90年代の「月9ドラマ」第1話を今夜見る。あの頃の自分と画面越しの再会
夕飯の片付けが終わり、家族がそれぞれの部屋へと引き揚げる夜の10時半。リビングの照明を少しだけ落とし、ソファーの端に深く腰を下ろす。
普段なら、なんとなく点けたままのテレビでニュース番組を流し見するか、スマホの画面を漫然とスクロールしている時間だ。
けれど今夜は、ほんの少し趣向を変えて「静かなタイムスリップ」を仕掛けてみる。
動画配信サービスを立ち上げ、検索窓に入力するのは、90年代前半に世の中を熱狂させていた、あの「月9ドラマ」のタイトルだ。
画質のどこか柔らかいトーン、現在とは異なる画面の空気感。
再生ボタンを押すと、聞き覚えのあるイントロとともに、当時の東京の街並みが映し出される。
肩パッドの入ったジャケットに身を包み、ロングヘアをなびかせながら公衆電話へと走る主人公。
画面の中に広がるのは、携帯電話どころかLINEすらなかった時代の、あまりにも不器用で、けれど圧倒的に熱量の高い世界だ。
30年前の画面から漂う、どこか甘酸っぱい記憶の質感
当時の20代といえば、社会に出て右も左もわからないまま、毎日に必死だった頃だ。
金曜の夜になれば安い居酒屋で友人とたわいもない愚痴をこぼし、月曜の夜9時前にはなんとか部屋へ滑り込んでテレビの前に腰を下ろす。
「月9」が多くの人を惹きつけてやまない時代。「月曜夜には街から人がいなくなる」なんて表現もされていたっけ。
「トレンディードラマ」なんて言葉も流行ったな。
ドラマの中で繰り広げられる都会的で華やかな恋愛模様は、当時の大人予備軍にとって「いつか届くかもしれない世界」であり、憧れの象徴でもあった。
今あらためて第1話を観返してみると、ストーリー展開には突っ込みどころが満載だ。
連絡手段が固定電話とポケットベルくらいしかないため、約束の場所で1時間待たされるのは日常茶飯事。
「すれ違い」の理由も、単に「行き違いで電話がつながらなかったから」という、現代なら数秒で解決するような事象ばかりである。
けれどその「不便さ」ゆえに、画面の中の登場人物たちの感情はとてつもなく濃い。
会えない時間に相手を想う切なさや、受話器を握りしめる手の力加減が、画面越しに痛いほど伝わってくる。
変わったのは街並みか、それともこちらの生き方か
物語の途中に挟まる印象的なBGMが流れた瞬間、ふと背筋を撫でるような感覚を覚える。
忘れていたはずの記憶が、濁流のように脳裏をかすめるからだ。
あの曲を聴きながら通っていた薄暗い通勤路、仕事で失敗して会社の給湯室で息を潜めた日、少し背伸びをして買ったレザーの小ぶりなバッグ。
すっかり過去のものとして処理していた20代の頃の感情が、胸の奥底でずっと静かに息づいていたことを知る。
50代の日常とは、ある意味で「波風を立てずに省エネで生きること」を覚えていく過程でもある。
家族のケアや仕事、自身の体調変化に折り合いをつけ、感情を大きく揺さぶられる出来事はめっきり減っていく。
あの頃持っていた、青くさいほどの情熱や傷つくことを恐れない危うさは、穏やかな生活と引き換えにそっと手放してきた。
けれど、画面の中で笑い、泣き、走っているかつての若者たちを見ていると、ふと思う。
「確かにあの時代、自分もあの街でがむしゃらに生きていたのだ」と。
年齢を重ねるにつれて、若い頃の自分を「未熟だった」と他人事のように切り離しがちだ。
けれど、あの時悩み、不器用にあがいていた土台があるからこそ、今の静かな生活が存在している。
全話観なくていい。「第1話だけ」という大人の割り切り
この「昔のドラマ観賞」において、ひとつだけ心得ておきたい作法がある。
それは、「あえて全話を追おうとせず、第1話だけで観終える」ということだ。
若い頃なら週末にレンタルビデオ全巻を借り受け、徹夜で最終回まで走り抜けていただろう。
けれど、現在の50代に必要なのは「緻密なストーリーの追体験」ではない。
第1話がまとっている、あの独特の「物語が始まる予感」と「時代の空気感」だけを、上質なエスプレッソのように一口分だけ味わう。
それだけで、心は十分に満たされる。
明日も朝から日常のルーティンが待っているのだから、全話を追いかけて睡眠不足に陥るような真似は、スマートな「省エネライフ」の美学に反する。
第1話が終わり、エンドロールとともに主題歌が大音量で流れる。
画面を閉じれば、リビングには再び静かな夜が戻ってくる。
窓の外を見れば、街灯がぽつんと夜の道路を照らしている。
たった60分間あまりのタイムスリップ。
高価な旅行に出かけずとも、大掛かりな買い物をせずとも、動画配信サービスで過去の名作の「第1話」をひとつ再生するだけで、50代の夜は十分に豊かで、少しだけ愛おしいものに変わる。
「さて、次はどのドラマの第1話を覗いてみようか」
PCの画面を閉じ、静かな寝室へと向かう。
自分の機嫌を自分で取る手段をひとつ知っているだけで、毎日の暮らしは格段に面白くなる。
※TOP画像には、アーカイブノートさんのイラストをお借りしました。
