
自分ウケはみんなウケ?
おなつ理論①です。よく、「メイクは自分ウケ」「自分ウケが正義」のようなセリフをよく聞きます。
果たしてそうなのでしょうか。私は自分ウケはみんなウケだなと思うようになりました。
「カラコン14.5㎜は垢ぬけない」
例えば、よくTikTokで「カラコン14.5㎜は垢ぬけない」という投稿を目にします。
これはつまり、カラコンが大きすぎると宇宙人のようになってしまう、白目の面積が大きいほうが大人っぽく見えたり、目が大きく見えたりするという考えだと私は解釈しています。
しかし、実際にカラコンの14.5㎜を販売している企業はたくさんあります。
つまり、社会には14.5㎜カラコンの需要があると言えます。
「カラコン14.5㎜は垢ぬけないって言われるけど、自分ウケが大事だから私は14.5㎜を使い続ける!」という意見があったとして、それは本当に自分ウケなのでしょうか。
いまだに社会には14.5㎜の需要があり、つまり、社会がそれを評価しているということです。
そのため、私は、一見自分ウケに見えるものも、社会的に評価された「型」「みんなウケ」から選んでいるだけなんじゃないかなと考えました。
「カラコン14.5㎜は垢ぬけない」はそのティックトッカ―さんの主観的な意見なのかもしれないです。
「痩せることが正解」
他の例として痩せ信仰を挙げます。
今、痩せていることが正義というような見方があります。
フランスのパリコレでは痩せすぎのモデルの起用が禁止され、世界的な下着ブランドのヴィクトリアズシークレットではプラスサイズモデルの起用も行いました。
それでも、日本ではまだ、根強い痩せ信仰があると感じます。なぜ人々は痩せたいと思うのでしょうか。
「ダイエットしたら自分に自信が持てた」「痩せている自分が好き」という意見もあると思いますが、本当に痩せている自分が好きなのでしょうか。
社会的に評価されていることを植え付けられているから好きだと思い込んでいるだけではないでしょうか。
痩せている自分は本当に自分ウケなのでしょうか。
「痩せたい」という願望は社会によって形成されたものなのではないでしょうか。
私はそこに社会的な圧力がかかっているのではないかと感じます。