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【カラダの中の事件簿 File.01】血管に居座る容疑者── コレステロール、冤罪の真相 ──

    「先生、今年もまた、コレステロールが高いって出ちゃいました……」

    私の外来では、そう言って、健康診断の紙をそっと差し出される方が、少なくありません。多くの場合、その方は続けて、こんな話をされます。

    「じつは、知り合いの方も、コレステロールが高いって言っていたんですけど、この前、心筋梗塞で倒れてしまって……。先生、私、大丈夫でしょうか」

    紙を受け取り、数値を眺める私の胸には、そのたびに、こみ上げてくる思いがあります。

    ── ああ、本当に、この方に、伝えられたらいいのに。
    コレステロールは、じつは、体になくてはならない、とても大事なものなんですよ。「悪玉」なんて呼ばれてしまっているけれど、あの子は、本当は、血管を直そうと働いている、真面目な職人でしてね……。

    けれど、そんな話を始めていたら、次の患者さんをお待たせしてしまう。時間が、まったく足りない。だから私は、たいてい、こんなふうに言葉を選ぶことになります。

    「まあ、このくらいでしたら、大丈夫ですよ。食生活だけ、少し気をつけてみてくださいね」

    ── ほんとうは、もっと、たくさんの話をしたかったのに。

    そうして家に戻られた患者さんは、翌日から、卵を控え、揚げ物を減らし、朝食にご飯とみそ汁だけを並べる。数か月がんばって、再検査に臨む。それでも、また、同じ数字が返ってくる。──そんな話を、後日の外来でうかがうたびに、私の胸には、あの日の心残りが、また蘇るのです。

    だから、今夜こそ、ゆっくり、お話しさせてください。「悪玉」の名で呼ばれてきた、あの物語の犯人と思われている者の、本当の姿について。

    【事件発生】容疑者は「LDL」


    まず、容疑者の名前を確認します。LDL ── 通称、「悪玉コレステロール」。

    健康診断で「LDLコレステロール」と書かれ、その脇には必ず「悪玉」と補足される、あの数値。生活指導では「これを下げましょう」と繰り返され、テレビや雑誌では「動脈硬化の主犯」と紹介される。私たちの多くは、彼のことを、ろくに人柄を知らないまま、「血管に悪いやつ」だと思い込んでいます。

    たしかに、現場(血管の内側)には、彼はいました。動脈硬化のコブの中にも、彼の運んだコレステロールが、たっぷりと溜まっていた。証拠だけを見れば、動かないように思えます。

    けれど、これから何度も、この事件簿でお伝えしていくことになる、ひとつの原則があります。──**「現場にいた」ということと、「事件を起こした」ということは、まったく別のことなのです。**

    長年の被疑者に、今夜はゆっくり、腰かけて話してもらいましょう。──取り調べを始めましょう。

    【取り調べ】

    LDLは、体を走る「配達トラック」だった

    まず、彼の本業から聞かせてもらいます。

    LDLの正体は、コレステロールを体中に運ぶ配達トラックです。「Low Density Lipoprotein(低密度リポタンパク)」という長い名前は、じつは、彼の姿かたちを表しています。

    リポタンパクとは、「脂質(脂の仲間)」と「タンパク質」でできた運搬車のこと。脂質は水より軽く、タンパク質は水より重いので、荷台に脂質をたっぷり積んだ車は軽くなり、車体(タンパク質の枠組み)の割合が多い車は重くなる。

    LDLは、コレステロールをたっぷり積んで走る、軽くて大きな配達トラック。だから「Low Density(低密度)」──軽い、というわけです。

    そして、この彼、LDLと対をなす、もうひとりの働き者がいます。HDL(High Density Lipoprotein/高密度リポタンパク)、通称「善玉コレステロール」。彼は、配達便で持っていった荷物の余り分を回収して、肝臓まで持ち帰る帰り便。車体を作るタンパク質の割合がぐんと多く、重くて小さな回収トラック。だから「High Density(高密度)」──重い。

