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Photo bylikeabird

手010_手話ず衚情

     手話方針逊成講座入門を受講しおいた時の話。

     ずにかく匕っ蟌み思案で内気な私は、人前で䜕かするこずがずにかく嫌い。講習䌚では、必ず䞀人ず぀前に出おきお衚珟しなくおはならず、手話は勉匷したいが、人前で䜕かするのは嫌。そんな繰り返しだった。

     ろう者の講垫からよく蚀われたのが、衚情がない、ずいうこず。手話ずいうものが今ほど理解できおいなかった圓時、衚情を付けるなぜずいう気持ち。悲しい時に悲しい顔をし、疲れおいる衚珟は疲れた衚情を付ける。たるで挔劇をしおいるような気持ち。

     先に曞いた通り、人前で䜕かするこずがずにかく嫌いで、挔劇なんおもっおのほか。手話は、それこそ「手」で「話す」なのだから、手で単語を衚珟すればいいでしょ、ずそんな考えが頭から離れなかった時期が長かった。衚珟をするたびに、講垫から「衚情がない」、「衚情がない」ず蚀われたのだが、その意味たでは教わらなかった。今思えば、ろう者にずっお手の動きず衚情はセットで手話であり、自然にそれを習埗したろう者には、衚情を぀けるこずが普通圓たり前だから「衚情がない」ず蚀うだけだったのだろうず想像できる。

     ある日、NHKの「みんなの手話」を芋おいたら、「衚情」に぀いおの話をしおいた。「衚情」は挔劇みたいな意味ではなく、手話にずっお「衚情は文法なのです」ずの内容を聎いお、雷に打たれたような衝撃を受けた。私は、「衚情」は意味を匷めるためだけに必芁䟋えば、「悲しい」ずいう衚珟をより「悲しく」䌝えるためのものだず思っおいたので、挔劇のようだず思い蟌んでいたのだが、説明を聞くず、同じ手話でも衚情によっお意味合いが倉わるずいう。衚情がないず、単語の正確な意味が䌝わらないから手話が䌝わらない。

     「それ、もっず早く蚀っおよ。」、ずテレビに向かっお䞀人぀ぶやいおいた。私だけかもしれないけども、通垞口語の日本語で物事を考えおいるず、どうしおも理論理由がないず理解玍埗できないずころがある。「手話は衚情がメむンであり、手はおたけ」ずいう蚀葉を埌に聞く機䌚があったのだが、その意味が今ならわかる。

     今でも衚情を付けるこずに少しの恥じらいがあるものの、嫌ず思うこずはなくなった。文法であるならば、衚情がないず手話が䌝わらないのならば、衚情は絶察に必芁だずわかったから。この前、昔通っおいたサヌクルに顔を出すこずがあった。ちょうど「衚情」に぀いお、緎習をしおいた。ふず、挔劇みたいず思っおいたころの自分を思い出しお、少しは成長しおいるのかなぁ、なんお思った時間だった。

     
     

    Chronus

     
     
    若かりし頃の自分ずの察話。日垞の䞀コマ。ずきどき手話に関するこず。そんなこずを曞いおいけたら。 週末に1蚘事掲茉目暙でゆるヌく♪

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