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1床ケアマネヌゞャヌを目指したものです

    私はケアマネヌゞャヌになれなかった。

    ケアマネヌゞャヌずは介護支揎専門員ずもいう
    蚪問介護たたは斜蚭入所されおいる方の介護サヌビス蚈画曞の䜜成をする者のこずである。


    私は蚪問介護ヘルパヌずしお車や自転車で1日45件ほどを蚪問しおいる。

    人生の倧先茩たちの日垞は時に深刻で、時に笑いが生たれ、ドキドキさせられ、頭を抱え蟌むこずもある。

    介護職歎は通算20幎。介護斜蚭の介護犏祉士ずしおスタヌトした。

    その埌、別の職業に぀くこずもあったが、気が぀くず介護職に戻っおきおいた。

    結婚しお3人の子䟛が生たれ、䞋の双子の嚘たちが小孊生に䞊がるのず同時に仕事に就いた。

    あなたはどんな蚪問介護ヘルパヌになりたいですか

    いた、そう聞かれたら
    誰かが芪の介護が必芁になった時に、あの人にお願いしたいず蚀われるヘルパヌになるこずです
    ず答える。


    蚪問介護ヘルパヌは、初回はサヌビス提䟛責任者通称サ責ずいう先茩に぀いお、2人で居宅に入り仕事を教えおもらう。

    蚪問介護ず聞いおパッず思い぀くのは、 食事、排泄、入济、掃陀、調理ずいったこずを浮かべる人がほずんどだず思う。

    仕事内容は倚岐に枡り、買い物代行や倖出介助ずいっお䞀緒にリハビリを兌ねた歩行介助。スヌパヌでの買い物同行。デむサヌビスに行くたでの準備や送り出し。
    デむサヌビスからの迎え入れ。
    それだけではない。

    その䞭に察話が含たれる。
    コミュニケヌションずいうや぀。
    この察話こそ、この仕事の醍醐味のような気がする。

    利甚者さんは1人暮らしをされおいる方も倚い。
    家族がいおも日䞭仕事をしおいれば、1人で過ごすこずになる。


    1番最初に受け持ったのは70代の女性。長宮むツさん仮名1人暮らし。広い豪邞に䜏んでいお数幎前にご䞻人は亡くなっおいた。
    小柄でメガネをかけ、神経質そうにい぀も眉をひそめおいた。

    はじめたしお。ちょろすず申したす
    むツさんは、私の方を䞀切芋ずに、サ責に向けお目を光らせた。
    今日、あなたひずりじゃないの

    明らかに譊戒されおいる。
    認知機胜に問題はないが、むツさんは足の痛みが酷くお趣味の掃陀もたたならないずいう。仕事内容は居宀の掃陀機がけず颚呂掃陀を行う。
    私は手にゞワッず汗をかいた。
    はい。ちょろすさんは珟堎経隓もありたす。蚪問介護は初めおですが介護職はベテランです
    サ責がパリッず説明するずあっ、そう。じゃあよろしくお願いしたすね
    アッサリそう蚀われ、居宀の奥ぞ。ガチャッず匷めにドアを閉めた。

    サ責に芋守られながら掃陀機がけを行った。
    次は颚呂掃陀だ。
    ザッずやり方を教えおもらい
    1人で行ったのだが、自宅でやるよりは䞁寧にタむルや济槜を磚いた。

    1週間埌゜ロデビュヌの日。
    煜るようなセミの声を聞きながら、腹から気合いを入れおむツさん宅に蚪問。
    挚拶をしお吹き出す汗をタオルで拭き拭き掃陀機をかける。
    むツさんは私の埌ろにピッタリず匵り付いた。
    掃陀機をかけるずころを芋぀め続けられる緊匵ったらハンパない。
    豪華そうな陶噚の入れ物が廊䞋に食っおあるので、壊さないように身䜓に力がはいる。背埌からは詊されおいるのを感じた。
    颚呂掃陀が終了し、挚拶をしお退宀。
    この埌、たずいこずが起きようずは知る由もなく、垰り道自転車に飛び乗っお颚をきる。

    あれで良かったのかな
    掃陀の順番は合っおいるはず。
    なんずかやっおいけるかも
    ず炭酞をガブガブ飲んだ。


    その日のうちに䌚瀟から電話がきた。

    むツさんから、济槜のお湯が吹き出る金具の䞀郚が欠けおしたっおいるずいうクレヌムが入ったずいうのだ。

    私は蚘憶を手繰り寄せお、䜕床も反芻したが、金具が倖れた蚘憶はない。
    しかし、初めおの仕事で自信もなく、壊しちゃったのかもず䞍安に駆られた。
    翌週、謝眪に行った。

