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あなたには、自分の人生について対話できる誰かがいますか

    はじめに

    あなたには、自分の人生について対話できる誰かがいますか。

    転職しようと思っていたわけではないのに、ふと目に入った求人情報を見て心がざわついたことはありませんか。

    「今よりもっと条件がいい仕事があるかもしれない」
    「どこかにもっと自分らしく働ける場所がないかな」
    「このまま今の会社にいて、本当に自分は大丈夫だろうか」
    そんな何気ない不安が、ふと頭をよぎる。
    今は、自分から探しに行かなくても、あふれるほどのキャリアに関する情報が視界に流れてくる時代になりました。
    転職成功者の経験談。
    新しい働き方に挑戦する人のメチャクチャポジティブな発信。
    海外で道を切り開こうとチャレンジして活躍する人。
    競争せず自分らしい生き方を選んでマイペースで人生を歩んでいるように見える人。
    ネット上を連続フラッシュのように駆け巡る情報に触れ、今まで知らなかった可能性と選択肢があることを瞬時に知れること自体は、とても素晴らしいことだと思います。

    一方で、選択肢が増えるということは、同時に迷う機会も増えるということと表裏一体でもあります。
    転職する?
    今の場所でもう少し続ける?
    新しいことを学び始める?
    働き方そのものを変える?
    どれがいいの?
    人生100年時代と言われる今、私たちはこの先幾度となく、このような思考と選択を迫られる瞬間を迎えることになるでしょう。
    「なぜ今なのか」
    「その選択によって、本当に得たいものは何なのか」
    「この先5年、10年、どこで、どんな人生を歩んでいきたいのか」
    そんな問いに向き合う機会は、インターネットやSNSが生活の一部になる以前よりずっと増えているはずです。
    そして、その問いは、もちろん最後には自分自身で答えを出すものです。
    自分の人生を、自分で決める。
    それは、とても大切なことです。
    当たり前のことじゃないか、と思われたかもしれません。

    でも、ちょっと待ってください。

    いつの間にか、
    「自分で決めること」と「自分だけで考えること」を、同じことだと解釈してしまってはいないでしょうか。

    人生の大切な選択について考えるとき。
    あなたは、その問いを誰かと考えていますか。

    家族。
    友人。
    職場の上司や同僚。
    身近な人との対話だからこそ、気づけることもたくさんあります。
    一方で、近い存在だからこそ話せないこともあります。
    心配をかけたくない。
    反対されたくない。
    相手の期待に応えたい。
    あるいは、自分を大切に思ってくれる相手だからこそ、その人の経験や価値観から生まれる「こうした方がいいよ」という助言や励ましを必要以上に、一方的に受け止めすぎてしまうこともあるかもしれません。
    もちろん、その言葉の多くは、相手を思う気持ちから生まれるものです。
    だからこそ余計に、自分自身の本当の気持ちや大切にしたいと思うことが見えにくくなることがあります。
    私はこれまで、キャリアコンサルタントとして、多くの方のキャリア人生の節目に関わってきました。
    その中で何度となく感じてきたことがあります。
    人は、情報が足りなくて迷うだけではないのです。
    たくさんの情報があっても、
    むしろ情報がありすぎるから、
    「自分は本当は何を大切にしたいのか」
    が見えなくなることがあります。
    そして実は、私自身もかつて、自分のキャリアについて誰かに相談するという発想を持っていませんでした。
    自分の人生なのだから、自分で考えて、自分で答えを出すものだと思っていました。
    でも今振り返ると、同じ私の人生にも少し違う景色が見えてきます。
    自分で選んできたと思っていた私の歩みには、いつも私とは異なる視点で、私の可能性を見せてくれた人たちがいたのです。

    第1章
    自分で選んできた人生。でも、一人で歩いてきたわけではなかった

    自分の人生を選ぶ価値観をくれた両親

    今振り返ってみると、私はずいぶん若い頃から、「自分の進む道は、自分で考えて決めるもの」だと思っていたように感じます。
    それは、もしかしたら両親から知らず知らずのうちに受け取った価値観からの影響かもしれません。
    私の父は、長唄の歌い手でした。
    長唄とは、三味線の伴奏に合わせて歌う、日本の伝統芸能の一つです。
    ただ、父は最初からその世界だけで生きていたわけではありません。
    若い頃は新聞社で働きながら、長唄の師匠のもとで学び、稽古を続け、やがて歌い手として独立しました。
    今の言葉で表現すれば、会社員から専門職へのキャリアチェンジと言えるかもしれません。
    しかも、終身雇用という考え方が今よりずっと強かった時代です。
    安定した会社員という道を離れ、自分が本当に進みたい道を仕事にするという選択は、決して簡単なことではなかったと思います。今思っても、我が父ながら、ずいぶん思い切ったことをしたんだなぁと思います。

    母もまた、父の弟子として長唄を学び、名取となり、結婚後は父とともに教室を支えていましたそんな両親だったからでしょうか。
    私や姉に対して、「こういう仕事に就きなさい」「この道を選びなさい」と言われた記憶はほとんどありません。
    もちろん、両親にも親としての願いはあったと思います。
    特に母は、父が長唄の歌い手として築いてきたものを近くで見ていたからこそ、娘たちにも、プロにならなくても長唄を大切に続けてほしいという思いがあったのではないかと思います。
    それでも父は、自分の歩んだ道を私たちに求めることはありませんでした。
    もしかすると、自分自身が一度会社員という道を歩み、その後、本当に進みたい世界へ踏み出した経験があったからかもしれません。

    自分が選んだからこそ意味がある。

    父は、私や姉に言葉でそう教えたわけではありません。
    でも、自分の生き方を通して、そのことを私たちに伝えてくれていたように、今は感じています。
    思い返せば、私は幼い頃から、自分の興味がある方向へ進むことを自然に受け入れていました。
    自分の人生なのだから、自分で考えて、自分で選ぶ。
    それは、私にとって特別なことではなく、ごく当たり前の感覚でした。

    自分の興味を信じて進んできた

    そんな環境で育ったからでしょうか。
    私は子どもの頃から、「やってみたい」と思ったことに対して、だめだったらどうしようとか、人になんて思われるかな、など周囲の目はあまり気にせず、迷わず思ったように進んできたように思います。
    小学生の頃、テレビで見た宝塚の舞台に心を奪われました。
    華やかな衣装やセットの中で、歌や芝居、ダンスで人の心を動かす世界。
    長唄とはジャンルは違いましたが、音楽や表現することが身近にあった私にとって、「自分もあの場所に立ちたい」と思うのは特別なことではなかったようです。
    宝塚を目指したい。
    そう両親に伝え、中学・高校時代はバレエや声楽を学びました。
    高校3年になる直前、宝塚音楽学校を受験しました。
    当時の倍率は約20倍。
    一次試験の会場で周囲の受験生たちを見た瞬間、
    「あ、ここは私が太刀打ちできる場所ではない」
    と感じたことを、今でも覚えています。
    不思議なくらい納得している自分がそこにいました。
    でも、納得したからといって、すぐに気持ちを切り替えられて次へ進めたわけではありません。
    それまで朝も昼も夜も宝塚の主題歌を狂ったように歌う日々だった私にとって、目指していた場所がなくなった後の時間は、簡単なものではありませんでした。

    そんな中で、唯一心が動いたのが英語でした。

    高校の英語の先生の発音がとても美しく、英語の音やイントネーションをまねることが、なぜか楽しかったのです。
    今思えば、それは歌を覚える感覚に近かったのかもしれません。
    もっと英語を話せるようになりたい。
    海外の人と直接コミュニケーションできるようになりたい。
    そう思うようになりました。
    夏休みに友人と英会話学校へ通ったり、毎日欠かさずラジオ英会話を聞いたりしながら、少しずつ新しい興味が育っていきました。
    宝塚という最初に抱いた夢には届きませんでした。

