それは本物の愛なのか。
それは本物の愛なのか。
よく大事な人のために自分の命を投げ捨てられるなら、それは本物の愛だと言うだろう。
本や漫画やアニメなど…
創作物が好きな人は特にそんな理論を聞いたことがあるのではないだろうか。
約半年前、私は理科の授業中に生物の本能について勉強した。
その時に感じたのだ。
大事な人のために自分の命を投げ捨てるという行為は、本当に純粋な愛なのだろうかと。
生物の本能は、優秀で環境に適した遺伝子を残しながら存続していくことだ。
滅びず、ずっとそのまま続いていくこと。
細胞からできている、DNAを持っている、エネルギーを活用する。
そんな生物の定義に全て当てはまる人間も、漏れなく生物なのである。
そう考えると、人間も子孫の繁栄、生命の存続が原点にあると言えるだろう。
もし、大事な人が自分より優秀で環境に適していた場合…
その優秀な遺伝子を残すために、その大事な人を、自分の命を投げ捨ててまで助けるとなる。
そうなると、それは、愛ではなく、ただの生物の本能ということにならないだろうか。
だが、相手がもし自分より劣っていた場合、それは本物の愛だと言えるのかもしれない。
ただ、もし仮にそれが本物の愛だと言えたとしてだ、その人は本当に生物だと言えるのだろうか。
生物の本能を失った人間。
そんなの、生物だと言えないのではないか。
こんな話を2人の友人にしてみれば、1人は難しいね、もう1人には面白いね、と感想を貰った。
そうだ、その通りなのだ。
難しいが面白い。
そしてなにより面倒臭い。
それとちなみに、私はこの考え全てを通して、それでも愛だと信じたいとも思った。
そのほうが、生活が豊かになると思ったからだ。
考えるのは楽しいが、考えすぎて本質を忘れてはいけないと思う。
大事なのは事実だけではない、その人がなにを感じるかなのである。
そしてなにより、人間が持っている知能は、こういうところからきていて、それを持つものこそが人間そのものだと私は考えたからだ。
#創作大賞2026 #エッセイ部門