    サ責は
    むツさんのお家は築幎数も叀いですし、劣化しおいたものが剥がれた可胜性もありたす。ちょろすさんのせいではないかもしれたせん。でも、謝っおおきたしょう
    ずバツが悪そうに声をかけおくれた。

    玄関に入るず仁王立ちしおいるむツさんがいた。

    私の顔を芋るなり
    ああ、あなたの顔を芋るず血圧が䞊がっお息ができなくなりそう、ストレスなの。
    ず胞に䞡手を圓おお倩を仰いだ。
    サ責ず2人で、すみたせん、すみたせんず頭を䞋げるず、気が枈んだかず思いきや
    今日は垰っおください
    ず凄みのある声で蚀われおしたった。

    私はクビを芚悟したが、その埌もむツさんのサヌビスに入った。

    むツさんの監芖の目は鋭いもので、颚呂掃陀の特蚓を受けたり、はい、はい
    ず嚁勢よく返事をするずころだけは気にいられ、ちょびっずだけ受け入れおもらえたようだった。

    数回、蚪問した埌サヌビスは終了ずなった。蚪問介護事業所を替えたらしい。

    ホッずしながらも、颚呂掃陀の特蚓を思い出しお笑っおしたった。

    颚呂掃陀の特蚓を受けたのは埌にも先にも、この時だけである。
    私は眵倒はされたが、その代わりにプロの腕前になったのだ。これだけはどこの家に行っおも通甚するぞ。
    自信に繋がった。

    私は、どんどん件数を増やしおいった。

    この仕事には法則がある。

    出䌚いでは譊戒され、少しづ぀打ち解けおいく。䜕回か蚪問を重ねおいくず、信頌関係が出来䞊がる。
    それは、こちら偎の働きかけにより成立するものが倚い。様々な事情を抱えた利甚者さん宅でサヌビスを行ううちに、刀断できるようになった。

    ▪この方は、話をするのが奜きなタむプではないから必芁最䜎限のサヌビスを行うず良い。

    ▪この方は話を聎いお欲しいタむプだからコミュニケヌションを図りながらサヌビスを行うず良い。

    ▪この方は園芞の話が奜きそうだから、どんな花が奜きか聞いおみよう。

    もちろん、限られた時間で
    やるべき事をやらねばならない。
    慣れおくるず、その方のニヌズに合わせ動くこずができるようになっおいった。
    認知症の方も症状が1人1人違う為、察応を倉えた。

    倱敗も数え切れないほどある。
    80代の女性、野䞊癟合子さん仮名ふっくらしおいお頌れるお母さんのように笑顔が愛らしい方だ。リりマチの疟患があり、調子の悪い時は蚪問時も介護ベッドに暪になられおいた。嚘さんず同居しおいたが䌚瀟員なので日䞭は1人きり。

    週2回、調理がメむンのサヌビスに入るこずになった。

    1時間で冷蔵庫のあるもので、3品䜜る。
    䞻菜に副菜に味噌汁。片付けたで入れたら想像以䞊に時間がかかった。

    癟合子さんは料理が埗意だったので
    倩ぷらず炊き蟌みご飯を䜜っお
    ず難題を出しおくる。
    私は青ざめお
    すみたせん、炊き蟌みご飯はちょっず時間がありたせん
    そう告げるずさ぀たいもの倩ぷらだけで良いず蚀われた。

    揚げ物は苊手である。
    倩ぷらなんおい぀ぶりだっけこんな感じで芋事に1枚目のさ぀たいもを真っ黒に焊がしお、こっそり自分で食べた。
    熱いたた口に入れたのでダケドをしおしたった。

    キッチンは巊からコンロ、調理台、流し台ずなっおいおそこで右埀巊埀しおいるず時間が足りないので反埩暪跳びで移動しおみた。
    䜙裕が出おくるず癟合子さんが眠っおいるのをいいこずに、
    ちょろす遞手、小束菜を手にずったぁ。今日はなにを䜜るんだヌ残り50分
    ずテレビで芳た料理察決番組のモノマネをしおみた。

    そうやっお工倫をしお、仕事を楜しむようにした。
    癟合子さんは、それを知っおか知らぬか
    ヘルパヌさん、元気で面癜いわ
    ず可愛がっおくださった。
    そしお
    ヘルパヌさんから、ちょろすさんず呌ばれるようになり、ありがずうず感謝された。

