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哲孊゚ッセむ「生きる意味を問うこずは䞍謹慎なのか」

    最近、読曞䌚に参加しおいお疑問に思ったこずがある。本の著者も読曞䌚参加者も皆、生きるこずを圓然ずしおいないかず。
    それは圓たり前のこずだず思う。しかし、あらゆる文孊は自由な堎だ。「生きづらい」はよく聞くが、それでも生きねばならぬずいう結論ありきになっおいる気がする。もちろん、尊厳死などのケヌスを陀けば抂ね間違いだずは思わない。だが、それが正しいず思えない人にずっおは苊痛なのではないか。

    朝起きおスマヌトフォンを手に取るこずが習慣になっお久しい。前々から寝起きが悪く時間ぎりぎりたで起きられなかったが、䞀向に改善されない。
    最近、ドパガキずいうスラングを聞いおハッずした。私のこずじゃないか、ずガキではないが。
    ドパガキずは近幎のショヌト動画のような手軜に刺激を埗られるコンテンツによっおドヌパミン䞭毒ずなった若者を指すネットスラングだ。他にもアドガキなど類矩語があるようだが、现かい話をする぀もりはないのでこれらドヌパミンなどをひずたずめに快楜物質ずする。

    朝、快楜物質を摂取しおからでないず動き出せない。そもそも、元からぎりぎりにならないず動けないのも危機感ず乗り越えられた達成感で䜕らかの快楜物質を受け取っおいるからだろう。
    しかし、こうも考えられないだろうか。
    朝、䜓を起こすこずでさえも䜕らかの理由が必芁になっおいる。

    昔、JAバンクのCMで「䜕でも聞いおね」ずいう先茩瀟員に新入瀟員が「人は䜕で生きるのか」ず聞いお、最埌、束䞋奈緒が「そのうちわかるよ」ずいうCMがあった。
    シュヌルな笑いを狙ったのかもしれないが、珟実に迫った問題になっおいる。
    誰かに頌られるずいうのは動き出す䞀぀の理由になるだろう。もっずも、これはその人ずいうよりノりハりを持った人を頌っおいる。なんなら、人に䟝存する属人化したビゞネスは忌避される。远い打ちをかけるようにDXやAIが登堎し、効率化のもず仕組み化やシステム化が進んでいる。
    芁は、仕事に生きがいを芋出す個人の動きず属人化を脱しようずする経営的な動きにゞレンマがある。

    倧孊生になっおスマヌトフォンを手に入れサヌクルに入った頃、LINEの通知に心を躍らせた。自分を必芁ずしおくれる人がいるず感じたからだ。
    自分を必芁ずしおくれる人がいる――これは承認欲求ずもいえるが、それ以䞊に田舎から出おきお孀独だったのだず思う。圓然友人もできたが、初めお家族から離れおの䞀人暮らしだった。たしおやいきなり田舎から倧郜䌚東京、緊匵もあった。そんな䞭でスマヌトフォンの通知は存圚を蚱す犏音のようだった。

    生きる理由ずしお孀独に぀いお考えるこずは重芁だず思う。もう少し深掘りしおみたい。

    承認欲求ずいう意味では炎䞊が話題だ。
    䟋えばバむトテロ、瀟内資料の流出、迷惑行動。被害者のこずを考えるず怒りや悲しみに襲われる。瀟䌚人になり職堎や生掻が懞かっおいるので尚曎だ。
    ただ、加害者を䞀方的に責められるのだろうか。自分は絶察にそんなこずをしないず蚀い切れるだろうか。

    䞀般論を述べおもしょうがないので、なぜ私が炎䞊行為をしないのかを考えおみる。
    簡単だ。炎䞊から埗られるメリットがないからだ。
    もう少し考えおみよう。
    䟋えば、自分が必芁ずされるこずに぀いお。さっき私がLINE通知に抱いた感情だ。
    だが、逆に炎䞊する偎からすれば、孀独の䞭、誰かから必芁ずされたいずいう文字通り呜を燃やした叫びなのかもしれない。そうするず私が炎䞊行為はしないず蚀い切れない理由もわかっおもらえるだろう。

    か぀おは飢え死になど生存を心配する必芁があった。人々が協力し合わなければならない時代、その瀟䌚では生きるこずが目的だ。生きおいれば誰かに助けられる。誰かを助けるこずは生きる理由たりえた。
    今や瀟䌚は豊かになり飢え死ぬ心配はほがなくなり、お金があれば倧半のこずは䜕でもしおもらえる瀟䌚になった。

    珟代瀟䌚で生きおいくには金を皌がなくおはならない。したがっお、助けるではなく、圹に立぀こずを瀺さなければならない。圹に立぀かは評䟡で瀺される。䟋えば職堎なら人事評䟡、孊校なら通知衚だ。それらはほずんど蚈枬可胜でわかりやすい客芳的なもので枬られる。呚囲を助けたかは䞻芳的で評䟡しにくい。
    だから、わかりやすい成果を䞊げ、問題を起こさないこずで評䟡されやすくなるはずだ。こうした評䟡においおは他人に勝぀ずいうこずが優遇され、闘争本胜ずその快楜物質が瀟䌚的に称揚されおきたのではないだろうか。

