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【第4話・最終回】何がわからないかもわからない。未経験者が一つずつ身につけた病院経営の話 ④

    喧嘩の日々と、波のように壊していく父

    Mさんと穏やかにおしゃべりを楽しめる日もあれば、院長である父と大喧嘩をして、事務長室のドアをバタンと激しく閉めて怒りをぶつけるような日もありました。私の父は、本当にわがままで子供っぽく、私が現場のためにせっかく苦労して準備した仕組みや書類を、まるで寄せる波のように一瞬でめちゃくちゃに壊してしまうような人でもありました。そのたびに私は頭を抱え、怒り、ぶつかり合いました。けれど、そんな激しいやり取りさえも、今振り返れば本当に愛おしく、幸せな父との時間だったとしみじみ思います。もし、あの時に父からのSOSがなくて、私がこの病院に関わることがなければ、私はきっと、かつて家を追い出された時のまま、父とずっと疎遠のままで別れることになっていたでしょう。こんなにもお互いの感情をぶつけ合い、濃密な時間を共に過ごすことができたこと。それ自体が、私にとって本当に幸せなことでした。父のおかげで、私は人生のなかで本当にたくさんの、普通ではできない経験をさせてもらうことができました。今はただ、父への感謝の気持ちでいっぱいです。

    突然訪れた、ユニークな人との別れ

    あのカオスのような日々を共に乗り越え、数年が経ったある日のことでした。父が自宅で転んで頭を打ってしまったのです。翌朝、急に言葉が出なくなってしまった父は、すぐに救急病院へと搬送されました。そして、3ヶ月の入院生活を経て、父はそのまま静かに旅立っていきました。父親を亡くしたという事実は、確かにとても寂しく、悲しいものでした。けれどそれ以上に、私の心に去来したのは「私の人生の中で、あんなにユニークで、あんなに憎めない人とは、もう二度と出会うことはないだろうな」という、強烈な愛おしさと残念な気持ちでした。

    「守らなければ」という思いが、すっと抜けた瞬間

    父を無事に送り出した後、病院の経営はなんとか維持できていました。しかし、医療の専門家ではない私の力では、これ以上この病院を良くしていくことは難しい、という限界も感じ始めていました。そもそも私がこの伏魔殿に飛び込んだのは、あの家に一人残してきてしまった「弟のため」であり、弟を守り抜くためでした。父の主な遺産が病院の不動産や貸付金だったこともあり、私たちきょうだいの間で遺産相続を進めるにあたって、病院を手放す(売却する)という選択肢が現実味を帯びてきました。私はずっと、弟に幸せになってほしい一心で病院を守ってきました。彼が悲しい思いをしたり、傷ついたりしないようにと、先回りをして彼の幸せを願い全てのトラブルを防いできたつもりでした。けれど、この大きな人生の岐路に立ったとき、ふと、大切なことに気がついたのです。「彼にとっての幸せと、私が『こうなってほしい』と願う幸せは、決して同じではないのではないか」もしそうなら、私が彼に「幸せになってほしい」と強く思い、先回りして守り続けることは、もしかしたら彼にとって一種の『呪い』に近いものになっていたのかもしれません。私が彼を守ろうとしていたその行為自体が、実は、彼の成長の機会を邪魔してしまっていたのではないか。そう思った瞬間、私の心の中でずっと張り詰めていた、「この子を守ってあげなくてはいけない」という重い使命感が、驚くほどすっと抜けていくのを感じました。彼には、彼の人生がある。これから先、良いことが起きても、悪いことが起きても、それは彼自身が自分の人生として向き合っていくべきものなのだ。だから、姉としての私の「お役目」は、もうここで終わりでいいのだと、心の底から思うことができました。完璧な引き継ぎ、そして一切の後悔のない旅立ち病院の売却にあたり、何件ものM&A(事業承継)の候補を検討しました。最終的には、この病院の跡取りである弟自身が「ここにする」と選んだ相手に、病院を売却することに決まりました。最後は、彼が自分で決めるのが一番正しいのだと思えました。私の先回りではなく、彼自身の選択で歩み出す姿を見て、これでよかったのだと確信しました。私が次のオーナーへと手渡すバトンに込めた願いは、たった一つだけでした。「今まで私を支えてくれたスタッフたちを、ちゃんとそのまま引き受けてほしい。そして、スタッフみんなが未来を明るく見つめられる、そんな病院にしていってほしい」かつて私が手探りで、未来の誰かのためにと必死にまとめ上げたあの完璧な書類たちと、スタッフの幸せを願いつつ私は事務長室を去りました。あの「何がわからないかもわからない」と暗闇で泣いていた日から、激動のジェットコースターを駆け抜けた数年間。私の心には、驚くほど、私の心は一点の曇りもなく後悔が一つもありません。「これでいいのだ」やり切ったと云う清々しい思いだけが、今の私の胸に、と広がっています。(完)

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