
同じような記事が増えても「大丈夫、毎日書ける」
「むみもの毎日がゆるい吉日」129日目
日常の行動範囲がそこまで広いわけではなく、生活パターンもある程度決まっているので、そう度々驚くような変化が訪れるわけではありません。
noteを書くことがそれなりに習慣化したので、「何を書いていいかわからない」と立ち止まることは少なくなりました。ただ、似たような視点からの記事が続き始めているのが現状。
毎日投稿を通じて「私の引き出しはこのくらいか」と改めて自覚することにもなりました。
まさかとは思うけれど、同じ話を書いていないよね。
趣味探しから始まったnote投稿なので、好きなことにまつわる話が続くのはよいとして、同じ出来事を繰り返していないか、これが気になってきたのです。
旧友と会うと、いつも同じ思い出話で盛り上がる。
帰省すると、いつもの昔話を聞くことになる。
そういう感じで、noteでも同じ話を繰り返し始そめているのではないか。書いたかどうかも把握できなくなってるのではないか。
同じ話を繰り返す背景には、心理的要素と老化などがあるようです。
心理面では、承認欲求の強さや、コミュニケーション不全。老化は、記憶能力の低下、不安による確認動作。
そうなのかな。確かに友だち少ないし、おばあちゃん化も進んでいる。
もしくは単純に、行動範囲が限られて、目新しい出来事がないから、同じところで足踏みしている感じ。
こちらが近い気がしますが、あとは、毎日投稿の全体像をイメージしていないから、ということでしょうか。
計画性がなく、今日書けそうなことをとりあえず書くという流れが、そもそもの原因。毎日投稿が最優先で、それ自体が書く目的になっているから。
まずは毎日書く。
始めたころは、書く事がないと困ることが多かった。
次は、話題の少なさに悩む。
そして、同じ話を繰り返していないかが気になる。
今はこの辺りにいるのだと思います。あまり考えすぎると、毎日投稿が怪しくなってきます。
①似たような話題、これはオッケー。
②同じ話、これはアウト。
ひとまずは、そんな線引をして、書き続けることを当面の目的にするつもりです。
【①似たような話】
旧友と同じ話を繰り返すのは、その話を通して時間を超え、いつでも変わらない関係を確かめているから。同じ話の先には、これからも続くつながりがあるのです。
同じようなnote記事が続くのは、その話題が好きだからと考えれば、自分の世界がよりはっきりしてきます。
承認欲求と言われても、強弱の違いはあれど、それは誰もが持っているもの。コミュニケーションは、時と場合に応じたものであればいい。
それよりも、毎日書くことが自分にとって意味があればいい。人には同じ話に聞こえても、自分なりに進歩が感じられるならば、それは繰り返しではありません。
【②同じ話】
帰省先で同じ話を繰り返し聞く、これは特に心に残る場面が脳内に刻まれているから。安定した記憶を安心して話すことができる、ということでしょうか。
毎日投稿で考えるならば停滞になるので、これには気をつけていかなければなりません。同じ話かどうか分からなくなるのは、単なる整理不足によるもの。
記憶力だけに頼って、投稿記事を把握するのは難しい。私としては100記事でも限界。自分の傾向を知り、分類する。そういうことも意識していこうと思います。
令和8年2月14日