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私が看護師になった理由とばあちゃん

    最近、「人生を整える」とか「これからどうする」とか、
    そんなことをよく考えている。

    先日、新人さんに
    仕事終わりに 今日大丈夫だった?
    質問ある?って聞いたら、
    「○○さん、どうして看護師になったんですか?」
    と聞かれた。

    思わぬ質問だった。

    気づけば看護師になって25年以上。

    でも、
    始まりは、自分で決めたというより、ばあちゃんとの約束だった。


    看護師になりたかったわけじゃなかった

    私はもともと、看護師になりたかったわけじゃない。

    高校生の時、普通科に通っていて、
    将来何になりたいとか、
    どこに進みたいとか、
    何も決まっていなかった。

    ただ、ばあちゃん子で、ばあちゃんのことが大好きだった。

    そのばあちゃんが、私の将来をずっと心配してくれていた。


    ばあちゃんは肝臓が悪かった。
    出産の時の輸血で肝炎になったらしい。

    それが肝硬変になって、肝がんになって。
    今思えば、そういう流れだったんだと思う。

    私とは正反対で、すごく社交的な人だった。

    肝臓の病気は当時「なまけ病」なんて言われるくらい、安静が大事なのに、
    退院してはあちこち動いて、
    また再入院してを繰り返していた。


    高校の帰りにたこ焼きを買って、お見舞いに行く。

    ばあちゃんの病院食とたこ焼きを交換して食べる。

    本当は肝臓が悪くて、食事療法もあっただろう。
    ばあちゃんの病院食は、ちょっと味気ない日もあったけどおいしかった。
    私が買っていったたこ焼きを、おいしそうににこにこして食べるばあちゃん。

    その姿がうれしくて、
    ばあちゃんの役に立っている気がして、
    お見舞いはとにかく楽しかった。


    看護師さんに
    「お孫さん来てるのいいね~。ちゃんと給食食べてね」
    なんて釘を刺されて、
    「はいはい。アハハ……」
    とごまかしていたばあちゃん。

