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私の消えない傷

     人が生きていく上で、傷つくことは避けられない。理不尽に受けた傷もあれば、自らの優しさが生んだ勲章のような傷もあるであろう。
     眠れない夜には、そうした傷跡が疼くものである。

     私には、消そうとも消せない三つの傷跡がある。今回は、思い切ってその傷跡を告白したいと思う。

     まず、1つ目は、私の左手首に残りし鉛筆の芯の跡である。これは、私が小学生に入ったばかりの頃、隣の席の女の子からやられたものである。

     事の発端は覚えていないが、確か、何らかの理由で私がその女の子を泣かせてしまったのである。それにうろたえた私は、お詫びの気持ちとして、

     「えんぴつ注射していいから!
      えんぴつ注射していいから!」

     と連呼し、その女の子から思いっきり、えんぴつ注射されたのである。

     えんぴつ注射とは、その名のとおり、鉛筆を注射に見立てて芯からグッサリ刺すことを意味する。なぜこんな無益なことをやらせたのかわからないが、あれから30年以上もたった現在も、その跡は残っているのである。私の優しさが生んだ傷と言えよう。

     2つ目は、同じく左手の甲に残りし、猫の引っかき傷である。小学校低学年の頃に、祖母の飼っている猫にやられたものだ。

     子どもという生き物は、猫の尻尾が大好きな生き物である。そして、猫という生き物は、しつこく付きまとってくる子どもが大嫌いな生き物なのである。

     両者の想いはすれ違い、追い立てまくる私に腹を立てた猫側の手痛い反撃の跡として、今も残っているのである。しかも、成長とともに傷跡も拡大しているのが面白い。

     なお、こんなことがあれば猫嫌いになりそうなものであるが、私は今も完全なる猫派である。今度は追い回さないので、いつか猫を飼いたい。

     さて、3つ目の傷であるが、これは私の胸に残っている。これまでの2つのように、はっきりと傷という形があるわけではないのであるが、確かにそこにあるのである。

     この傷は、中学生であったときについた。青春時代とは何かと傷つきやすい時期なのである。

     プールの時間、友達の一人から、こう指摘されたことにより、それは判明した。

     「中馬、お前胸の一部が白くね?」

     鏡を見ると、確かに胸の一部が色落ちしたように白くなっていた。

     何か重大な病気かもしれないと、すぐさま皮膚科に行ったのだが、医師の診断はこうだった。

     「一時的に皮膚の色素がなくなってるだけだね。言ってみれば、細胞がサボってるようなものだよ。この薬塗っておけば、すぐに戻るよ。」

     当時、無気力中学生だった私はこう思った。細胞すらも無気力なのかと。

     そして、もらった薬を塗るのもサボってしまったため、今もなお胸の一部が白いままなのである。

     
     
     
    40歳前後の国家公務員。小役人の日常や子どもの頃の出来事など、実話をもとにしたエッセイを書いています。

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