    でも、その経験が消えてなくなったわけではありません。

    自分の心が動くものを素直にやってみた、それをたどっていった先に、次の道が少しずつ見えてきたのだと思います。

    自分だけで見ていた世界には限界もあった

    英語を仕事で使えるようになりたい。
    その思いから、私はビジネス英語を学べる専門学校へ進みました。
    そして卒業後、最初に選んだ仕事は、都内のホテルのフロントスタッフでした。
    外国からのお客様と英語でコミュニケーションする。
    海外から来た人たちを、自分の英語でおもてなしをする。
    そんな仕事ができるのではないか。
    そう思って選んだ仕事でした。
    でも、実際に働き始めてみると、自分が想像していた仕事と現実には大きな違いがありました。
    そこは、企業の出張者が多く利用するビジネスホテルでした。
    海外からのお客様がまったくなかったわけではありません。
    でも、英語での対応が必要になる場面は限られていました。
    しかも当時は女性社員の夜勤が認められていなかったため、私が勤務する時間帯に英語を使う機会はほとんどありませんでした。
    「このままここにいたら、せっかく学んだ英語を使うどころか忘れてしまうかもしれない」
    若かった私は、そんな焦りを感じました。
    今思えば、ビジネスホテルという業態や、そこで求められる役割を十分に理解しないまま、自分のイメージだけで仕事を選んでいたのだと思います。
    その会社がどんなお客様に価値を提供しているのか。
    その仕事では、実際にどんな力が求められるのか。
    自分が得たい経験と、その環境で積める経験は合っているのか。
    現在まさに私が、キャリア相談に来る方と一緒に整理しているようなことを、当時の私は考えられていませんでした。

    昔の自分に対して
    「業界分析も企業分析も、ついでに自己分析もできていなかったね。」

    と、伝えてあげられるだろうと思います。
    結果的に私は、入社からわずか3か月で退職することを決めました。
    今考えても、社会人として決して計画的な選択だったとは言えません。
    悔しさもありました。
    当時の私は、自分の選択を間違えたことを認めたくなくて、「絶対に次の仕事を見つけてみせる」と意地になっていた部分もあったと思います。
    でも、その時の私には、自分の状況を整理するために誰かと話してみる、という選択肢は全くイメージできませんでした。

    自分の人生なのだから、自分で考えて、自分で決める。ただただ、そう思っていたからです。

    自分では気づかない可能性を見てくれた人

    最初の会社を退職した後、私は改めて「英語を使える仕事」を探しました。
    そして出会ったのが、コンピュータ関連製品を扱う会社の海外部の仕事でした。
    海外の取引先とのやり取りや、輸出入業務のサポート。
    ようやく、自分が学んできた英語を、実際の仕事の中で使える環境に出会えた気がしました。
    そして、その職場でもう一つ大きかったのが、直属の上司との出会いでした。

    その上司は日本人でしたが、海外の取引先と流暢な英語でコミュニケーションを取りながら仕事を進める人でした。
    それまで私にとって、英語は「学ぶもの」でした。
    でも初めて、英語を使って仕事をする人の姿を目の前で見たのです。
    「仕事で英語を使うというのは、こういうことなんだ」
    「私もこのくらいできるようになりたい」
    そう思ったことを覚えています。
    そこから私は、その上司に少しでも認めてもらいたくて、仕事を覚えることにも、英語力を高めることにも必死でした。
    通訳養成所に通ったり、英検一級を取ったりしたのもこの頃でした。
    その会社に在籍したのは、2年にも満たない期間でした。
    しかし、今振り返ると、その短い時間の中に、その後の私の人生を大きく動かす出来事がいくつも詰まっていました。
    そんな頃、その上司が転職のため会社を去ることになりました。
    当時の私は、まだ社会人経験も数年しかありません。
    当然、経験豊富な後任者が来るのだろうと思っていました。
    でも会社が選んだのは、外から新しい責任者を採用することではありませんでした。
    私と、私の後に入社したもう一人の社員で、海外部の業務を担当していくことになったのです。
    さらにその後、会社としてアメリカの展示会に出展することが決まりました。
    コンピュータ業界の大きな展示会、Comdexでした。
    海外との調整。
    出展準備。
    現地との英語でのやり取り。
    その実務担当を任されることになりました。
    考えてみれば、海外展示会への出展手続き一切を社会人経験の浅い社員に任せるというのは、会社にとってはかなり思い切った判断だっただろうと思います。
    当時の私は、
    「任されたのだから、やらなければ」
    ただそう思っていました。
    不安を感じる余裕もないくらい、目の前のことに必死だったのだと思います。
    でも今、当時の上司や会社の立場になって考えると、少し違う見方ができます。
    たぶん周りの人たちは、私自身がまだ気づいていなかった何かを見てくれていたのかもしれません。
    英語力が十分あったからではなかったと思います。
    もちろん、経験が豊富だったからでもありません。
    でも、それまで仕事に向き合う姿勢や、何とか期待に応えようとしていた姿の中に、
    「任せてみよう」
    と思える何かを私に感じてくれていたのではないかと思います。
    そして、その経験が私の人生を大きく変えることになりました。
    アメリカの展示会で海外の取引先や現地スタッフと直接やり取りする中で、ビジネスの現場における自分の英語力の足りなさを嫌というほど痛感しました。
    もっと本当の意味で、世界の人たちと仕事ができる力を身につけたい。
    そう思うようになりました。
    それが、後にアメリカ留学を決断するきっかけでした。

    自分で決めた留学。

    でも、その選択と決断につながる扉を開いてくれたのは、私自身では気づいていなかった可能性を見て、機会を与えてくれた当時の会社の人たちだったのだと思います。

    第2章
    迷い続けた先に見えてきた、自分らしさ

    順調に見えたキャリアの中で感じた違和感

    アメリカ留学を決めた時、私はその先にどんな未来が待っているのか、まだ何も知りませんでした。
    ただ、「英語を使って仕事をしたい」という思いを胸に、新しい環境で学び、スキルを身に着けたい。
    その気持ちだけは、はっきりしていました。

    そして、その留学中に偶然出会ったのが、後に長く関わることになるIT業界でした。

    約2年半のアメリカ留学中、私はコミュニティカレッジ卒業後すぐに就職先が見つからなければ帰国するしかないと思い始めていました。
    そんな時、以前の会社でお世話になった元上司が、シリコンバレーに本社を置くソフトウェア企業で働く機会をつないでくれました。
    それが、私がAdobeという会社で、留学前は想像もしていなかったIT業界で働き始めるきっかけでした。

    最初に担当したのは、日本市場向けのソフトウェア製品が日本語環境で正しく動作するかを確認する日本人のQAエンジニアのアシスタントとして品質チェックをする仕事でした。

    アメリカでの偶然の出会いから始まったIT業界でのキャリア。
    刺激的だった1年間のアメリカ本社での経験をあっという間に終え、私は日本へ帰国しました。
    本当は、そのままアメリカで働き続けたいという思いもあったのです。
    しかし、当時の私が持っていたのは、コミュニティカレッジで取得した短期大学士(AA)の学位でした。
    もしBachelor(4年制大学の学位)があれば、会社が労働ビザ取得を支援してくれる可能性もあったかもしれません。
    でも、その時はその道には進めませんでした。

    帰国すると決めた時、私は自分の中で一つ約束をしました。

    もし35歳までに、それでもBachelorを取りたい、本気でもう一度学びたいと思ったら、その時はもう一度アメリカへ行こう。
    そう決めました。
    そして帰国後、ありがたいことに、私はすぐにアドビジャパンで働き始めることができました。
    ただ、新しい環境に対する実はかなり不安もありました。
    なぜなら、アメリカ本社で一緒に働いた人たちは、私の仕事ぶりを知っていました。
    でも、日本法人では違います。
    私のことを知っているのは、以前の会社からつながりのあった元上司だけでした。
    配属されたのは、システムプロダクトディビジョン(SPD)というエンジニアリング部門でした。
    周囲は、コンピュータサイエンスなど技術系のバックグラウンドを持つエンジニアたちばかり。
    一方の私は本社で一年働いたとはいえ、正式に技術を学んできたわけではありません。
    「自分はここで受け入れてもらえるのだろうか」
    「技術者ではない自分に、この場所でどんな価値が出せるのだろう」

