
兄の介護をやめた日
ある女性が、兄の介護をやめた日。
それは、自分の人生を歩み始めた日だった。
還暦を前に夫に先立たれたAさんは、静かな老後を過ごそうと故郷に戻ってきた。ところが、その穏やかな暮らしは帰郷して間もなく一変する。
兄の介護を担うことになったのだ。
兄には脳出血の後遺症があった。
「妻には頼れない」と言い、妹のいる実家に転がり込んだ。
Aさんは毎月私の外来を訪れていた。
来るたびに疲れ切った表情を見せ、不安や兄に対する愚痴をこぼした。
「もう疲れた」
「少し家を空けただけで怒られる」
「夜中に何度も起こされる」
現実的な解決策として、ヘルパーの利用を提案したが、兄は「一切そういうところの面倒にはならない」と強く拒んだ。Aさんが少し家を空けると「どこに行っていたんだ!」と責められる。
複雑な家庭環境の中で育ってきた背景があり、兄は昔から支配的に接してきた。外来ではAさんの不安や不満を傾聴する日々が続いた。
そうした状況が何年か続いたある日、Aさんから思いもよらない報告を受ける。
「先生、私、余命半年の末期がんって。」
私は言葉を失った。
その少し前から体調がすぐれない日が続いており、精査を勧めていた矢先のことだった。疲弊しきっていたAさんに追い打ちをかけるような現実だった。
すると、次に彼女の口から出た言葉は、私の予想とはまったく違うものだった。
「もう兄の介護のことは考えません。これからは自分のために生きます」
あれほど同じ不安を繰り返し口にし、身動きが取れない状況を嘆いていた彼女から出てきた言葉とは思えなかった。
「兄への恨みつらみは消えました」
次にその言葉を聞いた時、彼女の決意は揺るぎないのだと感じた。
余命半年の告知を受けてから、わずか数週でのことだった。
短い期間で彼女を決断させたものは何だったのだろうか。今でも時折、そのことについて考える。死に直面し、逃げずに向き合った人にしかわからないのかもしれない。
「自分のために生きます」
その言葉どおり、彼女は実家を出て、ホスピスへの入所を決めた。
兄が人の手を拒んだのに対し、彼女は人の手を借りる道を選んだ。残された財産も時間も、すべて自分自身のために使った。
「先生、私、後悔はしていませんから」
彼女の決意は揺るぎなかった。外来に来るたびに力強い言葉を残してくれる。どちらが励まされているのか分からないくらいだった。
以前のように愚痴をこぼすことはなくなり、自分がどう生きたいかを語るようになった。以前のAさんとは、まるで別人だった。ホスピスで自分の時間を過ごすにつれ、外来に来る頻度も減っていった。
そんな日々が続き数ヶ月が経ったある日、突然Aさんが泣きながら外来を訪れた。
「先生、私どうしたらいいんだろう」
Aさんは明らかに取り乱し、混乱していた。
大好きだったニュースキャスターの訃報を聞いたことが原因だった。
彼女のその様子を見て、元のAさんに戻ってしまった、とは少しも思わなかった。誰しもが経験する、死を前にした恐怖が、少し遅れて彼女に襲ってきたのだ。彼女の横にはホスピスの職員が寄り添っている。
一晩病院で過ごしてもらうことも考えたが、話し合った末、Aさんが自分らしく過ごせる場所へと戻ることになった。
「彼女とこうして話すのは最後になるかもしれない」そんな予感がした。
その日、彼女はホスピスへ戻った。
亡くなる2週間前のことだった。
私の手元には、一枚の新聞記事がある。それは、ある日の外来でAさんが私に手渡してくれたもの。
彼女がホスピスで過ごした最後のクリスマスを紹介する記事だった。
「最後のクリスマスだと思うけど、悲しくない、楽しい」
新聞の写真には、これまでに見たことがないような穏やかで晴れやかな笑顔で犬と触れ合う様子が写っている。犬や猫が好きだった彼女らしい一枚だった。
それを最初に見た時、そこには私の知らない彼女が写っているように感じられた。あの日以来、本当に自分の人生を歩み始め、私の知らない場所へと歩いていったのだろう。私の前で見せていた表情は、「自分のために生きる」という今にも揺らぎそうな決意を固めようとしていたのかもしれない。
「自分のために生きます」
私の記憶の中に残る彼女は、決意に満ちたあの日の表情と、写真に映る穏やかな笑顔のままだ。