    LDLは行き便、HDLは帰り便。二人でひと組の、体の中の物流のパートナーだったのです。「悪玉」「善玉」というのは、後から人間が勝手につけたあだ名にすぎませんでした。

    コレステロールは、体になくてはならない建材


    さて、その配達トラックが積んでいる荷物──コレステロール。彼もまた、名前ばかりが悪者にされていますが、じつは、あなたの体になくてはならない基本の建材です。

    まず、細胞ひとつひとつの膜を作り、その膜をやわらかく、なおかつ壊れないように保つ屋台骨として働いています。とりわけ脳の細胞の膜には、体の中でもっともたくさんのコレステロールが含まれている。神経を包む鞘(さや)の主材料でもある。──脳の安定を、静かに底で支えている建材でもあるのです。

    さらに、性ホルモンや副腎ホルモンの材料になり、脂を消化する胆汁酸のもとになり、日光を浴びればビタミンDにもなる。──コレステロールは、なくなると命に関わる建材なのです。

    そして、ここで大事なことをひとつ。体の中を回っているコレステロールのうち、食事から入ってくるのは、じつは全体の2〜3割ほどにすぎません。残りの約7割は、肝臓が自分で作っているのです。体は、足りなければ肝臓が作り、余れば作るのをやめる。そういう精巧な調節をしています。

    じつは、「卵を減らせば下がる」という常識には、長い誤解の歴史があります。100年ほど前、ロシアの科学者アニチコフが、ウサギに大量の卵をむりやり食べさせて動脈硬化を再現した実験がありました。ここから「卵はコレステロールを増やす」という考えが世界に広まったのです。けれど、ウサギは草食動物。そもそも卵を大量に処理するようにはできていない体でした。──その後、日本で行われた研究(毎日たくさんの卵を食べている養鶏業者の方々を追跡した調査)では、健康な人が卵を毎日食べても、血中のコレステロールに大きな変化はなかったことが示されました。体は、それほど精巧に調節していたのです。

    LDLは「血管の左官屋」── だから現場によく居合わせた


    さらに詳しく聞いてみると、LDLはこう言いました。

    「私は、血管の内側で細かな傷が見つかると、そこにコレステロールをお届けしています。壁のヒビを、補修していただくためです。届けた材料で、体が新しい壁を作ってくれるのです。── ちょうど、家の壁のヒビをコテで直す、左官屋のような仕事ですね」

    血管の内側の壁は、日々、血流にさらされて、目に見えないほど細かく傷ついています。血圧、血糖、タバコの煙、ストレス、加齢。そのたびに、体は材料を運ばせ、壁を保っている。その材料を運んでくるのが、LDLだったのです。

    だから、補修の呼び出しがかかれば、彼は現場に何度でも出向きました。「事件現場に彼がいた」というのは、そういうことだったのです。数字が高いことは、彼が真面目に働いている証しでもあったのです。

    「じつは、途中で、私は、拐(かどわ)かされたのです」


    血管に張り付いてコブを作り、コレステロールを溜め込む。その光景だけを見れば、「主犯はこいつだ」と決めつけたくなる気持ちも、わかります。

    けれど、こう思いませんか。── 同じ左官屋が、あるときから急に、暴れ出す。そんなことは、普通に考えれば、起こらないはずだ、と。

    丁寧に話を聞いていくと、LDLはぽつりと呟きました。

    「じつは、私は、途中で、拐(かどわ)かされたのです。」

    拐かされ、姿を変えられ、味方のはずの細胞にまで、異物として扱われるようになった。── もし、その話が本当なら、LDLは「主犯」ではなく、拐かされたうえに、犯人に仕立て上げられた被害者だったということになります。

    では、彼を拐かした犯人は、いったい誰なのか。取り調べを、真犯人のほうへ、向けなければなりません。


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    【真相】

    拐かした真犯人は、「活性酸素」だった


    犯人は、じつは、あなたの体の中で毎日生まれている、ある一群の分子でした。──活性酸素。

    呼吸をして、酸素からエネルギーを取り出すたびに、体の中では副産物として活性酸素が生まれます。これは、ゼロにはできません。生きているかぎり、生まれ続けるものです。

    そして、適量のうちは、活性酸素もまた、体を守る大切な仕事をしています。マクロファージや好中球という免疫の細胞は、細菌などの侵入者を食べたあと、その体の内側で活性酸素を放って、捕まえた侵入者を分解する道具として使っています。体の中の頼れる「消化液」でもあるのです。── 彼らもまた、故意に動いているわけではありません。