    正直そんな不安でいっぱいでした。
    だからこそ、必死でした。

    私が担当したのは、本社で開発されていた日本市場向けプリンタードライバーの開発プロジェクトでした。
    本社開発チームとのリエゾンの役割。
    そして日本のOEM企業とのコーディネーション。
    昼間は日本のお客様や関係者とのやり取り。
    夕方以降は時差のあるアメリカ本社のエンジニアとのコミュニケーション。
    日本側から報告された不具合の状況を本社に伝え、本社で修正された内容を確認する。
    ソフトウェア開発の専門用語。
    めまぐるしく変わるスケジュール。
    そのスピードについていくだけで精一杯でした。
    でも同時に、
    「この職場で認めてもらいたい」
    「自分にもここで果たせる役割があると証明したい」
    そんな思いで毎日必死で周りのエンジニアに頭を下げながら教えを請い、働いていました。
    そして、そんな私の努力を見てくれている人がいました。
    当時の直属の上司だった女性エンジニアです。
    テクノロジーに強い情熱を持ち、技術者としての専門性を大切にしている人でした。
    その上司が、私の仕事への向き合い方やプロジェクトへの貢献を認めてくれました。
    結果として、昇格や昇給にもつながりました。
    それは私にとって、大きな自信になりました。

    「自分もこの場所で価値を出せる」

    技術的なバックグラウンドがない私が、ほんのちょっぴりそんな風に思えた経験でした。 そう思った矢先、その上司が退職し、男性上司のもとで働くことになりました。
    そこで、私はまた新しい壁と向き合うことになります。
    期待される役割は、さらに技術的な専門性を高めてプロジェクトを推進していく方向へ進んでいきました。
    もし私が技術系のバックグラウンドを持っていたなら、実際それはとても恵まれた環境だったと思います。
    技術を深く理解し、自分の専門性を伸ばしていきたいエンジニアだったら、理想的な環境だったはずです。

    でも私は、自分の中にある違和感に気づき始めていました。
    一緒に働くエンジニアたちは、新しい技術そのものに心からワクワクできる人たちでした。
    新しい仕組み。
    新しい可能性。
    技術によって未来が変わっていくこと。
    その話をしている時の彼らは、本当に楽しそうでした。
    一方で私は、同じ種類の情熱を持てず、どこか冷めた感覚に陥っている自分に気づいていました。
    もちろん、ITの世界は面白い。
    世界中の人が使う製品づくりに関われることにも、大きなやりがいがありました。
    でも、私が一番力を発揮できる場所は、本当にここなのだろうか。
    この先、自分は何を専門性として伸ばしていけばいいのだろう。
    そんな問いが生まれました。
    評価されていなかったわけではありません。
    むしろ、周囲からは次のステップを期待されていたのだと思います。
    でも、その期待される未来と、自分自身が向かいたい未来が、本当に同じなのか。
    初めて立ち止まって考えるようになりました。
    そんな時、以前自分と交わした約束を思い出しました。
    「35歳までに、どうしてもやっぱりBachelorを取りたいと思ったら、もう一度挑戦する」
    アメリカから帰国した時に自分で決めた、35歳という期限が近づいていました。
    そして、私は決断しました。

    もう一度、自分が本当に伸ばしたいものを見つけに行きたい。

    4年制大学で学び、自分の可能性をもう一度広げたい。
    1998年の夏。
    35歳の誕生日を迎えた私は、退職し、2度目のアメリカ留学へ向かいました。
    この時、私は最初の留学で親しくなった同世代の日本人夫婦だけには自分の決断を話、背中を押してもらっていたことを、今思い出しました。

    選び直すことで見えてきた、自分の中の変わらないもの

    35歳の夏。
    私は、もう一度アメリカで学ぶために海を渡りました。
    一度アメリカで働く機会を得ながら、学位の壁によってその場所に残れなかった悔しい経験。 そして、日本に戻って働く中で感じた、自分自身のこれからへの問い。
    その両方が、私をもう一度アメリカへ向かわせました。
    ただ、再留学を決めたからといって、その時点で自分の進む方向がすべて明確になっていたわけではありませんでした。
    最初に選んだ専攻は、Business Administration(経営学)でした。
    社会人としての経験もあり、ビジネス全体を理解することは、きっと今後のキャリアにも役立つ。
    そう考えました。 とても現実的な選択だったと思います。
    でも、実際に学び始めてみると、また一つの違和感に出会いました。
    Accounting(会計)の授業に、どうしても興味を持てなかったのです。
    もちろん、ビジネスにおいて会計が重要ではないと思ったわけではありません。
    ただ、今の自分が時間をかけて深く学びたいと思えるものではない。
    そんな感覚がありました。
    せっかく仕事を辞め、覚悟を決めて再留学したのに、このままでいいのだろうか。
    そう考えるようになりました。
    幸い、アメリカの大学には、専攻を変更しながら自分の方向性を探していける柔軟さがありました。
    そこで私は、同じ大学の中で、自分が興味を持てそうな分野を探しました。
    そして見つけたのが、Radio Film TVという学科でした。

    と言っても、その時、
    「これこそが私の天職だ」 なんて思ったわけではありません。

    将来、映画やテレビ業界に転職したいと考えていたわけでもありませんでした。
    むしろ正直に言えば、
    「ここまで来た以上、Bachelorを取らずに帰るわけには絶対にいかない」
    という現実的な思いの方が強かったと思います。
    でも、その学科名を見た時、ふと思い出したことがありました。
    私は昔から、物語が好きでした。
    子どもの頃に夢中になった宝塚。
    一人で何役にもなりきって台詞を覚え、
    主題歌を狂っていた日々
    歌や舞台を通して、人の心を動かす世界。
    そして大人になってから好きだった海外ドラマ。
    特にアメリカの医療ドラマや刑事ドラマは、単なる娯楽としてではなく、そこに描かれる人間関係や社会課題の見せ方に惹かれていました。
    登場人物がなぜその選択をするのか。
    その背景には、どんな価値観や文化があるのか。
    ストーリーを通して人や社会を理解することに、私は強く興味を持っていました。
    考えてみれば、英語に惹かれた理由も、単に言葉を覚えたいからではありませんでした。
    違う文化を持つ人と話したい。
    自分とは違う世界を知りたい。
    その思いがありました。
    宝塚。
    英語。
    海外。
    異文化。
    物語。
    人と人とのコミュニケーション。

    その時は一つひとつ別々の興味だと思っていました。
    でも振り返ると、その奥には共通するものがあったように思います。

    私はずっと、「人」に興味があったのかもしれません。

    人が何を考え、何を大切にして、どう行動するのか。
    違う背景を持つ人たちが、どう理解し合えるのか。
    そこに、私の関心は向いていたのだと思います。
    自分のことは、自分が一番よく分かっている。
    若い頃の私は、そう思っていました。
    でも実際には、自分の中にずっとあった興味や価値観でさえ、経験を重ね、振り返ってみて、初めて見えてくることがあるものです。
    今、キャリア相談の仕事をしていると、「何がやりたいかわからない」という相談者の声を聞くことがあります。
    でもそれは、その人の中に本当に何もないわけではありません。
    具体的な選択肢に触れた時、
    「これは違う」
    「これは少し気になる」
    という小さな反応が生まれることがあります。
    たとえば、就職活動を始めたばかりの留学生に、
    「どんな業界や仕事に興味がありますか」
    と尋ねると、
    「日本で就職したいので、何でも大丈夫です」
    と返ってくることがあります。
    そこで、
    「では逆に、これはやりたくないという仕事はありますか」
    と聞くと、
    「介護はやりたくないです」
    と答える。
    その瞬間、その人の中にある価値観や不安、働くことへのイメージが少し見えてきます。
    それは転職を考えている人にも同じことが言えると思います。
    「何がしたいか」はまだ言葉にできなくても、具体的な何かを示されると「これは違う」と感じるものはある。
    その違和感も、自分を知るための大切な手がかりになります。
    私自身もそうでした。
    最初から自分の軸が見えていたわけではありません。
    選んでみる。
    違和感を持つ。
    もう一度考える。
    その繰り返しの中で、自分の中に変わらず存在していたものに、少しずつ気づいていったのだと思います。
    キャリアは、最初から一本の線として見えているわけではありません。
    歩いてきた道を振り返った時、初めてそこに線があったことに気づくというものだと思います。

