見出し画像

スーパーの「高級お刺身パック」を1人分だけ買い、台所で日本酒をちびちびやる

金曜日の夕方、あるいは一週間の疲れがピークに達した平日の夜。

居酒屋に寄り道して飲み明かすほどの体力も気力もない。
かといって、家に帰ってイチから料理を作るのも面倒だし、家族といつも通りの会話を交わしながら夕食を食べるのも、今夜に限っては少しだけ気疲れする。

「誰にも気を遣わず、一人静かに美味しいものを食べて、さっさと酔って眠りたい」

そんな夜に試してほしいのが、夕暮れ時のスーパーマーケットで決行する、密かな「台所飲み」の作法だ。

仕事帰り、スーパーの鮮魚コーナーへと向かう。
普段なら素通りする、あるいはファミリー向けの「お買い得盛り合わせ」に目が行く場所で、今夜狙うのはただ一つ。

ツヤツヤと脂が乗り、丁寧に切り分けられた「一人前の高級お刺身パック」である。


2,000円の居酒屋より、800円の「本マグロ中トロ」

スーパーの鮮魚コーナーの片隅には、家族用パックとは一線を画す「少し贅沢な一品」が並んでいる。

一盛り1,200円の本マグロ中トロ。あるいは、旬のヒラメの昆布締め、天然ぶり、本ボタンエビ。
普段の夕食の食材として買おうとすれば、「家族全員分揃えたら一体いくらになるんだ」と躊躇する価格帯だ。

しかし、今夜買い求めるのは「自分一人分」のわずか一パック。

外の居酒屋に入れば、大しておいしくもないお通しと生ビール、ちょっとしたおつまみだけであっという間に3,000円〜4,000円が飛んでいく。
それを思えば、スーパーの最高級クラスのお刺身パックを800円〜1,200円で買い叩くなど、極めて効率の良い「大人のスマートな贅沢」である。

ついでにリカーショップの棚から、小さめの瓶に入ったちょっと良い日本酒(純米吟醸など)を一本手に入れる。

惣菜用のレジ袋を大事に抱えて帰宅する足取りは、どこか秘密の任務を遂行しているかのように軽やかだ。

テーブルにすらいかない。「台所」という最高の隠れ家

家に到着しても、リビングのダイニングテーブルに綺麗にお皿を並べたりはしない。
今夜の戦場は、あくまで「台所の調理スペース(キッチンスペース)」だ。

家族がテレビを見ているリビングから少し離れた、照明を少し落とした台所。
換気扇の回る静かな音だけが響くその場所は、誰の視線も届かない、完全なプライベート領域(聖域)である。

パックのプラ容器のままでは流石に興ざめなので、小ぶりなお気に入りの平皿に、お刺身を一枚ずつ丁寧に並べ替える。
傍らに、冷やしておいた日本酒と小さなお猪口、そして少し良い醤油とワサビをセットする。

準備はわずか3分で完了だ。

そのままキッチンの立ち飲みスタンドよろしく、カウンターやシンクの脇に軽く腰をかける。

本マグロの一片にワサビをちょんと乗せ、醤油をくぐらせて口に運ぶ。
ねっとりと広がる脂の旨味と赤身のコク。間髪入れずに、キリッと冷えた日本酒をお猪口からちびちびと流し込む。

「……うまい」

声に出す必要すらない。
喉を滑り落ちる熱い感覚と共に、今日一日、あるいは今週一週間で溜まった脳の疲労とストレスが、一気に溶けていくのがわかる。

誰の機嫌も取らない。「うまい」を独り占めする全能感

外の居酒屋での飲み会には、どうしても「ノイズ」が付きまとう。

周囲の騒音、注文のタイミング、連れとの会話のペース配分、割り勘の計算。どれほど楽しい席であっても、50代の脳には微細な気疲れが蓄積していく。

しかし、夜の台所で繰り広げられる「一人刺身飲み」には、ノイズが1ミリも存在しない。

  • 誰かと会話を繋ぐ必要がない。

  • お酌をする必要も、受ける必要もない。

  • 自分のペースだけで、一口一口の味覚に100%集中できる。

「自分は今、最高の食材を、最高のタイミングで、誰にも邪魔されずに味わっている」という静かな全能感。

スーパーで買ったたった一パックのお刺身と一杯の日本酒が、数万円の高級料亭以上の解放感と満足感をたらしてくれるのだ。

大げさなイベントも、散財も必要ない。
日常のほんの少しの角度を変えるだけで、退屈で重たかった夜は、これほどまでに愛おしく、深い味わいを持った時間へと変わるのである。

今夜の帰り道、いつものスーパーの鮮魚コーナーで、一番輝いている小さなパックを手に取ってみてはいかがだろうか。

※TOP画像には、Nanako |ニッキストさんのイラストをお借りしました。


いいなと思ったら応援しよう!