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挨拶ができなかった夜に、僕が布団の中で見つけた小さな救い

    挨拶ができなかった夜に、僕が布団の中で見つけた小さな救い

    ​こんにちは、CIRCUSです。

    ​朝、知っている人に出会ったら挨拶をする。

    ​学校でも社会でも、子供の頃から当たり前のように教えられてきた、ごく普通の「正しさ」だと思います。でも、人生にはどうしてもタイミングが悪くて、その普通ができない瞬間があります。

    ​相手が急いでいたり、こちらが気づくのが一瞬遅れたり、声がうまく喉に引っかかってしまったり。

    ​普通の人なら「あ、今回はタイミングが合わなかったな」と、次の瞬間には忘れてしまうような些細な出来事かもしれません。

    ​でも、20年前、僕がうつ病を発症したばかりの初期の頃、僕はどうしようもないほどに臆病でした。たった一度の「挨拶の失敗」が、僕の1日をすべて支配してしまうほどに。

    ​たった一度の失敗が、僕の1日を壊していく

    ​朝のほんの一瞬、挨拶ができなかった。

    ​それだけのことで、僕の頭の中は恐怖と後悔でいっぱいになりました。

    ​「あぁ、挨拶できなかった。どうしよう。嫌われてしまったんじゃないか?」

    「冷たい人だと思われたかもしれない。明日からどんな顔をして会えばいいんだろう」

    ​そんなぐるぐると回る思考に囚われ、気づけば1日が暮れていきます。

    いや、1日で終わればまだいい方でした。布団に入ってもその光景が何度も頭の中で再生され、心臓がバクバクして眠れなくなるのです。当然、次の日にもその重苦しさを引きずります。

    ​そんな日が何日も続くと、心と体が悲鳴を上げるのは時間の問題でした。

    ​案の定、体調を大きく崩してしまい、僕は自分の「定位置」である布団の上へと倒れ込みました。天井を見つめながら、横になる自分。体は動かないのに、頭の中だけは信じられないほどのスピードで、自分を責める言葉を吐き出し続けます。

    ​「なんであの時、挨拶できなかったんだ」

    「もう少し早く気づいていればできたんじゃないか」

    「ちょっと無理をしてでも、大声で『おはようございます』って言えばよかったんだ」

    ​過去の後悔をどれだけ捏ねくり回しても、現実は1ミリも変わりません。布団の中で、自分を責めて、傷つけて、すり減らしていく。そんな終わりのない闇の中に、当時の僕はいました。

    ​心の中で、心を込めて

    ​そんなある日、あまりにも苦しくて、疲れ果てた頭の中で、ふと一つの考えが浮かんだのです。

    ​「……ちょっと待てよ」と。

    ​声に出して相手に届かなかったとしても、届かなかった過去を呪うのをやめて、今、この布団の中で、自分の心の中でだけ、心を込めて「おはようございます」って言ってみたらどうだろう。

    ​誰に届くわけでもない。相手には聞こえない。

    でも、僕の心の中にいるその人に向け、精いっぱいの気持ちを込めて、心の中で頭を下げる。

    ​「あの時は言えなくてごめんなさい。おはようございます」

    ​そうやって心の中で言葉を紡いだ瞬間、不思議なことに、胸の奥のつかえがほんの少しだけ、スーッと軽くなるのが分かったのです。

    ​それは、完璧にできなかった自分を、自分が初めて許してあげられた瞬間だったのかもしれません。

    ​それから、20年という長い月日が流れました。

    うつ病から始まり、10年前には双極性障害という診断を受け、僕の人生は決して平坦なものではありませんでした。10以上の仕事を辞め、自己破産も経験し、今でも生きづらさと隣り合わせの日々です。

    ​だけど、あの布団の中で見つけた「心の中で挨拶をする」という行いだけは、20年間、今でもずっと続けています。

    ​20年かけて、僕が気づいたこと

    ​この20年の積み重ねは、僕を少しずつ変えてくれました。あんなに僕を支配していた「臆病さ」が、少しずつ、剥がれ落ちていくように薄くなっていったのです。

    ​何より一番の変化は、僕自身の心がとても軽くなったことでした。

    ​今でも、タイミングが合わなくて挨拶ができない日はあります。だけど今の僕は、あの頃のように夜通し自分を責めることはありません。

    ​「今日は挨拶できなかったけれど、心の中で伝えたから大丈夫。今度はきっとできるだろう」

    ​そんな風に、どこか楽観的に捉えられる自分がいるのです。

    ​僕は中卒で、病気もあって、世間一般の「普通」や「正しいレール」からは大きく外れて生きてきました。ずっと、ちゃんとした大人になれない自分、普通のことが普通にできない自分を責め続けてきました。

    ​でも、完璧に挨拶ができなくたって、心が震えるほど後悔するくらい、僕は相手のことを大切に思っていた。その優しい気持ち自体は、決して間違っていなかったはずです。

    ​形通りにできなくてもいい。不器用でも、情けなくても、それが今の自分の精一杯なら、ありのままの自分でいいんだ。

    ​20年という時間をかけて、僕はようやく、自分自身にそう言ってあげられるようになりました。

    ​人間、いくつになっても、どんな状況からでも、少しずつ変わっていくことができる。僕はそれを、自分の心の中で証明できた気がしています。

    ​もし今、あなたも過去の小さな失敗に囚われて、布団の中で自分を責めているなら。

    どうか、声にならなかったその優しい言葉を、あなたの心の中で、心を込めて呟いてみてください。

    ​あなたの心が、ほんの少しでも軽くなりますように。

     
     

    CIRCUS

     
     
    双極性障害(歴20年)を抱え、自己破産を経て、現在はパートと障害年金で暮らしながら、スマートフォン1台で未来を変えようと奮闘している個人投資家・兼noteクリエイターです。

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