな」
    「お互いどんなの書いたか知らないしな。読むのめっちゃ楽しみ。あ、表紙の写真きたぜ」



    【月と海のうた】


    ・- ・・-・ ---- ・・ 
    ・--・ ・・-・-


     今のところ、恋人って言葉になっちゃってるけど、俺にはやっぱりしっくりこないんだよな。
     もっともっと深くで繋がってる。ソウルメイト?……うーん。
     これから俺たちに合う言葉を、2人で探そうよ。
     まだまだ先は長い旅だから。
     そうだな、この旅路を歩くのに疲れた時は、一回立ち止まって。その場でお題でも探そうぜ。

     言葉がある限り。
     お前が隣にいる限り。
     イチゴを摘みあって、ゆっくり進んでいこうぜ。


    12432161157114452135042352519513


     うーわ、なっつ。


    fin.



    作中短歌・菫(自作)

    ※WEB短歌サークルの「歌クテル」で紫むらさき名義で活動していた時に参加させていただいた本に掲載した短歌を、作中に使用している可能性があります。
    権利等の確認をさせていただきたく思いますので、代表をされていたA.I.様、その他関係者の方がいらっしゃいましたらご一報いただけますと幸いです。



     
     
    ラーメンズ愛好家。 ブロマンス、ボーイズライフっぽいものなどを書きます。 人間、死ぬまでに一本は面白い話が書けるらしい。まずはペンを持つところから。

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