    問題は、その数が、増えすぎたときでした。

    活性酸素は、エネルギーを作ろうとすればするほど、生まれます。プロアスリートが行うような激しすぎる運動でも、大量に生まれる。食品添加物や薬剤、農薬、大気汚染物質を体が解毒するときにも生まれる。加えて、過度な飲酒、食べすぎ、慢性的な睡眠不足、いつまでも抜けないストレス、強い紫外線も、活性酸素を増やす加担者たちです。

    そして、それらすべてを束ねる最大の悪の組織が、あります。──タバコです。

    タバコは、それ自体が毒物を大量に体内に送り込むだけでなく、その毒物を処理するために、活性酸素を桁違いに増やします。喩えるなら、タバコは、闇バイトの指示役。実行犯は活性酸素。組織が動くのはタバコの指示があるからで、現場でLDLに手をかけているのは活性酸素、という関係です。指示役が引き下がらないかぎり、実行犯は現場に出続けます。

    数を増やした活性酸素は、血管の内側で、通りかかったLDLに襲いかかります。LDLから電子を奪い、揺さぶり、原形をとどめないほど変質させる。── これが「酸化」という事件でした。(「電子を奪う」というのが酸化の本質ですが、その仕組みそのものについては、いずれ活性酸素本人を容疑者として呼び出す夜に、じっくりお話しすることにしましょう。)

    変わり果てた彼のことを、私たちは酸化LDLと呼びます。もはや、元の配達トラックの姿ではありません。本人はまだ「配達に来た左官屋」のつもりでいる。けれど、まわりからは、まったくの別人に見えるようになっているのです。

    呼ばれてしまった清掃員たち ── マクロファージの誤算


    血管の壁にたどり着いた酸化LDLは、そこにとどまってしまいます。すると、街のパトロールを担当する、マクロファージという細胞が、現場にやってきます。

    マクロファージの本業は、体の中の「怪しいゴミ」を見つけて食べる、清掃員。けがをしたところ、炎症が起きているところ、細菌が入り込んだところ。そういう現場に真っ先に駆けつけて、異物を飲み込み、片づけていく、頼もしい存在です。

    彼らは、酸化LDLを見て、こう判断します。「これは正体不明の異物だ。片づけなければならない。」

    ── ここで、悲劇が起こります。

    マクロファージには、ふつうの食べ物には、ちゃんと「もうお腹いっぱい」というブレーキがついています。ところが、酸化LDLを取り込む入り口だけは、そのブレーキが、ほとんどきかないのです。

    食べても、食べても、まだ来る。まだ来る。まだ来る。彼らはついに、コレステロールをパンパンに溜め込んで、動けなくなってしまいました。血管の壁で、脂を抱え込んだままの「泡のような細胞」──**泡沫細胞(ほうまつさいぼう)**の姿に変わり、そこから動けなくなってしまうのです。

    壁の職人がやってくる ── 平滑筋細胞と「ふた」の役割


    そこに、さらに応援がやってきます。血管の中膜(真ん中の層)で血管の弾力を保っている職人──平滑筋細胞です。

    彼らは、血管の内側で「異物が居座り、腫れが広がっている」という報告を受けると、仕事熱心に、現場へ出向いてくる。そして、コラーゲンで丈夫な「線維の被膜」── 硬く安定した「ふた」── を作り、腫れが外にはみ出さないように、上からしっかりと覆いをしていく。

    ── ここまでは、まだ、よかったのです。

    じつは、このふたには、とても大切な意味があります。

    ふたの下では、酸化LDLと泡沫細胞が混じり合った、いわば「傷んだままの資材置き場」が広がっている。もし、この資材置き場が、閉じられないままで、直接、血流にさらされてしまったら、どうなるでしょうか。── 血液は、その資材置き場を見て、「これは大変なけがだ」と勘違いするのです。そして、血小板をどっと集め、血のかたまり(血栓)を大慌てで作りはじめる。

