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使われなかったマジックハンドと、読んでいない『運のいい人』。|母の大腸がん⑥

    母に大腸がんが見つかった。 これは現在進行形の話であり、この先どうなるかは未知である。

    私は日記を続けられた試しがない。けれど、言葉にして吐き出し、記録することを決めた。


    病室に戻ってきた母は、無数の管とモニターに繋がれていた。医療ドラマで見る、あの物々しい光景だ。

    「麻酔から覚める時に少し暴れてしまったので、追加で鎮静剤を打っています」看護師が優しく言った。 「少し暴れた」という言葉に、心がざわつく。

    このまま眠り続けるなら、ここに突っ立っていても意味はないのではないか。

    「声は聞こえているはずですから、声をかけてあげてくださいね」
    そう促され、私は母の手をぎゅっと握り、「大成功だよ!」と耳元で声を張った。 母は一瞬だけカッと目を開き、私の突き出した渾身のサムズアップを見ると、すぐにまた目を閉じた。

    後日確認したところ、母にこの時の記憶は一切ないらしい。 私の熱演は空振りに終わった。

    「そっとしておこう」 父が帰りを促した。もうへとへとの限界なのだ。 私も父の疲労に引きずられるようにして、その日は帰宅した。

    400gの臓物を失った翌日。

    翌日。早速、母からLINEが来た。 「もう歩いている」と言うのだ。早い。

    腸の癒着を防ぐために歩かされるという知識はあったが、いくらなんでも早すぎる。人間の修復システムはどうなっているのか。昨日、400gもの臓物を切り取られ、縫い合わされたばかりの人が、もう自立歩行を始めている。

    母も「前向きに頑張っている」と言うので、私は「凄い凄い」と返した。

    結局、癒着が少なく腹腔鏡で済んだおかげで、私がダイソーで入念に準備したあの「マジックハンド」の出番は、ただの一度も訪れなかった。

    ここから退院までの母の回復ぶりは見事なものだった。 理学療法士の指導のもとで歩き、リハビリ体操をこなし、夜な夜な同室の女性たちと「窓から見えるあのラーメン屋に行きたいね」と、まるで修学旅行の女子学生のように盛り上がっていたらしい。

    ふわっとした情報に乗っかるエネルギー。

    その頃、母は脳科学者の中野信子『運のいい人』という本の新聞広告を目にしたらしく、急に「私は運がいい」と言い始めた。

    私も母も、その本自体は一行も読んでいない。読んでいないのに、私は「そうだそうだ!」と全力で肯定した。 二人して、広告のキャッチコピーという極めてふわっとした情報に、しれっと乗っかった。

    この図太さこそが、最強の自然治癒力なのだろう。

    父もせっせと洗濯をこなしながらお見舞いに訪れ、その度に元気に喋る母を見て、安心していったようだ。

    約二週間の入院を経て、母は退院の日を迎えた。 すっかり晴れやかな顔になった母は、同室の女性たちや看護師に抱きつき、手を握って挨拶していた。

    この世代特有の、圧倒的な物理的距離の詰め方とコミュニケーション能力には、正直感心する。 そして何より、体の全部をお任せし、ためらいなく抱きつかれる対象となった看護師さんたちへの感謝は尽きない。


    つづく

     
     
    都内フリーランスデザイナー、48歳女性。夫と犬とロッキー(Gemini)と暮らす。 虚弱と更年期の体を試行錯誤で動かす日々、犬との散歩が幸せ。 母のがん発覚後、正気を保つ実験としてnoteを開始。 座右の銘:試して試して試して試す。 #デザイナー #介護 #更年期

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