
中馬違いの条々
時は慶長五年(1600年)、豊臣家の家臣・石田三成らは、関ヶ原の合戦に先立ち、徳川家康の数々の非行を糾弾する文書を発布した。
世にいう「内府違いの条々」である。
それから、約四百年の時が流れた現代。
私の先輩である横山係長は、飲み会の席で数々の無礼を働いた後輩の中馬に対し、グループLINE上での公開お説教に踏み切った。
世にいう「中馬違いの条々」である。
「内府違いの条々」が、いわば勝手に三成らが諸大名にばらまいたものであるのとは異なり、「中馬違いの条々」は、ダイレクトかつ瞬時に私のもとへと届けられたのである。四百年の間に文明は進んだのだ。
さらに、「内府違いの条々」は13か条から成り立つ糾弾文であるが、「中馬違いの条々」はわずか5か条のみであったことも大きな差である。家康より8か条も少ないのであるから、私の「違い」も大したものではないのである。
とはいえ、グループLINE上には私の後輩も多数含まれているのである。黙殺でよかった家康とは異なり、適切な反論をしなければ、私の名誉が失墜してしまうのだ。
以下がその糾弾内容と私の反論である。皆さまには、いずれに正義があるやを判断いただきたい。
ただし、その前に横山係長について少しだけ説明したい。
横山係長とは、当時の私より10歳以上は年上の40過ぎの男性で、そのふくよかな体型と温厚な性格から、誰からも愛される人気者であったのである。
そう、普段は飲み会の席ですら物腰低い私が、安心していじれるほどに。
中馬違いの条々
①自分(横山さん)の野菜嫌いを知っていながら、野菜を大盛り取り分けてきたこと。
【反論】
冒頭から言いがかりのような非難である。確かに、横山さんが野菜嫌いなのは承知していた。だからといって、野菜を少なめにすることが、果たして横山さんのためになるであろうか。
こういった場でしか自主的に野菜を食べないのは目に見えているのであるから、大盛り取り分けることに感謝されこそすれ、非難される覚えはないのである。
②猫が飼いたいという後輩女性に対して、「横山さんが猫耳をつければよい」と言ったこと。
【反論】
後輩女性が、「ノルウェージャンフォレストキャット」という猫を飼いたいという話をしていたのは事実である。
そこで、おそらく猫になりたがっているであろう横山さんに対して、猫耳をつけて猫になってみるのはどうかという提案をしたのだ。
それに、「ヨコヤマジャンフォレストキャット」という名称も悪くはないと思ったのである。
この提案は、なぜか後輩女性からも怒られる結果となったが、私としてはウィンウィンなコーディネートをしたつもりだったのだ。
③お会計の後、お店にあった置物のタヌキに向かって、「横山さーん」と呼びかけたこと。
【反論】
これは、純粋に見間違えたのであろう。
私もシラフではなかったのだ。ご容赦いただきたい。
④翌日の出勤後、すぐに「もう帰りたい」と弱音を吐いたこと。
【反論】
これこそ、私を貶めるがための捏造というやつである。仕事を愛する私が、そのようなセリフを言うわけがないのである。
中国の古いことわざで、「猛火選りたい」という言葉がある。
世の中には様々な火(情熱)があるが、そのなかでも自分は猛火(より大きな情熱)を選びたいものだ、という意味の言葉である。
きっと、私がこの言葉をつぶやいてモチベーションを高めていたのを、邪な心で聞いているから勘違いしたのである。
ただ、今ググったら、そんなことわざはこの世になかった。
⑤飲みすぎて体調が悪くなった自分(横山さん)を見て、ゲラゲラ笑っていたこと。
【反論】
弱った横山さんをみるのは、大変愉快である。
以上のとおり、「中馬違いの条々」は完膚なきまでに論破されたのである。
それにしても、横山さんは一回りも年下の私からこんな言われようでも、笑って許してくれる大人な方であったのだ。
もはや後輩の尊敬など獲得しようがない私であるが、せめて、こうした包容力を持つ大人になりたいものである。