    その血のかたまりが、血管の中を、ある瞬間、突然、詰めてしまう。── これこそが、心筋梗塞(心臓の血管が詰まる)、脳梗塞(脳の血管が詰まる)、そして狭心症(血管が急に狭くなる)などの正体でした。動脈硬化の本当の恐ろしさは、じつは、コブがあること自体ではなかった。そのコブのふたが、ある日、破れてしまうこと── そこにあったのです。

    だから、平滑筋細胞が丈夫なふたを作ってくれることは、私たちを突然の惨事──狭心症や梗塞などの血管狭窄・閉塞──から守ってくれる、命がけの仕事でもあった。「── ここまでは、まだ、よかったのです。」というのは、そういう意味だったのです。

    ふたが、内側からも外側からも、いためつけられる


    けれど、そのふたは、いつまでも安泰、というわけにはいきません。次のような場面で、ふたは、じわじわ、あるいは急激に、いためつけられていきます。

    • 急激な血圧の上下 ── 血管がぐいと伸ばされ、ふたに大きな引っ張りのストレスがかかる。心筋梗塞が、朝の目覚めや興奮したときに多いのも、じつは、血圧の急な変動が引き金になっているためです。

    • 血糖のスパイク ── 血糖が急に上がると、その処理のために活性酸素がまた大量に生まれる。加えて、余った糖が体のタンパク質と結びついてしまう**「糖化」**という現象が起き、ふたのコラーゲンまで、もろく硬くなってしまう。

    • タバコ ── ここでもまた、闇バイトの指示役が顔を出します。タバコは、ふたを分解してしまう酵素を、マクロファージから引き出させる。ふたが、内側から静かに削り取られていく。

    • 炎症 ── 慢性的な炎症(歯周病、感染症、全身のじわじわとした炎症)も、同じくふたを弱める方向に働きます。

    こうして、ふたが薄く、もろくなったところに、平滑筋細胞たち自身も、まわりに散らばった酸化LDLを、少しずつ、少しずつ、取り込みはじめてしまう。彼らもまた、コレステロールを溜め込み、泡のようになって動けなくなる。── 壁の職人が、いつのまにか、清掃員と同じ姿になっている。ふたを補修する働き手そのものが、静かに脱落していく。

    そして、ある日、ふたのいちばん薄いところが、ふっと破れる。── そこで、あの惨事──狭心症や梗塞などの血管狭窄・閉塞──が起きるのです。

    プラーク(動脈硬化粥腫) ─ 誰の故意でもない、みなの仕事の重なり


    こうして、

    • LDLが、真面目に補修材料を運び、

    • 活性酸素が、通りすがりに彼を拐かして変質させ、

    • マクロファージが、律儀に清掃を試み、

    • 平滑筋細胞が、忠実にふたを作りながら、時に彼ら自身までも食べすぎてしまう。

    そのみなの仕事の重なりが、形になったもの。── これが、動脈硬化のプラーク(動脈硬化粥腫)、つまり血管に居座るあの「コブ」の正体でした。

    不思議ではありませんか。これだけの登場人物が現場にいながら、そのうち誰ひとりとして、「血管を悪くしよう」と思って動いてはいなかったのです。それぞれが、自分の持ち場で、体を守ろうと働いていた。

    ただ、ある一点だけが、違っていた。活性酸素の数が、多すぎたのです。そして、その活性酸素を増やしていたのは、指示役であるタバコをはじめとする、私たちの毎日の暮らし方でした。

    真犯人は、登場人物のなかにはいませんでした。真犯人は、彼らを変質させ、彼らが守ろうとしたふたまで、もろくしてしまう背景── つまり、活性酸素を増やす暮らし方の側にいた、ということです。

    一度できたプラークは、消えないのか?


