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Photo bywaraineko

過保護の息子を見ながら考える

    「休戦協定を結ぼう」
    なんていいながら、突然くすぐってくる。
    当然、私もくすぐり返す。
    両者は時どき、緊張関係にある。

    息子は高3だけど、まだまだ幼い、と思う。
    そう育てたのは、私だけど。

    noteにはkojuroさん、candyさんという、心強い過保護の先輩がいるにしても。

    お二人はほのぼのしたお子さんの記事を書いていらっしゃる。
    でもピックアップした記事が古いので、新しい記事を教えてくださったら差し替えます!

    お二人のお子さんは、すくすくと伸び伸びと育って、記事を読んでいて実に素敵だなと思う。


    さて、うちは。

    12歳から15歳くらいの思春期の時期はピリピリしていたし、話しかけるのにも気を遣ったことがあった。

    いつの間にか、穏やかな母子関係にあり、
    「あれ?」と思う。

    「こんな幼くて大丈夫なのか」と思うのは、鋭い洞察力を持つ中学生を見たからだろう。

    こちらは出てすぐに読んで、衝撃を受けた。
    思考力がありながら、実に温かい、13歳の少年。
    イギリス在住の、英日ハーフ&ハーフの、息子さんだ。

    2が出たので、手を伸ばした。

    変わらず深い、自分なりの思考をはぐくみながら、成長をしている。

    一家が住んでいるのは、裕福でもなくあまり治安がいいとは言えない地域。

    少年のお父さんも、地域住民も
    「自分みたいになるな」という。
    「俺みたいになってほしくないから勉強しろ」と。

    少年は、そういう父親の言葉を「悲しい」と感じる。
    反抗するのではなく。

    イギリスという、移民も多く、ブレグジットがあり、政権交代によって環境も激変してきた場所で。
    自分もまたアジア系とのハーフで、クラスには移民の子がいて、差別的な言葉もある。

    あるとき、鬱で寝込むシングルの母親を持つ級友ティムを、かばう。そのことで、彼は入っていたバンドからはじかれてしまう。

    帰宅して、珍しく(初めて)涙を流す。
    「でもぼくはティムとやりたい」といいきって、後悔はしない。

    置かれた環境、人々、やり取りを見ていると、日本は「均一化」に見える社会で(実は全く違うのだけど)、考えることをしなくても進んでいけるのだ、と思う。
    考えることを、ナイフのように突きつけられは、しない。


    その中で、私は息子に考えることを促しているだろうか。

    ぜんぜん、できていない。
    私自身が、まずできていない。

    この間、息子は渡した選挙公報を見て、投票に行っていた。
    「”民主党”が二つあるのは変だよ。民主ってつければいいってもんじゃないよね」とかいいながら。

    じゃあ、考えているのかというと、違うのだけど。

    ただ、私が選挙権を得た時は、投票はしたけれど、選挙広報を読むこともしていなかった。
    20歳の私よりは、まじめかもしれない。
    勉強はぜんぜんできていないけれど。

    イギリスと、日本。
    少年と、息子。
    比べるわけではなくて、「考える」ということを考える。
    どう感じて、どう考えるかを。


    ※イラストは笑い猫さんからお借りしました。ありがとうございます。

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