
[エッセイ]殺してしまった
安心してください。人間ではありません。
虫です。
百本の足を持つあいつです。もう名前を出すのも怖いあいつです。
これから、虫の話が続くので注意。
苦手な人は、他のエッセイや小説を見てください。
これは私の闘いの記録である。
とある日の午前中、私はいつも通りパソコンに向かっていた。現状、趣味である小説を書いたり、大学の課題を進めたりしていた。
作業に集中していると、黒く細長いものが私の視界に入る。
それがやつである。
しかも、約三寸というビックサイズ!
それを見た時の、私の心は恐怖の一色であった。
こちらの方が何十倍も大きいはずなのに。
私はすぐ、ファインディングポーズを取った。右手にスリッパを構え、姿勢を低くした。(私が野生に戻った瞬間である)
そして、抜き足差し足でやつに近づき、叩いた。
ただ、ここで私はミスをしてしまった。手心を加えてしまったのだ。いや、虫を退治するのが、久しぶりで手加減を見誤ったのだ。
それに、やつは頑丈だった。
私の攻撃でやつは、暴れまわり、あっという間に棚の下に隠れてしまった。
全然、怯んではなく、素早い動きだった。
(……こやつ、やりおる)
と私は思った。
すぐにやつを探そうと私は、棚を移動させた。
いない。
さらに隣の棚を移動させる。
そこにもいない。
近くにあるトートバッグなどを裏返す。
いない。
えーっと、今の闘いは幻? 私は、幻覚を見ていた?
もうパニックである。
そこから、いくら探してもやつは見つからなかった。
私は忘れることにした。
それしかなかった。それに、午後は大学へ行かなくてはならない。
この我が家、いや戦場を離脱しなければならなかった。
そうして、私は家を出た。
大学で授業を受け、しばらく勉強してから帰宅。
慎重に部屋の扉をあけ、見渡す。
いない。
むしろ、いてくれた方が安心するまでもあった。
結局ドキドキしながら、私は生活を送ることになった。
これが、ロマンチックならどれほど良かったか。まだ見ぬ素敵な恋人が現れるのを、今か今かと待つのはやぶさかではない。
だが、現実はいつ襲ってくるか分からない虫が現れるか、ドキドキしながら待っているだけ。
うーん。現実は厳しい。
夜。私は部屋を暗くして映画を見ていた。
「マトリックス」だ。見たかった名作。
ウイスキーの水割りを飲みながら、私は優雅に映画を楽しんでいた。
ただ、その時、床を移動するやつが視界に入った。
スピードがそこそこあった。
(あやつ、また隠れる気だっ)
私は思った。
私はなんとか、フローリングワイパーを手に取り、やつを押さえた。そして、フローリングワイパーに3kgのダンベルを乗せて軽く固定。
かなり気持ちが悪い。ただ、私にはこれくらいしか出来なかったのだ。
さぁ、ここからどうする?
まだやつは生きている。
私は文明の利器に頼ることにした。そう、ネットである。必死に対処法を検索すると、まぁ、ゴロゴロと先人の知恵が出てきた。
まず、出てきたのは殺虫スプレーの使用。これは却下だ。
残念ながら家に殺虫スプレーを置いていないのだ。このまま家を飛び出して買いに行くわけにはいかない。
次に出てきたのは、熱湯の使用。
どうやら、やつはアツアツに弱いらしい。これは実現可能だが、却下だ。
電気ポットで湯を沸かし、借間のフローリングにこぼすのはさすがに気が引けた。
だが、意外な弱点を知れた。
これは、私とやつの共通点かもしれない。
私もアツアツな男女を見ると、虫のようにそそくさと逃げるからね。
結局、画期的な退治方法はなかった。
なので、私が選んだ選択肢は力強くスリッパで叩くことだった。
意を決して、思いっきり何度も叩く。
……そして、やつは動かなくなった。
動悸。息切れ。頭が上手く回らない。
そんな中、私はなんとか、ガムテープを使ってやつを処理する。
後処理が終わって、どかっと椅子に座る。
体温が上がり、喉が渇いて、飲み物に手が伸びる。
私は、水を飲みながら考える。
(人を殺したみたいだな)
と。もちろん、そんな経験はないのだけど、息切れや動悸、喉の渇き、この辺りが妙にリアルだと感じたのだ。
以上で、私の戦いは終わる。
やつが一枚上手だったが、最後には私が勝利を収めた。
それに、ミステリィのリアルさが学んだ。私はタダでは転ばないぞ。