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文月の衣紋に綴る熱帯魚

     2026年7月2日、青葉市子のライブに行ってきた。そのライブのタイトルが、本記事のタイトルである。文学的な美しささえ感じる響きで、これだけでも彼女の世界観が窺えるだろう。

     私は、どちらかというと、感情むき出しの歌詞や激しいロックが好きなので、本来、美しい歌詞やメロディーに惹かれるタイプではないのである。

     しかし、青葉市子だけは完全に例外なのだ。
     私が他に聴く音楽のジャンルとはあまりにかけ離れたものでありながら、私は、彼女の音楽を静かに聴いているのである。

     会場は渋谷のNHKホール。
     この日は、本来仕事を休みにしていたところ、諸々の諸々があり出勤せざるを得なかったのである。負の感情が積もる中、定時となるやいなや、急いで会場に向かったのであった。

     会場に来ている人たちは、まさに一つの街のようであった。
     通常、ライブというものは、その演者を愛好する人の集まりなので、客層も似かよる傾向にある。

     しかし、彼女のライブではそれが感じられないのだ。強いて言えば、子どもがいないことくらいで、とある街の住人をランダムに選出しましたと言っても違和感がない客層なのである。

     おそらく、私と同じように普段は全く違うジャンルの音楽を聴いている人たちも多いのではないかと思う。

     ライブが始まると、彼女は歌う前に、綺麗なガラスペンを使ってサラサラと文字を書き始めた。そして、その文字がスクリーンへと映し出される。

     きっと、素敵なことを書いてあるのだろう。
     推定系なのは、私の席が3階席のほぼ最後部にあたる席で、目の悪い私にはほとんど読めなかったからである。このときほど、己の視力を恨んだことはない。
     なんとか、最後にライブタイトルを書いていたのだけはわかったので、私はにんまりした。

     そして、静かにライブは始まった。その後の時間は、もはや音楽を浴びているに近い感覚である。約二時間の間、私の心が浄化されていくのを感じるのであった。
     多分、しかるべき機械で計測すれば、何かしらの成分や作用が証明されると思う。

     そして、曲と曲の間のフリートークも彼女らしい爛漫なもので、曲が出来た由来や、歌っている最中に考えていることなどをリズミカルに語っていたのだ。

     その日は雨であったが、「足元が潤うなか来てくれて」と表現していたのが、個人的にはとても印象的であった。

     いつかの機会にパクッてやろうと思ったが、私が同じ表現を言っても、「このおじさんは、言葉を知らない」と思われそうなので、やめておくことにする。

     人の言葉は、他人がむやみに使ってはいけないのである。

     その禁を犯した結果が、以下の文字の羅列である。
     明らかに他人の言葉を使っていることがおわかりいただけるであろう。

    ・文月の衣紋に綴る熱帯魚
    ・東京の悪夢
    ・金田一少年の事件簿ごっこ
    ・中馬違いの条々
    ・小役人日記 霞ヶ関出向編おまけ①シュレッダー
    ・飲み会嫌いが15年かけて編み出した『風林火山』
    ・SSRの臼井先生

     これでは、私の言葉たちがあまりに不憫ではないか。

     次回のライブ前数日の投稿は、もっと文学的な綺麗なタイトルにしておきたい。

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    40歳前後の国家公務員。小役人の日常や子どもの頃の出来事など、実話をもとにしたエッセイを書いています。

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