    自分を見るには、自分以外の視点が必要だった

    ここまで自分の人生を振り返ってきて、改めて気づいたことがあります。
    私はずっと、自分の人生は自分で考え、自分で選んできたと思っていました。
    宝塚への挑戦。
    英語を学ぶ選択。
    最初の就職。
    転職。
    留学。
    どの選択も、誰かに「こうしなさい」と言われて決めたものではありません。
    むしろ若い頃の私は、
    「自分のことは、自分が一番よく分かっている」
    と思っていたように思います。
    だから、人生の大きな選択をするときにも、誰かに相談するという発想はあまりありませんでした。
    でも、こうして一つひとつ振り返ってみると、少し違う景色が見えてきます。
    本当に、私は一人だけで決めてきたのだろうか。
    そう考えるようになってきたのです。
    父は、私に具体的な進路のアドバイスをしたわけではありません。
    でも、自分自身が会社員から長唄の世界へ進んだ経験を持つ人として、自分の人生を自分で選ぶ姿を見せてくれました。
    高校の先生は、私に英語の道へ進みなさいと言ったわけではありません。
    でも、美しい発音で英語を話す姿から、言葉を通じて世界とつながる楽しさを感じました。
    海外部の上司は、私のキャリアプランを考えてくれたわけではありません。
    でも、英語を使って仕事をする姿を見せてくれました。
    Adobeのエンジニアたちは、私に別の道をすすめたわけではありません。
    でも、彼らが心から技術を楽しんでいる姿を見たからこそ、自分自身が本当に情熱を持てるものについて考えるきっかけになりました。
    誰かが答えを教えてくれたわけではありません。
    でも、その人たちとの関わりが、自分自身を見る鏡となっていたのだと思います。
    自分では当たり前だと思っていること。
    普通だと思っている経験。
    特別ではないと思っている強み。
    それらは、どれも自分一人では気づきにくいものです。
    なぜなら、自分にとって自然にできることほど、「誰でもできる」と思ってしまうからです。
    人は、自分一人では、自分の人生を物語として読むことが難しい存在のようです。
    でも、誰かとの対話の中でならば、
    「あの経験には、そんな意味があったのか」
    「自分は昔から、こういうことを大切にしてきたのか」
    と気づく瞬間があります。
    経験そのものが変わるわけではありません。
    でも、その経験の意味づけが変わることで、これから進む方向が見えてくることはよくあるのです。

    言葉にすることで、未来が見えてくる

    自分の人生を振り返ること。
    自分自身を理解すること。
    それは、過去を懐かしく思い出すためだけのものではありません。
    これから先、自分がどんな選択をしていきたいのか。
    どんな環境で力を発揮したいのか。
    何を大切に働き、生きていきたいのか。
    未来を考えるために、過去を振り返るのだと思います。
    でも、自分自身のことほど、実は見えにくいものです。
    なぜなら、自分にとって当たり前になっている経験や価値観ほど、自分では意識していないことが多いからです。
    「普通にやってきただけです」
    「特別な経験なんてありません」
    キャリア相談の場でも、そんな言葉を聞くことがしばしばあります。
    でも、話を聞いていくと、その「普通」の中に、その人らしさが隠れていることに気づきます。
    なぜ、その選択をしたのか。
    なぜ、その仕事では頑張れたのか。
    なぜ、別の仕事には違和感を覚えたのか。
    一つひとつ言葉にしていくことで、少しずつその人の価値観や大切にしているものが見えてきます。
    良い悪いの話ではなく、それが、その人らしさを示しているのです。
    キャリアについて考える時間とは、誰かに正解を教えてもらう時間ではないのだと思います。
    「あなたにはこの仕事が向いています」
    「この会社へ行けば成功します」
    そんな答えを受け取ることがキャリアについて考えることではありません。
    まだ言葉になっていない自分自身の想いや願望を、誰かとの対話を通じて少しずつ自分の中で言葉にしていく時間。
    これまで歩いてきた道を振り返り、そこにあった経験の意味を見つけ直す時間。
    そして、自分自身への理解を深めたうえで、これから進みたい未来への道筋を自分が描いていく時間。
    それが、本当の意味で「自分のキャリアを考える」ということなのではないかと思います。
    もちろん、今はAIという新しい対話の相手も生まれています。
    情報を集めること。
    考えを整理すること。
    言葉にする手助けをしてもらうこと。
    そうしたAIとの対話の可能性は、これからますます広がっていくと思います。
    一方で、人には時に、自分以外の誰かのまなざしを通して、初めて受け取れるものがあります。
    「それは、あなたの強みだと思います」
    「その経験には、こんな意味があるのではないですか」
    そんな言葉を、誰かとの関わりの中で受け取った時、自分では見えていなかった意外な自分や新しい自分に気づくことがあります。
    私自身、ずっと自分で選び、自分で進んできたと思っていました。
    でも振り返ってみると、その選択のそばには、いつも誰かとの関わりがありました。
    答えを与えてくれる人ではなく、自分自身を見るきっかけをくれる存在。

    そんな存在が、人が前へ進む力になることがあると私は信じています。

    第3章
    誰かに話すことで、人生が動き出す瞬間

    もう一度、自分だけで答えを探そうとしていた

    第2章で書いたように、私は自分の人生は自分で考え、自分で選んできたとずっと思っていました。
    そして、それは2度目のアメリカ留学を終えた後も、まだ変わっていませんでした。
    Radio Film, Televisionの学科で学んだ時間は、とても充実していました。
    自分が自然に興味を持てる分野について学ぶこと。
    人や社会、文化、物語について考えること。
    それは、技術そのものへの興味を持てない自分に悩んでいた頃とは違い、自分の中にある関心とつながっている感覚がありました。

    ただし、学ぶことと、その後のキャリアを築くことは、全く別の話です。
    卒業後、私は再びアメリカで就職活動をしました。
    ところが、バブル崩壊という時代背景もあり、思うように仕事は見つかりませんでした。
    今振り返れば、もっと周囲に相談したり、広く情報を集めたり、いろいろな方法があったのかもしれません。
    でも、その頃の私はまだ、 「自分のことは自分で何とかする」 という考えが強かったのだと思います。
    ここでもまた一人で考え、一人で悩み、一人で答えを探していました。

    そんな時、助けてくれたのが、最初の留学時代に知り合った台湾出身の友人でした。
    彼女のお姉さん夫婦が経営する、コンピュータ部品の輸入卸販売会社で働く機会を紹介してくれたのです。
    仕事は営業担当でした。
    正直なところ、営業という仕事に抵抗がありました。
    でも、日本企業との取引が多い会社だったこともあり、私の日本語やこれまでのIT業界での経験を活かせる可能性がありました。
    せっかく得たチャンス。
    まずは挑戦してみようと思いました。

    実際に働いてみると、すぐにまた自分の中に違和感が生まれました。
    「やっぱり営業という仕事は、自分が力を発揮できる場所ではないのかもしれない」
    そう感じるようになりました。
    実は労働ビザ取得の手続きも進んでいました。
    もう少し待てば、アメリカに残る道も開けるかもしれない。
    そんな状況でした。 それでも、どうしても自分の中の違和感を消すことができませんでした。
    そして悩んだ挙句、私はそのまま帰国することを決めました。
    振り返ってみると、この時も私は、また自分一人で答えを出そうとしていました。
    2度目の留学を決めたのは自分、帰国を決めるのも自分だと。
     

    得意な場所に戻ったはずなのに感じた限界

    悔しい気持ちで2度目の留学を終えて私は、もう一度、自分の経験を活かせる場所を探すことにしました。
    そこで思い浮かんだのが、以前アドビジャパンで経験したソフトウェアのローカライズに関わる仕事でした。
    海外で開発されたソフトウェアを、日本市場向けに使えるようにする。
    単に英語を日本語へ翻訳するだけではなく、日本語環境で正しく動作するか、文化や市場に合った製品になっているかを確認しながら、世界中のチームと協力して進めていく仕事です。
    英語を使うこと。
    異なる文化や考え方を持つ人たちの間に入り、調整すること。
    技術者と顧客、海外と日本をつなぐこと。

