
【出産記録】お腹の中で聴いていた歌
腹部に違和感があり、朝の5時に目が覚めた。
痛い気がする。
規則的に、痛みが来ている気がする。
……でも、まだ確信が持てない。
結局8時くらいまで待ってから、ようやく夫を起こした。
11時頃に病院に行くと、もう少し子宮口が開いてから戻ってくるように言われる。
痛いけれど、そう言われては仕方ない。
家に戻り、お産が進むように半身浴で体を温めることにした。
夫が買ってきてくれたおにぎりを頬張りつつ、妊娠中ずっと口ずさんでいたお気に入りの曲を心の中で再生しながら、その時に備えた。
痛みの間隔が短くなるまで、1時間もかからなかったと思う。
一気に痛みの強さが増した。
呼吸を止めて、グッと堪えなくてはならないほどの痛みだ。
陣痛とは不思議なもので。
痛みが数分間隔でやってくるから、痛くない時間は、まるで何も起きていないかのように普通に会話ができる。
しかし突然、子宮をねじり上げられるような激痛が襲ってくる。
タクシーに乗ってから分娩室にたどり着くまで、「だるまさんが転んだ」状態だった。
陣痛が来るたびその場に止まり、痛みが引いたら数歩進む、を繰り返した。
コロナ禍の出産だったので、夫とは入院病棟の手前で別れた。
不安を感じる余裕すら正直なく、頭の中は「麻酔」の文字で埋め尽くされていた。
やっと麻酔を入れてもらうと、しばらくして痛みが魔法のように消えた。
そこから子宮口が7センチほど開くまでの間は、夫や家族、親友とゆったりLINEをして過ごしていた。
しかし、子宮口が全開になり、「いざ分娩!」という時になっても、子どもが降りてこない。
頭が下に向いていないのだ。
逆子でもない。
いわゆる「回旋異常」で、子どもは産道に対して横向きのまま、まったく降りてこなくなってしまった。
それまでの「本当にこれから産むの?」というのんびりした空気は、一変した。
分娩台では四つん這いになったりと、あらゆる体勢でいきんだが、一向にお産は進まず、手応えもまるでない。
気づけば10人ほどのスタッフに囲まれ、大掛かりな出産となっていた。
自分の股元で何が起きているのか、見当もつかない。
いや、見当がつかなくて幸いだったのかもしれない。
2人の医師が交代で子どもを引っ張り出そうと奮闘し、男性スタッフは私のお腹を、容赦なく何度も押した。
私も陣痛の波が来るたびに、「早く出してあげなきゃ!」と全力でいきんだ。
吸引4回目で、医師が「次で出なければ緊急帝王切開になります」と言った。
その場で同意書を書かされたのだが、追加した麻酔のせいか、署名が乱れに乱れていた。
ここまで来て、お腹を切るなんて絶対に嫌だ!!
友人の過酷な緊急帝王切開の話が、脳裏をよぎる。
渾身の力をこめて、いきんだ次の瞬間。
「おめでとうございます!」という声が聞こえた。
ほっとしたのも束の間、子どもの産声が聞こえてこない。
「子どもは大丈夫なのでしょうか」と声をかけるが、十分な説明はない。
あったのかもしれないが、麻酔と疲労で酩酊していて、聞き取れていなかった可能性もある。
助産師の「写真撮りますか?」という言葉で、ようやく子どもが無事だと分かった。
だが、その写真を見て、再び不安が押し寄せる。
口をぎゅっと結び、背中を反らせてとても苦しそうだったからだ。
(なぜあの状態で撮影したのかは、いまだに分からない)
ただ、子どもの顔は亡くなった父にどこか似ていた。
父が天国から手伝ってくれたのかもしれない。
酸素マスクをつけられた子どもは、そのまま新生児集中治療室(NICU)に運ばれていった。
抱かせてもらうことも、触れることもできないまま。
出産の処置が終わり、気がつくと私は車椅子に座らされていた。
口は全開で、首は後ろにがくんと倒れている。
「私ってば、あまりにひどい顔で寝ていたのでは」と慌てて背筋を伸ばす。
だが、違った。
部屋に戻ろうとベッドから立ち上がり、数歩歩いたところで、私は突然意識を失って倒れたらしい。
子どもの詳しい状態は説明されないまま、ベッドごと病室へ移動した。
出産したのは23時。
眠いはずなのに目が冴えて眠れない。
夫とはずっとLINEで連絡を取り合っていた。
そんな中、病院から夫に呼び出しの電話がかかってきた。
状況を説明したいので、夜中の3時頃に来てほしい、とのこと。
夫も不安で、じっと家で待っていることもできず、真っ暗な夜道を歩いて病院へやってきた。
灯りがほとんど消えた病棟は恐ろしく、不安も相まって絶望的な気持ちになったそうだ。
「子どもは助かるんでしょうか」
夫がおそるおそる尋ねると、「それは大丈夫ですよ」と、拍子抜けするほど軽い口調で返されたらしい。
どうやら「新生児一過性多呼吸」といって、出生直後に肺に残っている水分の吸収が遅れることで、一時的に呼吸が速くなったりする状態になっていたようだ。
夫からLINEで説明してもらい、朝の5時頃、やっと眠りにつくことができた。
翌朝10時頃、新生児科の医師2名が説明にきてくれた。
夫から聞いていたものの、改めて「命に別状はなく、後遺症が残ることもない」と言われ、安心して涙が溢れた。
午後には面会できると聞き、なんだか落ち着かず、そわそわしながら数時間を過ごした。
身体中は痛み、まだフラフラもしていたが、心はとても軽かった。
出産から15時間ぶりの対面。
むくみが取れたのか、子どもの顔は出産直後とはまったく違っていた。
医師からは「とても元気で心配いらない」と言われたものの、小さな体にたくさんの管がつながれている姿を見て、胸は痛んだ。
自分の子どもなのに、ただただ見つめることしかできない。
触れていいのかさえためらってしまう。
「抱っこ、できるんでしょうか」
思い切って看護師に尋ねた。
「もちろんですよ!」
私よりひとまわり若い看護師が、慣れた手つきで子どもを抱き上げ、私の腕の中に手渡してくれた。
私はといえば、初めて我が子を抱く緊張と静かな興奮で、だいぶぎこちなかったと思う。
居心地が悪かったのか、子どもは背中を反らせて泣き、私の胸を小さな手でぐっと押し返した。
その時、ふと思いついた。
妊娠中にNetflixの映画『ザ・プロム』を観て以来、その劇中歌である『アンルーリー・ハート(Unruly Heart)』という曲がすっかり気に入り、暇さえあれば歌っていたのだ。
「何度も聴きすぎて、気持ちが悪くなってきちゃう」と夫に苦笑されるほどに。
お腹の中にいたとき、あれだけしつこく聴いていたのだ。
聞こえていないはずがない。
そっと耳元で、そのメロディを歌ってみた。
"Some hearts can conform, fitting the norm, flaunting their love for all to see..."
すると、子どもは突然ぴたっと動きを止めて静かになった。
まだ焦点も合っていないはずの目で、こちらをじっと見つめ、耳を澄ませているように見えた。
この子は覚えていたのだ。
その時の気持ちは、どうやっても言葉に表せない。
小さな小さな体を抱きしめながら、私はただ、その愛しい顔を見つめていた。
いつか一緒に歌えるだろうか。
この曲を聴くたびに、あの日のことを思い出す。
生まれてきてくれてありがとう。