
「安全に」が口に馴染むまで
私には、家族を送り出す時に続けてきた小さな習慣がある。
それまでは、
「いってらっしゃい。気をつけて」
が当たり前だった。
しかし、友人が教えてくれた話から、言葉を変えている。
それは、「人は意識を向けた方向へ、引っ張られることがある」という話だった。例えば、自転車などに乗っている時、ぶつかりたくない障害物をジッと見ていると、避けたいはずなのに、そちらへ寄ってしまうことがあるようだ。だから、「気をつけて」と危険に注意を向けず、「安全に」意識を向けることがいいんじゃないかと、友人が話してくれた。
それを聞いた日から
「いってらっしゃい。安全に」
と送り出している。
コレが、初めは気恥ずかしかった。誰にも聞こえないような、口の中でモゴモゴ言っている程度の声だった。
だって、安全とは当たり前にあるモノだから。
そこを意識するのは、バカげているように思えた。
それでも、友人の説明に深く共感する自分が居る。
だったら、その共感に従って、無事でいる方向へ言葉を向けようと思った。
「いってらっしゃい。安全に」
そう言い続け、10年ぐらいたったように思う。今では社会人に成長した息子達は、出勤にはマイカーを使っている。道ゆく人の耳に入るぐらい「安全に」まで、大きな声で送り出せている。
ある日、次男と三男が言った。
「母ちゃんは、運が強いね。」
「俺たちが、生きるか?死ぬか?の二分の一を、必ず望みどおり取っている」
とても極端な例えで、笑った。
でも、真実だと思えた。
健やかに送り出し、健やかに帰ってくる。
安全に生きる当たり前は、なんて幸せなんだろう。
「安全に」の声かけ
「安全に」が口に馴染んだ頃から、この幸せを多くの方に届けたくなった。
だから、チュー福光へお越しのお客様が会計をした後、その背中に向けて、こう声をかける事がある。
「ありがとうございました。どうぞ、ご安全に」
そう声をかけられた方々は、高い確率で振り返り、笑顔で
「ありがとう」
と言ってくださる。
その笑顔に、私も嬉しくなる。楽しい食事の余韻のまま、どうか帰っていただきたい。
当たり前に「安全」の中で生きる。
とても幸せなことだ。
今日も、どうぞご安全に。