    それは私がこれまで積み重ねてきた経験を活かせる仕事でした。

    私は、当時ローカリゼーション業界の大手だった会社に、プロジェクトマネージャーとして採用してもらえないかお願いしました。
    たまたま社内につながりのある知人が一人いたこともあり、その人を通じて自分の経験を伝えてもらいました。
    そして幸運にも、もう一度、自分の力を発揮できる場所を得ることができました。
    そこからの日々は、とても刺激的でした。
    海外チームとの調整。
    納期管理。
    品質管理。
    顧客との交渉。
    複数の関係者を巻き込みながら、一つのプロジェクトを前に進めていく。
    プロジェクトマネージャーとしての経験も積み、英語でのメールやオンライン会議はあたりまえの環境でした。
    会社の買収など、外資系企業ならではの大きな組織再編も経験しました。
    気づけば7年が経っていました。
    その後も転職をしながら、私はローカリゼーション業界でPMとしてのキャリアを積んでいきました。
    周りから見れば、成功と言えるようなキャリアだったと思います。
    英語を使いたい。
    海外と関わる仕事がしたい。
    人と人の間に入り、調整する仕事がしたい。
    若い頃から求めていたものは、確かにそこにありました。

    しかし私は、また新しい違和感に遭遇していました。
    仕事そのものは嫌いではありませんでした。
    むしろ、自分の強みを活かせている実感もありました。やりがいもとてもある仕事でした。しかしその分、責任のある仕事を任されるようになるほど、当然求められるものも大きくなっていきました。
    担当するクライアントの規模が大きくなればなるほど、相手は世界中に拠点を持つグローバル企業になります。
    日本の日中は国内のお客様やチームとの調整。
    夜になると、時差のあるヨーロッパやアメリカ本社とのやり取り。
    毎日のように終電の時間を気にしながら働く生活が続いていました。
    睡眠時間が4時間を切るような日も珍しくありませんでした。
    それでも当時の私は、
    「責任ある仕事を任せてもらっている」
    「自分に期待されている」
    「期待に応えたい」
    「常に結果を出さなければいけない」
    という思いで走り続けていました。
    でも、身体は少しずつ拒否のサインを出していたのです。
    長時間モニターを見続ける毎日の中で、明らかに視力が落ちていると感じるようになりました。
    画面の文字がぼやける。
    以前なら問題なくできていたことが、つらく感じる。
    周囲には、心身のバランスを崩して職場を離れていく人もいました。
    その姿を見ながら、だんだん危機感が大きくなっていきました。
    「このまま同じ働き方を続けたら、自分もいつか限界が来るのではないか」

    そう思うようになりました。
    それでも、簡単には答えは出ませんでした。

    なぜなら、今度は「向いていない仕事」ではなかったからです。
    英語も活かせている。
    経験も評価されている。
    必要とされている実感もある。
    若い頃から求めていた「英語を使って海外と関わる仕事」という意味では、まさに自分が目指してきた場所でもありました。
    だからこそ、余計に迷ったのです。
    この仕事を離れたいと思う自分は、ただ弱音を吐いているだけなのだろうか。
    ここまで積み重ねてきた経験を手放すことになるのではないか。
    それとも、本当に別の道を考える時期なのだろうか。
    そんな問いを抱えながら、私は3年以上も、自分の中で同じ自問自答を悶々と繰り返していました。
    いつものように、自分で考え、自分で答えを出そうとしていました。
    でもこのときは、考えれば考えるほど、答えが見えなくなっていきました。

    初めてキャリアカウンセリングを受けた日

    そんな時、偶然目に入ったのが、
    「無料キャリアカウンセリング」
    というネット広告でした。
    それまでの私は、人生の大きな選択をするときも、仕事で悩んだときも、基本的には自分で考え、自分で答えを出してきました。
    誰かに話すことで何かが変わる。
    正直、そのような期待は持ってませんでした。
    ただ、その時の私は、自分一人で何年も考え続けても、同じ場所をぐるぐる回っているような感覚がありました。 もう限界だと思い始めたのです。
    それなら、一度、誰かに話してみよう。

    そんな気持ちだったのだと思います。

    そして予約しました。

    その日、私がキャリアカウンセラーの方にお願いしたことは、とても具体的でした。
    「もし、これまでの私の経験やスキルを活かせる別の業界や職種があるとしたら、どんな選択肢がありますか」
    これまでの経歴。
    今置かれている状況。
    これから変えていきたいこと。
    それらを伝えたうえで、キャリアカウンセラーの方に、私はこう伝えたのです。
    つまり私は、答えを探しに行ったのだと思います。
    自分では見つけられなかった次の道を、専門家なら教えてくれるのではないか。
    そんな期待がありました。
    その方は、私のプロジェクトマネージャーとしての経験や調整力、進行管理のスキルを整理したうえで、
    「たとえば編集者のような仕事でも、活かせる部分があるかもしれませんね」
    という話をしてくれました。
    でも正直なところ、その時の私は、
    「編集者?」
    と思いました。
    当時の私の中にあった編集者のイメージは、雑誌や書籍の締切に追われる、とても忙しい仕事でした。
    長時間労働から抜け出したいと思っているのに、また同じような環境になるのではないか。
    もしかしたら、いまの環境よりも残業漬けになるかもしれない。
    そう感じて、転職先として具体的に考えることはありませんでした。
    ですが、不思議なことに、その時間が無駄だったとは全く思いませんでした。
    むしろ、その面談が終わった時、私は驚くほどすっきりして気持ちが軽くなっていました。
    なぜだろう。
    その方が私にしてくれたことは、「答えを出すこと」ではなかったと思います。
    よく覚えていませんが、私の話は、おそらく整理されたものではなかったに違いありません。
    これまで積み上げてきた経験。
    頑張ってきた自負。
    でも、このまま続けることへの不安。
    働き方への限界。
    新しい道へ進みたい気持ち。
    でも、今まで築いてきたものを手放す怖さ。
    いろいろな感情が混ざっていました。
    話している途中で、順番が前後したり、急に違う話へ飛んだりもしていたと思います。
    でも、そのキャリアカウンセラーの方は途中で否定することも、簡単に結論を出すこともしませんでした。
    「それなら、この仕事がいいですよ」
    「こうすれば解決しますよ」
    などとはもちろん言いませんでした。
    ただ、私が話すことを静かに肯定し、そして丁寧に聴いてくれました。
    これまで頑張ってきたこと。
    悩みながらも続けてきたこと。
    自分では当たり前だと思っていた努力。
    それを、一つひとつねぎらい、受け止めてくれました。
    そして私は、話しながら、自分の中に詰まって固まっていたものが少しずつほどけていくような感覚を覚えました。
    不満。
    不安。
    希望。
    迷い。
    本当は大切にしたかったこと。
    頭の中で絡まり合っていたものを言葉にして外に出したことで、初めて自分自身でもそうした想いが見えるようになったのだと思います。
    面談が終わった時、転職先業界が決まったわけではありません。
    具体的な答えをもらえたわけでもありません。

    でも、心は驚くほど軽くなっていました。

    「話すだけで、こんなに変わるんだ!」

    そう思いました。
    そして同時に、強く感じたことがありました。
    もし、たった1時間弱の対話で、自分の中にあったゴチャゴチャものが整理され、
    すっきりと前を向けるようになるなら、
    同じように悩んでいる誰かにも、この時間を届けられる人になりたい。
    誰かが自分自身を見つめ直す、その時間に寄り添える人になりたい。

