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【フォトエッセイ】書きたいことがない

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    私は、ずっと灰色の世界にうずくまっていた。

    息苦しくて泣いていた。物心ついた頃には、すでに「この世界は地獄だ」と感じ始めていた。それは、これまで生きてきた三十年を越える歳月の、その地底で流れ続けてきた水脈とも呼べるような感覚だった。

    私は、ずっと死にたかった。

    この世界から消えてしまいたいきもちを抱えながら、自分の内側にあった霧や澱みを言葉にして綴ってきた。文章という形にして自分の外側に放出しなければ、無尽蔵に膨らみつづける苦しみによって爆発してしまいそうだったからだ。

    しかし、今の私には──書きたいことがない。

    そう感じ始めたのは今年の春頃からだった。人生がまったく苦しくなくなったわけではない。だが、何かを書き殴れるほどの衝動がもうない。昨年、これまで書き連ねてきた文章を本にし、文学フリマに出店して販売した。それがひとつの昇華として形を成した結果かもしれない。もはや自死念慮は花をつけず、母の自死も過去のひとつとなった。私は手持ち無沙汰のまま、ただ「今」に立ち尽くしている。


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    ずっと仕事やらなんやらで観ることができていなかった嵐のラストライブをようやく観る。涙が止まらなかった。最後の時間をファンのためだけに使った嵐は、辞書の「誠実」の欄に用例として載せるべきだろう。

    月曜日


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    コイデカメラに頼んでいた写ルンですの現像を受け取る。フィルムの中には、今はもう咲いていない春の花々が色づいている。フラッシュの焚き忘れが多かったが、それもまた一興だ。

    火曜日


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    大好きなゲームの新作が発売されると知った。まずはSwitch2を買わなければならない。値上げ前に買っておけばよかった。楽しみだな。発売日とその後の数日間は休みにしよう。

    水曜日


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    ちょっと変わったイベント現場で働く。先月頃から毎週のように会うなぁと思っていた人がこの現場にもいて、ちょっと嬉しいきもちになる。

    木曜日


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    フェルメール展のチケット抽選、全部落ちた。許せん。「抽選で取れたら行こう」と考えていたので、今回は縁がなかったということにする。こういうわかりやすい大型の企画展は、鑑賞環境が良くないことが多いし。すっぱいぶどうの理論。

    金曜日


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    半日だけスーツを着て働く。足が痛い。パンプスのせいだ。腹が立つ。今年初の空高く膨らんだ入道雲を観測する。あまりに眠くて、思い切って19時半に就寝。

    土曜日


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    朝4時に目が覚める。思い立って紫陽花の写真を撮りに行く。蚊に刺されたくなくて、虫よけスプレーを浴びるようにかける。帰り、もうすぐ家に辿り着くというところでゲリラ豪雨が襲いかかってきた。洗濯物を取り込むためにダッシュする。

    日曜日


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    雨にくすぶる世界の中で、紫陽花は灰色の風景をつんざくように、鮮やかに花弁を開く──と、思っていた。そう見えていたからこそ、紫陽花は希望の花だった。まるで暗く閉ざされた世界に差し込む一縷の光のようだった。

    だが、気づけば紫陽花は単に紫陽花だった。紫陽花が咲いているこの場所は、私が立っているこの世界は、そもそも灰色の世界ではなかったのだ。

    ある程度、救われたのだろうと思う。

    自分の内面と向き合い、それを言葉にし、世界に漂流させる。そして自分を見つめ直す。その営みを繰り返し、ようやく手にした救いは、案外あっけらかんとしている。特別な色も纏わず、綺麗な形をしているわけでもなく、なんだか妙に退屈だ。喉から手が出るほど欲しがっていたというのに。

    救いを得られたのは喜ぶべきことだ。人生なんて無意味なもの、せめて幸せになるに越したことはない。死にたがりであることや自死遺族であることにしがみつく必要はないし、不幸をアイデンティティにしてはいけない。自分が幸福になることを赦すためならば、外すべき足枷は外す以外にないだろう。

    だが、光の中にいながら光を光として認識するのはとても難しい。たくさんの言葉を積み上げて辿り着いた視座からは、また新たな灰色の風景が見えている。これまでの「苦しみ」とは異なる、「つまらなさ」の灰色だ。

    激情の地獄を抜けた先にあったのは、退屈な地獄だった。

    「死にたい」とはそうそう思わなくなった。
    だが、今度は「つまらない」と感じるようになった。

    書きたいことがなくなった。
    でも、書くことをやめたいわけじゃない。

    だからこそ、今ここにある私が取りかからなければならないのは、「世界の捉え直し」だ。闇の底でかすかな救いの光を見い出すまなざしから、この地平をおもしろがる視点へと変わる、変えるべきときが来ている。

    そうはいっても、困ったな。
    この退屈な地獄をおもしろがるって、どうやって?



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    ZINE『フォトエッセイ集 地獄にしては美しい』を販売しています。

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    ◇BASE

    ◇どんな本?
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    千鶴

     
     
    「この地獄に美しさを見い出す」から「この地獄をおもしろがる」へ。毎月一つフォトエッセイを書いています。2025/11/23文学フリマ東京41出店。フォトエッセイZINE通販あります(固定note参照)

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