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私は今朝、「いただきます」に涙した

    ただの習慣だと思っていた。

    食事の前に、手を合わせて言う「いただきます」。

    でも今朝、私はその言葉に、涙がにじんだ。


    私は今朝、パンをかじりながら、ふと手を止めた。

    「いただきます」って、なんだろう。

    子どもの頃から、当たり前のように口にしてきた言葉。

    食事の前には手を合わせて「いただきます」と言う。

    母や周りの大人たちに教えられ、特に疑問も持たずに続けてきた習慣だった。


    小さい頃の私は、思っていた。

    どうしてこの言葉を言うのだろう、と。


    やがて学ぶ中で、これは「命をいただく」という意味なのだと知った。

    お肉や魚、卵。

    そして植物もまた、命であること。

    私たちは、他の命をいただいて生きている。


    けれど今朝、その意味が、少し違う形で胸に広がった。


    パンを口にした瞬間、

    不思議と、さまざまな景色が頭に浮かんできた。


    強い日差しの下で、小麦を育てる人の姿。

    汗をぬぐいながら、パンを焼く人。

    それを丁寧に袋に詰める人。

    できあがったパンを運び、店に並べる人。

    店先で、嬉しそうにパンを選ぶ子どもたちの笑顔。


    次から次へと浮かんでくるその光景は、

    どこか温かくて、まぶしかった。


    そして、ふと――

    命をかけて生きる動物たちの姿も、重なった。


    自然の中で、命と命が向き合い、

    生きるために闘う世界。


    それに比べて私は、

    こうして静かな朝に、何の危険もなく食事をしている。


    なぜだか、涙がにじんできた。


    私は「生かされている」のだと、

    そのとき、強く感じた。


    食べ物を手にするまでに関わってきた、

    たくさんの人の時間や労力。

    そこに込められた想いや祈り。


    そして、自然の恵み。

    目には見えないけれど、確かに支えてくれている存在。


    「いただきます」という言葉の中には、

    それらすべてへの感謝が、静かに込められているのかもしれない。


    ただの食事の始まりの言葉ではなく、

    命と、世界と、つながるための言葉。


    私はあらためて、手を合わせた。


    これからも、この言葉を大切にしていきたい。

    心を込めて、「いただきます」と言える自分でありたい。


    今朝、なぜこんなふうに思ったのかは、わからない。

    ただ、きっと――

    今日という朝が、そうさせたのかもしれない。


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    Choc.

     
     
    Choc. │音楽・映像・言葉で心の風景を描くクリエイター。 共感や癒しを感じる作品を通して、少し心が穏やかになる時間を届けたい。 🔗instagram:@choc.5588 🔗Choc. Portfolio(作品一覧):notionリンク

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