    そんなばあちゃんは、将来についてあんまり考えず、のほほんとしていた私のことが心配だったんだと思う。


    ばあちゃんとの約束

    そんなばあちゃんが、ある時こう言った。

    「お前が看護師になるんなら、注射してもらうまで絶対に生きてやる」

    今思えば、自分の予後を感じていたのかもしれない。

    でも当時の私は深く考えもせず、
    「じゃあ看護師でもいいか」
    くらいの気持ちで看護学校へ進むことを決めた。


    看護学校に入学した時、
    ばあちゃんはちょうど病院に入院していた。
    私はその病院の付属の看護学校に入学した。

    入学式の日。
    ばあちゃんは病棟を抜け出して見に来た。
    扉の横で、隠れたようにして嬉しそうにしていた。

    その時は恥ずかしくて、
    「もう、なんで来たの!!」
    なんて言ってしまったけど。

    その時の、にこっとした何とも嬉しそうな顔は今でも忘れられない。


    約束は果たされなかった

    でも結果、
    ばあちゃんとの約束は果たされなかった。

    ばあちゃんは約束を守らずに、去っていってしまった。
    私が注射できるようになるのを待たずに。


    看護学校に入学して、
    初めての学内実習でシーツ交換の演習をしていた時だった。

    急に先生に呼ばれて、
    今すぐ病院へ行くようにと言われた。

    徒歩10分ほどの病院までの道を、どうやって歩いたのか思い出せない。


    いつもばあちゃんがいる大部屋に駆け込んだ。
    でも、ベッドは空だった。

    自分の息だけがやたら、
    はぁ、はぁ、と響いていた。


    ふらふらしていたら、おじちゃんが私を見つけた。
    「こっち、こっち」
    と呼ばれた先は、ナースステーション横の部屋だった。


    そこにいたばあちゃんは、
    モニターや輸液ポンプ、
    たくさんの点滴、
    酸素、
    おしっこの管、
    いろんなものに囲まれていた。

    機械がピーピー鳴っていた。

    顔色が悪くて、
    表情もなくて、
    ただ眠っているようだった。


    「おー、きたか」
    という、いつもの声はなかった。


    ばあちゃんを見た瞬間、
    もう、いなくなる。

    そう思った。

    ドラマみたいに荷物をどさっと落としてしまったことだけ覚えている。


    その後、
    ばあちゃんが意識を取り戻すことはなく、
    次の日の朝方、亡くなった。


    救急外来で思い出すこと

    あれから25年以上が経った。
    ばあちゃんとの約束は果たされなかった。

    でも気づいたら、看護師になっていた。
    そして看護師を続けていた。


    ばあちゃんのために続けてきた、
    そう言い切れるほど単純ではない。

    でも、
    ばあちゃんがいなければ、私はここにいなかった。
    それだけは確かだと思う。


    その私は今、救急外来で働いている。

    患者さんが運ばれてきて、
    家族が後から呼ばれて到着する場面も多い。


    思ったより大丈夫で、
    ほっと安心する家族もいる。

    一方で、

    状況がうまく理解できず、
    ただ立ち尽くしている家族もいる。
    あの日の私みたいに。


    救急外来では、
    家族の対応より患者の対応が優先される。

    それは当然だし、
    看護師としてよく分かっているつもり。


    それでも私は、
    家族に少しでも声をかけたいと思う。

    患者さんに会ってもらえる状況なら、
    会ってもらえるように場を整えたいと思う。

    そして必ず声をかける。
    「びっくりしましたよね。来てくださってよかったです」


    毎回ばあちゃんのことを思い出すわけじゃない。

    でも、あの時のことがあるから、
    自分のことみたいに思うのかもしれない。


    新人の頃は、
    患者さんが亡くなりそうな時、
    駆けつけた家族が声をかけ続ける姿を見るだけで泣きそうになった。
    実際、泣いてしまうこともあった。


    今はそれはない。
    死に慣れてしまったのかもしれない。
    業務を淡々とこなしているだけに見えるなら、そうかもしれない。

    でも、
    心の中にキューッとなるものが今も毎回ある。


    それが何なのかは分からない。

    だけど、
    それがあるから、
    患者さんの立場に立つこと、
    家族の気持ちを思うことを忘れずにいたいと思うんじゃないかという気がする。


    そしてそれは、
    約束を守らずに行ってしまったばあちゃんの置き土産なのかもしれない。


    ばあちゃんへ
    ばあちゃん。
    私は今でも時々、迷うことがある。


    高校生の頃みたいに、
    自分がどこへ向かうのか分からなくなることがある。
    もういい年なのに、
    何をしたいのか自分でも分からなくなる日がある。


    そんな時、
    入学式の日、
    病棟を抜け出して嬉しそうに笑っていたばあちゃんの顔を思い出す。


    ばあちゃんがいたら、
    今の私に何て言うかな。


    「もういい大人なんやで、しっかりしろ」
    そう言われそうな気もするし、


    「まあ、ぼちぼちやれ」
    なんて笑っている気もする。


    約束は果たされなかった。
    それなのに気づけば、
    私は25年以上看護師を続けている。


    ばあちゃん。
    あなたの孫は、
    あなたの言葉がきっかけで看護師になりました。


    今では一日に何本も患者さんに注射をすることがあります。

    もし、ばあちゃんに注射をすることができていたら、
    「痛いさ。もうちょっと上手に注射できんのか」
    って笑われる気がする。


    ばあちゃんのおかげで、
    看護師になろうと思った時のことを何度も思い出せる。
    初心忘れるべからず。
    ありがとね。
    ばあちゃん。


    今日も読んでいただきありがとうございました。

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    アラフィフ看護師、人生整え中。夜勤ありの毎日で気力も体力も揺らぎながら、副業・AI・働き方をゆるゆる模索中。失敗も遠回りも、そのまま書いています。同じように道を模索しているあなたと、一緒に整えていきたいです。

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