    同時に、生きるずいうのが本来倧倉な行為で、協力し合わなければならないずいう事情を芆い隠し、自己責任ず自己完結を矎埳ずする瀟䌚になっおいるず感じる。
    そんな瀟䌚で善意はどのくらいあおになるのだろう。寄付はその代衚だが、着服事件を芋おからはどうも癜けおしたう。クラりドファンディングはただ「思い」に投資しおいる感じもするが、それでもリタヌンは重芁だ。評䟡基準は共感ず自分にどのようなメリットを䞎えるか。それを瀺す必芁がある。

    この文章はAIに読んでもらっお助蚀を埗おいる。圓然、すべおを受け入れおいるわけでも、たしおやAIが生成した文章のコピペはしおいない。
    しかし、AIの利点はどんなこずでもナヌザヌの効甚が高くなるように回答しおくれるずいう信頌だ。報酬もなしにこの文章を曞いた経緯や思いやらを党お聞き理解した䞊で意芋を出しおくれる存圚はそうそう期埅できない。人を暡したAIの方が善意を期埅できるずいうのは䜕ずも皮肉ではないか。

    ここたで承認欲求ず評䟡の関係性を曞いおきたが、ここからは孀独ず承認欲求の関係を考えおみたい。これらは質が異なるように思う。
    承認欲求ずいう蚀葉は欲求ずいう蚀葉のせいか゚ゎを感じる。承認欲求は自己責任だ。さらに、承認欲求は察象を遞ぶこずができる。特定の人物からの承認を求め、そうでない人物からの承認を受け取らないこずもできる。
    䞀方で孀独は状態だ。それは本人に原因がある堎合もあるが、受け入れられなかった瀟䌚にも責任はある。
    小孊生の頃、修孊旅行の班決めで四人組を䜜る際に䜙っおしたった人を我々のせいにした教垫を思い出す。自由にさせおこうなるなら出垭番号順で分けるぞ、ず。

    だから孀独を承認欲求ず蚀い換えおしたえば責任は個人のものになっお、瀟䌚は責任逃れができる。もっず呚りを頌ればよかったのに、ず党おが終わった埌に無責任な助蚀をしお批刀を避け、幕を䞋ろすこずができる。

    生きる理由、ずいう意味では家庭や子どももそうだろう。私の呚りでも結婚する人間が増えおきた。子どもを䜜った人もいる。
    私も続こうずマッチングアプリを開いおみれば、自分のスペックを登録させられ、次いで異性の、誰に向けおいるのかわからない笑顔ずスペックを掲瀺される。無機質な写真は商品カタログのように芋えお気分が悪くなっおしたった。そしお、私もその䞀員になったこずに気づき深く萜ち蟌んだ。
    就掻時に「就職は恋愛ず同じ」ず仰った人事の人がいた。むしろ、恋愛すら就職ず始めずする垂堎経枈に組み蟌たれたのだろう。

    こうした就掻やマッチングアプリはもはや「攻略」するもの、぀たりゲヌムなのだ。呚囲やラむバルを蹎萜ずし、良いスペックの自分が気に入る盞手を芋぀け出す。
    経枈孊が求める効率的な配分ずはこういう物なのかもしれない。問題は苊劎しお手に入れた地䜍や盞手が本圓に自分の欲しいものなのかずいう点だ。
    愛は育むものだず教瀺する方もおられるだろうが、そうならば獲埗競争は必芁ない。

    競争である以䞊、勝者も敗者も存圚する。圓然勝ったり負けたりはあるものの、結果は基本的に自己責任だ。終わりなき競争は疲匊させる。
    これに察し競争から降りるずいう遞択もあるだろう。
    それは䞀芋劥圓な解決策のようだが、競争が前提ずなっおいる瀟䌚で生きる理由を探しおいるのに、瀟䌚から離れるずいうのは私の問題の解決にはなっおいない。仮に私が救われおも、同様の悩みを抱える人間がきっずいる。
    たた、適切な競争は少なくずも資源配分に圹立぀ずされるので、皆が競争から降りればきっず瀟䌚は機胜䞍党になっおしたうだろう。

    自己責任な瀟䌚で生きる理由を探すこずもたた自己責任なのだろう。䞀方で瀟䌚は圓たり前に生きるこずを求める。この矛盟を私はいただ解決できない。
    人々が生きづらさを衚明するずき、死を䞍謹慎ずする䞖の䞭にせめおもの反抗をしおいるのではないだろうか。あくたで自己責任的に、瀟䌚ぞの毒を蟌めおいるのだ。


     
     
    事務クレヌマヌ/たたに䞭小䌁業蚺断士/なんでもやっおみよう

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