    そう思ったことが、私がキャリアカウンセラーを目指すきっかけでした。

    答えを渡す人ではなく、一緒に見つける人へ

    キャリアカウンセリングを受けたあの日のことは、今でもよく覚えています。
    面談が終わった時、具体的な転職先が決まったわけではありませんでした。
    明日から何をすればいいのか、明確な行動計画ができたわけでもありませんでした。
    それなのに、不思議なくらい頭の中が整理され、心が軽くなっていました。
    「話すだけで、こんなことが起こるんだ」
    私にとって、それは目からうろこが落ちるような経験でした。
    なぜ、たった1時間弱の対話で、こんなに気持ちが変わったのだろう。
    なぜ、答えを教えてもらったわけではないのに、前に進む力が戻ってきたように感じたのだろう。
    その理由を知りたい。
    そして何より、自分も誰かにこんな時間を届けられる人になりたい。
    そう強く思いました。
    その気持ちは、自分でも驚くほどはっきりしていました。
    私はその日のうちに、キャリアカウンセラーの養成講座を探し始めました。
    そして見つけた学校に、すぐに見学(体験)の申し込みをしました。
    それほど、あの1時間の経験は、私にとって大きな転機だったのです。
    キャリアカウンセリングについて学び始めて、私は少しずつ理解していきました。
    あの日、私が受け取ったものは、アドバイスではありませんでした。
    正解でもありませんでした。
    私の代わりに人生を決めてくれる答えでもありませんでした。
    その方がしてくれたことは、私の中にあったものを、一緒に見える形にすることでした。
    話しながら、自分でも気づいていなかった気持ちに気づく。
    経験を振り返り、その意味を考える。
    自分が本当に大切にしているものを見つけていく。
    考えてみれば、それは私がそれまでの人生で、形は違えど、いろいろな人との関わりの中で経験してきたことでもありました。
    父が、自分の人生を選ぶ姿を見せてくれたこと。
    先生や上司との出会いから、新しい可能性に気づいたこと。
    周囲の人の姿を見ながら、自分自身の違和感や価値観を知っていったこと。
    ただ、それまでは偶然の中で起きていたことでした。
    キャリアカウンセリングという場では、その「自分自身を理解するための対話」を、意識的につくることができる。
    そのことに気づいた時、私がこの仕事の本質を学びたいと思った理由が、自分の中でもはっきりしました。
    その意味で、いま私が相談の場で大切にしていることがあります。
    それは、相談に来た人より先に答えを決めてしまわないことです。
    「転職した方がいい」
    「今の会社に残った方がいい」
    「この仕事が向いている」
    他人が、そう簡単に決められることではありません。
    その人の人生を生きるのは、その人自身だからです。
    私ができることは、その人が歩いてきた道を一緒に振り返ること。
    その人自身がまだ気づいていない経験や、その中にある想いを、一緒に見つけていくこと。
    そして、その経験がその人にとってどんな意味を持っていたのかを、自分自身で気づいていく時間に寄り添うこと。
    自分の人生の意味を決められるのは、その人自身です。
    誰かが外から与えた答えではなく、自分で見つけた気づきだからこそ、その先の一歩を選ぶ勇気と力になるのだと思います。
    あの日、私自身の人生が誰かとの対話によって少し動き出したように。

    今度は私が、誰かが自分自身の未来に向かって動き出す瞬間に寄り添いたい。

    それが、私が考えるキャリア相談です。

    第4章
    自分では見えない価値に気づく瞬間

    「自分には何もない」と思っている人たち

    私は、人生の半ばでキャリアカウンセリングというものに出会い、その価値に触れ、学び、そして今度は私自身がだれかの話を聴く側になりました。
    そこで出会った多くの人たちを通して、改めて感じたことがあります。
    それは、自分自身の能力やその価値に、自分では気づいていない人がとても多いということです。

    「自分には特別な経験なんてありません」
    「人に言えるような強みがありません」
    「自分に何ができるのかわかりません」
    面談の中で、そんな言葉を聞くことがあります。
    それは日本人だけではありません。
    日本で働きたい、日本でキャリアを築きたいと考える外国籍の方と話していても、同じような場面に出会います。
    母国で学んできたこと。
    これまで経験してきた仕事。
    違う文化の中で生活してきたこと。
    新しい言語を学びながら挑戦していること。
    周りから見ると十分に価値のある経験でも、本人にとっては「あたりまえ」になっていることがあります。
    そして、思うように就職活動や転職活動が進まないと、
    「自分には価値がないのではないか」
    「必要とされる場所はないのではないか」
    そんなふうに感じてしまうことがあります。
    でも、話を聴いていくと、本当に何もない人はいません。

    ただ、自分の経験を別の角度から見る機会がなかっただけ。
    自分がしてきたことの意味を、まだ言葉にできていないだけ。
    私にはそう感じられることが何度もありました。
    相談の中で、私はその人が歩いてきた道を一緒に振り返ります。
    なぜ、その選択をしたのか。
    どんな環境で頑張ってきたのか。
    困難に直面した時、どう乗り越えてきたのか。
    その時、何を大切にして判断してきたのか。
    一つひとつ話していく中で、少しずつその人自身の姿が見えてきます。
    そして時々、相談者の表情が変わる瞬間があります。

    「そんなふうに考えたことはありませんでした」
    「それも強みになるんですね」

    少し驚いたような、でも嬉しそうな表情で、そう言われることがあります。
    時には感極まって目を潤ませる方もいます。
    その瞬間を見るたびに、私は初めてキャリアカウンセリングを受けた日の自分を思い出します。

    あの日の私も、そうでした。

    答えをもらったから前に進めたのではありません。
    自分の中にあったものを、一緒に見つけてもらったから、
    自分で自分を認めることができ、
    前を見ることができたのだと思います。

    その人の経験に、別の光を当てる

    相談の場では、多くの方が「今の自分」を起点に話をします。
    今できないこと。
    足りないと思っていること。
    うまくいかなかった経験。
    もちろん、それらに向き合うことも大切です。
    でも、その人の可能性を見るためには、いま本人の目の前に見えている部分だけではなく、これまで歩いてきた道を見ることも必要だと思っています。
    たとえば、日本で就職を目指す外国籍の方から、
    「日本語がまだ十分ではありません」
    「日本企業で働いた経験がありません」
    「応募しても選考に進めません」
    そんな不安を聞くことが多いです。
    もちろん、日本で働くうえで、日本語力や業界経験が求められる現実は確かにあります。
    そこを無視して安易に「大丈夫ですよ」と言うことはできません。
    でも、どんな人にもその人が持っているものも必ずあります。

    母国で何を経験し学んできたのか。
    どんな環境で働いてきたのか。
    なぜ日本で働きたいと思うようになったのか。
    違う文化の中に飛び込むために、どんな想いと努力をしてきたのか。
    そこを一緒に見ていくと、その人自身も気づいていなかった価値観や信念に基づく経験が見えてくることがあります。
    「この経験は、この業界でこんな風に活かせるかもしれませんね」
    「こういう見方をすると、あなたが自然にやってきたことは強みとして伝えられるかもしれません」
    そんな話をすると、表情が変わる瞬間があります。
    それまで少し不安そうだった顔が、ぱっと明るくなる。
    嬉しそうな、でも少し照れたような表情で、
    「ありがとうございます」
    と返されます。
    その瞬間を見るたびに思うのです。

    人は、自分の可能性を誰かに決めてもらいたいわけではないのだと。

    必要なのは、自分の中にあるものを信じられるきっかけと
    ほんの少し、だれかに背中を押してもらうことだけかもしれません。
    もちろん、希望だけではキャリアは作れません。

    現実を見ることも必要です。
    必要なスキルを身につけること。
    自分の労働市場を理解すること。
    時には厳しい選択をすること。
    それも大切です。
    でも、その前に、
    「自分には何もない」
    と思ったままでは、次の一歩を選ぶ力も出てきません。
    自分が歩いてきた道の中にも、ちゃんと意味があった。
    自分にも活かせるものがある。
    そう思えることが、未来を考える最初の力になるのだと思います。

    可能性は、誰かに決めてもらうものではない

    相談を受けていると、その人自身も気づいていなかった経験や強みが見えてくる瞬間があります。
    そんなとき、私が大切にしていることがあります。
    それは、その人の可能性を私が判断してしまわないことです。
    相談の場では、実際答えを求められることがよくあります。