    ここまで読まれた方から、必ず一度は尋ねられる問いがあります。

    ── では、一度できてしまったコブは、もう、消えないのでしょうか。

    正直にお答えします。「まっさらに元通り」には、なりません。けれど、「それ以上進めないこと」「わずかに小さくしていくこと」「破綻しにくい、丈夫なふたに整えなおすこと」は、できるのです。

    そして、その鍵を握るのが、じつは、あの帰り便のHDLです。HDLは、プラークの中で身動きが取れなくなった泡沫細胞にそっと近づき、彼らが抱え込んでいたコレステロールを引き抜いて、肝臓まで運び出してくれる。これを、医学の言葉では「コレステロールの逆転送」と呼びます。HDLが元気に働いていれば、コブの中身の脂は、少しずつ、少しずつ、抜けていく。中身が薄くなれば、そのぶん、ふたが弾ける危険も、静かに減っていくのです。

    だから、私たちが目指すのは、「コブを消し去る」ことではありません。**「これ以上進行させず、破綻しない安定したものに整えなおす」**こと。血管を、あわてず、ゆっくりと、より安全な状態へと導いていく。それが、日々の暮らしで私たちにできる、いちばん現実的な、そして確かな血管の守り方なのです。

    【明日からできること】
    配達員と、その仕事場を守るために


    LDLを憎まなくてよい、とわかりました。では、私たちに何ができるのか。毎日の暮らしの中で、無理なく続けられることを、五つ、挙げておきます。

    ひとつ。タバコとは、きっぱり縁を切る。


    タバコは、活性酸素を桁違いに増やす、闇バイトの指示役です。指示役が消えれば、現場で暴れる実行犯(活性酸素)の数も、大きく減ります。他のどんな健康法よりも、まずここが、いちばん効きます。

    ただし、ここで大事なことをお伝えしなければなりません。「少しずつ本数を減らして、いつか卒業する」は、じつは、いちばん失敗する方法です。私自身、臨床の場でも、その方法で本当に卒業できた方に、ほとんど出会ったことがありません。タバコには、それをやめさせないように巧妙に仕組まれたメカニズムがあり、量を減らそうとするほど、そこにとらわれ続けてしまうのです。── やめると決めるなら、「今日を最後にする」の一手しかありません。なぜタバコがそんなにも人を離してくれないのか、そのメカニズムそのものを取り調べる夜も、いずれ設ける必要がありそうです。

    ふたつ。活性酸素を、増やしすぎない暮らしを選ぶ。


    過度な飲酒、食べすぎ、睡眠不足、慢性化したストレス、強い紫外線。それに、プロアスリートのような激しすぎる運動も、活性酸素を大量に生みます。食品添加物や薬剤の使いすぎも、体に解毒の負担をかけて、活性酸素を増やす。── 「今日はゼロ」を目指す必要はありません。一日の中で、ひとつだけでも、その負担を減らせる選択ができれば、血管はちゃんと応えてくれます。

    みっつ。抗酸化のちからを、食事から借りる。


    色の濃い野菜、旬の果物、緑茶、大豆、ナッツ、オリーブオイル、ベリー類。食卓に色がいくつあるか、で見てみてください。赤、緑、黄、紫、黒。色が多いほど、抗酸化の応援団は、いろんな顔ぶれで働いてくれます。特定のサプリを一種類だけ大量にとるより、日々の食事に色を足すほうが、体の中では強く働くのです。

    そして、直接の抗酸化ではありませんが、忘れてはならない仲間がもうひとり。青い魚(サバ・イワシ・サンマ・アジなど)に含まれる、EPAやDHAです。EPAやDHA自身は、じつは酸化されやすい脂です。それでも、彼らは血管の慢性的な炎症をなだめ、酸化の連鎖に静かにブレーキをかけてくれる。抗酸化そのものではなく、その隣で、炎の広がりを食い止める役どころ。応援団の頼もしい隣人として、覚えておいてください。

    よっつ。血管の内側を、なるべく傷つけない。


    じつは、これが忘れられがちで、とても大事な視点です。血管に傷ができれば、体はそこを直そうと、補修材料(コレステロール)を余分に呼び寄せます。配達員が現場に何度も呼ばれるほど、事件に巻き込まれる機会も増えるのです。だから、まず「傷そのものを、なるべく作らない」ことが、根っこの対策になります。

