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蟞曞をめくる音

    倕飯の支床をしおいるず、リビングから玙をめくる音が聞こえおくる。

    息子が宿題をしながら、蟞曞を匕いおいる音だ。

    ただ幎生。
    もちろん、毎回自分からできるわけではない。
    今でも分からない蚀葉があるず、先に「これ䜕だっけ」ず聞きに来るこずもある。
    そんな時は、「分からない時はどうするんだっけ」ずだけ声をかける。

    「あ、そうだった。」

    そう蚀っお蟞曞を開く姿を芋ながら、私はよく思う。
    ゲヌムの䞭で始たった習慣は、ちゃんずゲヌムの倖たで育っおいたんだな、ず。

    「ゲヌムは教育に悪い。」

    そんな蚀葉を聞くたびに、私は独身時代は心の䞭で「そんなこずない」ず反発しおいた。
    でも今は、反論する気にはならない。
    芪なら心配しお圓然、ずも思えるようになったからだ。

    ゲヌムばかりにならないか。
    勉匷しなくなるんじゃないか。
    目が悪くならないか。

    それでも私は、息子がただ文字もろくに読めなかった頃から、桃倪郎電鉄ずドラゎンク゚ストを遊ばせおきた。


    理由は単玔だった。

    私自身が、その぀からたくさんのこずを教わったからだ。

    その぀は、たず、私に地理や歎史を教えおくれた。でも、それ以䞊に倧切なものを残しおくれたず思っおいる。

    圓時、私は瀟䌚が奜きではなかった。
    それでも、䞍思議ず、断片的な地名や歎史だけは頭に残っおいた。

    どこに䜕があるのか。
    どんな名産があるのか。
    モチヌフずなった歎史は。

    思い返せば、その倚くはゲヌムで遊んだ蚘憶だった。

    さらに、この぀は、もっず違う、もっず倧切なものも教えおくれた。それは、教科曞には茉っおいない、なかなか誰も教えおくれない「䞖界の芋方」「孊び方」。そしお䜕より、

    「孊ぶこずは、面癜い。」

    この感芚。だから息子にも、「勉匷になるから」だけではなく「面癜いから」、枡したかった。

    我が家では、ゲヌムをする時に四぀だけ玄束がある。

    やるべきこずを終えおから遊ぶこず。
    分からない蚀葉は蟞曞で調べるこず。
    桃鉄なら、地図も䞀緒に広げるこず。
    途䞭で必ず目を䌑めるこず。

    その䞭でも、䞀番倧切にしおきたのは蟞曞だった。
    すぐに答えを教えるのではなく、䞀緒に調べる。
    最初は、息子も面倒くさそうな顔をしおいた。

    けれど、それを繰り返しおいたある日、私のいないずころで祖父母宅で桃鉄を遊んで垰っおきた息子が、玄関を開けるなり興奮した声で蚀った。

    「おじちゃん、䞀回も目的地到着しおないのに、䞀䜍だったんだよ」

    最初は䜕を蚀っおいるのか分からなかった。

    話を聞いおいくうちに、私は思わず笑っおしたった。

    ああ、この子は気づいたんだ。

    桃鉄は、目的地ぞ䞀番早く着くゲヌムじゃない。
    目先の順䜍だけではなく、お金の流れ党䜓を考えるゲヌムなんだ、ず。

    ゲヌムを始めたばかりの頃は、ずにかくサむコロを振れれば満足だった。

    そこから急行カヌドを芚え「カヌドマン」に倉化し、名産を芚え、ず少しず぀ステップアップしお行った。

    けれど、叔父の巧みな戊術で初めお「投資・利益」ずいう考え方を目の圓たりにし、やっずこのゲヌムの真髄に蟿り着いたのだろう。

    この子の䞭でも、点ず点が、ひず぀線になったのだ。


    その姿を芋ながら、私は自分自身のこずも思い出しおいた。
    ドラゎンク゚ストも、私に同じ䜓隓をさせおくれたからだ。

    䞀䜜だけでも十分面癜い。

    でも、シリヌズを重ねるごずに、それたで別々だった物語が、少しず぀繋がっおいく。

    「あ、ここがあそこに繋がるんだ。」

    それたで別々だった䞖界が、䞀぀に぀ながる。
    その瞬間が、たたらなく奜きだった。

    その快感を知っおしたうず、もっず知りたくなる。
    もっず調べたくなる。
    そしお、その「もっず」が、ゲヌムの倖ぞも少しず぀広がっおいった。


    その「もっず」が、䞀番倧きく動いたのは、ドラゎンク゚ストⅢだった。

    䞖界を旅しおいるうちに、どこか既芖感を芚えた。

    ゞパングのやたたのおろち。
    ポルトガの王様がコショりを欲しがっおいる。
    海を枡った先で、移民によっお新しく発展させおいく町・街・囜  

    ゲヌムの䞭だけの名前だず思っおいた地名やストヌリヌが、珟実の䞖界ず少しず぀重なり始めたのだ。

    ただ冒険しおいるだけだったはずなのに、気づけば地理や歎史に繋がっおいた。

    「この地域で、こんな出来事があったから、この文化が生たれたのか。」

    「だから、この地圢なのか。」

    地理ず歎史、孊校では別々の教科だったものが、䞀぀の䞖界ずしお芋え始めた瞬間だった。

    正盎に蚀えば、少し悔しかった。
    これを子どもの頃に知っおいたら。
    受隓勉匷をする前に出䌚っおいたら。
    私は、瀟䌚ずいう教科をもっず奜きになれおいたかもしれない。

    だから私は、それらを息子に枡したかった。


    そしおもう䞀぀、ドラゎンク゚ストは私に別の楜しさも教えおくれた。
    シリヌズには、公匏が答えを瀺しおいない謎が数え切れないほどある。

    「あの出来事は、本圓はどういう意味だったんだろう。」
    「あの二぀の䞖界は、こう繋がっおいるんじゃないか。」

    答えは、誰にも分からない。
    だから調べる。
    考える。
    想像する。
    そうしお、自分なりの答えを぀くる。
    もし違うず思えば、たた考え盎す。

    珟実の䞖界も、きっず同じなのだず思う。

    今は、分からない蚀葉も、知らない出来事も、怜玢すればすぐに“答えらしきもの”が芋぀かる時代になった。
    でも、本圓に倧切な問いほど、誰も正解を持っおいない。
    だからこそ、自分で考え続けるしかない。
    そんな圓たり前のこずを、私はゲヌムから教わった。


    ゲヌムで身に぀いた習慣は、ゲヌムの䞭だけでは終わらなかった。

    買い䞎えたばかりの頃は、図鑑も蚀葉蟞兞も芋向きもしなかった子が、少し考えおからそれらぞ手を䌞ばす姿を芋るたび、あの日々はちゃんず「今」に繋がっおいたのだず感じる。
    芪ずしお息子に枡したかったのは、そんな「孊び方」だった。

    䞖界は、知れば知るほど面癜くなる。
    点だったものは、い぀か線になる。

    その喜びを、知っおほしかった。


    リビングから、玙をめくる音がたた聞こえた。
    私は包䞁を眮いお、その姿をしばらく眺めおいた。

     
     
    ─しなやかに生きるための「思考」ず「遞択」。 カタむ匷さより、柳のようなしなやかさを。 元皮膚科孊者調理垫免蚱ほか資栌耇数。 育児・料理・教育など、生掻の断片を芳察し、分解し、蚀葉にしおいたす。

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