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【読曞】月の裏偎日本文化ぞの芖角 その

    出版情報

    • タむトル月の裏偎日本文化ぞの芖角

    • 著者クロヌド・レノィ=ストロヌス

    • 翻蚳川田順造

    • 出版瀟 ‏ : ‎ 䞭倮公論新瀟 (2014/7/9)

    • 単行本 ‏ : ‎ 176ペヌゞ

    著者略歎

    著者レノィ=ストロヌスは著名なフランスの文化人類孊者で、代衚的な著䜜は『悲しき熱垯』である。婚姻関係をはじめずする他グルヌプずのやりずりには芏則性構造がある、ず提唱した。構造䞻矩の第䞀人者でもある。残念なこずに幎に歳でお亡くなりになっおいる。生たれたのは幎。

    月の裏偎

     長い長い玹介ず感想文を兌ねた本皿はレノィ=ストロヌスの日本ぞの愛ず日本ぞの期埅で始たった。最終回の今回は読んでいおアレず思ったこず、曞き残した感じになっおいるこずなどを぀ら぀らず曞いおいく。
     いうたでもなくレノィ=ストロヌスは博識、博芧匷蚘。最匷すぎお本皿は取りこがしもいいずころだろう。咀嚌どころか䞀口も霧らず終わった項目も倚いように思う。興味をお持ちになったらぜひぜひ『月の裏偎』を手に取っおくださいたせ。

    改めお、月の裏偎

    地球から芋える月の衚偎は、゚ゞプト、ギリシャ、ロヌマ以来の旧䞖界の歎史。月の裏偎は、日本やアメリカなど、ペヌロッパから芋お新参な地域の歎史、を意味しおいるのだそうだ。

    いわば月の、目に芋える偎 - ゚ゞプト、ギリシャ、ロヌマ以来の旧䞖界の歎史 - からではなく、月の隠れた偎 - こちらは日本孊者、アメリカ孊者の領分です - から歎史に取り組むものにずっお、日本史の重芁性は他の歎史、぀たり叀代䞖界や、叀兞期以前のペヌロッパの歎史の重芁性ず同じくらい戊略的な意味を持っおいたす。

    月の裏偎 p57-p58

    フランス革呜ず職人たち

    フランス革呜は職人街フォヌブル・サンタントワヌヌから始たったずいう。

    パリのフォヌブル・サンタントワヌヌ呚蟺やそのほかの堎所では、今も玠晎らしい技術が䌝わっおいたす。

    月の裏偎 p66

     本曞の䞭で、䜕床かフランス革呜に述べおいる箇所がある。日本の明治維新ず比范しお。あえお芁玄すれば、フランス革呜は結局新興産業をどのように育成するか、ずいう戊いでもあった。王政を倒さず、王様䞻導で産業育成されおいたら、フランスはむギリスなんかぶっちぎりで远い越せたのになぁ、ずいうずころか。長くなるが匕甚しよう。

    私は明治時代に日本で起こったこずを、その䞖玀前の幎にフランスであったこずず比范しおみたくなりたす。なぜなら明治は、封建制 から資本䞻矩ぞの移行の時期でしたが、フランス革呜は瀕死の封建制、そしお有産階玚の圹人ずわずかばかりの土地にしがみ぀く蟲民たちが生み出し぀぀あった資本䞻矩、この䞡方を砎壊したからです。もしフランス革呜が䞊から、王に察抗するのではなく王によっお - 封建制のなかで継承された特暩を貎族から取り䞊げるが、富には手を぀けないずいうやり方で - 行われたずしたら、貎族だけがあえお手を出しおいた倧きな䌁お資本䞻矩が飛躍的な発展を遂げおいたかもしれたせん。䞖玀フランスず䞖玀日本は、囜民を囜家共同䜓に同化させるずいう同じ問題に盎面しおいたした。幎の革呜が明治維新のようなやり方で進行しおいたら、おそらく䞖玀フランスはペヌロッパにおける日本になっおいたでしょう。

    月の裏偎 p56-57

    ぀たり、フランス人識者の䞭には、フランス革呜なんおなければよかった、ず思っおいる人がいる、ずいうこずだ。ベルばらをはじめ、フランス革呜倧奜きな日本人ずしおは、耇雑な心境 ずいうずころだろうか。

    バロック音楜ず䞉味線

     私は䞉味線の音は倧奜きだが、残念なこずに音楜自䜓、習慣ずしお聎くこずはない。音皋のこずを蚀われおも、なんのこずやらさっぱり、だ。

    日本の音階は、極東の他のどの音階にも䌌おいないずいうこずでした このように長音皋ず短音皋を接近しお察立させるこずによっお、日本の音階は、人の心の動きを巧みに衚珟できるようになっおいたす。あるずきは蚎えるような、あるずきは甘矎に物悲しい旋埋は、それを聎く日本の䌝統にたったくなじみのない者の心にも、平安時代の文孊の底流の䞀぀をなしおいる「もののあわれ」が音楜でも衚珟されおいるのです。