    血管の内側を傷つける主な要因は──血圧の急な上下、血糖の激しい振れ、そして水分不足。血圧の急な上下は、じつはここでもタバコが顔を出します。タバコに含まれるニコチンが血管をキュッと縮めることでも、血圧はぐいと跳ね上がるのです。── 指示役は、あちこちの現場に顔を出しています。

    そして、意外と見落とされているのが、水分です。血液がドロッと濃いまま流れると、血管の抵抗が上がり、血圧が上がりやすくなり、血管の内側は削られやすくなる。反対に、こまめに水を口にして血液がサラサラ流れれば、抵抗も下がり、血圧の負担も減り、傷そのものができにくくなる。── 湯呑み一杯の水が、じつは血管への小さな治療なのです。

    いつつ。タンパク質を、しっかりとって、体を少し動かす。


    行き便のLDLよりも、帰り便のHDLは、車体(タンパク質)の割合がずっと多くできています。だから、体のタンパク質が足りていないと、回収便を組み立てる材料が不足して、HDLが十分に増えていきません。魚、卵、肉、大豆製品、乳製品。「今日、タンパク質を食べたかな」と、一日一度、思い出してください。帰り便が増えれば、それだけで、血管の掃除は静かに進みます。

    そして、歩く、階段を選ぶ、家の中で軽く伸びをする。息が少しだけ弾むくらいの動きが、血管の内側を守る力(内皮の働き)を保ってくれます。「運動しなければ」と気負うのではなく、「今日は五分だけ余分に歩けたな」で十分。血管は、その小さな習慣を、ちゃんと覚えてくれます。

    取り調べを担当した医師から、ひとこと


    LDLは、動脈硬化の「主犯」ではありませんでした。彼は、血管の内側を補修するために、今日も静かに走り続けている、真面目な左官屋でした。「悪玉」の名は、彼にとって、たしかに冤罪だったのです。

    そして、拐かした活性酸素も、酸化LDLを片づけようとしたマクロファージも、腫れにふたをした平滑筋細胞も──誰ひとり、故意に動いてなどいませんでした。責めるべき相手は、彼らではありません。彼らを変質させ、暴走させてしまう、毎日の暮らし方のなかにあります。

    カラダの中に、悪者はいない。いるのは、事情を抱えた容疑者だけ。

    血管を守るということは、LDLの数字だけを引き下げようとすることではありません。配達員である彼が、誇りを持って走れる血管の環境を──指示役のタバコを追い払い、実行犯(活性酸素)を増やしすぎない暮らしで、あなたの手で少しずつ整えていくことです。

    ── 冒頭で紹介したあの患者さんが、今度いらしたときには、こんなふうにお話しできたらいいな、と思うのです。

    「あなたのLDLは、悪玉なんかじゃありませんよ。血管の内側を直そうと、今日も走り回っている、真面目な職人ですよ。あの子が、誇りを持って走れる血管を、これから一緒に整えていきましょうね」と。



    次回 File.05 ──「痛風の犯人と呼ばれた戦士/尿酸、その意外な素顔」

    今夜、血管を拐かしていた真犯人は、活性酸素でした。じつは、その活性酸素と体の中で日々戦っている、頼もしい味方が、私たちの体にはいます。──尿酸。健康診断で「高いですね、痛風になりますよ」と、これまた叱られ続けてきた、あの尿酸です。彼もまた、「悪玉」と呼ばれながら、本当は体を守る戦士のひとりでした。けれど、なぜ、頼もしい味方が、時に関節で暴れてしまうのか。──次の夜の診察室で、もう一人の容疑者に、静かに座ってもらいましょう。

     
     
    現役内科医のドクターJINです。 2か月で85kgから73kgへ減量、その後18年間リバウンドなしで現在は64kg前後をキープ。 この経験から「腸と遺伝子を整えることが無理なく痩せる鍵」と確信しています。 医学を日常に落とし込み、誰でも続けられる健康習慣をお届けします。

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