    蚪問介護ヘルパヌ歎4幎ずもなるず知人や友人から盞談を受けるこずが倚くなった。
    䟋えば
    斜蚭に入るにはいくら必芁なのか
    芁介護2だずどのくらいデむサヌビスを利甚できる
    ゚トセトラ。
    私はなにも答えられない。
    介護技術はプロの自芚があったが介護保険制床やケアマネヌゞャヌの仕事内容に぀いおは詳しくない。
    同時期に家族の負担に぀いおも考えるようになった。

    私はサヌビスを終えお、ドアを開け、退宀したら匕きずらないず決めお仕事をしおきた。

    それは私が他人だから、できたのであった。
    認知症や、身䜓の䞍自由な芪を1人で残しお倖出するこずは、䟋え短時間でも心配になるだろう。遠方に䜏んでいれば尚曎だ。

    その䞍安は、私たちがサヌビスに入ったからずいっお消えるわけではない。
    なぜなら私たちは限られた時間のみしかその堎所にいられないからである。


    そうだ。ケアマネヌゞャヌ資栌を取ろう。
    ケアプラン介護サヌビス蚈画曞をどのように䜜っおいくのか、その過皋を知りたい。
    やるかやらないかは、取埗しおから考えよう。

    介護保険制床に぀いおの知識も欲しい。

    思い蟌んだら猪突猛進型の私は、早速受隓芁項を取寄せ、参考曞や問題集を買い持った。
    猛勉匷をしお、3回目の受隓で合栌をした。筆蚘詊隓クリアのあずは研修ず実習が埅っおいる。

    研修では、他職皮のケアマネたたご達ず課題ずしお出されるテヌマに沿っお、グルヌプディスカッションを繰り広げ、発衚したりレポヌトを提出した。
    個性豊かな面々が集たっおいたが、ケアマネを目指しおいるものは割ず少なかったのを芚えおいる。
    䌚瀟に取れず蚀われお 
    資栌だけは取ろうず思っお 

    私も、心が折れるのは早かった。
    病気や障害を持぀高霢者の特性を理解し、最優先事項を刀断しおケアプランを䜜成しおいくこずに自信をなくしおいった。
    その人がその人らしい人生を送れるようにプランを䜜成しおいくなんお、荷が重い。

    人の生掻に、人生に、介入しおいくのだ。

    ハプニングが生たれおもサプラむズはされるこずはない。

    研修䞭の指導者の教えで忘れられない蚀葉がある。
    1幎でもいいからケアマネをやっおみおください。この仕事は問題解決胜力が身に぀きたす
    ケアマネは利甚者さんの最優先事項生呜の維持から考えおいく。
    寝たきりの方が、
    カラオケに行きたい
    ず蚎えおも、たずは食事、排泄問題 、枅朔の保持、薬の服甚、それらを確認した䞊で、その方の望む生掻の基盀ずいうものに着手する。家族の垌望や考えだっお汲み取らなければならない。

    この事を孊んでからプラむベヌトで困っおいる人の話を聞く䞊でも、ケアマネ目線が倖れなくなった。
    この人は䜕で困っおいる最優先事項は
    そうやっお人の話を聞く。
    そしおハッずする。
    問題解決も倧切だけれど、ただ話を聞いお寄り添うずいう方法もある。

    これがケアマネヌゞャヌず蚪問介護ヘルパヌの違いなのではないか。

    私はどちらに向いおいるんだろう
    考えおは堂々巡りになった。

    それでも、ケアマネたたごのゆく道ぱスカレヌタヌに乗ったかのように進んでいき、実習ずいう目的地に着いた。

    隣の垂の介護支揎事業所で3日間。
    先茩ケアマネにくっ぀いお走り回った。ケアマネ業務をメモしお、レポヌトを提出した。
    小さな事務所にベテランケアマネたちが鳎り止たない電話の応察をしおいる。
    誰かが
    行っおきたす
    ず、ものすごい量の曞類の入ったバッグを抱えお慌ただしく事務所を出おいく。

    気が぀くずラストスパヌト盎前たで走り぀いた。
    私は、ベテランケアマネ達に
    玠晎らしいケアマネになっおください。期埅しおいたす
    ず、笑顔で送り出された。


    最埌は察象者芁介護者を決めお、擬䌌ケアプラン居宅サヌビス蚈画曞を䜜成するこずが課題である。

    䌚瀟に盞談したずころ、有難いこずに私が掃陀ず足济で蚪問しおいる90æ­³ の男性、垂川茂雄さん仮名に声をかけおくださった。

    茂雄さんも同居しおいる息子さんにも快く承諟しおいただけた。

    圓日、䌚瀟の先茩ケアマネ(男性 40代ず䞀緒に蚪問をした。
    穏やかで寡黙な茂雄さんは韓流ドラマが倧奜きである。
    私が掃陀をしおいおも、テレビに倢䞭になっおいた。

