母の「変だよ」に感じたモヤモヤ
もやもやしている。
一度受け流したけれど、戻ってきた。
忙しくて忘れるけれど、また戻ってきた。
忘れるのは得意なはずなのに。
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5歳は「びっくりさせられるもの」に非常に敏感だ。
例えば、外出先のトイレ。
最新モデルであればあるほど怖がる。
勝手にふたが開くのはアウト。
青い光を放ちながら便器内を自動洗浄するのもアウト。
自動で流れるのもアウト。
「自分のタイミングではない」ところで何かが起こることに対する予期不安なのだと思う。
お化け屋敷に入って、「来るか、来るか……?」と緊張しながら歩いている時に、ババン!と出てこられて飛び跳ねる、あんな感じだろう。
お化けじゃなくて、自動洗浄トイレだけど。
土曜日に母と合流し、みんなで科学館に行った。
いろいろなものに興味がある5歳は、とても楽しんでいた。
しかし、5歳が立っていた地面に映る映像が、突然宇宙に向けて動き出した時のこと。
効果音も相まって、5歳がプチパニックを起こした。
「怖い怖い怖い怖い!」
と言いながら耳を両手で塞ぎ、まるで火の上を歩くかのように、地面をつま先で蹴って走って逃げていった。
「5歳には怖かったか……」
そう思って後ろ姿を見守っていると、隣にいた母が鼻で笑いながら吐き捨てるように言った。
笑っていない笑い。
「何あれ。変だよ」
5歳の行動が普通じゃなくて恥ずかしい、と感じたのだろうか。
本当に嫌な感じだった。
そして、トリガーを引かれた感覚があった。
この「嘲笑」のせいで、かつての自分が自分らしさを無意識のうちに抑えていたことを思い出したのかもしれない。
他者の評価を気にしてしまいがちな原因の一つはこれだ、と。
これは、シェイミングだよ(幸い、本人には聞こえていないけれど)。
「5歳は音に繊細で、びっくりするとああいう反応をすることがあるんだよね。
夫もそういうところがあるから、似ているのかもしれない」
「そういう人もいるし、それが別におかしなことではない」
というトーンで私がたしなめるように言うと、母は不満そうに「ふーん」と言い放った。
え……感じ悪……
私は「恥」を植えつける人が大嫌いだ。
考えてみると、嫌な感じで「ふーん」と言い放つような人たちとの縁はすべて切ってきた。
私の人生に、私の大切な人の人生に、そういう意地の悪い人はいらない。
カットカット!
が、母親はそういうわけにもいかない。
子どもたちは母を慕っている。
母が不用意に子どもたちを傷つけませんように、と祈るばかりである。
家族って難しい。