    月の裏偎 p14-p15

    日本の音楜からも「もののあわれ」を感じおいる著者。たた次のようにも衚珟しおいる。

    日本音楜には和音の䜓系がありたせん。音を混ぜるこずを拒吊するのです。日本音楜は、そのかわりに音を混ぜないで抑揚を぀けるのです。 日本の和音は、同じ瞬間ではなく時間の流れの䞭で生たれたす。

    月の裏偎 p31

    たた日本文明は音調文明である、ず述べおいる。これはあえお蚀えば「蚀霊」に近い抂念だろうか。

    日本語は音調蚀語ではありたせん。けれども、日本文明の党䜓は、音調文明であるように思われたす 経隓から埗られた䞀぀䞀぀のデヌタが他の領域に共鳎を呌び起こすのです。

    月の裏偎 p34-p35

    日本文明は「音調文明」のように思えるず 共鳎、すなわち物事を喚起する力が、「もののあわれ」ずいう謎めいた衚珟が暗に意味しおいる様盞の䞀぀ではないか、ず思うのです。

    月の裏偎 p55

    著者はこれを「もののあわれ」ではないか、ず蚀っおいるのだが、「共鳎、すなわち物事を喚起する力」ずいうこずであれば、やはり「蚀霊」に近い気がする。蚀霊の音バヌゞョン。音霊、か。
     ちょっず脱線するが、本曞を読んでいるず亀響曲ずいうよりはバロック音楜やバッハの曲を連想しおしたう。察䜍法ずいうべきか。䞻旋埋があり副旋埋ず亀差し和音もありながら、䜕床も䞻題が珟れ消えおいく。建築のように組み䞊げられた総䜓。

    異囜人の目を通しお己を芋る

    調査研究や講挔、芳光旅行䞭に、著者はしょっちゅう日本人に問いかけられるこずになる。「日本人ずは䜕者だず思いたすか」ず。
     倚分、欧米では「自分は、フランス人は、こういうもの、です」ず自分から自分をよく知っおもらおうず、自己玹介や情報発信をするのだろう。自己から倖偎ぞず意識が向かっおいく。遠心的。日本人は倖偎から自己ぞず意識が向かう。求心的。

    私が日本にいるのは、人が芋せおくれるものを眺めるだけではなく、私が日本人ず接するこずで䜜り䞊げたむメヌゞのなかで、日本人が自分たち自身を芋るずいう機䌚 を日本人に提䟛するためなのではないか、ず思った 

    月の裏偎 p51

    䞭囜文化ずの違い

    なぜだか、レノィ=ストロヌスはちょいちょい日本文化は䞭囜文化ずはたったく違うずアピヌルする。ディスっおるず思わせる文章もちらほら 考えすぎか。

    䞭囜の音楜は抑揚に乏しく、物事のはかなさや、時の残酷なう぀ろいの感芚を呌び起こすには、適さないように思われたすけれども 

    月の裏偎 p15

    日本のグラフィック・アヌトでは、単色ず線ずが、察立をなし、同時に補完し合っおもいたす。䞭囜匏のふんだんな耇雑さからは、およそ遠いのです。ただし、ある時代、ある領域では、明らかに䞭囜は日本の着想の源でした。

    月の裏偎 p27

    䞖玀から䞖玀のフランス矎術家たちに圱響を䞎えた日本の芞術のうちにある極めお深い䜕かを衚明するもの は、けっしお䞭囜のものではなく、線描ず色圩が独立しおいるこず、぀たり衚珟力豊かな線ず平面的に塗られた色圩が特城です。この盞互の独立は 版画がよく衚珟できたす。なぜなら䞭囜の絵画は筆遣いの衚珟が特城だず思われたすが、朚版画はもずもず筆遣いを衚珟するのに向いおいないからです。

    月の裏偎 p52-p53

    䞭囜の仏教ず日本の仏教の違いの䞀぀は、䞭囜では同じ寺院のなかに異なる宗掟が共存しおいるのに察しお、日本では䞖玀から、ある寺院は倩台宗だけ、ある寺院は真蚀宗だけずいう具合になりたした。しかるべき分離を保ずうずする努力が別の分野に衚れた䟋です 日本人には䞊倖れたやり方で手段を節玄するずいう性質がありたす。これが日本粟神を本居宣長 がいうずころの「䞭囜颚の仰々しい饒舌」に察立させおいたす。この手段の䞊倖れた節玄によっお䞀぀䞀぀の芁玠が耇数の意味を持぀ようになり 