    「どちらを選んだ方がいいですか」
    「どうするのが正解ですか」
    「どれが私に向いていますか」

    特に人生やキャリアの大きな選択を前にしている時、人は早く安心できる答えが欲しくなるものだと思います。
    私自身もそうでした。
    初めてキャリアカウンセリングを受けた時、本当は「次に進むべき業界や職種」という答えを求めていました。
    でも、あの日私が受け取った一番大きなものは、答えではありませんでした。
    代わりに私が得たものは、自分自身を整理し、自分で考える力を取り戻す時間でした。
    だから今、相談者から質問を受けた時、一見答えは明らかのように思えたとしても、すぐに伝える前に、ひと回り考えるようにしています。
    なぜ、この人は今、何が気になってこの質問をしているのだろう。
    この選択で、本当は何を大切にしたいのだろう。
    何か困っていること、不安に感じていることがあるのだろうか。
    それとも、まだ言葉になっていない何か強い想いがあるのだろうか。
    私は相談者のこれまでの人生を、すべて知っているわけではありません。
    特に、文化も育った環境も違う外国籍の方の場合、自分の価値観や経験だけで相手を理解したつもりになることはできません。
    だからこそ、その人自身の言葉で語ってもらう時間を大切にしています。
    その人が何を経験してきたのか。
    何に悩んできたのか。
    何を大事にして選んできたのか。
    そこを知らないまま、簡単に、
    「こうすればいいですよ」
    とは言えないと思っています。
    もちろん、情報提供は必要です。
    労働市場の状況。
    必要とされるスキル。
    応募するために準備すべきこと。
    現実的な可能性。
    それらを一緒に確認することも、キャリア相談の大切な役割です。
    具体的な選択肢を提示することもあります。
    でもその時も、一つの正解として渡すのではなく、
    「もし、こちらを大切にするなら、こういう可能性があります」
    「逆に、こちらを目指すなら、別の選択肢も考えられます」
    というように、可能性をできるだけ多面的にとらえて一緒に考えるようにしています。
    同じ経験やスキルを持っていても、望む未来は人によって違うからです。
    安定した環境で、長く専門性を磨きたい人。
    新しいことに挑戦しながら、自分の可能性を広げたい人。
    家族や生活とのバランスを大切にしたい人。
    社会に与える影響や、自分の想いを大切にしたい人。
    何を正解と感じるかは、その人自身の価値観によって変わります。
    だからこそ、自分自身を理解する時間が必要なのだと思います。
    誰かに決めてもらった答えではなく、

    「自分は、これを大切にしたい」
    「だから、この道を選びたい」

    そう思えること。
    それが、自分の人生を自分で選ぶということなのだと思います。

    一人ひとり違う物語の先にある未来

    人が人生の選択に悩む時、その背景には、その人だけの物語があります。
    どんな環境で育ってきたのか。
    どんな人たちと出会ってきたのか。
    どんな言葉をかけられてきたのか。
    何を期待され、何に応えようとしてきたのか。
    私たちは、自分一人で価値観を作っているわけではありません。
    親や先生、上司、同僚、友人。
    身近な人から受け取った言葉や期待。
    日々の小さな経験の積み重ね。
    そうしたものが、自分でも気づかないうちに「自分はこういう人間だ」「自分にはこれが向いている」という自己理解につながっていることがあります。
    時には、それが自信になります。
    でも他方、自分の可能性を狭めてしまうこともあります。
    だからこそ、相談の場では、その人がどんな背景の中で今の考えにたどり着いたのかを大切にしたいと思っています。
    特に、外国籍の方の相談を受ける中では、そのことを強く感じます。
    同じ「日本で働きたい」という言葉の中にも、一人ひとり違う背景があります。
    どんな国や地域で育ったのか。
    どんな教育を受けてきたのか。
    家族や社会の中で、働くことをどう捉えて考えてきたのか。
    何を成功と感じ、何を幸せと感じるのか。
    それは、生まれ育った文化や環境によっても大きく変わります。
    自分自身の価値観だけで、相手を理解したつもりになることはできません。
    そして、それは外国籍の方だけの話ではありません。
    同じ日本で生まれ育っていても、世代によって仕事への向き合い方は変わります。
    高度成長期を知る世代。
    就職氷河期を経験した世代。
    働き方や人生観が多様化した時代に社会へ出た世代。
    同じ職場の中にも、違う経験を積み、違う価値観を持った人たちが一緒に働いています。
    だからこそ、
    「こうするべき」 という一つの答えだけでは、その人自身の未来は決められないのだと思います。
    その人は、何を大切にしてきたのか。
    これから何を大切にして生きていきたいのか。
    その問いに向き合う時間が必要なのだと思います。
    人生100年時代と言われる今、キャリアは一度決めた道を最後まで歩くだけのものではなくなりました。
    働く場所も、役割も、生き方も、変化していきます。
    だからこそ、何度でも立ち止まっていいのではないでしょうか。
    今まで歩いてきた道を振り返り、これから進む方向を何度でも考え直していい。

    一人ひとりが、自分自身を理解し、自分で納得できる選択をしていく。

    そんな人が増えていくこと。
    そして、お互いの違いや背景を理解しながら、それぞれが自分らしく働ける社会に近づいていくこと。
    それが、私がキャリア相談という仕事を通して願っていることなのです。

    第5章
    これから進む道を選ぶために、自分の歩いてきた道を振り返る

    問題が起きてからではなく、迷った時に話せる場所

    キャリア相談という言葉を聞いた時、多くの人は「何か問題が起きた時に利用するもの」というイメージを持つかもしれません。
    会社を辞めたい。
    転職したい。
    仕事がつらい。
    次の行き先が見つからない。
    もちろん、そのような時に誰かに相談することも大切です。

    でも、本当はもっと手前の段階で、自分自身について考える時間があってもいいのでは?
    「今の仕事が嫌いなわけではない」
    「大きな不満があるわけではない」
    「でも、このままでいいのだろうか」

    そんな小さな違和感を感じる時があります。
    私自身もそうでした。
    ローカリゼーションの仕事をしていた頃、決して仕事が嫌いだったわけではありませんでした。
    むしろ、自分の経験や強みを活かせる仕事でした。
    評価もされ、責任ある仕事も任されていました。
    だからこそ、迷いました。

    「辞めたい」とはっきり言えるほど嫌ではない。
    でも、この働き方をこの先ずっと続けたいのかと聞かれると、自信を持って「はい」とは言えない。
    その間で、私は何年も考え続けていました。
    もし、もっと早い段階で誰かと話していたら。

    「辞めるか、続けるか」

    という切羽詰まった二択になる前に、自分が何に悩んでいるのかを整理できていたかもしれません。
    キャリアの悩みは、いつも大きな事件のようにやってくるわけではありません。
    むしろ最初は、とても小さな違和感として現れることが多いのではないでしょうか。
    何となく、このままでいいのかな。
    最近、仕事への気持ちが変わってきた気がする。
    以前は楽しかったことに、前ほど心が動かない。
    逆に、最近なぜか気になることがある。
    そんな小さな変化の中に、これからの人生を考えるヒントが隠れていることがあります。
    でも、忙しい毎日の中では、自分自身のことほど後回しになります。
    目の前の仕事。
    家族のこと。
    周囲から期待されている役割。
    それらを優先しているうちに、自分が本当は何を感じているのかを考える時間がなくなっていく。
    だからこそ、問題が起きてからではなく、迷いや違和感を感じた時に、立ち止まって考える時間があっていいと思うのです。
    誰かに答えを決めてもらうためではなく。

    自分の中にある答えを、自分で見つけるために。

    自分の歩いてきた道の中に、未来へのヒントがある
    これからの人生を考える時、私たちはつい「これから何をするか」という未来にばかり意識を向けます。
    どんな仕事を選ぶべきか。
    どんなスキルを身につけるべきか。
    どんな場所を目指すべきか。
    もちろん、未来を見ることは大切です。
    未来志向は大切ですが、その未来を考えるための重要なヒントは、実はこれまで歩いてきた道の中にこそ隠れているのではないかと思うのです。