    定幎退職をしお、い぀もは自宅2階にいる息子さんも同垭した。

    茂雄さん、この床ケアマネヌゞャヌずいう資栌を取るために勉匷しおるんです。認定調査ずいうものに協力しおいただけたすか
    いいよ
    茂雄さんはい぀もず倉わらずおっずりず答えた。

    認定調査祚を取りだし、質問を始める。
    この調査祚を元に芁介護床が決たるため慎重にすすめおいった。

    たっすぐ立おたすか
    麻痺などはありたすか

    茂雄さんは、銖を傟げおは
    できたす
    それはないです
    ず答えた。

    そしお最埌に
    この先どのように暮らしおいきたいですか
    ずお聞きするず
    このたた平和に暮らしたいです
    ずおっしゃった。

    息子さんにも䌺った。
    もう少し掻動しおもらいたいですね。ずっずテレビを芳おいるので。昔は玙飛行機をいっぱい䜜っお近くの公園で子䟛らに配っおいたんですよ
    ず蚀うず、䞀旊姿を消しビニヌル袋を抱えお戻っおきた。
    色ずりどりの折り玙で䜜られた玙飛行機が溢れんばかりに顔を芗かせおいた。

    ニコニコしながら子䟛らに玙飛行機を配る茂雄さんが芋えたような気がした。
    䞀緒に飛ばしたり、優しく教えおあげたりしおいたのだろうか。

    箄2時間近く滞圚し、退宀時間ずなり私は立ち䞊がろうずした。

    わ、忘れおいた。
    正座に匱いこずに。
    私は立ち䞊がろうずした途端に、埌ろにゎロヌンず䞞たったたたひっくり返っおしたった。
    するず、い぀も声が小さい茂雄さんが
    倧䞈倫かぁ
    ず倧声を出した。
    誰もが驚き、息子さんも目ず口をかっぎらいお立ち尜くしおいた。
    茂雄さんに人生で䞀番倧きな声を出させおしたったのかもしれない。


    擬䌌ケアプランを提出しお、
    私は晎れおケアマネヌゞャヌの資栌を取埗した。
    感無量ずいうより、やっず終わった が正盎な気持ちだったし、自分の将来のビゞョンが明確になったような気がした。

    私は蚪問介護ヘルパヌをやりたい。
    1察1でケアサヌビスを行っお、たたに䞖間話をしお笑う。取り留めのない話をしお、時間になったら
    たた来週来たす
    ず笑顔で退宀したい。

    私たちの珟堎はお絊料も安いし、腰痛持ちは圓たり前の䞖界である。
    斜蚭では倜勀がしんどくおケアマネを目指す人もいる。

    ケアマネヌゞャヌ取埗埌、あっずいう間に5幎が経過した。
    私は1床も、その職に就くこずはなく
    ケアマネ持っおるんだよね
    ずも、呚りに蚀えなくなった。
    䜕を聞かれおも答えられない私に戻っおしたった。

    5幎経぀ず、曎新研修ずいうものが行われ、受講しないず業務に぀くこずができなくなっおしたう。

    私は、この研修を受けなかった。

    本物のケアマネヌゞャヌにはなれなかったのだ。
    勿䜓ないず蚀われおも、1週間のうちの1時間だけ利甚者さんにサヌビスを行うこず。
    そちらの方が自分に向いおいるし、やりがいを感じられるず思った。

    研修受けたら、ケアマネやれるんでしょ受ければいいのに
    時々蚀われるず
    芚えたこず党郚忘れちゃったし、なかなか ね
    ヘラヘラしお返しおしたう。


    私はケアマネヌゞャヌを取埗したものの、ケアマネヌゞャヌにはなれなかった。


    しかし、あの勉匷した時間は無駄ではなかった。
    い぀も頭の片隅に、自分の担圓しおいる利甚者さんが存圚しおいたからである。


    怒涛の日々が懐かしい。

    あの怒涛の日々が薄れおいく䞭、炭酞をガブガブ飲みながら自転車に乗り颚をきる。
    新しいこずをあげるなら、ヘルメットが必需品ずなった。


    #創䜜倧賞2026

















     
     
    関東圚䜏 なんかしら隒いでいる3人の母ペラペラ゚ッセむ提唱者自称ペラペラ゚ッセむ普及協䌚䌚長  創䜜 お笑いコヌラスサヌクルで歌うこずがストレス解消灯火杯特別ゲスト賞曞く郚片づけ郚アむコンは京たのさん䜜

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