    月の裏偎 p54

    日本料理はほずんど脂肪を䜿わず、自然の玠材をそのたた盛り付け、それをどう混ぜ合わせるかは食べる人の遞択ず䞻䜓性にたかされおいたす。これほど䞭華料理から遠く隔たっおいるものはありたせん。

    月の裏偎 p54

    ナダダ人 レノィ=ストロヌス

    姓の「レノィ」はナダダ教の祭叞階玚であるこずを瀺しおいる。だけれど『月の裏偎』にはナダダ人であるこずは䞀蚀も曞かれおいない。孊生のころ読んだ『悲しき熱垯』には曞かれおいたような気がする。今時は自分の民族性を明かさないのがお䜜法なのか。あるいはフランス人であるこずに誇りを感じおいるのか。それこそが地球からは決しお芋るこずのできない月の裏偎であるかのようだ。

    デカルト、真、善、矎

    【読曞】月の裏偎日本文化ぞの芖角 そので述べたように、著者は「われ思うゆえにわれあり」は日本語に翻蚳䞍可胜だろうずいう。

    デカルトの「われ思うゆえにわれあり」は、厳密には日本語に翻蚳䞍可胜であるずさえ蚀えたす。

    月の裏偎 p38

    この蚀説は私にはかなりむンパクトがあった。だが道元ずデカルトずは自己を疑う、あるいは吊定する、ずいう点では同じ、あるいは䌌おいる。方向性は違うのだが。方向性の違いずは、日本が求心的であり西掋が遠心的ずいうこず。

    ですから、旧䞖界の䞡端に、批評粟神の぀の圢がパラレルに珟れたこずになりたす。䞡者は察照的な領域で力を発揮しおいたすが、お互いに䌌おいたす。

    月の裏偎 p35

    そしおどうやら、デカルトが倖に向かっお遠心するためには、完党性ずいう雛圢ず、神ずいう仕組みが必芁そうである。

    「完党」があるから「䞍完党」がありたす。
    「必然」があるから「偶然」がありたす。
    完党なものの芳念は、完党なものにしかわかりたせん。それでは、なぜ䞍完党な存圚である「私」が、完党な存圚を知っおいるのか
    「完党な存圚」ずはなんでしょうか
    無限・氞遠・普遍・必然・党知・党胜 わかりやすく衚珟するなら「神」のこずです。
    䞍完党な私は、完党なる存圚のおかげで存圚しおいる、だから神は存圚する。ず結論づけたす。 
    デカルトは神から䞎えられた芳念をもずに、明晰刀明に認識したものはすべお正しいず結論づけたした。これによっお、これたで「停」ずはすべお正しいず結論づけたした。これによっお、これたで「停」ずしおいた思考や掚論などぞ信頌も回埩したす。 
    デカルトは「我思うゆえに我あり」ずいうシンプルな原理から、珟代のテヌマにもなり埗るさたざたな論を展開しおいきたす。

    方法論序説近代哲孊の父・デカルトの思考法を解説【我思うゆえに我あり】

    道元や他の仏教埒たちにはそういう抂念䞊の杖は必芁だったのだろうか
    それはたた、別の冒険 。

    終わりに

    ペヌゞほどの本でしたが、内容が濃かったです。本圓に楜しく孊べたした。著者のレノィ=ストロヌス先生、翻蚳の川田先生に感謝するずずもに、読んでくださったみなさたにも感謝です。お読みくださり、ありがずうございたした。


    匕甚内、匕甚倖に関わらず、倪字、䞊字の区別は、本皿䜜者が぀けたした。
    文䞭数字に぀いおは、匕甚内、匕甚倖に関わらず、挢数字、ロヌマ数字は、その時々で読みやすいず刀断した方を本皿䜜者の刀断で䜿甚しおいたす。

    おたけさらに芋識を広げたり知識を深めたい方のために

    ちょっず怜玢しお気持ちに匕っかかったものを茉せおみたす。
    読んでいない本も掲茉しおいたすが、面癜そうだったので、ご参考たでに。

    写真を芋る限り、時が止たったような職人街。ここから暎力に次ぐ暎力ぞず展開したフランス革呜が起きたずはずおも思えないような、のどかさ、だ。そういえばフリヌメむ゜ンは石工の集たり。そういうこず

    久しぶりに読みたい方ぞ

    レノィ=ストロヌスの著䜜たち

    方法論序説です。掲茉させおいただいた芁玄はたんが版の関連サむトから。

     
     
    人間ず瀟䌚ず幞せに぀いお孊び始めたアラカンおばさんです。 アむコンドヌルの名前は「ぞヌた」ず「ろっちゃん」。 時々むむね匕き剥がしが起きおいるそうです。お知らせくださった方ありがずうございたす。 そんなに歌劇💊なこずは曞いおないZO Amazonア゜シ゚むト参加䞭。

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