    どんな選択をしてきたのか。
    なぜ、その時その道を選んだのか。
    何に夢中になったのか。
    どんな時に喜びを感じたのか。
    逆に、どんな時に違和感を覚えたのか。
    その一つひとつには、自分自身を知るための手がかりがあります。
    私自身、これまでの人生を振り返る中で、改めて気づいたことがあります。

    その時は、ただ目の前のことに必死だった経験。
    失敗だったと思っていた選択。
    遠回りに感じていた時間。
    そうしたものにも、後から振り返ると意味があったということです。
    宝塚を目指していた少女時代。
    英語に夢中になった学生時代。
    技術者ではない自分に悩みながら働いたIT業界での日々。
    一見、方向性の違う選択のように見えても、振り返ってみると、そこには共通して大切にしていたものがありました。
    例えば、IT業界で働いていた頃の私は、自分には技術そのものへの強い情熱がないことに悩んでいました。
    でも、今振り返ると、その中でも私が必死に向き合っていたのは、技術そのものだけではありませんでした。
    日本企業が大切にする品質へのこだわりや仕事の進め方を海外の開発チームに伝えること。
    文化や価値観の違う人たちが、同じ目的に向かえるように誠意を尽くして調整すること。
    立場や背景の違う人たちの間にあるものを理解し、言葉にすること。
    それは、形を変えて、今の仕事にもつながっているのだと感じています。
    当時の私は、そんなふうには理解していませんでした。

    ただ、その時々で一生懸命選んでいただけでした。

    でも、あとで振り返った時、初めて見えてくるものがあります。
    だから、相談に来る方にも、過去を単なる経歴として見るのではなく、その中にある意味を一緒に探してほしいと思っています。
    履歴書や職務経歴書には、会社名や仕事内容を詳細に書くことはできます。
    でも、本当にその人らしさが表れるのは、その奥にあるものです。
    なぜ、その仕事を選んだのか。
    どんな想いで取り組んできたのか。
    何を大切にして判断してきたのか。
    そこで何を感じ、何を学んだのか。
    それは、他の誰かと比べるためのものではありません。
    これから自分がどんな道を歩いていきたいのかを考えるための、自分自身への手がかりなのだと思います。
    未来を考えることは、まだ見えない何かを探しに行くことだけではない。
    今まで歩いてきた道の中から、これから大切にしたいものを見つけていくことでもある。
    私は、そう思っています。
    もし今、何となく立ち止まっている感覚があるなら。
    いきなり「これから何をしたいのか」という大きな問いに答えを出そうとしなくてもいいのかもしれません。
    少しだけ、自分が歩いてきた道を振り返ってみる。
    これまでの人生の中で、時間を忘れるほど夢中になったことは何だったのか。
    周りから評価されたけれど、なぜか心が動かなかったことはなかったか。
    大変だったけれど、「自分らしくいられた」と感じる瞬間はいつだったのか。
    逆に、うまくできているのに苦しく感じたことはなかったか。
    そんな記憶の中に、自分でも気づいていなかった大切なものが隠れていることがあります。
    その答えは、すぐに見つからないかもしれません。
    だからこそ、自分の中だけで考え続けるのではなく、時には誰かとの対話の中で、自分では見えなかったものに気づいていく時間があってもいいのだと思います。

    ひとりで決めることと、ひとりで抱えることは違う

    人生の選択は、自分でするもの。
    私は今でも、そう思っています。
    どれだけ誰かに相談しても、最後にその道を歩くのは自分自身だからです。
    誰かが代わりに自分の人生を生きてくれるわけではありません。
    だからこそ、自分で考え、自分で納得して選ぶことは、とても大切です。

    でも、自分で決めることと、すべてを一人で抱えることは違うのではないでしょうか。

    私自身、長い間、自分のことは自分で考えて決めてきたと思っていました。
    進学も。
    留学も。
    仕事も。
    転職も。
    自分で悩み、自分で考え、自分で選んできた。
    それは間違いではありません。
    でも、立ち止まって自分の人生を振り返ってみると、少し違う景色が見えてきました。
    英語の楽しさを教えてくれた先生。
    可能性を信じて任せてくれた上司。
    苦しい時に手を差し伸べてくれた友人。
    そして、ただ私の話を聴き、自分自身と向き合う時間をくれたキャリアカウンセラー。
    私はいつも自分一人で選んできたつもりでした。
    でも、その選択のそばには、いつも誰かとの関わりがありました。
    人は、自分のことだからこそ見えなくなることがあります。
    自分にとって当たり前すぎる経験。
    自分では価値がないと無意識に思っていること。
    気づかないうちに繰り返している考え方。
    大切にしている価値観。
    それらは、誰かとの対話の中で初めて見えてくることがあります。
    誰かに相談することは、自分で決められないから誰かに答えをもらいに行くことではありません。

    むしろ、自分自身で選ぶために、自分をもっと深く理解するための時間なのだと思います。
    自分とは違う視点を借りることで、自分自身を見る。
    言葉にすることで、頭の中にあったものを形にする。
    その中から、自分が本当に大切にしたいものを見つけていく。
    それが、私が考える「相談する」ということです。

    あなたには、自分の人生について対話できる誰かがいますか

    この文章を書きながら、私自身も、自分が歩いてきた道をもう一度振り返る時間を持ちました。
    その時は遠回りだと思っていたこと。
    うまくいかなかったと思っていた選択。
    ただ目の前のことに必死で、意味を考える余裕もなかった日々。
    でも、今振り返ってみると、その一つひとつが、今の自分につながっていることをあらためて実感しました。
    もし、あの時違う選択をしていたら。
    もし、あの人に出会っていなかったら。
    もし、あの経験をしていなかったら。
    きっと今とは違う場所にいたと思います。
    もちろん、人生に「これを選べば必ず正解」という道があるわけではありません。
    後になって、 「あちらを選んでいたら、どうなっていただろう」 と思うこともあります。
    でも、私たちは、選ばなかった人生を生き直して答え合わせをすることはできません。
    だからこそ、私たちは迷うのだと思います。
    このままでいいのだろうか。
    何かを変えた方がいいのだろうか。
    自分は、本当は何を大切にしているのだろうか。
    そんな問いは、人生の大きな分岐点だけで現れるものではありません。
    毎日の仕事や暮らしの中で感じる、小さな違和感。
    ふと心に浮かぶ、新しいことへの興味。
    以前は楽しかったことに、前ほど心が動かなくなった瞬間。
    そんな小さな変化の中にも、自分自身を知るためのヒントが隠れていることがあります。
    その時、必ずしも一人だけで考え続けなくてもいいのではないでしょうか。
    誰かと対話することは、自分の人生を誰かに決めてもらうことではありません。
    誰かの価値観に、自分の答えを預けることでもありません。
    自分の中にある想いを言葉にすること。
    自分では当たり前すぎて見えなかった経験の意味に気づくこと。
    これから自分が大切にしたいものを、もう一度見つめること。
    そのための時間なのだと思います。
    私たちは皆、自分の人生の主人公です。

    でも、主人公だからといって、たった一人で物語を書き続けなければいけないわけではありません。
    働くことは、人生のすべてではありません。
    でも、多くの時間を費やし、たくさんの人と関わり、自分自身を表現する大切な場所の一つです。
    だからこそ、その選択について考える時間を、もっと大切にしてもいいのではないでしょうか。
    時には誰かと言葉を交わしながら。
    時には違う視点から、自分の歩いてきた道を眺めながら。
    これから先のページを、自分自身の手で書いていけばいいのだと思います。
    そのために時々、自分の歩いている道を誰かと言葉にしてみる。
    自分の考えを整理し、自分でも気づかなかった想いに出会う。
    そんな時間が、もっと自然なものになってもいいと私は思います。

    あなたには、自分の人生について対話できる誰かがいますか。


     
     
    仕事や人生の節目で、自分らしい答えを見つけるための「思考整理」と「対話」をテーマに発信しています。 Koyoriキャリアワールド代表|日本人・外国籍の方のキャリア支援に携わる国家資格キャリアコンサルタント。 趣味は観劇と歌うこと。

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